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第34話 トラウマと異物

 カルトの拠点の転移門を潜り着いた場所は、薄暗く灰色の煙が視界をさらに悪くしていた。視界が低いのが相まって空が真っ暗にみえた。そんな中を俺達は進んでいった。


 子蜘蛛たちにはビビりはいるが、こういう雰囲気は大丈夫そうだ。これならきっと今回の戦いも余裕だろう。暗いからこそ活躍するのが白系統と精霊系統の子蜘蛛だ。彼らは自身が光っているため、この程度の暗さなら瞬く間に明るくしてくれるだろう。


 そう思い、振り替えると、そこには大蜘蛛(ビックスパイダー)にへばり着いた精霊蜘蛛(エレメントスパイダー)たちがいた。彼らは大蜘蛛の動きは阻害しないが視界はしっかりと塞いでいた。


 「どうしたんだ?」


 精霊蜘蛛たちに問いかけると、代表格である銀魔(ギンマ)が答えた。


 「ママぁ~怖いよぉ」


 「大丈夫だ。怖くないぞ、俺がいるからな。それにみんないるから、どんな敵だって倒せるぞ」


 「ほんとぉ?」


 銀魔は八つある眼をうるうるさせながら首をかしげた。


 「あぁ、本当だ」


 優しく慰めたが、銀魔以外は落ち着かないようで大蜘蛛から離れようとしなかった。そこで俺が大蜘蛛の背中に乗り、その回りに精霊蜘蛛たちを侍らせた。ひしっとくっつく子蜘蛛たちを慰めながら行進していく。


 さすがにこのまま戦闘はできないので、怖がらない子蜘蛛たちに戦闘を任せた。今のところ人型の骨とか小さい骨とかそういう魔物が出てきている。糸で骨は倒しにくくみえるが、縛って砕けば簡単に倒せる。


 そんな敵を倒して進んでいくと鎧を着込み、ボロボロのローブを羽織った仮面の人が立っていた。仮面の隙間から見えるのは闇だけだった。


 「こいつは強そうだな。戦闘に備えろ」


 子蜘蛛たちに指示すると、この雰囲気に慣れてきた精霊蜘蛛たちが仮面の人を囲むように配置した。


 配置が完了した頃、仮面の人は動き出した。ローブに重なって見えなかった手が動いたことで露になった。その手は触れると壊れそうなほど細く、そして真っ白だった。真っ白な手を仮面に翳すと仮面はボロボロに崩れた。


 「スケルトンだ。それもかなり高位の」


 仮面をとった顔は先程の手と同じく真っ白な骨だった。スケルトンの顔には眼球はないが、虚空の中に真っ赤な眼があった。それがなんとも恐ろしく精霊蜘蛛たちがブルブルと震えていることがわかる。


 高位のスケルトンは羽織っているローブを掴むとそれを勢いよく脱ぎ去った。さらに背中に刺した剣の柄を持ち、真っ赤な眼をぐるぐると動かした。それを一点に定め、その一点に向かい急発進した。


 狙いは俺だ。そう気づいた瞬間に後ろに飛びながら、スケルトンに向けて風属性の魔糸と土属性の魔糸、水属性の魔糸を三つ編みを作る要領で放出しながら紡いだ。


 糸の塊は一直線にスケルトンに突き刺さった、かのように見えたが、スケルトンの着こんだ鎧にぶつかって止まっていた。


 「くっだめか」


 「イヤ、キイテルヨ」


 「喋った!?」


 糸が勢いを失い、地面にパサリと垂れると、スケルトンの鎧は糸がぶつかったあたりから亀裂が入り、鎧がボロボロと砕け散っていった。そうして現れたのは見覚えのある短パンとタンクトップだった。


 「あれは!?嘘だろ!」


 俺は衝撃を受けた。スケルトンが着ていたのはただの短パンとタンクトップではない。タンクトップには名札がついており、それはよくスクール水着につけられるような布一枚だが、そこには、「1ー1 りゅーくん」と可愛らしい文字で書かれていた。


 それだけみればスケルトンの名前だと思う。だが、俺は知っている。あれは…。


 「カルトサマガ、ヤクモサマハ、コノフクガ、ダイスキナノダト、オッシャラレテオリマシタ」


 スケルトンは片言で語った内容はあまりにも恥ずかしい内容だった。俺は頭を抱えて蹲った。きっと人間の姿であれば顔が真っ赤に染まっていただろう。


 あれは中学一年生のときだった。初めての体育祭で起きたことだが、初めての晴れ舞台とテンパった俺と母の異様なテンションであの服は作られた。それだけなら、まだ「そうなんだ」くらいの話で収まるだろう。


