第25話 チチマンと人参ソムリエ
チュートリアルちゃんと受けたマンの方を見ると杖を構えて如何にも中二病の魔法使いが立っていた。つい目を細めてしまったが、あれでも初めての強敵だ。丁寧に対応しなくては。
遠くだがどや顔してるように見える。それがなんとも腹立たしい。先程までの領域は火が消えて着々とPHが戻ってきている。そのおかげであのチュートリアルちゃんと受けたマンとの射線が切れた。
いい壁ができたのでチュートリアルちゃんと受けたマン、略してチチマン方向じゃないPHを仕留めることにした。大ダメージはもう受けたくないので子蜘蛛達に戦ってもらってる間に、命の結晶のステータスを割り振る。
先程から食べてはいるが振っていないので、それを全て耐久と魔抗に振る。コクマとハクマとその子蜘蛛達は上がり続けているので均等に振り分ける。
領域がなくなって引火するものがないので、皆でそれぞれの属性の魔法を撃つことにした。魔法による対魔物に慣れてないのかPHはことごとく倒せていく。というのもパーティーで来ている者はある程度の魔法をタンクが防いでいるが、いないところがそれに便乗する形で背後に待機している。
要であるタンクを倒せばパーティーが総崩れする。PHが蜘蛛の巣に対応できない理由としては魔法を撃とうとすると即座に俺達が反応して倒す。火魔法だった場合、水魔法で打ち消す。
よく魔物を速度と回避で翻弄しているラノベを見るが、密集しているので回避もくそもない。速度でどうにかするにしても地面に張ってある蜘蛛の巣をどうにか打開できなければ、最初の一歩目で無になる。
空中を移動できればどうにかなるが、そんなスキル持ってたらすぐに村は沈んでいるはずだ。とにかく相手の機動力をなくせば、あとは的になったあいつらを倒せばいいだけだ。
本番の戦いは密集するほど人数がおらず、チチマンが多く残っている場合、そして高レベルがたくさんいるときだな。村内部でフル装備で復活されても困るので、装備の剥ぎ取りは忘れない。
この剥ぎ取りシステムを使って、逆に服を着させて反映することができれば、精神的にPHを殺すことができそうな気がする。さすがにできないと思う。それができたら戦ってる最中に装備が変わって変身もののヒーローみたいになってしまう。
MPが心許なくなってきたので糸をPHの頭の上にまで飛ばして身動きを止めた後、後方に下がっていく。後方にはボロボロなゴブリンではなく、屈強なホブゴブリンが立っていた。
「え?」
そして装備も一新されて破損寸前だったものが新品のフル装備になっていた。武器も強そうなものだ。これなら任せられる。俺達はそのまま後退し、ステータスを更新する。
俺のレベルは現在32で、他はLv33(2)Lv31(6)Lv28(26)
Lv26(17)Lv25(37)だ。まだまだ進化にはレベルが足りない。待機の間はHP,MP回復に努めるため、できる限りなにもしない。
PHとホブゴブリンの様子を眺める。PHは俺達がいなくなったことを確認すると蜘蛛の巣を燃やして更地にした。それからホブゴブリンとPHは本当の魔物VS人の戦いをするように切り合い殴り合いをしている。
「うわぁ…よかった、PHの土壌で戦わなくて…」
PHもホブゴブリンも生き生きしてるようにみえる。といっても俺達があんな戦い方をすれば負けることなど目に見えているのでそんなことはしない。
戦ってる間に生存ポイントでお買いものするために子蜘蛛達を置いて拠点に戻る。戻っている最中にカレーに遭遇した。
「お、もう片付いたのか?」
「まだまだだ。そっちは?」
「内側のPHのリスポーン地点はどうにか対応できているが、外が全然だな。数が減ってるのはわかるんだが、どうしても人数差があるからな。隙を狙われて部下もPMも倒されてるな」
カレーは腕を組んでうんうんと悩んでいた。数の差を埋めるにも難しい。即戦力は作れないだろうし、繁殖も一日2個卵が貰えるとしてもインベントリにあるのは4つだけだ。
この4つの卵は昨日と今日もらえたもので、熟睡したときの2日間の卵は貰えていない。なぜなら卵はログインしていないと手に入らないからだ。
「数は圧倒的にPHが上だもんな。どうにかして対応しないとやってられないな」
「あぁ。今からどこに向かうつもりだ?」
「ポーションを買いに拠点に戻るんだよ」
「そうか、止めて悪かったな。俺も応戦しに行くから、またな」
