第36話 復讐者と幸福者
クナトに引っ付いてくましゃん二号を連れてボスエリアから出るとそこは修羅場と化した。くましゃんと二号はお互いにクナトの所有権を奪い合うようにクナトの両腕を引っ張り始めた。
クナトは満更ない感じで「おいおい、やめろよぉ~」みたいなノリで修羅場が一向に収まる気がしなかった。なので、彼らを放置してユークを連れて再びボスエリアに向かった。
ユークはあの時間の間に身体を骨の甲殻で覆い、真っ赤な肉の部分を無くしていた。眼も蜘蛛と同じく八つになっていたが、よく見たら一つの眼に三つほどの眼が入っていた。これほどこわい蜘蛛はいただろうか。
見た目が蜘蛛になったおかげで子蜘蛛たちに慕われるように引っ付かれていた。その姿は微笑ましく、ついつい眺めてしまうものだった。
ボスエリアに入るとまたあの真っ黒な村人と真っ赤な旅人の話が始まったが、少しずつ演出が変わっていった。
真っ赤な旅人は真っ黒な夫婦の嫁の方に手を出した。そして、真っ赤な旅人が真っ赤な人を連れて村を襲うことには変わりなかったが、夫婦共に亡くなるのではなく、夫の方だけ殺され、嫁と子は真っ赤な旅人とともに去っていった。
村が崩壊し、夫の遺体は放置され、それに黒いもやが集まるとスケルトンになり、真っ黒な鎧に変わり、真っ黒な大剣を持って立ち上がった。
まるで意思を強く持っているかのように大剣の素振りを始めた。真っ黒な鎧の隙間からは真っ赤な眼がみえ、それは一点を見つめて振り下ろしていた。
大剣を振り下ろし始めて幾分か経つと黒いもやをさらに吸収した。真っ黒な鎧に黒いもやを纏って一振り下ろすとクナトがやったようにフィールド全体に何かが過ぎ去った。
真っ黒な鎧はこちらに気が付くとゆっくりとした歩調で歩んできた。
「来るぞ、戦闘準備だ。おそらく前戦ったときより強くなってる。あれは骸骨黒騎士じゃないぞ」
長らく忘れていた識別を使うと名前には復讐者と書かれており、骸骨闇騎士となっていた。クナトと同じ読み方だが、クナトの方が一段上の進化体ということだろう。
前と同じく風槍をお見舞いしてやると、大剣の腹の部分で簡単に防いでしまった。子蜘蛛たちを散開させ、ユークには好きなようにやらせることにした。
ユークは前脚を地面に叩きつけて土の棘を生み出した。地面に次々と生えていき、骸骨闇騎士に向かっていった。それを大剣を横に薙ぐことで防いだ。
その隙に子蜘蛛たちは土を隆起させたり、糸を紡いだりして巣を形成していく。俺はフィールドに散らばる瓦礫を拾いながら骸骨闇騎士の後方に走った。
骸骨闇騎士はユークの攻撃を防ぎながらユークに着々と近づいていった。俺は瓦礫に糸をくっ付けて遠心力を使い骸骨闇騎士に投げつけた。瓦礫は骸骨闇騎士の頭に飛んだが、骸骨闇騎士は後ろに眼があるかのように大剣の柄で砕いた。
瓦礫が飛んできた方向をぎょろりと赤い眼を巡らせ、身体を反転させてもうスピードで駆けてきた。
「こわいなぁ、もう」
糸に張り付けていた瓦礫を全て投擲し、その中に土の魔糸の塊を仕込んだ。骸骨闇騎士は瓦礫を大剣で砕きながら駆け寄ってきたが、土の魔糸には気づかなかったのか、それを一緒に振り抜いた。
土の魔糸は普通の糸よりも硬いだけでなく、糸特有の粘着性も持つ。そのため、塊は斬ることができるが、斬った対象に張り付く。
骸骨闇騎士は土の魔糸の重さが大剣に加わり、バランスを崩して倒れることを恐れ、大剣を放した。
「今だ、総攻撃だ」
大剣をもたない騎士など釣竿をもたない釣り人のようなもの。奴は木偶の坊だ。
ユークは先程と同じく土の棘を生やし、子蜘蛛たちはそれぞれの属性の魔糸で骸骨闇騎士を縛り付けた。ミノムシのように地面に転がると糸の粘着性で地面に張り付いた。
