第19話 嵐の前の静けさ
魔法を新たに会得した翌日、寝足りなかったせいか昼過ぎまでぐっすり寝てしまった。それによりFEO内2日分をロスした。それはいいとして、フウマ達はその間どうしているのかすごく気になっていた。
今日でFEOの正式サービス開始3日目だ。ゲーム内時間では現在で10日目だ。2日も放置してしまった俺に愛想でもついていないか心配だ。
ログインすると、いつも通りルカさんが待っていた。
「おはようございます、八雲様」
「おはようございます、ルカさん」
ルカさんもフウマ達の様子も特に変わることはなく、いつも通りといった感じだ。2日間のフウマ達の行動はどうなっているのだろうか。時間の流れのまま生きているのか、それとも俺がログインしない間は時間が止まっているのだろうか。
「ルカさん、質問いいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「俺がログインしてない間のフウマ達はどうしているのでしょうか?」
俺が質問している間、フウマ達は寝ていた。時間的にはまだ深夜だからだ。
「八雲様がログインしていない間はいつも通り生活しております。ただし食料を持っている場合は拠点内で過ごし、ない場合は拠点近くから獲物を確保してきます」
「ない場合のときにフウマ達が死ぬことはありますか?」
「あります。ただし、その場合は自動的に生存ポイントを消費して復活します。これは主君がいないときの救済措置です」
「拠点外でプレイヤーにリスキルされ過ぎてポイントがなくなった場合は?」
「八雲様が帰ってくるまで復活することはありません」
「そうですか…繁殖についてはどうなるんですか?卵の孵化はどうなりますか?」
「いつも通り育てます。あちらを御覧ください。数が増えているでしょう?」
「そ、そうですね」
知らない子がいる。というか名前がない蜘蛛がいる。フウマ達も甲斐甲斐しくも世話をしている。ステータスで確認してみると配下になっていなかった。配下にするには名前をつけないといけないのか。
「つまりは…八雲様がいない間に戦力が増えていくことに…。もちろんNPMも増えていってるので、数の比としてはN
PMの方が増えております」
「数の均衡はとれているということでしょうか」
「そういうことになります」
数の均衡は討伐数も同じ程度でないと増えるばかりじゃないか。そのための魔物暴走イベントかな?解放したばかりのエリアは特に数が増えるな。初心者がいなくなった場合は第一エリアで魔物暴走イベントが起きるのか。
つまりは疎らに狩っていかないとイベントが起き続けるのか、カオスだな。これをPH側は知っているのだろうか。きっと暢気にレベル上げしてる。だってエリアボス討伐のアナウンス流れないから。
スレを見るか友達を作るかしないと何もわからんだろうな。つまりぼっちは生き残れない。ただしPMはぼっちだろうと数を殖やせるから問題なし。ぼっちが滅んでいく未来しか見えないな。
生存ポイントの確認をしてから名前をつけていくか。2日空いてるからこそ、貰えるお小遣いも増えているはず。インベントリには3つの卵が入っていた。繁殖のレベルも上がったが、空けた分の卵はなかった。
《生存箱》
7,8,9日分の死に戻りボーナス:26P(988/38)
手持ち:26(+26)P
八雲貯蓄:13312P(+1020)
配下貯蓄:19345P(+5740)
予想通りお小遣いがいつもよりも多かった。それでも一匹魔物を狩ったら、軽々と追い抜いていくのは切ない。貰えるものは貰うべき。だから気にしない。
生存ポイントはいいんだ、あんまり増えないから。でもさ、子蜘蛛増えすぎだよね?ざっくり見てみたけど100匹近くいるよね?これから名前つけるの?もう記号でいいかな。
「フウマ達、集まってくれ」
先程までガヤガヤ騒いでいたが呼ばれると素直に整列した。順番はフウマ達、部隊それぞれ、新しく生まれた子蜘蛛達だ。
「今から名前をつけていきたいと思う。まずは…」
