第37話 グミともふもふ
「す、すいましぇん」
「ルカさん、よだれ出てるよ」
ルカさんは口の端のよだれをポケットから出したハンカチで拭いだ。それはよくみると以前あげたものだった。しっかりと使ってくれてるようだ。
「おいしかったですか?人参」
「はい、さすがと言ったところでしょう。私もあんな人参がこの世にあるとは思いませんでした。美味しすぎて全部食べてしまったことは心残りですが、満足ではあります」
「そうですか。なら、ちょうどよかったです」
「ちょうどいい?」
「これ、なんだと思います?」
「そ、それは!」
ルカさんの目の前に人参がつまった袋を出した。
「これはルカさんのために買った人参です。毎日三本ずつ食べても一月は持つはずです。これを差し上げるので、のんびりと過ごしてください」
「さすが八雲様、先見を見てらっしゃる」
「とりあえずよだれは拭きましょう」
「しちゅれい」
ルカさんはよだれで言葉を濁しながらよだれを拭いた。夜も更けてきたので、さすがに現実の俺が爆発して黒歴史を作るかもしれない。ルカさんには一旦ログアウトすることを伝え、ログアウトすることにした。
再度ログインすると昼時でフウマたちがお昼ご飯を食べていた。ちなみに爆発はしていなかったが、汗だくだった。なのでシャワーを浴びて身体をきれいにして夜ご飯を食べた。夜ご飯のメインはエビチリだった。
フウマたちが食べてるのはなんだろう。あぁ、グミだな。あれ?グミってあんなに黒かったかな?ん?俺にもくれるの?ありがとう。あれ、このグミ生きてない?すんごい暴れるんだけど。
「八雲様、少しよろしいでしょうか?」
「ん?どうした?このグミが生きてるから、先にトドメをさしていいかな?」
「そのグミの、いえ、コウモリのことですが…」
グミ?ルカさんも食べたいの?人参以外も好きならあげてみようかな。
「おお、すごい羽大きいな」
前脚で片方の羽をもつとコクマも持ってくれた。面白いことがあると、コクマは嬉しそうに参加してくるのだ。
「その、コウモリはプレイヤーです」
「へ?」
羽を大きく広げてバサバサと動かしながらもがくコウモリの糸をとると、ちょこんと座った。羽を閉じると先程の五分の一ほどの大きさになった。コウモリの瞳はクリクリしていてまさにつぶらな瞳といえるものだった。
いつもはちょっと変わった感触の肉としか思っていなかったので、しっかりと見ることはなかった。
「ぷ、プレイヤーの方ですか?」
返事はなかった。
「あ、そうか。言葉通じないや。ルカさん、通訳してもらえますか?」
「ええ、もちろんです。この蜘蛛さん。八雲様はプレイヤーの方ですが、あなたもプレイヤーですよね?」
ルカさんがしゃがんで訪ねると今度はしっかりとコクリと頷いた。
「また、プレイヤーを食べかけてしまったな。いや、コウモリなら、あの中に含まれていたかもしれんな」
ちょっと反省しつつ、ルカさんにこのコウモリにフレンド申請をしてもらい、コウモリさんにはお家に帰ってもらうことにした。ルカさんが言うには他のコウモリは仲間でもなく、たまたま一緒にいただけで食べても問題ないそうだ。
フウマたちの寝顔を眺めていると転移門の方から黒い塊が飛んできた。高めの声が少しずつ近付いてきた。
「お、お待たせしました」
黒い塊は先程お家に帰したコウモリだった。コウモリさんは普段天井にぶら下がってることが多いのか、森賢熊の顎に引っ付いた。そこでいいのか?という突っ込みはせず、そのまま話すことにした。
「待ってないから、大丈夫」
「そ、そうですか。上から失礼します」
「いや、魔物の特性ですから。それに俺の目線に合わせたら地面にころがることになるからね」
「遠くから見たことあったんですけど、プレイヤーさんだったんですね」
「そうなの?」
「はい…たくさんいたのでそういう群れなのかと」
「群れであることはあってるよ。もしかして俺たちに食べられたことがあったりする?」
核心的な質問だが、これを最初に聞いておかないとあとあとタイミングを失って居心地が悪くなってしまう。それにもしそうなら謝っておかないといけない。
「い、いえ、近付いたら殺されるって思ったので遠くで暮らしてたんですが、まさか外にも糸があるとは思ってなくて…その、捕まってしまって…」
「あー…それは本当にごめんな…うちも大所帯だからいろんなところにクモの巣を張ってるんだ。主に北東の第二エリアは俺たちの巣がエリア全体に展開されてるから。飛べる魔物は基本的に捕まるんだ」
「そうでしたか…今度から近寄らないようにしなくちゃ…」
近寄らない。それはこのゲームにおいて自由度を奪うことといえる。戦略的なもの、あるいはPHに対抗する罠でもない限り、味方同士でするものではない。それはいただけない。なら、俺のできる行動は。
「近寄らないようにしないといけないのは、また捕まってしまうから?」
「あ、い、いえ、蜘蛛さんのせいじゃないですから。私がどんくさいだけなんで…その…」
「いや、いいよ。遠慮しなくて。俺も無闇やたらと巣を広げるのはよくないと思ってたんだ。だから、ある一定の高さまでは巣を解いておくよ」
「そ、そうですか…」
「あと、気になったんだけど、もしかしてあの洞窟からあんまり遠くにいってなかったりする?」
