第151話 再戦の兆し
巨大な亀が最後の息を引き取ると、空一面に星空が浮かんだ。流星群が空を駈けると、亀の足元が蠢き出す。地面が割れ、現れたのは赤子の亀だ。赤ちゃん亀は、エリアボスの大きさを加味した上でも大きすぎるほどだった。
すでに巨大な亀と言える赤ちゃん亀は、海を求めてエリアを歩き回る。もちろん、そんなものはない。最終的に向かったのは、新エリアの方向だった。
赤ちゃん亀を見送ると、アーガスがやってきた。ボロボロで今にも息絶えそうな雰囲気を醸し出していた。
「無事だったんだな」
「そう見えるか?」
無事ではなかったみたいだ。アーガスは愛用の槍を杖にしてなんとか立ち上がっている様子だった。俺も腕がいくつかぶっ飛んでいて無事とは言えない状況だ。
アーガスは倒れた亀を見上げたあと、ニヤッと笑って手を上げた。俺は同じくらいニヤッ笑ってハイタッチした。耐えに耐え凌ぎ、勝ち得た勝利をお互いに噛み締めた。
エリアボスの解体をすると、すっからかんだったインベントリが埋まった。それほどまでに大量のドロップアイテムを落としたのだ。巨大だとアイテムも多い。肉は子蜘蛛たちと味わい、他はカルトに売り払う。
亀がいなくなって終わりと思いきや、亀の跡地には孵化した亀の卵の殻があった。キラキラと輝くそれを見たアーガスが大声で驚く。
「なっ!?これは……」
「どうした?」
「見たこともない鉱石だ」
「卵の殻以外何もないけど?」
「その殻が鉱石なんだ。星海輝石というらしい。硬そうだな。鍛冶に使えそうだ」
アーガスは輝いた目でその鉱石を見つめていた。卵の殻はマグマの下に眠っている。取りに行くのは至難の業だ。運良く拾えたのはマグマで流れてきた手のひらサイズの欠片だけ。
「八雲」
「なんだ?」
「糸で釣れないか?」
「……やってみよう」
結論から言えば、欠片がいくつか取れた。あとは重くて引き上げられなかった。アーガスは悔しそうにしていた。なにか手はないかとインベントリを探ったところ、一つ思いついた。
「甲羅ならいける!」
「だめだ」
アーガスは即座に否定した。アーガスから見れば甲羅もまた重要なアイテム。ここで浪費すべきものではないとのこと。メテオライトと比較しても引けを取らない、それが亀の甲羅。
「じゃあメテオライトは諦めるしかないな」
「うぐぅぅぅぅー」
唸り声をあげるアーガスだったが、これに関しては致し方ないこと。アーガスを慰めつつ、次のエリアに向かった。入った瞬間、温泉以上の熱風が襲いかかってきた。
「「熱ッツ!?」」
冷たい服を着てもこの熱さ。一瞬で汗だくになる二人。予想していたが、次のエリアはマグマエリア、それも見渡す限り火山が噴火し、すべてが危険地帯だ。道はあったが、横にマグマの小川がある。
「……帰るか」
「そうだな」
アーガスも無理と判断したのか、返事がすぐに返ってきた。
帰り際、やっぱり諦めきれないのか、もう一戦挑もうとしていたが、なんとか説得できた。欲しいものがあると冷静さを失ってしまうのは誰にでもあることだ。
討伐に成功したら入ろうと言っていた温泉に戻ると、そこにはしょんぼりしたジンと慰めるように囲むマルノミとヒスイ、ガーネットがいた。
俺たちが返ってきたことに気づいたのか、顔を上げたジンがボソリとつぶやいた。
「今回もだめでしたよね?」
ジンはあきらめムード全開で聞いてきた。俺はすぐには答えず、俯いて見せる。アーガスも後頭部をかいて、そっぽを向いた。
「そうっすよね……」
ジンが翼を丸め、蹲ろうとする。
「ごめん、うそうそ!」
「え?」
俺はジンが可哀想すぎて耐えきれずに謝った。アーガスも申し訳無さそうだ。ジンは「え?え?」と俺とアーガスを交互に見た。
「討伐は成功した。証拠もある。これだ」
アーガスは亀の甲羅の破片を見せた。
「えええーっ!?」
ジンのびっくりする顔が見れて満足。そして、ゾッとするほどの視線が俺とアーガスに襲いかかった。ポンッと俺とアーガスの肩に手がのった。振り返るとニコッと笑うヒスイとガーネット。
「ジン様、少し八雲様とお話があります」
「私もアーガス様に話が」
「え?そうなの?」
ジンはなんでもないように言った。ジンには二人の威圧が感じ取れないのか!?ジンは二人の好意にも気づかない鈍感っぷり。
俺とアーガスはジンからは見えない場所に連れて行かれ、説教を受けることになった。
しばらくしてからジンのもとに帰ると、ジンがおもちゃで遊んでほしそうな犬のように駆け寄ってきた。
「どうやって倒したっすか!?」
俺とアーガスは二人がいなくなった後の戦いの記録を話した。ジンは終始、愉快な表情で楽しんでいた。星海輝石を見せると、ジン以上にキラキラとした表情をする者たちがいた。
