第40話 アホの子蜘蛛
周回を終えた次の日、夜更かしをしたせいで時刻は昼になっていた。寝ぼけた視界は人工的な灯りによるものではない、自然による明るさがあった。ゲームでは二日経っている。
朝の支度をして、朝昼御飯を食べる。風呂に入ってリビングに向かうと、軽く親から注意を受けた。ゲームはほどほどにしろと言うことだ。なにより気を遣われたのが肌についてだった。俺は男なんですが。そこに気を遣うのは女の子では?と思いつつ、自分の部屋に向かう。
準備を整え、すぐにまたログインした。すでにイベントまで残り二日になっている。それまでになんとかレベルを上げないとな。
あのあと、キョテントを設置して拠点に帰った。なので、拠点には準備万端のフウマたちが待機していた。なぜか背中にたかしさんとパノンさんをそれぞれ糸で縛り付けた子蜘蛛がいたが、関わろうとすると、「だめ、だめなの」と言って防がれてしまった。
昨日、周回に参加した子蜘蛛のうち10人は残って、訓練をすると言っていた。なので今日は90人ほどで探索することになった。
ちらりとたかしさんとパノンさんを見ていると、たかしさんはすでに眠りこけていて、パノンさんはなぜか誇らしげにしていた。一体これからなにをするのか。心配になるが、自主的にやっていることみたいなので、多分大丈夫だろう。
今回はなにがあるかわからないので、ポイントは全て預けた。それから邪精霊樹からとってつくった魔糸の木杭は置いていく。失くなるにはおしい。第三エリアにいくと、第二エリアより開けた森がある。
ここは木の高さがそれほど高くない。登るには楽だが、ここで巣をつくれば、襲われる確率が高いだろう。それを踏まえてここでは戦闘をするだけに留めよう。
「よし、五人一組に分かれて行動するぞ。敵に遭遇したら速やかに倒すこと。それが人だったら様子見をして俺に伝えること。あと美味しいものがあったら集めてくれ」
フウマたちは頷いて、それぞれがグループになって移動を始めた。俺はクロマとハクマ、クロニアとなぜかハブられた子蜘蛛たちで行動することになった。
森には見たこともない植物がそこらじゅうに生えており、それを一つ一つ識別してしまっていく。味はまだ確かめていないが、見た目から美味しくなさそうだと思えた。
俺はそう考えたが、ハブれた子蜘蛛たちは違った。普通に食べてた。ビクッとしたかと思えば、顔を真っ青にして固まった。どうやらこの子たちはアホの子だったみたいだ。
識別してみても毒はなさそうなので、単純に不味かったのだろう。アホの子蜘蛛たちはその子が食べたものを見てすぐに同じ木の実を捨てた。アホだが、区別はつくようだ。
とりあえず、なんでも食べないように注意して探索を続ける。
今のところ魔物は出てきていないが気配だけはする。こちらが探索する側だからといってあちらが観察してこないとは限らない。なにより第二エリアよりも強い魔物が出てくるのは確実なので、警戒は怠らない。
マップを確認すれば自分たちが通ったルートと他グループが通ったルートが記されていた。まだ森しかないのでなにがあるかさっぱりわからない。
マップから視線を外すと、今まさに毒の木の実を食べようとする子蜘蛛がいた。それも気になったが、アホの子より先に一対の眼光が見えた。
「『土槍』」
放った魔法はアホの子の持つ毒の木の実を貫き、その直線上にいた、何かに突き刺さった。
アホの子はガクガク震えながらこちらを見てきたが、今は構ってられる余裕はない。気づいてるのはアホの子たち以外だ。すでに周囲に糸を張り巡らせて警戒体勢に入っている。
「くるぞ!」
それは高速で木々を移動し、子蜘蛛が捨てた木の実を咥えた。そしてアホの子の口元についた少しの果汁の匂いを察知し、牙を剥いた。
あまりにも早いそれを捕まえることは難しい。しかし、すでにここは俺達の領域内だ。
「キュルリリリ」
鳴き声をあげながら疾走するそれは地面に張られた糸の罠に引っ掛かり、そのままの勢いで遠くにある木に激突した。
「こいつは…精霊か?」
その姿は昨日倒した狂った邪精霊樹の第三形態とそっくりな姿をしていた。
「キュルリイイィッ」
鳴き声が奇声に変わると周囲の気配が濃くなってきた。
「これは?仲間を呼んでいるのか?」
直ぐ様黙らせるためにハクマが光属性の透明の糸で縛り付ける。この明るさであれば目立つことはない。反対にここではクロマの糸は目立つ。隠密性の高い拘束なら、自ら奇声をやめたようにも見えるはずだ。
だが、この場合はすでに遅すぎたが。