「あぁ、頑張ってこいよ」
「おぅ」
カレーと別れて拠点に向かうと今度はスライムに遭遇した。カレーの話だと化け物が二人に増えたといっていたので、もしかしたら味噌汁ご飯じゃないかもしれない。
こちらに気付いた、いや多分気付いたであろうスライムが大きく揺れた。なので右前脚を挙げて挨拶をした。すると、スライムがさらに大きく揺れ始めた。
「やぁ」
「…!」
スライムは激しく揺れた後、飛ぶように素早くその場を去っていった。
「そういえば味噌汁ご飯じゃなかったら、言葉通じないよな…」
あれがカレーの言っていた新規の化け物ジュリアーナとかいうスライムか。どうやら蜘蛛が苦手みたいだ。化け物に好かれるより幾分かマシなのは言うまでもない。
気を取り直して拠点に向かう。拠点回りには守護するためのホブゴブリンが待機していた。それに軽く左前脚を挙げて挨拶をして拠点に入る。広場を抜けて自分の拠点に入ると、ルカさんがくまさんの絨毯の上でニンジン食べていた。
「おいしい…はっ!?や、八雲様、おかえりなさいませ」
「ただいまです。生存ポイントで買い物したいのですが、やり方教えてくれませんか?」
「わかりました。ではまずメニューを開いてください。生存ポイントで買い物するにはフリーマーケットを押してください。あとは好きなものを取引してください」
メニューを開くとステータスや拠点に関するものが多く存在するが、その中のフリーマーケットを押す。フリーマーケットを眺めると、出品できる商品に制限はなくいくらでも出すことができ、お金の部分には生存ポイントが表示されていた。
《生存ポイント》
所持:6457(+3490)P 貯蓄:36585P
商品はNPHが売っているものは別個で存在していて無限に置いてあるのではなく、在庫が存在した。全体から見て個数が少ないものは価格が上昇していた。
腐る食べ物類は状態の劣化具合で価格が逆に下がっていた。あとは商品の品質によっても値段が変わるらしく、ポーションによっても値段が大きく変わっていた。
NPHの出品者は所属と名前が書いており、身分が確かであるため信用できるが、PMである俺達からしたら身バレして危ないのではないのか。
「売るときと買うときに名前が出たら命を狙われたりしませんか?」
「出品者は匿名にもできますし、値段も自分で決めることができます。NPHのものであれば即時取引完了しますが、出品者がPHあるいはPMだった場合には取引完了まで3時間かかります。その間、オークション形式で高く価格をつけた方に買い取り権限が移ります」
フリーマーケットなだけあって自由だな。これなら生存ポイントを稼ぐのも容易かもしれない。出品されたものの情報は以下のようになっている。
《商品の情報》
・品物の名前【自作なら自由】
・品質、レア度
・品物の状態
・出品者の希望価格、現在の物価の平均
・取引結果の最高価格、最低価格、平均価格
・現在出品されている数、希少性
・出品者の所属、名前
・出品日付と時間
・武器であればステータス変動項目、アイテムであれば効果など
・アイテムの説明
・出品者が自由にかける項目
というように買い取りする者への配慮が行き届いているため、詐欺を行うことは難しそうだ。加えて出品物は出品するとすぐにフリーマーケットの方に飲み込まれたので、売れる前に紛失したから金だけもらって逃げるなんてことはできない。
ちなみに出品したものはPHから剥ぎ取った剣だ。適正価格と書かれていた12500エルだ。この武器が高いのかわからないが、これなら生存ポイントがすぐ貯まりそうだ。次からは全てカレーに渡さず売ろう。まぁカレーが売っていたとしても今回は手に入れた生存ポイントとなっているので、その分も貰えるはずだ。
出品した剣はすでにオークション形式になって1.3倍に膨れ上がっていた。3時間後が楽しみだ。
売り上げは自動的に貯蓄しているところにいくので戦闘中に増えて、倒されて無くしたなんてことはないそうだ。
「じゃあ手早いNPHのものを買おうかな。ルカさんは人参でいいですか?」
「もちろんです!」
ルカさんは嬉しくなったのか俺を持ち上げた。俺はくまさんの絨毯の上でメニューを操作していたのだが、ルカさんが嬉しさのあまり持ち上げて振り回したため、急遽ジェットコースターに乗ったような感覚に陥った。
「わーい」