順番に並べたところでわからなかったので、元々いた配下ごとの子供を集めて貰った。すると、配下じゃない子蜘蛛もいて収拾がつかなかったが、なんとか名前をつけることができた。
子沢山というかなんというか、配下システムに悪意を感じてくる。数が多ければ戦力は上がるが、名前を考えるのが大変だ。愛情云々でランダム要素などはなく、こんなに可愛い子蜘蛛を無造作に扱うこともできない。
ということで愛情を込めてシリアル番号みたいにしてみた。呼び方はフウマ系統だと風をつけてスイマ系統だと水をつけた。孫なら1、曾孫なら2をつけて、生まれた順にa,b,cをつけることにした。例:『風1a』、呼び方:フウイエ。
《前勢力》
俺:八雲Lv17
子蜘蛛:フウマLv17、スイマLv17、エンマLv17、ドーマLv17、コクマLv15、ハクマLv15
子蜘蛛:セキマLv6、ショウマLv6
孫蜘蛛:ミカゼLv15、ミスイLv15、ミエンLv15、ミドウLv15、ミグロLv6、ミジロLv6、カイフウLv6、カイスイLv6、カイエンLv6、カイドウLv6
曾孫蜘蛛:フウムLv6、スイムLv6、エンムLv6、ドームLv6
《現勢力》
俺:八雲Lv20
子蜘蛛:フウマLv23、スイマLv23、エンマLv23、ドーマLv23、コクマLv21、ハクマLv21
子蜘蛛:セキマLv18、ショウマLv18
孫蜘蛛:ミカゼLv21、ミスイLv21、ミエンLv21、ミドウLv21、ミグロLv17、ミジロLv17、カイフウLv17、カイスイLv17、カイエンLv17、カイドウLv17
風土白孫蜘蛛:小蜘蛛6匹
水炎黒孫蜘蛛:小蜘蛛6匹
色孫蜘蛛:小蜘蛛4匹
曾孫蜘蛛:フウムLv17、スイムLv17、エンムLv17、ドームLv17
曾孫蜘蛛:小蜘蛛28匹
玄孫蜘蛛:小蜘蛛18匹
来孫蜘蛛:小蜘蛛4匹
現勢力種族:中蜘蛛22匹小蜘蛛66匹【次回からこの表記のみ】
数が多すぎてよくわからないがとりあえず名前をつけ終わった。今日は小蜘蛛のレベル上げを行うことにした。生まれたばかりでレベル帯は3~12だ。これではすぐに死んでしまう。
「よし、14レベル以下の子達は第一拠点でレベル上げね。15レベル以上の子達は魔物の拘束を、行動始めてくれ」
フウマ達は自分の子供達を背中に乗せて移動を開始した。それを横目にステータスをいじる。なんと彼ら、生まれた子達のステータスは1レベルのままな上、スキルを取得していなかった。
それは当たり前のことで、すでに生まれている子達はステータスを自動配分する設定はされているが、他はなにもしていないのでレベルは上がるが、スキルレベルは上がらない。
背中に乗せて移動させていたのは糸に絡むからだろう。固有スキルの糸渡りがない場合、そこら辺にいる魔物と同じく糸に引っ掛かるのだ。可哀想なのでそれを先に振ってからステータスを決める。
ステータスをいじってる間は森賢熊の絨毯で寛ぎながら過ごす。さすがに拠点から出てまでやることではない。なによりステータスに集中して拐われないとも限らない。
ステータス振りにも一区切りついた頃、拠点に訪問者が現れた。その訪問者はキョロキョロした後、こちらにやって来た。
「久しぶりだな、2日ログインしてなかったから今日はもうログインしないのかと思ってたぜ」
やって来たのは灰色の毛が特徴の狼だ。なんだか少しだけ大きくなったように思える。絨毯の上に寝そべり寛ぐ。
「リアルで2日連続でログインしてたから体が疲れてたみたいで昼まで爆睡してたんだ」
「なるほどな、俺もβ時代にやったな。4倍に引き延ばされた分だけ脳が疲れるからな。小まめに休息をとらないと無駄に時間がとられちまうよ」
ルカさんがHP,MP回復時にログアウトして休憩をとるように言っていたことだ。それをせずにログインし続ければ睡眠時間が増加し、ゲーム時間が減少する。だからゲームは計画的にやらなければならないということだ。
「それで、今日はどうしたんだ?今、ステータスの振り分けで忙しいんだけど?」
「あぁ、今日は頼みがあって来たんだ」
「頼み?」
ユッケは伏せをして楽な姿勢になった。
「頼みっていうのはカレーの村を守るのに協力して欲しいっていうのだ」
