第21話 前哨戦
石を粗方投げ終わると、下からは先程よりも慌ただしくなった。投げてる最中の攻撃は少ししかなかった。矢による遠距離射撃は巣に絡まって届かない。
木を伐って巣から落とそうとするが、結び付いているためアイテム化はできない。できても巣の高さを低くするだけだ。まぁそもそも攻撃する機会を与えていない。
魔法ならされるって?そんなことできるわけないでしょ?PHでまともにチュートリアル受けたやつなんて100人もいないって。ルカさんが言ってたじゃないか。詠唱(笑)をしようとした人はいたけどね。
予定では四方からフウマ達の攻撃に、上から俺達の攻撃で大多数が減っていると思うが、どうだろうか?数匹残して人の密度がない場所から木を降りると、木の枝に数十人のミノムシがぶら下がっていた。
誰もが恐怖しているが皆何を喋っているのかわからない。まさかとは思っていたが、PMの言語がフレンドじゃないと理解できないというのと同じく、PHの言語も理解できないんだね。
向こうからしてもわからないのなら、こっちもか。話が通じていればフレンドになれて戦争なんて起こらないしな。言葉の壁って厚いもんな。
ミノムシになっているのは服装からして魔法使いや神官、素手のPHだろう。刃物なら糸を切り裂くことができる。ただしフウマ達の魔抗よりも高い魔力もしくは筋力でなければできない。
魔糸は俺達のステータス依存のものである。つまりは俺達が強くなれば必然的に魔糸も丈夫になる。魔法が魔力の強さによって火力が上がるのと同じだ。
ステータス依存なので圧倒的火力の極振りさんなら素手で魔糸を千切ることができる。そんなネタ枠がいるなら見てみたいものだ。
今残っている人らはよっぽど回避力があるのか火力があるのか、どちらにせよ実力者ばかりだ。そんな相手に望むのに、相手の舞台で戦う気など更々ない。
「曾孫蜘蛛から下の子らは全員で糸をあいつらに向けて放ってくれ。エンマとエンマの子達は周囲の警戒をやってほしい」
さっそく行動に移った曾孫蜘蛛達は包囲したまま、狙い定めて糸を放っていく。一方PHはある者は剣で切り捨て、ある者は盾で防いだ。もちろん盾で防いだところで厚い糸だるまになるだけだ。
エンマとエンマ達は周囲の援軍への注意と詠唱(笑)をPHがしないか注意を払っている。突然死んで消えていく謎のPH達もいたので、警戒を怠らない。
所謂突然の死というやつだ。毒による持続ダメージによるものも考えたが、なんともない人も消えていっていることから、自殺をしているのではないのか。そう思うが、わざわざPMのお小遣いを増やして何がしたいのだろうか。しかも躊躇なくやっていることから、PHがよく使う手法なのかもしれない。
「フウマとフウマの子達は風魔法を撃ってくれ。それからスイマとスイマの子達も水魔法を頼む。残りは手持ちの魔糸の木杭を投擲してくれ」
さすがは実力者といった者達だ。物量攻撃を凌いでいる。スキルの補正なのか、それとも別のなにかがあるのかもしれない。まぁ余裕があろうとなかろうと関係ないがな。
準備のできたフウマ達が風魔法を放つと、風に煽られた魔糸は変則的な動きに変わり、器用に糸を混ぜて飛ばしたものは男も女も関係なく白い糸屑が張り付いていく。
さらにスイマ達が加わることによって地面が濡れて泥が発生して動きを阻害し、糸に潤いが増してベトベトになった。もはや防ぐ手立ても限られたものに変わっている。それがなんであろうとなかろうと、魔糸の木杭が投擲されることによってぶち壊しになっていく。
動きが悪いなかでの悪質な投擲、しかもご丁寧に毒まで塗られたお手製の魔糸の木杭だ。抵抗など無意味だろう。みんな仲良くミノムシになれるんだ。嬉しかろう?おいおい、そんなに喜ばれたって、あげるものはあんまりないんだぞ。
次々と出来上がるミノムシ君達は恐々とした感じで顔が青白い。まぁほとんどの人はミノムシからミイラにシフトチェンジしてるけどね。これから行われるのは黒ひげ危機一髪もびっくりな百発百中の串刺しだ。
