第23話 二つ名のメリット
十分な休憩をとり、早めの晩御飯を食べ終えて19時頃に再ログインした。拠点ではすでに早起きしたフウマ達が忙しく朝御飯の調達と魔糸の木杭の製作に勤しんでいた。
もちろんルカさんも起きていた。
「八雲様、おはようございます」
「おはようございます、ルカさん」
「八雲様にご報告があります」
「はい?なんですか?」
報告されるようなことがあったかな?もしかしてPHを倒しすぎて指名手配されちゃったとか?それとも苦情があるとか?なんだろう。
「なんとサービス開始わずか3日目で二つ名がつけられました!」
「二つ名?それは一体どういうものですか?」
「二つ名というのはPHやPMの方達の指名によってつけられる名前です。キャラメイク時につくった名前とは別物になります。二つ名をつけられた場合、メリットとデメリットがあります」
「メリットはなんですか?」
「メリットは魔物としての格上げとPHとの戦闘時にステータスが上昇します。少し前までの八雲様は魔物としてそこら辺の魔物と同じ立ち位置にいます」
「立ち位置というのは?」
「例えば八雲様がよく食べてらっしゃる夜蝙蝠は通常魔物です。通常魔物は名前もなく強さも一般的なものとなっていますが、エリアボスなら名前があり、強さもあるので名付き魔物です。名付き魔物であるエリアボスは私たち運営サイドによってつけられて初めから名前がついています。それとは別に本人以外のPMやPHに名前をつけられた場合は特殊魔物になります。それが今の八雲様ということです」
つまり俺は普通のPMよりも格段に強いPMと証明されたようなものか。そして俺にはルカさんの言ったような二つ名がついたわけだ。なんだか嫌な予感がするのだが、気のせいだろうか。
「ちなみに二つ名は?」
「八雲様の二つ名は二つあります。一つ目はフウマ達も参加していた時から少ししてつけられた【悪夢】です。二つ目は先程の大胆な行動によってつけられた【首狩り】です」
うん、そこまで中二病っぽくないけど、殺人鬼につけられそうな名前だよね。悪夢なんてそんなに怖いことした覚えてないんだよな。首狩りは納得の一言だ。
「デメリットはなんですか?」
「冒険者ギルドで指名手配の討伐依頼が発行されて狙われやすくなり、死んだときに手持ちの生存ポイントをすべて失い、復活時の生存ポイント消費が1000Pになります」
「復活時の消費上昇はフウマ達もですか?」
「そうですね、今回二つ名としてつけられた【悪夢】はフウマ達も含めてつけられたものです。ただし、そのときいなかった子蜘蛛達は今までのままです」
二つ名システムはどちらかといえばデメリットの方が大きいように思えるが、ステータスを強くするためにPHを探すことをしなくても自ら来てくれる点はメリットとしては大きい。
二つ名システムについてはよくわかった。それはいいのだが生存ポイントがなんとも心細くなったな。前まで100回は復活できたが10分の1になってしまった。これは今回のカレーの件で集めておかないといけないな。
「あら?貴方にも二つ名あったのね」
「あぁ、マルノミさんか。いや、さっきついたことを聞いたんですよ」
「二つ名!かっこいいっすね!」
考え事をしていると魔法陣からマルノミとジンが帰ってきた。ジンの周りにはさっきよりも明らかに数が多く、30匹近くいるように思えた。
「確かマルノミさんにもありましたよね?」
「そうね、私の二つ名は【悪食】よ。ちなみにデメリットの生存ポイント増加は正式サービスで追加されたものよ」
「そうなんですか?」
「そうなのよねぇ、イベントの時に100回はリスポーンしたかしら?まぁ多分そのせいね」
「そうっすか…」
100回はやり過ぎだな。たとえPHが軽く約130倍いたとしてもだ。俺もイベントの時はそうなるのかな。やだなぁ、死ぬのは。
「八雲さんの二つ名ってなんなんっすか!?」
「俺の二つ名は【首狩り】だよ。あとそこで内職してる配下達を含めて【悪夢】っていう二つ名があるよ」
「二つもあるんすか!いいなぁ、かっこいいっす!憧れるっす!」
「あら、もう二つもあるのね」
「もしかしてマルノミさんも幾つかあるんですか?」
「えぇ、あと2つあるわ。でもそれはあんまり好きじゃないから、【悪食】だけよ?教えるのはね」
二つ名ってそのまま二つじゃなくて幾つもあるものなんだな。今度ユッケ達に聞いてみるか。さすがに女性に深く聞くのは良くない。ただし味噌汁ご飯は含まない。
「これからどうしますか?俺は配下との周回が8回分残ってるので、今すぐPHを一掃してから再開しますが?」
