第42話 イベント前日
オウマたちが精霊領域を守護してるなか、俺たちは邪精霊の駆除を行いながら移動していた。奇声で仲間を呼ぶ邪精霊の数は減っているが、邪精霊の移動によってできた木の魔物はむしろ増えているように思えた。
「お、またいたぞ!素材確保だ!」
だが、それは俺たちにとってはご褒美でしかなく、愛用している魔糸の木杭の素材確保に貢献していた。慣れたもので拘束して倒す時間も短くなっている。これらはいくらあっても困らないので、できるだけ確保するようにしている。
おそらくだが、イベント時に投擲するので、紛失することもあり得る。少ない量で貴重品扱いしていれば、投擲することに迷いが生じ、子蜘蛛が倒されてしまうかもしれない。それを防ぐためのものでもある。
「そろそろ着くぞ」
森を抜けていくと、新鮮な空気を感じた。淀みのない空気だと心も穏やかになる。今ならなんでも許せる気がする。だが、PH、お前はダメだ。
どこかで見たことあるような人が、どこかで聞いたことあるような行動をしていた。今はこちらに気付かず、何かを説明してる素振りだった。装備は前よりも格段に悪くなっている。売ったからな。
さて、どうしようか。純粋な精霊は渡された木の実をチラチラ見ている。それに気を良くした青年はさらに木の実を増やした。きっとあのチラチラ見ているのは、「なんでまずい木の実を出したの?」と困惑しているチラ見だろう。
差し出すならまずは自分で食べろって話だけど、だめだよ、拾い食いしたら。相変わらず、うちのアホの子蜘蛛はアホだった。今度からちゃんと教育しないと。フウマに目線を送ったら、アホの子蜘蛛を引き摺って森の奥に消えていった。
PHはにこやかに精霊に接している。精霊もなぜかにこにこしている。さて、現状をどうするか。俺が後ろで悩んでいると、精霊がこちらを見てきた。そしてニコッと笑った。きっと精霊樹で連絡がいったのだろう。
精霊とは仲の良いままでいたいから、すぐに乱暴なことはできない。なら、どうするか。答えは決まっている。
「やあ」
俺はまず、青年の足をツンツンした。精霊も言っていたが、挨拶は大事である。精霊もにこにこしながら頷いていた。ツンツンに青年は最初の方は気のせいだと思ってか、もじもじするだけだった。しかし、何度も繰り返せば、こちらに気づく。
振り返った青年に対して前脚をあげて挨拶をする。そして青年が持ってた木の実を差し出した。「お前、これが好きなんだろ?」アピールをする。もちろん、意味のわかっていない青年はビクッとして固まるだけだった。
一方、精霊はというと、にこにこしながら頷いていた。やはり、ご飯は大事なんだろう。木の実に糸を少しだけくっ付けて、青年に投げつける。すると青年の胸に張り付いた。これで強制的に青年に木の実を渡すことが出来た。
青年はそれを払い落とそうとしたが、俺の糸の粘着力の前には、その程度で剥がれることはなかった。それは俺にとっても誤算だった。しかし、その一部始終を見ていた精霊は驚いていた。これについては予定通りだ。ご飯を粗末にする人、嫌い!と青年とは仲良くなれないと思ったはずだ。
しかし、ここで精霊は「蜘蛛さんの糸、すごい!」と驚いていた。お互いにすれ違いをしているなか、夢中で木の実を剥がそうとしている青年は、そのことに気づかなかった。
剥がれない木の実にあわてふためく青年に対して木の実を投げつけていた。木の実程度で暴れるなら、もっとつけてやろう、と考えていた。俺が投げていると、後ろがそわそわしていることに気が付いた。
振り向くとキラキラした目で俺を見る子蜘蛛たちがいた。その目は「ぼくもやりたい!」と言っているように思えた。なので、子蜘蛛たちに木の実を投げ付けるレクチャーを始めた。
俺は「こうやって投げるんだぞ」と青年の顔面に木の実を投げ付けて見せると、子蜘蛛は「すごい!」と褒め称えた。そうやって青年を木の実の化け物にしていると、何を思ったか、精霊がこちらにキラキラした目でやって来た。
「蜘蛛さん!私もやりたい!」
「私も私も!」
「僕も僕もやりたい!」