死んでいるのが確認されたものは糸と素材を回収しておさらばだ。生きてるものは串刺しにして子供達の経験値となる。今作業しているのはすでにPHが全滅しているからだ。残っているのは巨大な糸だるまの中に眠っている。
あれは後で精査するが、今は素材回収に忙しいのだ。死体から防具の剥ぎ取りと武器の回収をして解体しているため、予想以上に時間がかかる。防具と武器を回収すればPHがどうなるかなんてわからんが、俺からしたらお得なので貰っておく。
武器と防具はカレーへのお土産だ。俺達は今のところつかえないのでインベントリの肥やしになってしまう。だからカレーのお土産なのだ。いつか進化したときに使えるかもしれんが、その時には雑魚武器になっていると思う。
時間も押し迫ってきてるのでちゃっちゃと片をつける。魔糸の木杭で串刺しにした後、そのまま解体してアイテムを取り出す作業をしていく。
PHから取れたアイテムはよくわからん結晶だ。それも誰を解体しても同じものが出てくる。人肉が出るよりは些かマシだが、効果がわからないと持っていても仕方がない。とりあえず識別してみた。
命の結晶 レア度― 品質―
自由体現者であるプレイヤーの命の結晶。NPMはこれを得るためにプレイヤーを狙う。使用することで1JPと1SPを得ることができる。
おぉーっ!これはすごい。進んでPKしたくなる報酬だな。ただでさえ生存ポイントと経験値美味しいのに、こんなものまで用意されたら、PH狩りしたくなる。これならPH同士でもPK戦争起きそうだな。
これは子蜘蛛に使おう。俺はエリアボス戦での報酬をもらっているが、子蜘蛛達はもらっていないからステータスの差が大きい。できるだけ差は詰めといたほうがいいからな。
とりあえずエリアボス戦を終わらせよう。レベルには問題はないが、人数制限はありそうだ。さすがに89匹で戦うとどんなボスでも倒せてしまう気がする。
ボスエリアまで来ると『放浪小悪鬼の盗賊団と戦いますか?』と出たが、その下に人数制限が10人と書かれていた。前はなかったが、人数制限以上いる場合にでも忠告されるのだろう。
組分けは俺+俺の子蜘蛛+子蜘蛛の子孫で行くことにした。人数が10人を越えれば他に分け、エリアボス戦は10回行うことになる。これで家具が大量に集まり、俺のレベルもフウマ達を抜くことができるはずだ。
エリアボスを討伐したら第2エリアに留まらず、第1エリアに戻るつもりだ。リスポーンしてきたPHを狩れるし、何より子蜘蛛達を置いていてもエリアボス戦に行くことはできない。プレイヤーが必ずパーティーに存在していなければエリアボス戦には挑めないのだ。
なので、必然的に俺が10回参加しないといけない。今回はそれとなくエリアボスについて知っている。カレーがこのボスを周回してゴブリンを増やしているのなら、ここにはゴブリンがいるということになる。
第一組目は俺とフウマとその子蜘蛛達だ。ボスエリアに入ると、森と開けた空間があった。開けた空間では木と草で作られた家のようなものがいくつかあった。中央には焚き火で肉を焼くゴブリンがいた。
「グギャッギャッ」
「グギッ!」
「「「グキャギャギャギャッ」」」
緊張感の欠片もない演出なのだが、彼らは一体何の肉を食べているのだろうか。幸いこちらに気づく様子もないので、フウマ達に指示を出して風球を飛ばしてもらう。すると、暢気に肉を焼いていたゴブリン3匹に当たり焚き火に顔から突っ込んでいった。
「「「グギャアアアアっ!?」」」
頭から焚き火にダイブしたゴブリン達は地面で転がって叫びながら必死に火を消そうしていた。叫び声に呼ばれて木と草の家から7匹のゴブリンと1匹の体格の良いゴブリンがやってきた。7匹のゴブリンは仲間のゴブリンを助けようと必死だが、体格の良いゴブリンはこちらに気が付いていた。
「フウマと俺はあの体格の良いゴブリンと戦うぞ。他のゴブリンは任せたぞ」