「私たちもそれに参加して合間にエリアボスを討伐したいわね」
「じゃあ半分終わったらマルノミさんとジンさんは先にいってもらいましょう」
「わかったわ」
俺達が作戦を終えるといつの間にか仲良くなったジンの配下達がハクマとコクマとその子蜘蛛達を掴んで飛んでいた。烏といえばいたずら好きのイメージがあるし、波長が合うのだろう。
「ではいきましょうか」
まずはジンがつくった拠点から出る。そこはボスエリアから少し離れた南西エリアと南エリアの中間ぐらいに位置していた。ここからは俺とハクマとコクマとその子蜘蛛達とジンとジンの配下で出ていき、ボスエリアに近い拠点からは俺達が制圧してからマルノミ達が出ることにした。
結構離れていたのでジン達には先にいってもらい偵察してもらうことにした。俺達は横一列に11匹後ろに3匹ずつで疎らに並んで進んでいった。マップでは拠点と拠点の中間あたりまで来たが、未だPHに遭遇していない。
4時間のうちにエリアボス討伐を完了させて移動しきったのだろうか。そう思っていると偵察からジン達が帰ってきた。
「ただいまっす」
「おかえり、どうでしたか?」
「ボスエリアの周辺に砦みたいなものができてたっす!あとは拠点の周りに数人の見張りが囲ってたっす」
「ありがとう。他には変わった点はありましたか?」
「そうっすね…街の方から不揃いの装備をしたPHがちらほら歩いてたっす」
「そうか、ありがとう。俺が正面から拠点周りのPHとその歩いてきてるPHを倒すから、空いたらマルノミさんを呼んできてくれる?」
「わかったっす」
気になったのは砦と不揃い装備のPHだ。一夜城ならぬ4時間砦とでも呼ぼうか。PHにはあれだけ人数いるから短時間での建築が可能なのだろう。俺達でも簡単な巣なら短時間でできるしな。
不揃いな装備といえば周回してるときに倒したPH達だろうね。丁寧に剥ぎ取ってあげたから装備全損してるよな。短時間では装備が揃わず、現在の結果に陥ったのだろう。まぁまた倒したら追い剥ぎしてやるがな。
ジンに案内されながら移動していくと、運悪く剥ぎ取ったPHに遭遇した。こちらに気が付いたPH達に糸を飛ばそうかと構えると、一目散に逃げていった。
「は?」
「ええっ!?」
驚きのあまり俺とジンはすっとんきょうな声を出してしまった。周りにいた配下達も構えた状態で固まっていた。そりゃあそうだ、本来であればどこかのモンスター使いみたいに目があった瞬間からバトルが始まるべきなのに、目があった瞬間に走り去ってしまったのだから。
討伐報酬うまうまのレアモンスターから逃げ去るPHには驚きどころか呆れさえ覚える。まさかとは思うが、二つ名の由来のごとく怖いから逃げていったのだろうか。
それはさておき本来の目的のPH討伐に向かうべく移動を開始した。いつまでも驚きと呆れで時間を先伸ばしにするのも悪いのでな。
「…さ、先に進もうか」
「そ、そうっすね…」
警戒要員がいる拠点には先程の逃げ出したPH達がガクブルで助けを求めていた。それを遠目に確認したハクマとコクマが悪い顔をして何か相談しあっていた。
明らかにあのPH達にいたずらを仕掛けようと策を企てているように見える。それに聞き耳をたてているハクマとコクマの子蜘蛛達とジンの配下達は不穏な雰囲気を醸し出していた。
俺はそれを見なかったことにして周りを警戒する。さすがにあの人数だけではないはずだ。少なくとも俺らを見たものがいるのなら30人以上はいると思う。
「ジンさん、悪いんだけどもう少し広範囲に偵察してきてくれる?」
「わかったっす!あと僕のことは呼び捨てでいいっすよ、じゃあ行ってくるっす」
「あぁ頼んだ」
ジンと数匹の烏を送り出してハクマとコクマ達を集める。孫蜘蛛達のうち10匹には木の上へ偵察しながら糸を張り巡らせてもらい、もう10匹には地面に糸を張り巡らせてもらう。これはマルノミが出てくるまでの一時しのぎであの拠点周りを制圧すれば解除する。
正直に言えばマルノミは糸に対して大きすぎるので絡まっても大したことはないと思っている。さすがに色々していると拠点周りにいたPH達がこちらに気づき始めた。
あちらが何を言っているのかさっぱりわからないので、ハクマとコクマに指示を出して拠点を囲ってもらう。その間も糸を伸ばして逃げ出し防止と侵入の防止を行う。
俺は指示を出しながら警戒していると魔法職らしきPHがぶつぶつ呟きながら杖を構えているのを見つけた。どうやらあれがチュートリアルを真面目に受けなかったPHの成れの果てというものらしい。