 体育祭といえばゼッケンを渡され、それを縫い付けて親御さんからお子さんがどこにいるか分かりやすいようにつけるものだ。それを母はなにを勘違いしたのか、真っ白なゼッケンを刺繍して可愛らしく仕上げ、さらには「りゅーくん」とかわいくした上、短パンのど真ん中にねこの刺繍を加えた。


 本来、体育祭で使われるゼッケンにはなにも施さず、名前の書いた布を縫い合わせるだけなのだ。それをあれだけ可愛らしく仕上げたらどうなるか?めちゃくちゃ目立つのだ。それも無自覚の男の娘がだ。ちょうど髪が長めだったことが災いし、さらに目立った。


 そのおかげで八雲は幾度となく男子トイレで止められ、男子更衣室で止められ、最終的に女子更衣室に引きずり込まれるというところまでに至った。


 無自覚な男の娘である八雲はかなり傷ついた。今のように蹲って動かなくなるほどに。


 そんな、八雲をかわいそうに思ったスケルトンはタンクトップと短パンを脱いで全裸になった。全裸といっても骸骨なので、理科室などでよく見られる標本のようなものになった。脱ぎ去ったタンクトップと短パンは火魔法で焼き去り、ローブを着て、全裸から裸ローブにジョブチェンジした。変態度は増したが、見映えはよくなったといえる。


 「アレハモウヌイダ。ダカラダイジョウブ」


 「ママ、大丈夫だよ」


 「ママ、なくなったよ」


 「母さん、平気だよ」


 などなど、スケルトンだけでなく、子蜘蛛たちも慰めるように駆け寄った。八雲はぷるぷると震えて目を閉じたままだ。そんな八雲を慰めるために集まる子蜘蛛たちを第三者が見れば、弱いものいじめをしているスケルトンと蜘蛛たちに見えただろう。


 だが、ここにはそんな空気を読まないやつは現れなかった。


 「ほんとう?」


 八雲は弱々しく声を出すと、子蜘蛛たちとスケルトンは必死に現状を説明し、なんとか立ち直ることができた。ただこれを仕出かしたであろうカルトに子蜘蛛たちから報復をされるのは言うまでもなかった。


 立ち直った八雲はスケルトンの姿を見てほっとし、慰めながら涙目になっていた子蜘蛛たちを慰めた。母は偉大だ。子蜘蛛が泣いてたら慰める。母性の塊である。だが男だ。という突っ込みは受け付けない。


 あれだけ落ち込んだ気持ちも子蜘蛛たちの慰めでなんとか立ち直れた。やっぱり俺の子蜘蛛たちは最高だ。涙目の子蜘蛛たちも愛おしくなってしまう。これが父性というやつなのだろう。


 8つの目から溢れた涙を拭き取り、現実を見つめた。そこにはタンクトップと短パンのスケルトンではなく、まさに骸骨といえる存在がローブだけを着ていた。


 それを見た瞬間、「はぁ?」と呟いてしまったが、よくよく思い出せば、あの姿は落ち込んでいたときに見たものだ。しかもそれを見てほっとしてしまった自分がいる。それがなんとも恥ずかしくなり、再び俯くことになったが、やはり子蜘蛛たちは最高だということがわかった。


 なんだかんだあったが、あの裸ローブスケルトンはこんな姿をしているが、カルトが用意したエリアボスへの案内人らしい。普段は村で農業に勤しんでいるのだが、カルトに仕事を託されてあんな意味不明なかっこよさと変態的な格好をしていたという。カルト、許すまじ。


 裸ローブに案内された場所は多数の墓に囲まれた場所だった。裸ローブの案内はここまでらしい。はやく帰って畑の世話をしないといけないと走って帰っていった。


 今回のエリアボスはなんと24人まで入れるレイドだった。つまり、三回いけば、今のメンバーの周回が終わるということだ。これはありがたい。そう考えながらメンバーを決めて早速ボスエリアに侵入した。


