第154話 薔薇の花束
蔓の群れが空へと伸びている。進むと段々と光を失っていく。隙間からの陽射しは失せる。次第に音が消え、静かな闇のみが残されていった。
あのカエルの演劇のように、ひとつの空間を劇場のように彩り、輝かしい世界をまた見せてくれるのだろうか。これが幕開けになるのか、果たして進む先に未来はあるのか。
心を穏やかにさせる音色が聴こえてくる。蔓の壁で反響する。幾度となく乱反射した音の渦が奥から溢れてくる。
音波に流され、蔓に糾われ、奥へと進む。見上げれば、空へとのぼる薔薇が咲く空間へと連れ去られていた。真紅の薔薇は巨大な花びらを落とした。
「綺麗な薔薇ね」
「綺麗なだけだったらいいんだけど」
人と同じ大きさの花びらが舞い降りる。薔薇の周りには妖精がいた。それはそれは美しい二対の羽が生えた小さな妖精が薔薇の周りで踊り、歌い、そして笑う。
「楽しそう!」
歓喜で溢れた空間に誘われ、ルティアとシュガーが四匹の妖精に手を引かれ、踊りの輪の中に取り込まれる。愉しげな妖精とともに笑う狐さん。なんて美しい世界なんだと、こんな世界があっていいものかと。
ルティアと妖精はくるくると廻りながら、薔薇の上に乗った。きっともっと美しいイベントがあるのだろう。そう思っていた束の間、ルティアとシュガーが薔薇に食われた。
「る、ルティア!?シュガー!?」
妖精ごと食らった薔薇は茎に蔓を纏わせ、まるで竜のように雄叫びをあげる。薔薇の隙間にふたりの姿は見られない。薔薇に飲み込まれてしまったようだ。
薔薇の行動は甘美な匂いでおびき寄せ、気づいたときには捕らえられている、食虫植物のようなやり方に似ていた。
すぐに救援に向かおうとしたが、薔薇は単純な行動をしない。不規則に蔓をムチのように振るう。距離を取らざるを得なかった。その隙が厄介な状況へと発展する。
薔薇の茎は蔓を巻き付け、簡単には切断できないようになってしまった。更には薔薇の周囲に棘の生えた蔓が地面から生えてきた。
「いま助けるからな!」
糸を手繰らせ、暴れまわる蔓のムチの一部を拘束する檻を作り出す。ソルトは俺が張りめぐらせた糸の檻を駆け上り、風と水を混合させた魔糸で蔓を切断した。
ソルトの切断力は凄まじいが、蔓は分断された瞬間に繋ぎ合わさり、蔓が再生した。ソルトは幾度となく救出を試みるが、蔓の再生力によって阻まれてしまう。
何かがおかしい。見落とさしてるなにかがある。それが現実か、それとも偽りの幻か。
「そうだ!カエルで手に入れた【真眼】スキルを使ってみよう」
スキルを通して薔薇を視ると、薔薇と蔓が薄くなり、妖精の土魔法によって押しつぶされるルティアとシュガーの姿があった。蔓は幻想であり、薔薇の化け物は妖精による陽動だったようだ。
ソルトが切り裂けない蔓は再生しているのではなく、元から蔓なんてなかったんだ。
正体がわかったらこっちのもんだ。無防備に歩いて近づくと、ソルトが俺を身を挺して守ろうと飛び出してきた。
「あぶない!!……!!!………?」
ソルトは痛みもなく、蔓が透過したことに驚いているのだろう。ソルトだけでなく、妖精たちも戸惑っている。幻惑の蔓で襲いかかっても無駄なことに気づいたのか、妖精による岩の弾丸が飛んできた。
腕を薙いで岩を砕く。妖精がさらに焦ったように見えた。糸を手繰り妖精たちを拘束しようとすると、ルティアとシュガーから手を引いて逃げ出した。
妖精が魔法を解いたことで薔薇も蔓も消えていった。俺が追いかけないことを確認し、余裕な笑みを浮かべる。簡単に逃げられると思ったのだろう。
だがその先にはソルトがいる。油断した隙に張り巡らされた糸によって捕まる妖精。抗い羽ばたく度により絡まり逃げられなくなる。抵抗できるチカラが弱まったところでソルトの存在を思い出す。
自我を失い暴れ、気づいたら食われている。それが蜘蛛を象徴とする恐怖の由縁だ。妖精が美味しく食われた頃、ルティアとシュガーが目を覚ました。
「あ、あれ……?妖精と踊ってた夢を見てた気がするんだけど?」
「踊ってたよ。踊ったまま殺されそうになってたよ」
「どういうこと?」
困惑するルティアに経緯を説明すると、妖精に対して憤慨し、油断していた自分に怒っていた。