「る、ルカさん、う、嬉しいのはわ、わかりますが…振り回さないでっ!」
進化して大きくなったとはいえ、ルカさんからしたらちょっとしたボールからでかいぬいぐるみになったようなものだ。だからか手軽に持つことができる。
「す、すいません…つい…」
ルカさんにやっと下ろして貰えたので少し距離をとる。それからNPHの出品した回復ポーションをみると少々ばらつきはあるものの、サービス開始時に貰えたものよりも確実に効果が上だったので、買い尽くす勢いで買っておいた。
・下級HP回復ポーション(HP10回復)品質F
・下級MP回復ポーション(MP10回復)品質F
↓
・下級HP回復ポーション(HP50回復)品質C
・下級MP回復ポーション(MP50回復)品質C
サービス開始時は品質がFで10回復だったが、冒険者ギルド所属のモリモリくんというNPHのポーションは品質がよく、値段も150エルとお得だったので、全部買っておいた。
他にも中級ポーションはあったが、値段が1000エルを越えていたので今回は諦めることにした。下級ポーションの内訳は以下の通りだ。
《買ったポーション》
・下級HP回復ポーション×30(HP50回復)品質C
→4500エル
・下級MP回復ポーション×200(MP50回復)品質C
→30000エル
《残り生存ポイント》
所持:0(-6457)P 貯蓄:8542(+6457-34500)P
ルカさんがきらきらした目で期待していたので農家ギルド所属のファルナーくんの高級人参10本入り3000エルのものを買ってあげた。
《残り生存ポイント》
所持:0P 貯蓄:5542(-3000)P
「はい、あげる」
「いいんでしょうか!?」
「はい、ぜひ食べてください」
「ありがとうございます!」
それをルカさんに渡すと人参を空に向けて掲げていた。
「八雲様はなんと尊い…素晴らしいお方です…」
人参に夢中になっているルカさんは恍惚とした表情になり、それから大切そうに高級人参を食べていたので、そっと挨拶をして別れたが、集中して気付いてくれなかったので、そのまま拠点を後にした。
拠点を出るとまたホブゴブリンがいたので、軽く挨拶をしたすると、ホブゴブリンも軽く挨拶を返してきた。ホブゴブリンもコクマやハクマのように行動に変化があり、学んでいくのだと感心した。
コクマ達のことが気になったので見に行くと、転移門の周りに十字架が掲げてあってそこには無惨なPHの死体が縛られてあった。コクマ達はその十字架のしたに配置していて、転移門にリスポーンしたPHが十字架を見て固まったところで即座で捕まえて倒し、新たな十字架を作っていた。それにはホブゴブリンが主導で行っているのか嬉々として作っていた。
「うわぁ…」
十字架の数は軽く100はあり、その周りにはジンの部下でもあるカラスが飛び回っていて如何にも墓地であることを演出していた。さらにはスケルトンが複数徘徊していて近寄りたくない状況だった。
コクマ達を励ましにでも行きたかったが、行きたいと思える状況じゃなかったので、フウマ達のところに戻ることにした。フウマ達を見つけると右前脚を挙げると、あちらも気付いたのか敬礼した。
フウマ達はホブゴブリンを見守って回復に専念していたのか、HP,MPともに回復していた。これなら戦いに復帰できるはずだ。
ホブゴブリン達は進化しているためか、PHを圧倒していた。命の結晶を多く手に入ってる筈だから、現在のレベルよりもいくつか高いステータスを持っている。
よくあるゲームのレイドやボス戦では自分達とレベルが同じでもHPも攻撃力防御力ともに高いのが通常である。それとは別でこのFEOはPHよりPMの方がステータスは弱い。
こちらはJPをレベルアップ時に10上昇するがPHは種族と職業両方でJPを取得する。さらには装備によるステータスへの恩恵は計り知れない。
そうすると圧倒的にPMの方が不利だ。この差を埋めるためには命の結晶を浴びるように使わないといけない。まだ俺達はこの不利な差を縮めることが出来ていない。
だがホブゴブリン達はきっとこの不利な差を埋めているはずだ。PHの中から選りすぐりの装備を剥ぎ取って装着し、命の結晶も浴びるように使ったはずだ。主に転移門での戦闘のおかげで。
これなら勝てる。あとはあの中二病スタイルのチチマンとPHの中の強者達だけだ。