俺とフウマは風刃を体格の良いゴブリンに飛ばして近付いていく。近接ではゴブリンの方が有利かもしれないが、それは武器を持っていて相手の方が強力な場合だけだ。
体格の良いゴブリンは風刃を横に飛んで避けて何処かへ走っていく。それは逃げているようにも見えるが、何かを取りに行こうとしてるようにも思える。
俺達はそれを追わずに残った10匹のゴブリンに向かう。その時にはすでに孫蜘蛛達が周りを包囲していて、お互いに牽制しあっていた。手負いのゴブリンに狙いを定めて風球を飛ばしたり、近くに落ちている石を孫蜘蛛に投げたりしていた。
孫蜘蛛達は様子見しているようだが、ゴブリン達は必死だ。レベル的には孫蜘蛛の方が有利だ。体格で言えばゴブリンの方が大きい。しかし孫蜘蛛達には遠距離攻撃がある。つまりは体格以外でのアドバンテージはない。
孫蜘蛛達が余裕で勝てそうなのがわかったので、周りの地面に糸を張る。忘れ物をしたゴブリンが帰ってくるはずだ。さすがに逃げるわけはない、一応エリアボスなんだし。
「グギャアアアアーっ!!」
そんなことを考えていると帰った来たようだ。振り返るとそこには完全武装をしたゴブリンが立っていた。体には防具を着け、手には大剣があった。威圧をしながらやって来たゴブリンを識別してみた。
《体格の良いゴブリン》
名前:ゴブジン
種族:小悪鬼長
Lv:15
体格の良いゴブリンはカレーと同じ種族なのか。カレーがどの程度の強さかわからないが、このゴブリンよりかは確実に強いよな。これだけのんびり考察できるのも、リーダーのくせに簡単な罠に引っ掛かって悶えているからだ。
完全武装をしたゴブリンは見た目からしてヘビィアタッカーなのだが、兜で視界が狭まり、こちらを凝視していたため、地面に張っていた糸で足を踏み外した。先程焚き火へダイブしたゴブリン達と同じ体勢で突っ込んだのも、さすがあいつらのボスといったところだ。
威圧していたはずのゴブリンも今では情けない姿でのたうちまわっている。もちろん、暴れるほど糸は絡み付く。自ら糸だるまに早着替えしていく姿には呆れさえ覚えてくるものだ。まだ火傷したにも関わらず、果敢に孫蜘蛛に対抗しているゴブリン達の方がマシである。
そんなわけで魔糸の木杭でじわじわと血抜きをして魔糸を血染めしていく。コレクションしているわけではないが、折角なので味噌汁ご飯に防具でも作ってもらおうかと思っている。討伐が完了したのでファンファーレが鳴り響いた。
《小悪鬼長を討伐しました。》
《称号【小悪鬼長討伐者】を獲得しました。》
《レベルアップしました。》
《レベルアップスキルポイント10SPを獲得しました。》
《レベルアップステータスポイント20JPを獲得しました。》
《PM専用報酬:小悪鬼長の手作り椅子、小悪鬼長の大剣、小悪鬼長のマント、キョテント1つ、生存ポイント1000P,スキルポイント10SP,ステータスポイント10JP》
初討伐ではないため、称号はもらえなかった。ここの称号はカレーが持っているはずだ。それにしても家具だけじゃなくて武具も出るんだな。大きさ的に使えないけど、マントは孫蜘蛛が着けて楽しそうにジャンプしてる。ちょっと可愛い。
手作り椅子はしっかりとした木製の椅子だった。センスも悪くなく盗賊なんてやらずに木工師にでもなれば良いと思う。数を揃えるために周回する人いそうだな。
レベルが上がったから、ステータスの更新をしておく。ボスエリアは安全なのでちゃっちゃと行う。
《主人公のステータス》
名前:八雲
種族:中蜘蛛
性別:男
称号:【ヴェルダンの縄張り主】【格上殺し】【森賢熊討伐者】【エリアボスソロ討伐者】【蜘蛛母】【精霊守護者】【精霊樹の加護】【小悪鬼長討伐者】new
配下:中蜘蛛88匹
Lv:24(+4)
HP:300/300(+5×10) MP:540/540(+4×10)
筋力:30(+6) 魔力:50(+4)
耐久:30(+5) 魔抗:40(+5)
速度:50(+8) 気力:32(+5)
器用:50(+8) 幸運:15