今度は油断しないと言って次の場所へ向かった。道は続き、同じような回路を進むと、妖精がまたいた。友好的な妖精に心を許しかけるが、学んだルティアは妖精を許さない。
風の刃が妖精の横を過ぎ去っていく。威嚇射撃に妖精の顔がこわばる。敵対的な態度で示せば、正体を露わにする。
蔓を地面から生やして撓らせる。すでに把握している幻惑攻撃を無視すると、妖精はなにかを察して後退していった。
妖精に誘われている気がするが道は一つしかない。
蔓の道ではなく、外にたどり着いた。
「綺麗な花畑ね」
「綺麗なだけだったらいいんだけど」
今度は、と期待したものの、これが泥沼に変わってしまったら、なにも信じられなくなってしまいそうだ。ルティアを連れ添い、そーっと花畑に入っていくと、そこは本当に綺麗なだけの花畑だった。
一面に広がる黄色と青の花。どれも見たことがない花だ。いい匂いがする。花畑を進んでいくと、妖精が花に水をやっていた。妖精は見向きもせず花の世話をしている。
ここは妖精の仕事場のようなものなのだろう。花畑を歩くと、花を踏み潰す。拉げた花を治療する健気な妖精。なんだか申し訳ない気持ちになる。
ふと、隣にいたルティアとソルト、シュガーがいないことに気づいた。振り返ると、立ち止まった三人が妖精に捕まり、どこかに連れて行かれていた。
油断しないと言っていたのに呆気ない結末だ。レベル差による抵抗力があるからか、はたまた【真眼】スキルによるものか、俺には効かないらしい。
妖精に連れられ、奥へ奥へと連れて行かれる。マップをチラ見すると、どうやらエリアのちょうど中心辺りに来たようだ。花畑の中心には巨大な実があった。
三人はその前に供えられた。実を目覚めさせる供物として捧げられたのか。実はゆっくりと根を張り、横たわるルティアたちを覆い尽くした。
芽が出ると急成長を遂げ、九本の赤黒い薔薇が咲いた。薔薇の花弁の中心から触手が生えた。本物の薔薇の化け物が現れた。花畑の至る所で蔓が伸びた。
蔓の中には【真眼】で透過するものもあれば、しないものもあった。ここはこのスキルがないと厳しいエリアなのかもしれない。ルティアに周回してでも取得するべきだと言っておこう。
蔓は糸で拘束できる。薔薇の化け物はどんな攻撃をしてくるのか。薔薇に気を取られていると妖精からの魔法が飛んでくる。蔓と妖精が鬱陶しい。いっその事、火魔法で燃やすのが楽そうだが、それだとルティアたちが燃えてしまう。
意識を失っているなら、燃やしてしまっても気づかないかもしれない。いや、だめだ。そんなことをしたら、問い詰められて火葬したことがバレてしまう。
なによりシュガーとソルトを燃やしたくない。も、もちろんルティアもだ。
どうやって倒すべきか、回避しながら駈け回っていると、薔薇の化け物は植物でありながら、火魔法を使ってきた。避けた先にいた蔓に当たると、花畑に引火して妖精がてんやわんやしていた。
薔薇と妖精は味方同士ではないのか。それとも薔薇に妖精が仕えているのか。関係性が気になりつつ薔薇と相対する。
蔓による攻撃を躱し、当たらなければ火の玉が飛んでくる。
すると花畑が燃え、妖精がてんやわんや。何度も繰り返してくうちに妖精が薔薇を攻撃し始めた。仲間割れをしている間にルティアたちを救出する。
またエリア全体が燃えてしまうのか。少しだけ罪悪感があるが、燃えてしまったものは仕方がない。薔薇と妖精が争っているうちにこのエリアを脱出してしまおう。
もう少しだけこのエリアを堪能したかったが、耐性のないルティアじゃ楽しめないだろう。エリアの端にキョテントを置いて他のエリアで遊ばないか提案してみよう。
ルティアを抱きかかえて、触れるもっふもふを堪能する。頭を撫でてみたり、しっぽを撫でたりしてみても起きてこない。狐さんのもっふもふを堪能しながら敵のいない見晴らしのいい場所を探す。
しばらくするとシュガーとソルトが目を覚ました。シュガーが甘えるように寄り添ってきたが、ソルトは恥ずかしがって離れてしまった。
「ふたりとも起きたのに、ルティアだけ起きないなぁ」
「むふっ……うふふっ……」
「なんか笑い声がきこえるけど、起きない……どうしたんだろ?」
「ふふっ……」
「起きないなぁ……別のエリアに行ってもいい?」
ゆらゆらと揺れるしっぽ。おそらく了承するという意味だろう。だめだったらもっと激しく揺れる気がする。