「ジンさま、ジンさま、これほしい!」
「うわぁ……綺麗!!」
その者とはどんな宝石にも目を輝かせるヒスイとガーネットだ。マルノミもうっとりしてるように見える。
「……八雲、アーガス、これってどこで手に入れましたか?」
俺とアーガスはお互いに顔を見合って、鉱石の入手方法を説明した。どれほど難易度が高く、困難な作業なのかを説明した上で、ジンは俺とアーガスに頭を下げた。
「もう一度、一緒に討伐するチャンスをください!」
「ああ、もちろんだ。俺はそのつもりだ。八雲は?」
「アーガスは最初から乗り気だっただろ。俺も、もちろん参加する。だって俺はジンと討伐するって約束しただろ?」
「アーガス……八雲……ありがとうっす」
感動で肩を震わせるジン。
次の討伐は三日後にすることにした。すぐに始められないことはジンもわかっていた。俺とアーガスが消耗しているのもあるが、主な理由はアーガスにあった。
「メテオライトをより多く獲得するには、それを集めるための専用の道具が必要だ。そのためにも、この甲羅を研究する必要がある。すまんが、八雲のも買わせてくれ」
アーガスは俺の甲羅を受け取ると颯爽と自身の鍛冶屋に帰っていった。その際、メテオライトも持っていった。甲羅と組み合わせることでより確実に作れるはずと宣言していたからだ。
アーガスの道具を楽しみにしつつ、俺たちは三日後の再戦を約束して解散することになった。
意外にも早い解散に時間が空いた。この機会にドワーフの街を散策することにした。
石造りの街は日本にはない趣きがある。煙立つ煙突も日本では見慣れない。ヨーロッパだとこういう光景が見られるそうだ。ゲームもこういう石造りはわりと主流だという話も聞く。
構造物は木か石くらいしかないし、当然と言えば当然だ。ドワーフの街にはプレイヤーも多くいた。プレイヤーとドワーフが争っていたのが嘘のようだ。俺の知らないところで仲直りでもしたのかな?
街を歩いていると自然と視線が集まる。アラクネというのもあるし、魔物に分類されるからでもある。敵意のようなものが多いが、好意的な視線もある。
おそらくカルトの街で子蜘蛛たちと仲良くしているのだろう。仲良くなかったら防具に蜘蛛糸を使ったものを手に入れることは難しい。野生の蜘蛛もいるが、質が違う。
街の奥まった場所へやってきた。そこには門があり、ドワーフ兵士がいた。何人かのプレイヤーが入ろうとすると、門番に止められていた。プレイヤーが「資格ってなんだよ」とぼやいていた。
俺はそこへ面白半分で行ってみることにした。資格というのは何なのかわからないが、戦いになるわけでもない。止められるだけなら、俺でもやれないことはない。
門へと歩みを進めると、すれ違ったプレイヤーが騒いでいた。俺も有名になったものだ。悪い方だと思うけど。門の目の前に来ると緊張の瞬間が訪れる。
門番の槍先が輝く。やはり止められるか?という考えが過ぎる。足を止めずに進めると、気づけば門を通り過ぎていた。
「え?」
止められなかった驚きと共に、資格なんてあったの?という驚きがあった。門の向こう側にいたすれ違ったプレイヤーも「なんで?」と呟いていた。俺だって聞きたい。
行けてしまったのなら、俺も資格があったってことだ。なんとなくプレイヤーたちに得意げに鼻を鳴らしたくなる。苦虫を噛み潰したような顔で悔しそうにするプレイヤーたち。
なんだか気分がいい。このままこの奥も探検してみよう。あっちにも店があったが、物腰優しそうな店員ばっかりだった。ここでは厳格な雰囲気でまさに頑固職人といったドワーフしかいなかった。
プレイヤーの数も門前のところより少ない。NPHもほとんど道を歩いていない。実はスラム街かなにかだったのでは?と思えるくらい人がいなかった。
門前と違うところがもう一つあった。それは空が見えることだ。煙突から出る黒煙で空が霞むことなく、澄んだ空気が流れ、なにより焼き焦げた臭いもしない。
スラム街ではないことはわかった。だったら、ここはなんなのか、好奇心が芽生えた。門の近くにあった店に行く。そこにはムスッとしたドワーフがいた。彼に聞いてみることにした。
「ここにはなにがあるんですか?」
「ΝΛΠ∌Α?」
そうだった。ドワーフと話せないんだった。重い空気が流れる。相手のドワーフも眉をひそめた。俺はぐっと固唾を呑んでショップを開いた。ポイントは腐るほどある。なくなったら、また集めたらいい。
ドワーフの言語学を交換する。億を超えるポイント交換は手が震える。
「ったく、なんだってんだ」
言葉が理解できた。
「すいません、これでわかりますか?」
「んおっ!?急に言葉が……お前さん、蜘蛛のくせに頭がいいんだな」
