第41話 精霊領域と守護者
放たれた矢はハクマとコクマの糸の網によって防がれた。そして突然攻撃してきた彼に対して俺たちは敵と判断して糸を飛ばした。速度が高いのか、容易に避けられた。
だが、ここには20人もの子蜘蛛がいる。逃げられるわけがない。四方八方から糸が飛んでいき、それを避ける青年だったが、地面にまで巡らされた糸には気付かずに踏み抜き、動きが止まった。
「§@●&&!?」
何を言っているのかわからないが、許すわけがないので、早々にケリをつける。糸で完全に拘束して、新調した魔糸の木杭で刺す。
しかし、それは目前で防がれることになる。
「やめて、彼も本気ではなかったのよ」
魔糸の木杭を止めたのは精霊が起こしたなにかだった。
「本当ですか?PHは俺たちを見ればすぐに襲ってくるんですよ」
自分達のことは棚にあげる八雲であるが、人と魔物の関係ならば仕方がないとも言える。
「それでも彼は違うの」
「彼は私たちのために」
「木の実を持ってきてくれるのよ!」
「…え?」
想定外の言動に驚いた。精霊の話では俺と同じように挨拶をして来て、お近づきの印に幾つか木の実をくれたという。それは毎日のように送られてきて、時には邪精霊から守ってきたと言う。
時々、イラついたように弓を地面に叩き付けることがあったが、すぐに調子を戻すようになったとか。ただ、時折身体がバチっとする感覚があり、使役をしようとして来るが、きっとより仲良くなりたいのだと放置しているそうだ。
うん、餌付けと使役目的のくそ野郎だね。
「精霊さん」
「なにかしら?」
「わかってくれたかしら?」
疑うことを知らない精霊たちは、純粋に仲良くなってくれるものだと思っているが、こいつの目的は使役。つまり戦う道具のためにやっているだけである。もしかしたら仲間として扱うかもしれないが、話せないので真意はわからない。
「彼は貴方たちを捕まえに来てるだけですよ」
俺の言葉を理解できていないのか、口をポカーンと開けて固まってしまった。
「彼はまず貴方たちと友好的になるために挨拶をしました。おそらくいきなり襲わない限り攻撃されないことを知っていたのでしょう」
「襲わないわね」
「挨拶は大事」
友好的にという言葉に反応して少しだけ復活した。
「それから木の実を持ってきてるのは友好的になればもっとあげるぞとアピールする餌付けです」
「ご飯をくれるのは大事」
「でもあの木の実、まずいのよね」
持ってくる木の実は不味かったらしい。
「なにより使役を繰り返してることです。仲良くなりたいだけなら使役する必要はありません」
「仲良くなるのに使役される必要はないわ…」
「私達は離れていても友達なのに…」
やっと事情がわかり、ショックを受けた精霊たちはシュンとしてフウマたちに抱きついた。フウマたちはわたわたして慰めようと頑張っていた。
その時、電気が走る感覚がした。そして目の前に透明の板が現れた。
《エルフェンが使役をしてきました。
仲間になりますか?