先程まで日光を浴び、そよ風に吹かれて揺れていた樹木は邪精霊の黒いもやによって枯れ堕ちていった。どうやらここは邪精霊の森のようだ。
「多いな…」
集まったのはおよそ20体。それもレベルは30近くだろう。邪精霊が木にとまると、木は黒くなり、根や枝を唸らせて立ち上がる。あの黒いもやは木を魔物に変えることができるようだ。
「全力を尽くして戦うぞ」
子蜘蛛たちの士気を上げて戦いに向かう。この戦いでは連携はもちろん、自身の強さも試されるだろう。ここで負けていたら今度のイベントでも一対一になれば、苦戦し、負けることになる。
だったらここでそれを補うほどの経験を得るしかない。
「やるぞ」
自身に問い掛けて邪精霊のもとへ疾走する。両手には魔糸の木杭を持ち、足からは糸を飛ばす。自分が動いた場所に罠を仕掛けるものであり、後方からの攻撃の防御にも繋がる。これで後ろを取られて無様にやられることはないだろう。
一人突っ走った俺に対して向かってくるのは邪精霊が5体、それから遠方からの魔法攻撃だ。あの黒いもやは魔法を自動防御する優れものだ。こちらが魔法で対抗しても勝てない。なら、あの黒いもやで腐り落ちることのない黒い枝を手にしなくてはならない。
貴重なものだからと置いていったのが仇となった。
軌道予測により魔法が何処に来るのかがわかる。軌道ではない場所を通り、邪精霊に近づく。黒いもやに触れれば、おそらく相当なダメージを受ける。だが、邪精霊は魔法には強いが物理には弱い。
どうにか黒いもやを避けて攻撃するしかない。考えたのは魔法の弾幕の中に物理攻撃を入れるものだ。土の魔糸と土槍、そして土礫ならいけるはずだ。
両手にある魔糸の木杭は遠方の邪精霊に投げ付ける。もちろん、当たるとは思っていない。少しでも確率をあげるためのものだ。木々の間を飛びながら移動し、邪精霊の視界から一瞬消える。
スキルの隠密による効果だ。
その間に木の上に移動する。黒いもやは触れた木を魔物に変える。つまり、移動した場所には必ずいる。ぽっかりと葉っぱがなくなった場所がちらほらあり、そこには黒いもやの残りカスのようなものがあった。
「あった!」
声をあげたことで、こちらの位置がバレた。後ろからがさがさと音がする。それから逃げるように木の上を跳び跳ねる。羽のある邪精霊の方が有利だが、こちらにだって速い移動手段はある。
それは糸を遠くに引っ付けて伸縮させることだ。制御は難しいが、早ければなんとかなるはずだ。根拠のない自信を持ちながら行動に移す。
糸の塊を投げ、引っ付いた感触を得るとすぐに縮める。後方への魔法攻撃も忘れない。黒いもやで防御されるが、連射された土礫による弾幕に防御が追い付かず、数発食らった邪精霊は墜落していった。
それをちらりと確認できたことは幸運だった。
だが、前を見ていなかったことは不運だった。葉っぱの生い茂った場所ではなく、黒いもやで変異した魔物に直撃した。勢い余ったその攻撃は木が変異したばかりの魔物には大ダメージを与えることになった。痛みと引き換えに得るものとしては幸運だったかもしれない。
「いったぁ!?」
顔面が痛いなんて経験はそうあったことはない。顔をさすりながら見たものは、ピクリとも動かない木の魔物だった。状況は把握できなかったが、チャンスだと思い、すぐさま木の魔物と枝を爪で刈り取る。
それに魔糸で包み込み、魔糸の木杭のアイテムへと変換していく。それらを気配のする場所へ投擲していく。葉っぱを黒いもやで朽ちさせていく邪精霊の視界は最悪だ。自動防御する黒いもやを信用しきった邪精霊はまさか黒いもやを貫いて自身に刺さるとは思っていなかった。
そういう邪精霊たちは魔糸の木杭に貫かれて落下していく。魔糸の木杭を量産して、動かない木の魔物に止めをさす。そして落下して魔糸の木杭を抜こうともがく邪精霊も追撃の魔糸の木杭で串刺しにする。
「反撃の時間だ」
邪精霊を解体しながらそう呟いた。クロマたちが心配なため、急いで他の邪精霊たちに止めをさす。そして先程いた場所へ戻る。その間にも新たな邪精霊に遭遇をした。そのどれもが黒いもやを信じきった行動をしていたため、簡単に倒すことができた。
あと少しで戻れるというところで、あの奇声が聞こえた。
「「「「キュルリイイィ」」」」
それも一匹ではなく、複数の。嫌な予感がして急いでいくと、そこには光の魔糸でがんじがらめにされた邪精霊の姿があった。
「へ?」
変な声で驚いてしまった。それも仕方がない。あの黒いもやは魔法も糸も腐らせる。それが光の魔糸で捕まっているのだから。こちらに気付いたハクマは誇らしげにしていた。