これは話してる最中になんとなく気になったことだ。そうなら、もっと行動範囲を広げてほしい。
「そうですね…私のレベルじゃあ勝てないので…」
「ちなみに何レベ?」
「5レベです…」
「そうか。確かあの辺りってそのレベルでも行けなかったかな?」
「八雲様、魔物は時間と共に成長します。前はそうでも、今は強くなっています」
「そうだった、ルカさんありがと」
ルカさんは嬉しそうにうさみみを揺らした。それにしても5レベで駄目なのか。じゃあこれからはどこにも行けないとかになるのは可愛そうだしなぁ。なにかいい方法は…。
「あ、そうだ。レベル云々の前に他のPMとフレンドになりにいこうか」
「ほ、他にもいたんですか!?ネットではほとんど情報がなかったので、誰もいないのかと…」
「いなくはない。いるけど、たくさんはいないかな。とりあえずここに今ログインしてるPMを呼ぶから、ちょっと待ってて」
コウモリさんをルカさんに預け、広場に向かった。広場には誰かしらいるので、誰かは捕まるはずだ。広場はすでに前の倍ぐらいの広さになっており、そこらじゅうに転移門が置かれている。それらをわかりやすくするために、看板がたてられ、そこに場所とどこになにがあるかという詳細な地図まで書かれていた。
広場は外縁に転移門がならび、その前に看板がおかれ、少し道を挟んで露店が並べられ、そこにゴブリンとスケルトンが店員として立っている。中央には各エリアボスの剥製が並べられている。俺が倒したことあるエリアボスもいればそうじゃないのもいる。それぞれに看板がおかれ、その詳細が書かれている。
だが倒したことのあるエリアボスの詳細しか表示されないようになっており、ちょっとした注意だけ見える。これはゲーマーとしてすべての情報を与えるのは楽しめないから、中途半端に情報を与えているのだ。
ざっと見回した限り誰が誰だかわからん。ということで片っ端からはなしかけることにした。とりあえずうまそうな匂いを放ってる露店から。
「パセリー、熊カツ一本」
「はいよ、八雲さんちょっと待ってくださいね」
パセリと呼ばれるホブゴブリンはせっせと熊肉に衣をつけて揚げていく。
「パセリ、カレーは今日いるか?」
「カレーの旦那は今日、第三エリアのエリアボスに挑むとおっしゃられていたので、今日は当分帰ってこないと言ってました」
「そうか、わかった」
熊カツを食べながら転々と露店をまわったあと、個人の拠点への転移門を渡り歩いてみた。ユッケとカルトは不在、マルノミさんは外出中。ジンは烏集会への出席、味噌汁ご飯とジュリアーナは採掘(意味深)、ミントさんはショコラと第三エリアに向かったらしい。担当者に聞いたので、情報が確実だ。
あとはあまり関わりのないメンバーだ。ヒデは同じ学校なだけあって知らない仲じゃない。ヒデのところにいこう。
ヒデの拠点の転移門を抜けるとそこには、ところせましと並ぶ死体の数々。それも穴が空き、植物が生えていた。これなら、よく自然界にある死体を肥料に育った植物だが、その一つの死体の穴が塞がった。
穴を塞いだのは穴と同じ大きさの木の根だった。
「ん?八雲じゃねぇか?なんか用か?」
視線の外から声をかけられたので、そちらを向くとうっすらと光で透明になる毛のようなものが一つの死体から生えてきた。その量は次第に増えていき、30センチはありそうな丸い物体が太い根を生やしながら現れた。
蠢く根は四本あり、それが丸い物体を支え、丸い物体の皮のようなものが剥がれた。それは丸い物体の背から生えているのだろうか。まるで羽だ。
「ん?なんだ?ぼーっとして?あぁ?そうか。俺の姿に驚いてるのか。リアルだと面白れぇ顔してんだろうな」
よく見ると羽は2対あり、その後ろの方に尻尾のようなものがあった。
「初めて見るだろうし、教えてやるよ。俺の種族をな。寄精翼種ってんだ。この羽根は飛ぶためのものじゃねぇ。子孫を残すための触媒だ」
「お、おう…」
「反応が薄いなぁ…。まぁいいか。そんな八雲を見るのも久々だしな。それで要件は?」
「お…すまん。あまりに幻想的だったから見とれてた。要件は新しいPMを見つけたから。フレンドになってもらおうと思ってな」
「おぉ!それは嬉しい報せだな。すぐ行くからちょっと待ってくれ」
ヒデは準備すると言いながらもとくになにもせず散らかったまま八雲を急かした。そこに小さな影が差して視界を暗くした。
「だめですよ、ヒデ様。ちゃんと片付けていってください!」
影の正体はふんすと言いながらふんぞり返っている狐耳ともふもふの尻尾を生やした少女だった。俺の三倍の大きさがあるため、見上げてる状態だ。それはヒデも含まれているが。
「蜘蛛さんが来るなら私がお掃除しましたのに。それよりも出掛けるならちゃんと片付けてくださいって、何度も言ってますよね?」
「い、言ってるが。ここは俺の拠点だぞ?」
「私の今のおうちでもありますよ?」
「あとで片付けるから…」
「いつもそれではないですか!今すぐ片付けてください!わかりましたね?」
「いや…」
「あ"ぁ?」
「はい、わかりました。すぐに片しますんで、少し待っててくれ。八雲」
おそらくヒデの担当である狐娘はどこからか取り出した箒で死体を脇に寄せ始めた。それを不満そうに見るヒデは狐娘に睨まれるとすぐに片付けに取りかかった。