魔法がどの程度なものなのかわからないので邪魔をせずに見学することにした。幸いにして魔力感知でどの程度のものかも理解できるので十分に余裕がある。
呪文?のようなものを唱え終わったPHの杖から極小の火の玉が飛んで来ると他のPH達がにやついていた。チュートリアルをちゃんと受けないだけでこんなにも弱体化する魔法職に哀れみな目線を向けつつ、目の前に水球を出して相殺する。
相殺する気持ちで出したが消えたのはPHが出した火の玉だけだった。それにはハクマとコクマはきょとんとしていたのに対してPH達は絶望したような顔をしていた。
そりゃあそうなるよね。これでチュートリアルの大切さが身に染みてわかるだろう。まぁ魔法を使わなければ特にチュートリアルを真面目に受けなくても大丈夫だがな。
中二病をくすぐる魔法剣とかやりたければ必要だけどね。残った水球には柔らかくて太めの糸を混ぜてPHにぶっかける。呆けたPH達はベトベトになって正気を取り戻した。
あとは糸を集中放射して拘束して止めをさして不揃い装備なPHとフル装備なPHの装備を追い剥ぎする。それから解体して命の結晶を回収した。
孫蜘蛛達にはボスエリア側の糸を回収してもらい、マルノミとフウマ達を呼んでもらう。剥ぎ取った装備と生存ポイントを一旦預けるために拠点に一緒に戻った。
拠点の広場に戻るとマルノミだけでなく、ユッケや味噌汁ご飯、それにカレーがいた。こちらに気づくとユッケが駆け寄ってきた。
「遅いじゃねぇか、どこほっつき歩いてんだよ」
「ん?今向かってる途中だよ。エリアボス周回しないと配下を全員連れていけないんだよね」
「あー、そういや配下もクリアしないといけないんだったな。それはわかった、わかったが、なんでマルノミさんがいるんだ?」
「周回中に偶然会ったからとしか言えんな」
「そうか、まぁ頑張って周回して救援に来てくれると助かる」
「あぁ。あ、カレーちょうどいいところに」
ユッケとの会話が終了したのでカレーに呼び掛ける。カレーとは熊さん討伐で置いてけぼりにした以来だ。あれから俺も同じように置いてけぼりにされてカレーのあのときの気持ちを理解している。
「ん?おお、久しぶりだな」
「久しぶりです。良いもの持ってるんですが、要りますか?」
「へぇ、そいつはどんなものだ?」
「これらです」
良いものという言葉に反応したカレーがにやついて答える。それに対して俺はインベントリから剥ぎ取ったPHの武具を並べた。これにはカレーも唖然とするも少しすると、悪い顔をして笑っていた。
「これをカレーに売りたい」
「値段はどうする?今は言うならば戦争中だ。生存ポイントは少しでもあった方がいい状況だ」
「終わった後に取得した生存ポイントの3割を下さい」
「3割は厳しい、1割で頼む」
「これまで剥ぎ取ってきたもの全部持ってくるので待ってください」
「おう、待ってるぜ」
カレーがニカっと笑ったのを見届けて拠点へ戻った。フウマ達には自分達が剥ぎ取った装備を持ってくるように指示を出して連れ出す。その時に生存ポイントを預ける。
広場に戻ってカレーの下へ行く。取りに行っている間に装備を受け取る要員が増えていた。カレーの部下のようだ。俺は前脚を挙げて来たことを知らせたあと、剥ぎ取った装備を地面に並べていく。
するとさっきまでにっこりと笑っていたのがどんどん悪い顔に変わっていった。それからこう宣言した。
「取得した生存ポイントの5割でいいぜ」
「太っ腹だな」
「こんだけ量と質があれば負けるのも難しいからな。それに見た感じ装備のレベル帯は15~22辺りと高い。うちの部下と同じ程度で使い勝手が良さそうだ」
「俺も周回し終わったらすぐ救援に向かうからな。それまで耐えてくれ」
「おう、任せとけ。八雲がボスエリア周辺のPHを狩ってるおかげで相手の増援が減っているのも確認できてるからな。あそこで狩り続けてくれても助かるぜ」
「ついで狩ってるからな」
「まぁ、そろそろHP,MP回復したから行くな、またな」
「あぁ、またな」
カレーと別れを告げて周回に戻ろうとマルノミのところに向かう途中、カレーが部下に指示してる声が聞こえてきた。
「よし、じゃがいもとにんじんはこの槍と剣を運べ。それからヨーグルトとチーズは鎧を頼む」
カレーの部下は聞いた限りではどれもカレーへの具材やトッピングとして使えるものを名前にしたんだな。俺もコードネームとかじゃなくて蜘蛛にちなんで雲の名前にすればよかったかな?積乱雲でセキランちゃんとか?