どうやら俺達のやっていることをやりたくなったらしい。青年をどうこうというより、興味があることをやりたい!っていうのが精霊達が真っ先に考えたようだ。もちろん、拒否する理由もないので木の実に糸を張り付けて青年に投げつける。
すると、すでに冷静になったであろう青年に張り付いた。その行動に対して青年は怒り狂ったように弓矢を取り出すが、木の実が邪魔をしてうまく動けていなかった。
弓矢を取り出した青年に対して精霊達は悲しんだ。友達になりたいんじゃなかったのかと俺は考えた。精霊は「あぁ、木の実さんが潰れちゃった…」と悲しくなった。ここでもまたすれ違いを発生させた。
しかし、青年の行動で、考えていたことが、現実となった。青年は身動きのとれないなか、魔法を撃ってきた。中二病詠唱付きの威力激減魔法である。魔法は精霊に向かっていったのだった。
魔法は精霊に直撃寸前でなにかに防がれた。ここで精霊達はやっと青年が友達になりたいと思っていないことに気が付いた。攻撃されたのだ。それは鈍感な精霊達に現実を突きつけるには十分な出来事だった。
「蜘蛛さん…」
「どうしました?」
「あの人…ひどい!」
蜘蛛言語を習得していた精霊はひどく悲しそうに俺に訴えた。ひどい、それは青年の木の実の果汁だらけの肉体美を言っているのか、それとも青年の性格の悪さを言っているのかはわからない。
だが、確実に青年のことが嫌いになったことは確かだった。なんとか木の実を潰し尽くした青年は苦渋の表情をしながら、踵を返して逃げの姿勢に入った。ここで装備を失うのはつらいとでも気付いたのだろう。
「逃がすわけがないよね」
両足に糸を飛ばして引っ張った。青年はきれいに全身を地面に叩きつけて制止した。もちろん、地面に身体が引っ付いて逃げられない仕様である。
どう料理してやろうかと考えていると、青年がぐったりしながら停止した。つつくとなぜか死んでいた。さっきの衝撃でHPが0になるわけがないので、おそらく自滅でもしたのだろう。
かわいそうだったので、装備は正当な値段で売っておいた。もちろん、エルフェンが買えることはなかったが。
精霊達には精霊領域を守護することを伝えて精霊蜘蛛の紫魔を配置した。シマは木の実の果汁の惨状を見て呆然としていたが、その実がおいしくないことを伝えると、なんとか立ち直っていた。
うちの子蜘蛛は食いしん坊が多いので、食べ物を粗末にするような行動は許せないのである。
それから、精霊領域を練り歩き、子蜘蛛たちと合流した。そのなかで聞いた話だが、精霊領域が邪精霊に侵略されたもっとも大きな精霊樹は南西にあり、それを侵略したであろう精霊樹の成れの果ては北東にあるのだという。
おそらく、第二エリアボスが汚染された巨木の精霊樹で、北東にあるのは第三エリアボスだろう。次のエリアボスというとおそらく40レベルが適正だろう。これは苦戦の予感がするが、今はここを縄張りにすることを目標にする。
なぜか第二エリアボスを討伐済みの子蜘蛛が増えていっているが、そこはなんとなく察しがつくので、止めることなくそのままにしておこう。たかしくんもパノンさんもレベルだけは上がっているはずだ。
子蜘蛛の数も数えきれないほどいるので、拠点を移れる子たちがいるのは助かる。なにせ制限をつけずに繁殖していっているのだ。そりゃあ増えるよね。しょうがない。
子蜘蛛たちを引き連れて一日をかけて無事、精霊蜘蛛である子蜘蛛たちを配置することができた。ここにはすでに百人以上の子蜘蛛たちがいる。PHに遭遇した場合は様子見をして、襲ってきたら倒すように言ってある。
復活のエルフェン事件がまた起きるかもしれないので、警戒を怠らないに越したことはない。
イベント前日になった今日は、参加する子蜘蛛たちを選定する。レベルの低い子蜘蛛と生まれたばかりの子蜘蛛、そしてその世話をする子蜘蛛は置いていく。それから参加する子蜘蛛たちには一定の基準を設けた。
それはレベルだ。なにせこれから戦うのはおそらく30レベルを越えたPH達だ。レベル差があれば蜘蛛の糸も容易に除去できるはずだ。糸はステータスによって強度が変わる。つまりレベル差が広い、もしくはステータスが劣っている。その場合には負ける確率が高くなるわけだ。