生存ポイント 所持:8080(+7080+1000)P 貯蓄:13312P
ステータスポイント:0(+40+10-50)JP
スキルポイント:35(+20+10-60)SP
固有スキル
【糸生成LvMAX(+1)→魔糸生成Lv1】new【糸術LvMAX(+1)→魔糸術Lv1】new【糸渡りLv25(+2)】【糸細工Lv5(+1)】【毒術Lv7(+3)】
特殊スキル
【精霊視Lv2(+1)】
スキル
【繁殖Lv3】【夜目Lv18(+2)】【隠蔽Lv18(+2)】【気配感知Lv16(+2)】【魔力操作Lv28(+2)】【識別Lv10(+3)】【風魔法Lv5(+2)】【魔力感知Lv16(+3)】【思考回路Lv1】【投擲Lv7(+1)】【解体Lv10(+2)】【魔力上昇Lv5(+1)】【爪術Lv8(+2)】【水魔法Lv3(+2)】【土魔法Lv1】
PH討伐とエリアボス討伐で合計4つもレベルが上がり、さらに固有スキルが二つもMAXになっていた。迷わずスキル進化を行った。スキルを進化させるにはSPを30消費したため、60SPも減ってしまった。
【小悪鬼長討伐者】
この小悪鬼長は元々意匠とも呼ばれる木工師だったが、冒険者に村を襲われ逃亡の末、盗賊団のボスになった。ボスになってからは放浪しつつたまに家具やら武器を作っていたが、仲間と落ち着いた生活をしたくて一ヶ所に留まり生活を始めた。この集落の周囲では頻繁に街から村へ向かう物資を輸送していたため、それを生活の足しにしていた。
長たらしいゴブリンの話だったが、特に効果はない飾りらしい。
【糸生成LvMAX】
糸生成では糸の性質を変化させることができたが、スキルレベルがMAXになったため、全ての太さと性質に変化できるようになった。性質変化させた糸のMPは一律5MPで1mとなった。
極細の糸を生成しようとすると1m、10MP以上かかっていたところを5MPで使うことができるのか、これは嬉しい。
【魔糸生成】
魔糸生成では糸に属性を付与できるようになった。使える属性は使える魔法によって変化する。属性付与させた糸の消費MPは最低10MPで1m、スキルレベル依存で持続時間が増える。威力は魔力依存、形状は想像力依存。
今のところは風・水・土の魔糸を生成できるのか。効果時間があってそれがなくなると普通の糸に戻るということは巣を作る時には使えないのね。あくまで攻撃するときに使うものか。
【生成できる糸】
普通の糸1m:消費一律2MP
→(太さ普通・柔らかさ普通・性能普通)
性質変化させた糸1m:消費一律5MP
→(太さ・柔らかさ・性能)
属性付与させた糸1m:消費10MP~
→(使える魔法属性の付与)
→(スキルレベル分属性付与持続)
→(持続時間増加(1)分:(31-スキルレベル)×(1)MP+10MP)
性能変化+属性付与した糸1m:消費15MP~
【糸術LvMAX】
どんな性質変化させた糸でも普通の糸のように操れるようになった。
糸への完全耐性みたいなものだな。まず糸がベトベトしたことがないがな。
【魔糸術】
属性が付与された糸でも普通の糸のように操ることができる。
火がついた糸でも平然と使えるみたいなことか。
俺のステータス更新が終わったので、他の子蜘蛛のステータスを更新する。更新後、スイマ達のいる方に戻ったところ、何人かのPHがミノムシになっていた。それに止めをさして命の結晶を回収する。
生存ポイントを拠点まで預けてきたら周回の開始だ。
NPMはエリアボス戦に単体で挑むことはできないが、NPHはクエストなどで行かされることがある。このときPHが助けに向かわず放って置いたらそのNPHはお亡くなりになる。その場合は別のNPHが違う形でエリアボス戦に挑むことになる。クエストの放置だけでNPHは減っていく。
PHは武装していてスイマ達よりもステータスが高くともスイマ達の数が圧倒的に多いため、話にならないレベルで倒される。スイマ達の連携が悪く、数が少なければPHが楽勝で勝つ。