 入った瞬間、視界のもやは拡散した。いや、多数ある墓に吸い込まれていった。墓の中でも一際大きな墓が三つあった。それにより多くのもやが吸い込まれていった。


 もやが全て吸い込まれると地震が起こった。それはそれほど大きくはないが、脆い墓などは簡単に砕くほどの揺れだった。


 揺れが収まると至るところの墓にヒビがはえ、墓を押し退けるように現れたスケルトンやゾンビによって瞬く間に墓は崩れ去っていった。そんななか、一際大きな墓だけはひび割れることもなく、ただそこに佇んでいた。


 「いくぞ!」


 俺の掛け声に反応した子蜘蛛たちは崩れかけの墓や墓を囲う柵などに糸を引っ掻けて、立体的にテリトリーをつくりあげていく。高さがほしい場合は土魔法で土を隆起させ、巣を大きくさせていく。


 そんな中を墓から這い出てきたゾンビやスケルトンは絡まっていく。スケルトンは軽い体をもつため、はやさがあるとカルトに聞いた。ゾンビははやくはないが、力があるといっていた。


 だが、動けなければ意味などない。すばやいスケルトンは骨の隙間から骨の髄まで糸が絡まり、いつしか巣の一部となった。ゾンビは力はあるがスピードがない。糸を引きちぎることはできても、それをほどくことはできない。抵抗したがすぐさま絡まり、動かなくなった。


 スケルトンもゾンビも壊れた人形のようにビクビクするだけで完全に動けなくなってしまった。そのとき、残された三つのうち1つの墓が開いた。出てきたのは真っ黒な全身鎧のだった。


 「あれはなんだ?リビングアーマーか?」


 全身鎧は墓から出てくるともう1つの墓に近づき、握りこぶしをして墓を割った。そこから現れたのは全身鎧と同じく真っ黒な柄だ。それを握るとゆっくりと引き抜いた。出てきたのは刀身まで真っ黒な大剣だった。


 大剣を抜いた全身鎧は両手で持って振りかぶると、ブゥンという音を経てながら振り抜いた。するとフィールド全体に突風が吹いた。ただの素振りか。とほっとしているとさっきまでピクリともしなかったゾンビやスケルトンが動き始めた。


 もっとも近場にいたゾンビはそのままこちらにこける勢いで襲ってきた。


 「くっ」


 糸で縛られてたはずだった。それなのにどうやって動いた。周囲をみると子蜘蛛たちも対応におわれていた。ゾンビは首を切ろうと動きを止めない。一撃で倒すことができない。ばらばらにするまで動き続ける。


 「焼け!火魔法だ!」


 子蜘蛛たちはコクリと頷き、火魔法をそれぞれが使い、残念ながら火魔法の使えない俺は片っ端からスケルトンを糸でまとめて風魔法でばらばらにしている。ゾンビは足を飛ばして這いずらせ、腕を飛ばして最後に首を飛ばす。あとは胴体だけだが、やつらはそれでも動き続ける。


 それならばと土魔法で土葬してやった。さすがに腕一本だけで動いたところでたかが知れている。よって土葬が最適解だ。次々と無力化してる間、全身鎧はというと、残った大きな墓に腰を下ろしてこちらの様子を見ている。


 身動きを止める糸を使わないためかあの全身鎧は手を出してこない。墓にばらばら死体とそれを雑に土葬した様子は果たして、この墓を作った者からしたらどううつるだろうか。


 神への冒涜、死人への冒涜か。


 すべてのゾンビとスケルトンが片付いたと同時に全身鎧は重い腰を上げて大剣を持ち上げた。先程全身鎧が座っていた墓の蓋がスライドし、中からローブを着た、やはりこのローブも真っ黒だ。ローブを着た何かが出てきた。


 ローブの中に誰がいるのかわからないが、アンデット系の魔物だろう。ローブは墓から悪趣味な髑髏の杖を取り出した。


 ローブは杖を掲げると呪文のようなものを唱えた。


 「ΤΠΘΟΕ」


 すると、杖に黒いもやが集まり、弾けた。黒いもやはフィールド全体の地面に降り注ぎ、再び地面が揺れた。


 地面に亀裂が走り、ばらばらに砕けたスケルトンの欠片やばらばら死体になったゾンビの部位が宙に浮き、ローブの杖先に集まっていった。


 出来たのは醜悪な肉の塊。


 「καωαГΕ」


 肉の塊は肉を引きちぎる音、弾ける音、無理やり握り潰した肉の音を発しながら変形していく。それはゾンビでもスケルトンでもなく、ましてや人の形すらしない異形だった。

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