だからこその基準である。そしてこの基準をクリアしたのは、300人の精鋭蜘蛛たちだ。精霊樹を守護する子蜘蛛はもちろん除いている。それから第一巨樹区。さっき思い付いた言い回しだが、なかなかいいセンスだと思う。
第一巨樹区を守護する子蜘蛛は置いていく。もしここを攻められたら、遭遇する度に子蜘蛛の敵討ちと称して乱獲してしまうだろう。それくらい子蜘蛛が大切なのだ。
そして今回、まぁ一回目だけど、懐柔したクナトやくましゃん、ユークをつれていく。なので、精霊のお姉さんのところにクナトたちを回収しに向かった。
着いて一言、驚きのあまり呟いた。
「え、誰!?」
そこにいたのはあの美人と名高い精霊のお姉さんが幼女化していた。そしてそのお姉さんに紅茶を出す謎のじいさんばあさんと子供がいた。それも完全な人間の姿である。
「あら、八雲じゃない。いらっしゃい、そしてよくも彼等をここに連れてきたわね…」
ちらりとおじいさんを眺めてこちらを睨み付けてきた幼女お姉さん。おじいさんの方は「ほっほっほ、精霊様、じいの紅茶ですぞ」と暢気なことを言っていた。本当に誰だろうか。
「彼等?俺は人を連れてきましたっけ?」
「彼はあの邪気を纏った骸骨暗黒騎士よ。そしてそこの彼女達は彼の伴侶、そしてこの子は屍異鬼だった子達よ」
つまり、おじいさんはクナト、おばあさんはダブルくましゃん、子供、よく見たら女の子がユークということだ。
「え、え?ええ!?」
驚愕の事実に言葉を失った。
「全く、そのせいで精霊樹様にご迷惑をかけるなんて…おかげで浄化するのに力を使いきっちゃったじゃない。そ・れ・に、見てよこの身体!まるで生まれたての精霊よ!大精霊である私としてはとても不本意よ!」
どうやら精霊のお姉さんあらため、幼女精霊はご立腹だった。
そこでなんとか話を変えるために邪精霊樹の種を取り出した。もちろん幼女精霊はすごく嫌そうな顔をした。べ、別にいじめてるわけじゃないんだからね!と言いたくなるが、ここはご機嫌とりも兼ねて説明をする。
「その種はどこで?」
不機嫌なままだが、種に目線が言っていることから、話を聞いてくれるらしい。
「この種はここから北東にある巨木の邪精霊樹から取れたものです。そしてこっちはその子供といわれる邪精霊樹から取れたものです」
子供の邪精霊樹の種は邪精霊からドロップしたものだ。イベントリを漁ったら出てきた。最近、解体しても食べ物しか見ないので、気付いてなかったのだが、さっき巨木の邪精霊樹の種を取り出そうとしたら近くにあった。
いつドロップしたかわからないが、せっかくなので話題に上げることにした。
「貴方、意外とやるわね。これについては私も気になってたわ。でもここから離れられない私と精霊樹様にはなにもできなかった。だから、感謝するわ」
そう言って幼女精霊は邪精霊樹の種を受け取って握り締めた。
「はい、これ。精霊樹様の種だからしっかりと守護しなさいよね。できれば精霊蜘蛛がいいわね。いや、精霊守護蜘蛛にしなさい。彼の件を含めて、貴方には私の命令にはいくつか従ってもらうわ」
つまり、幼女精霊のパシリである。あの業界にとってはご褒美かもしれないが、明日からはイベントなのでせめてそれに支障をきたさない程度がいい。
「そうね、この精霊樹様の守護はもちろん、あの場所に取り残された子精霊樹様の守護もしなさい」
なにかと思えば、昨日やったことだった。ふんす、と無い胸を張って言ってきたことがそれだったので、反射的に応えた。
「あ、それもうしてます」
「え?あ、そ、そうなの。意外にやるじゃない」
どや顔で言ってきたことがすでにやっていることと聞いて、幼女精霊は動揺していた。顔を赤らめて言ってきたので、よほど勢いをつけてどや顔で言ったのに、終わっていた、という事実に恥ずかしくなったのだろう。
「他には?」
「た、たまには貴方もここに来なさい。それと彼等もよ。今はこんな執事みたいなことをやってるけど、戦闘力はそのままよ。もちろん浄化したことによって種族は変わったわ。そのことはしっかりと理解してよね。次は私には無理だから、彼等にやってもらいなさい」
次というのはおそらく浄化のこと。そして種族が変わったことに驚きの隠せなかった俺はクナトたちのステータスの確認をした。