はい(使用不可) いいえ(ステータスが一時的に倍になります)》
意味がわからなかった。なんの脈略もなくされた使役に。そしてまるで成功を確実と思っているエルフェンに。俺はすぐさま、いいえを選択して魔糸の木杭を取り出す。
俺の雰囲気を察した子蜘蛛たちも同じく木杭を取り出した。にやけ続けるそれは俺たちに囲まれて、やっと状況を把握したのか、糸の拘束から逃げようとした。もちろん、そんなことはできない。
糸の拘束力を増やして、地面に大の字で拘束した。
「恐怖を与えろ」
男の顔に木杭をゆっくりと全方位から近付けていく。逃げることはできない。頭は固定され、身動きも瞬きをすることもできない。精霊達もすでに彼を友達とは考えていない。
「◎○○▼▽◆●△○§▽△っ!?」
何を喋っているわからないし、やめることはない。
回避不可な攻撃はゆっくりと頭に刺さっていった。このゲームでは痛みを調整できる。ただ、設定をするのが面倒とやらない人は多そうだ。だってチュートリアルさえ受けないのだから。
そして木杭は頭を貫き、彼は完全に動きを止めた。すぐに解体を行い、お詫びに命の結晶は精霊にあげた。装備は超低額でトレードに入れ、説明文に『エルフェンの使用済み装備(男)。いまならお買い得、全部で10万ポイント』と設定した。しかしエルフェンには買えないように制限をかけるといった離れ業だ。
売れても少しの期間だけ掲載されたままになるので、おそらく血の涙を流しているだろう。見た感じ、いい素材を使って強化しているように見えたからだ。
すぐに売れ、トレードの機能で販売者にメッセージを送れるものがあり、そこでエルフェンからメッセージが送られてきたが、着信拒否をしておさらば。装備も失い、精霊からの信用も失った。
彼は復讐にでも来るかもしれないが、同じようにまた売り払ってやるので、果たして何回来れるだろうか。
「ごめんね、蜘蛛さん。嫌な思いさせて」
「蜘蛛さん、ごめんなさい」
精霊達はさらにシュンとしながら謝ってきた。もちろん許した。彼のことは忘れてこの森の現状を聞くことにした。
「この森はね、昔はもっと精霊がいて、精霊樹様もいっぱいいたの」
「あとあの木の実も美味しかったの」
あの木の実というのはアホの子が食べた木の実だ。そしてエルフェンが持ってきた不味い木の実でもある。
「変わったのは一番大きな精霊樹様が枯れてしまってから」
「精霊樹って枯れるの?」
「ええ、自然災害には勝てないもの。あの時はすごい嵐で、一番大きな精霊樹様はなんとか自分の子供たちを守るために結界を張ったわ」
「そして嵐が収まったあの日、力を使い果たした精霊樹様は休息に入ったの。そして休息していた精霊樹様は堕落した精霊にとり憑かれてしまったの」
「堕落した精霊?」
「精霊は精霊樹様の加護か自然エネルギーを受け続けなければ、堕落してしまうの。おそらく、ここから南西へずっと行った先、不浄の地の精霊よ」
南西といえばクナトやくましゃんを懐柔したところだ。あれ、もしかして精霊樹の巣にクナトを置いていったのは最悪な選択だった?
冷や汗をかきながら、話の続きを聞く。
「堕落した精霊にとり憑かれてしまった精霊樹様は周囲の精霊樹様を堕落させていったわ。そしてその加護を受けていた精霊達も同じく。ここにいらっしゃる精霊樹様はなんとか結界を張って防ぐことができたけど、いつ堕落させられるかわからないわ」
「堕落した精霊樹を浄化することはできないんですか?」
「できるわ。でもそれは堕落した精霊樹様を死に追いやることと同義よ。でも、浄化することができれば、精霊樹様は新たな種を生み出して再生することもできるわ」
「浄化する方法は?」
「より高位の精霊様にその種を浄化してもらうことよ」
高位といえば、おそらくあの精霊のお姉さんだ。精霊樹の格の高さがどういう基準で決まるのかわからないが、大きさで考えればトップレベルだろう。
「南西にいる精霊樹なら浄化できますか?」
「もちろんよ!あの方はこの辺りで一番偉いんだから!」
一番偉いのか、どうしよう、蜘蛛の巣だらけにしてるんだけど。
「そ、そうなんですか」
「蜘蛛さんがいるおかげで新芽を食べられたりすることないから、安心だっておっしゃられてましたわ!」