「カレー炒飯の…村?」
「そうだ、前会った時はゴブリンが10匹程いたが、あれはほんの一部でな。カレーが作った村には100匹程のゴブリンが住んでる」
「多いな、俺の配下ですら88匹なのに」
「へぇ、そうなの…はぁ!?」
ユッケは驚きのあまり勢いよく頭をこちらに向けた。まぁ驚くよな。俺も驚いたからな。寝て起きたら2倍以上に増えてたんだよね。しかもそのせいで今、仕事に追われている状態だ。
「寝てる間に増えたんだよ」
「増えるかよ!」
「繁殖スキルの弊害だな、今やってるのはその増えた子蜘蛛達のステータス振り分けだぞ」
「はぁ…まぁいいか。全くこれだからりゅーっうわっ!?」
またまたリアルネームを口に出そうとしやがったのでお灸を添えてやる。やめろと言われたことはすぐにやめるべきだと何度言えばわかるのやら。
「目がぁ…目がぁ…」
お仕置きはただ糸を飛ばしただけ、ちょっと飛ばしてはならないところに飛ばしただけだ。今は目を回復させるのに糸をルカさんにとってもらっている。謝礼として野菜スティックを渡されただけで協力しちゃうルカさんは案外ちょろインなのかもしれない。
その野菜スティックって生存ポイントで買えるんだね。初めて知ったよ。今度ルカさんにプレゼントしよう。ユッケの回復に時間がかかるため、ステータスの振り分けの続きを行う。
やっていることと言えば、ステータスの方向性を決めて、固有スキルと通常スキルを選択することだ。あとはレベルアップするごとに自動でステータスポイントが振り分けられ、とった方がいいスキルを自動で取得する。これで今のところは終わりだ。
「八雲様、終わりました」
「ルカさんありがとう。今度野菜スティック購入するよ」
「…!」
ルカさんの任務が終わり、プレゼントしたいものを告げると目をキラキラさせて頷いていた。それほどまでに野菜スティックが好きなのだろう。
「はぁ…はぁ…マジでやばかった…」
目をパチパチさせて視界を確認するユッケをジト目で見た後、話が進まないので自分から切り出してみた。
「まぁ無事でよかったな。カレーの村を守るっていうのはどういうことなんだ?」
「ったく…これだからマイペースは…」
「ん?もう一回やってほしいって?」
「遠慮しときます。カレーの村を守って欲しいっていうのはそのままだな。カレーの村は現在進行形でPHに包囲されつつある」
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ここは湖のある森。湖には木造の美しい城が反射して写り、辺りには赤い波紋が広がっていく。また一人また一人と城を歪めていく。
「ちっ、一体何匹いやがんだよ」
「焦るな、まだ作戦前だぞ」
「けどよぉ…村の奪還作戦ってのが明日の朝方ってのは意味があるのか?今からでも十分人はいると思うが?」
城を歪めるのは赤髪の青年だ。その青年はつまらなそうに剣を振るって緑色の実を細い茎から切り落としていく。それも作業のように行う様はまるで洗練された農家のようだ。
「明日の朝方ってことは社会人が帰宅してくる時間帯だ。つまりは最も人がログインしてる時間とも言える。それにこの村のゴブリンは強い上にPMが支配していることは確定している」
「けっ、社会人なんていなくとも俺らだけで制圧できるっての」
二人がまた作業のように緑の実を摘み取っていると、背後から飛んできた炎の塊が残りの実を燃やし尽くした。唖然とする二人の背後から小さな波紋を生みながら近づいて来る。振り向くとそこには真っ黒な色合いのローブを纏い、竜の形を型どった杖を構えた人が立っていた。
「その程度に時間をとられる雑魚が調子に乗るな」
低い声は心臓を鷲掴みにするように発せられた。その男はつまらないものと判断したのか、二人の間を悠々と通りすぎていった。二人は未だに固まっており、誰も彼らを咎めるものはいない。
「あ、あれが今殲滅力最強を誇る『炎滅』のディアゴか…」
ぼそりと呟く声を拾うものは誰をおらず、その場は未だに動けない。これから戦争が起きるというのに森はいつものように風の音だけが響き渡った。