「どういうこと?」
ハクマに問いかけると自慢気に教えてくれた。簡単に言えば、邪精霊は光に弱い。日光が燦々と輝くエリアにおいて、邪精霊は黒いもやを日傘代わりに行動していた。
よく見れば、黒いもやを頭上に多めに配置していることがわかる。そして気付かずに光の魔糸に引っ掛かった邪精霊はハクマに捕らえられ、このがんじがらめの邪精霊の塊に追加した。
魔糸なので時間制限がある。そこで俺が持ってきた変異した木の魔物の枝でつくった魔糸の木杭で串刺しにする。あの奇声を言わせるために頭は避ける。これで魔糸が糸になっても逃げられることはない。
追加分の邪精霊も次々と塊に追加されるので、すでに20体以上絡まっていた。ちなみにクロマは対抗策がないので、自分を闇で包んで隠れていた。闇は黒いもやに少しだけ色が近いので、バレることはないだろう。
クロニアもそこへひっそりと佇んでおり、二人は仲良く隠れていた。アホの子たちはというと、邪精霊たちから必死に逃げていた。
締まらない彼らは魔糸の木杭で助けて、クロマの闇の中に入れておいた。今は奇声で数を増やしていってるので、周囲から邪精霊が来なくなったら止めを刺すつもりだ。
敵が来なくなったので、隠れていたクロマたちに魔糸の木杭を持たせて、ザクザクと邪精霊に突き刺していく。客観的に見れば猟奇的な殺害現場だが、攻撃手段が限られているので見た目などを気にする暇はなかった。
数をこなしただけあってレベルが41になった。この戦法ならレベルも一気にあげることができるだろう。
黒いもやで変異した木の魔物の枝は魔糸の木杭に、幹は削って球をつくった。形は歪だが、糸を纏わせやすいので球にした。新しくつくったこれには『魔糸弾』と名付けた。
装備が揃ったので、狩りに向かう。今度は逃げることはしない。できれば、バラバラに探索を始めた子蜘蛛たちと合流したい。時々アホの子が拾い食いをしたのを介抱しつつ、マップを埋めながら移動した。
マップが埋まっている先端には子蜘蛛たちがいるはずだ。それを目印にして移動する。木に登って黒いもやで変異した木の魔物を討伐することも忘れない。邪精霊を貫ける素材はどれだけあっても困らない。
今のところ、邪精霊と木の魔物にしか遭遇していないが、他にはいないのだろうか。
そんなことを考えていると明らかに空気が清んでいる場所に到着した。そこには一本の木とそれを囲むようにフウマたちがいた。よく見てみると、フウマたちの上には、邪精霊の姿に似た存在がいた。
「あら?またお客さん?」
「ふふ、また蜘蛛さんだわ」
「かわいいわね」
「ええ、そうね。しかも精霊守護者もいるわ」
「本当ね」
ふわふわとしたそれは精霊樹の森にいる精霊のお姉さんに似た雰囲気がした。フウマたちがこちらに気付いて前脚をふりふりしてアピールしてきた。数としては15人いることから、すでに合流済みだったみたいだ。
「こんにちは」
「あら、こんにちは。挨拶ができて偉いわねぇ」
「そうね!あの人間たちは私たちを殺そうとして来るばかりでなんにも声をかけてこないもの!」
「精霊樹様を素材だとか言って切ろうとしてたもんね!ひどい奴等だ」
「私たちを捕まえようともしてきたよね」
「だからあなたはえらい!いい蜘蛛さん!」
どうやらPHもここに来たみたいだが、やってることがやってるだけに、印象が最悪のようだ。
「ん?あれ、なんで言葉がわかるんだろ?」
言語学で精霊言語なるものを取得した覚えはなかった。
「それはねぇ…な「私たちが蜘蛛さんの言葉を話せるからよ!」ちょっとぉ!言葉とらないでよぉ」
仲が良いのか悪いのかはさておき、この精霊たちは俺達の言葉が喋れるらしい。
「なるほど、そういうことか」
「ええ、南西にいらっしゃる精霊樹様から教えていただいたのよ。私たちに味方してくれる蜘蛛さんがいるってね」
南西といえば、俺たちが巣にしている精霊樹のことだろう。話を聞いていくと精霊樹同士は遠距離でも話すことのできる手段を持っており、それで情報を連携しているとか。
それでPHの振る舞いを知っているので、この領域に侵入不可にしてしまったそうだ。ちなみに話を聞いていくうちに精霊や精霊樹に優しくしないと今後の攻略をすごく苦労するとも言っていた。
PH全員がそうではないので、中には優遇している人もいる。なので、全く攻略できないとも言えない。
「ほら、彼もその一人よ」
精霊が指を差した方向にいたのは、弓矢を持った青年だった。明らかにこちらに敵意を向けていた。そして弓を構え、俺に対して放ってきた。
「え?」