よかった。なんだこの蜘蛛は。とか思われてなくて。新芽を食べる魔物なんていたのか。どれだろう。あそこにはもう強い魔物はいないからわからないな。
絶滅させたわけではないが、最初の頃と比べると少なくなっているのは確実だ。最近は子蜘蛛たちが飼育のようなことをし始めたから、もしかしたらその中にいるかもしれない。
「あ、こことは違う精霊領域にも蜘蛛さんが来てるみたい」
この場所は精霊領域というのか。
「俺の子蜘蛛たちですね。精霊領域はここ以外にいくつあるんですか?」
「そうねぇ…残ってるのは五ヶ所かしら」
昔はもっとあったのだろう。五ヶ所なら子蜘蛛たちを振り分けて守ることもできる。今ある精霊樹の巣は子蜘蛛たちが溢れかえっている。蝙蝠の釣り堀にもいくつかの巣を作るべきか悩んでいたところだ。
ちょうどよかったタイミングともいえる。
「その精霊領域に俺の子蜘蛛たちを配置しましょうか?」
「あら、いいの?」
「数が増えたので、巣に入りきらなくなってきたんです」
「迷惑じゃないなら、お願いするわ。あ、ここにもお願いできるかしら?」
「もちろんです。ここにキョテントを置いても?」
「いいわよ」
許可が降りたのでキョテントを設置する。キョテントは余ってるので五ヶ所の精霊領域にも設置する予定だ。一旦拠点に戻り、拠点に残った10人の子蜘蛛がいるか確認する。
「ルカさん、ただいま」
「おかえりなさいませ、八雲様」
ルカさんに挨拶をして、探している子蜘蛛がいるか確認をとる。すると五人ほどはいるとのことだったので、地面でごろごろしている子蜘蛛たちにお使いを頼んだ。まだレベルも10ないほどなので、蝙蝠を倒すのが主な仕事になっている。そのため、最近はごろごろしていることが多い。
「ママ、つれてきた。ほめて」
「ママ、きたよきたよ。ほめて、ほめて」
生まれて間もない子蜘蛛たちなのですごく甘えん坊である。頭を撫でたり身体をワシワシして甘やかす。連れてきたのは出るときにたかしくんを背中にくくりつけていた子蜘蛛だ。この子蜘蛛は黄魔という名前で種族は精霊蜘蛛だ。
「呼びましたか、母上」
「うん、ちょっとその堅い呼び方はやめようか」
「いやです。母上は母上です」
「まぁ、いいや。オウマにはある場所の守護を任せたいんだけどいいかな?」
「それはどちらですか?」
「第三エリアにある精霊領域だ。他にも五ヶ所ほどあるんだけど、そこは他の子に任せるつもりなんだ」
他というのはまだ来ていない4人のことだ。
「いいのですか?私のような若輩者に任せても…」
若輩者といってもレベルは37を越えている。あのエリアでは十分戦えるレベルだ。
「オウマだから任せたいんだ。頼めるか?」
少し悩んでいたが、こちらの意思をしっかりと受け取ったみたいだ。
「そこまで言うなら、任せてください」
オウマは第二エリアのエリアボスに行ける転移門から帰ってきた子蜘蛛たちに話しかけると、こちらに戻ってきた。
「あの子たちを連れていきますので、進化をさせてくれませんか?」
オウマが連れてきた子蜘蛛たちはなぜか35レベルを越えていた。一緒に周回に参加していた子蜘蛛たちではないのに、ここまで成長しているのは異常とも言える。しかし可愛い子蜘蛛の頼みなら疑うよりも行動に移すことに戸惑いはない。
その子蜘蛛たちが望む進化先にして、次々と進化させていった。子蜘蛛たちがキラキラした目でこちらを見てくるので一人一人甘やかして進化させた。途中まで気づかなかったが、甘やかされるためだけに列に並んでいた子蜘蛛もいたが、子蜘蛛の可愛さの前に許してしまった。
進化させた後はどこかの長官のように任命して送り出した。他の精霊領域については別部隊の子蜘蛛たちと合流してから決める。
オウマを配備した精霊領域に戻り、精霊達に挨拶して他の子蜘蛛たちと合流するため移動する。オウマたちは早速新たな巣を作り出していた。精霊達もどこかホッとした様子だった。
おそらく、誘拐未遂犯、エルフェンがよっぽど恐ろしかったのだろう。信用を誘って自身を捕まえようとするのはとても非道と言える行為だ。俺ならそんなことはしない。
このエリアでは光が有効だとわかったので、フウマたちに光魔法を覚えさせる。これで多少なりとも自己防衛が行えるはすだ。
「精霊に聞いたここから近い精霊領域に行こう」
そう言って次の精霊領域に向かった。