キョテントを建てて広場に向かう。そこはまっさらな広場があるだけで、他には何もなかった。ルティアがカルトたちとフレンドじゃないから、あの摩天楼のような広場に行けないのだろう。
「ルティアってフレンド、俺以外にいる?」
ぶんっぶんっ。
「そうか。じゃあ俺のフレンド……まぁ雪や裕貴とフレンドになろうか」
「なんで?」
狐さんが首を傾げて不思議そうにしている。
「PM同士はフレンドになってて悪いことはないからな。それに第二エリアはPMが統治してるようなものだし……」
「それってもしかしてあの熊がいるところも?」
「あー、そうだな。俺がしてる……かな?」
「熊が野放しになってるのも……」
「くま?」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「わたしが何回も倒されたのも……お兄ちゃんが……」
「いや、待て待て!俺は別に熊を飼育してるわけじゃないから!あいつは!」
「それって……野放しに……!」
「いや、あー、あ!飼育したら、エリアボスって別で復活するから!意味ないからな!」
「ふーん?」
「だから俺は悪くない」
「ふーん?ふーん?ふーん?」
ふーんの圧が強い。迫られてもくまさんはどうしようもない。確かにルティアの種族だと厳しいものがある。なによりボスエリアに留まらず、レベル上げができるエリアボスだ。
俺が戦ってたときよりも強くなっているはずだ。
「あー、もう、わかったよ。いっしょに倒しに行こう!」
「ふーん?ふーん?ふーん?ふんっ!いいでしょう」
ふんふんの圧力に屈して了承してしまった。フレンドについては後日紹介することにして、今日はこのまま、くまさん討伐に向かうことになった。
森のエリアには俺の家のような精霊樹があるが、あそこだと高所過ぎて怖がらせてしまう。それに視界を埋め尽くすほどの蜘蛛の大群を見て気絶されたら困る。
ルティアが配置したキョテントを使ってくまさん討伐に行こう。
くまさん討伐に行く道すがら、シュガーとソルトは足を止めた。どうやらチカラが足りなさを感じたそうだ。このままついて行くのも申し訳ないと思い、森で修行してくると言って離れていってしまった。
森の中に入ると、魔物と遭遇すると思っているかもしれないが、人の手が入った森だ。柵もあるし、道も整備されている。鬼人に依頼しただけあって凹凸も少ない。
「なに、この道?」
「え?」
「いやいや、なんで魔物がいるエリアがこんなに整備されてるの?」
「俺のところはある程度しかしてないよ。エリアを通り抜けられるようになってるし。レベル上げには向かないけど、ゲームの進行には問題ないでしょ?」
「問題しかないわよ!」
なんだか思ってた反応と違う。感心されるかと思ってた。ルティアは冒険を求め、柵を越えようとする。
「あ、待って」
「なによ?」
「一線は越えないようにしたほうが」
「???」
ルティアは疑うような顔をしながら、柵を越え、そして蜘蛛糸によって拘束された。
「なになになに!?!?」
「あー、まぁそうなるわな」
ルティアを捉えた正体は、子蜘蛛たちだ。まだ生まれて間もない子蜘蛛たちは子狐を見てウキウキしていた。ふいに俺の方を見てダラダラと汗を垂らす。
「ごめん、離してくれるか?」
「……!?!?コクンコクン」
子蜘蛛たちに手持ちのお肉を渡し、子蜘蛛たちにくまさんがいる場所を聞いてみた。どうやらこの先にいるらしい。それに面白い話も聞けた。子蜘蛛たちに手を振ってバイバイする。
解放されたルティアを拾い上げると、面白いくらい戸惑っていた。
「どゆこと!?」
「柵を越えると食べていいって、蜘蛛の餌になるから、越えないようにねっていい忘れてた」
「そんな重要なこと、はやくいってよ!」
「ごめんごめん、つい」
「ついじゃないわよ!」
ブルブルと震えるルティアを肩に乗せ、森の奥へと進む。この先に進めば、くまさんがいる。
宿敵となるくまさんと出会い、ルティアはどんな反応をするのか、楽しみだ。
あけましておめでとうございます。
また再開しました。
話数を書けたので、次は登場人物を書いていこうと思います。少しずつ修正していずれ、完結を目指せたらいいなって考えてます。
よければ、また楽しんでください。