これは悪口ではない。本当に驚いたのだろう。
「まぁ、そういうこともありますね。ここってなんの店ですか?」
ドワーフのおっさんの店には、なにも並んでいなかった。
「あー、ここはな、秘匿街の案内所みたいなもんだ。お前さん、ここに来たのは初めてか?」
「そうですね」
「そうか。この秘匿街は、ドワーフ最高峰の機密技術を扱う店が立ち並んでおる。普通の者は門前のエリアまでしか来れない。来るにはお前さんのように資格を持ったものだけが来れる」
「その資格ってなんなんですか?」
「資格はそうじゃな……強者の証じゃな」
強者の証。なんともフワッとしたものだ。
「それって?」
「お前さんが持っとる称号、《星海の溶岩亀の討伐者》こそ強者の証じゃ。皇魔級の魔物を倒せる者になら、ワシらの真髄をみせるに値する。この街はそのためにある!」
案内人はニカッと男臭そうな笑みを浮かべた。
つまり、俺は亀を倒せたから入ることができたのか。そしてこの街にいるプレイヤーは皆、そのレベルに達した真の強者とも呼べる存在。これを廃人プレイヤーとも呼ぶ。
「自信を持て。ここに来れる者は早々おらん。もし、買いたい物があれば、ワシに聞け」
たまたま来たから本当に買うものは思い浮かばなかった。
「なんでもいいぞ。すぐに出なかったら、散策してみるといい」
案内人の言う通り、散策することにした。別れを告げ、店を後にしようとする。そこで足が止まった。
「そういえば、案内人の名前って?」
「んお?ガンザラだ」
ガンザラか。覚えておこう。
街は静かだった。プレイヤーと店員が話している様子もあったが、口は動いているのに声は聞こえなかった。音を打ち消すような道具か魔法があるのだろう。
本当に秘匿していることが多そうだ。店に商品が並んでいないのも秘匿するためだろうか。店先に店員がいない店もあった。人が訪れることが少ないのもあるのだろう。
隠れ家レストランしか並んでいない商店街みたいで、ちょっとワクワクする。
「ちょっと、そこの蜘蛛さんや。ワシの店に来んか?」
突然話しかけてきたのは、サンタさんみたいに白いヒゲを伸ばしたドワーフだった。
「なにか?」
「そんなボロボロの格好で彷徨くな。ワシの店に治せる薬がある。治療を受けてくれ」
そういえば隕石を受け止めて腕が二本消し飛んでいた。腕が二本あったから違和感がなかった。白髭ドワーフのご厚意に預かり、治療を受けることにした。
椅子に座らされ、渡されたのは緑色の液体が入ったコップ。俗に言うポーションだが、匂いはメロンソーダ。一気飲みすると腕が生えてきた。
「随分無茶な戦いをしたようじゃな」
「隕石を受け止めたんだ」
「ほう。あの亀のか?そりゃあすごい」
ドワーフには称号が見えてるらしい。それともNPHには称号が見える仕様でもあるのだろうか。
「それにしても、素手で受け止めたのか?」
「そうですよ」
「ふむ、そりゃあいかんな」
心配げに眉をひそめ、部屋の奥に行った。糸を弄んで待っている
と、両手いっぱいに包帯を持ってきた。
「もう怪我はないですよ?」
「違う。これは型を取るための包帯じゃ。お主は魔人じゃから素手で戦うのが当たり前と思っておるじゃろ?」
「そうですね。甲殻がありますし」
「その認識は間違いじゃない。じゃがな、武具をつけるのも間違いじゃないんじゃ」
白髭ドワーフはガントレットをつけることを勧めてきた。
「普通の武具だとお主の邪魔にしかならん。ワシが造るのは保護と強化を兼ね備えた武具じゃ」
「ビームは出ますか?」
「ビームも出せる!」
「すごい!」
言ってみるものだな。ビーム出せるのか。亀とのビーム対決もできそうだ。
「ビームを出そうとすると、その機能にすべてを費やすが構わんか?」
悩ましい。ビームが出るガントレットなんて今まで見たことない。
「……今回は保護と強化で」
「ふんっ!当たり前じゃろ。そんなお遊びガントレットをこのワシが造るものか」
随分とノリのいいドワーフだ。
腕の型取りは全部で六回行われた。一本で他は複製と思っていたのだが、腕にも個性があるのだとか。前の腕と後ろの腕、それから下半身の蜘蛛の腕の六本ともだからそれなりに時間がかかった。
「二日後に来い。その頃には完成してるじゃろ」
白髭ドワーフと別れを告げた。フラフラとドワーフ街の散策を再開した。それからしばらくした後、ふとした瞬間に、明日が澪と遊ぶ日だったことを思い出した。
準備をするため、俺は急ぎ足でドワーフの街を後にするのだった。
元気になったので投稿します。
興奮すると首が謎に締まる症状があるため、FPSはできない模様。
誤字報告いっぱいありがとうございます。
見返す余裕がないので助かってます。
ありがとうございます。