PHと戦う容量で手放した武器などは奪うことができる。なので大剣を収納してミノムシくんを無力化した。魔糸はMPを大きく消費するため、普通の糸に変えてカラフルなミノムシくんから真っ白なミノムシくんにジョブチェンジさせた。
ミノムシくんにはユークが骨の甲殻の爪で殴り、子蜘蛛たちも爪で殴った。その間に砕ける鎧の欠片を青牙蛇の掃除機で吸い込んでいった。スケルトンの骨片なども素材としてとれるので、骸骨闇騎士は生きた?状態で身体全身を解体されていってるのだ。
骸骨闇騎士の骨片が吸い終わると残りの糸も回収できた。
《骸骨闇騎士を討伐しました。》
《上位討伐者称号があるため、統合されました。》
《レベルアップしました。》
《レベルアップスキルポイント5SPを獲得しました。》
《レベルアップステータスポイント10JPを獲得しました。》
《PM専用報酬:骸骨闇戦士の滑り台、骸骨闇騎士のブランコ、骸骨闇騎士のチェスの駒、生存ポイント300P,スキルポイント3SP,ステータスポイント3JP》
報酬が遊具系だったので今度拠点を改装しよう。それからルカさんのために色々置こう。最近放置し過ぎてる気がするからな。ルカさんにいい人参を仕入れよう。カルトのお土産の骨は結構集まってきたな。一つだけ粉々だけど。
なんにせよ。周回は終わらせなくては。そう思いながらボスエリアから出ると膝の上に二人のくましゃんを乗せたクナトが瓦礫に座っていた。さっきまでの修羅場は?と思ってしまうほどいちゃいちゃしていた。
なのでほっといて子蜘蛛たちと周回を再開した。毎回戻ってくる度に態勢が変わっていて最終的にクナトがくましゃんを肩車してそのくましゃんが二号を肩車してその上にユークがいた。こいつらは組体操でもやっているのだろうか。
見上げるほど高いので一応クナトにだけついてくるか聞いてみると、こくりと頷いた。崩すのを待つのも面倒なのでそのままついてきてもらった。子蜘蛛たちは新しいアスレチックとでも思ったのか、子蜘蛛たちがぞろぞろ登っていった。
敵には出くわしたが、一応お土産にもなるので出会ったら毎回倒した骨なので使い道はカルトに売り払うぐらいしかない。
カルトの転移門を通り、カルトの拠点に帰ってきた。カルトがちょうど不在だったので、大量の骨をカルトが座ってた椅子に乗せて、粉々になったものはまぶしておいた。遠くから見てみるとここに座っていたカルトが死んだようにしか見えなかったが、元々死んでるのできっと喜ぶだろう、お供え物として。
拠点には天井というものがないので、クナトの肩車を崩すタイミングが現れず、そのまま帰宅することになった。自分の拠点につくと、ルカさんはいつものテーブルでお茶を飲み、仕事から帰ってきたフウマたちは眠っていた。
どうやらあのエリアでは朝も夜も変わらずあんな感じだったのか、いつの間にか夜になっていたらしい。クナトたちには子蜘蛛たちから離れた場所で休んでもらい。俺はルカさんの向かいの席に座った。蜘蛛が座れないって?頑張れば座れるよ?身体が痛くなっちゃうけどね。
だから、テーブルにひょっこりと顔と爪を出してる状態で頑張ってルカさんの視点からは座っているようにしてるんだよ。
「ルカさん」
「はい、なんでしょうか?八雲様」
「今までほっといてごめんなさい」
「私は八雲様の担当AIですから。八雲様だけのために存在しているのです。ですから、必要なときだけ話しかけてくださるだけでも嬉しいのですよ」
「それでも、俺はルカさんに謝りたいんだ」
「八雲様…」
「ごめんなさい」
ルカさんに眼を伏せるように頭を下げる。ルカさんはどこか戸惑っていたようにも見えたから不安だ。
「八雲様、私は謝られるようなことはしていません。ですから、人参を下さればよろしいのです。知っていますか、現在市場にはPHの方ですが、農家さんが作り上げた無農薬高級人参が売られているのです。私はそれさえ戴ければ…いえ、別に食べたいわけでは。八雲様がどうしても、どうしてもご自分を許せないとおっしゃるなら。仕方なく無農薬高級人参を食べてあげるのです」
頭をあげるとルカさんが頬をほんのりと赤くしてそっぽを向いてちらちらとこちらを見ていた。それがおかしくてつい笑みがこぼれてしまう。
「いいですよ。高級人参だろうと、無農薬高級人参だろうと買いますよ」
「あぁー!八雲様、笑ってますね!」
「笑ってませんよ。買うのでちょっと待っててくださいね」
メニューを操作してフリーマーケットを開き、人参で検索する。すると多種多様な人参が出てきた。その中でも特に高級だったのが、ルカさんが言っていた無農薬高級人参だった。それが10本入りで10万Pだった。1本1万Pってアホだろ。誰が買うんだよ。まぁ俺が買うんだけどさ。
10袋売られていたので全て買っておいた。財布的には問題はなく、スキルを1つ買うくらいの値段だった。
「ルカさんが食べたい人参はこの1本1万Pする。この人参かな?」
「べ、別に私が食べたいって言った訳じゃ…」
「おおー、結構うまいな、これ」
ルカさんがなかなか素直になってくれないので、無農薬高級人参を食べてみた。ルカさんが口を開けてポカーンとしているのが目に入ったが、食べかけをあげるのもあれなので、全部食べきることにした。
「これおいしいですよ、ルカさん」
「や、や、やく、やくも、しゃまぁ…」
「あー、あとちょっとでなくなっちゃうなぁ」
「や、やくもしゃまぁー!」
最後の一欠片を口に入れてもぐもぐしてるとルカさんが机に身体を乗り上げてゼロ距離で涙目になっていた。
「もぐもぐ…ごっくん」
「や、や、やくもしゃまぁ…」
ルカさんが崩壊寸前となったところで。
「ルカさんも食べる?」
ルカさんの目の前に10本入りの無農薬高級人参を差し出した。
「や、やくもしゃま…た、たべ、食べます!」
「どーぞ」
ルカさんが感極まった感じで崩壊した。そして。
「やくもしゃま大好きです!」
そう言って俺ごと人参を抱き締めた。
「る、るか、ルカさん!?」
ルカさんはそのまま持ち上げると、机の上に座った状態で俺を抱き締めて人参が入った袋に手をいれた。ルカさんは人参の外側をスリスリと感触を確かめ、人参の香りを楽しむとそれを一欠片だけ口に含んだ。
その瞬間、ルカさんの身体がビクリとして耳の先まで身震いした。その振動は俺にも伝わってきた。ちなみに俺の状況は前からがばりと抱き締められたため、ルカさんの胸にダイブしてる状態だ。それも頭から。ただ、しっかりとホールドされているため、恥ずかしくてどうにかなりそうなのに、離れられない状況だ。
そんな俺の状況にはルカさんは一考に気づく気配がしない。ルカさんの目線の先には俺のじたばたした脚が見えてる筈なのだが、ルカさんの視界には人参の入った袋とその人参しか見えていないのだろう。
恥ずかしいは恥ずかしいが、これでも俺は男なので嫌な訳じゃない。思春期特有の恥ずかしさってわけだ。ただ残念なことにがっちりホールドされたことで視界は真っ暗だ。夜目のスキルはあるがゼロ距離なので白い布しか見えない。それでもルカさんのいい匂いがするのでナイスである。
まぁ、ルカさんが喜んでくれてよかった。あとこの幸せ空間がどれだけ続くかわからないけど、ルカさんも喜んで俺も嬉しい。一石二鳥ということでしばらくルカさんには、話し掛けないでいよう。




