表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

163/168

第150話 星海の祝福

 ジンがいなくなると、続けざまにマルノミが落ちた。残されたのは俺とアーガスだけ。互いに油断も隙も許されない状態が続いた。風船が割れ、地上が紅く染まる。


 次第に赤黒くなる。すべてが黒くなるまで俺もアーガスも生きることを諦めない。また隕石が降る。できれば消耗品にしたくはないが、この先の攻略法を知るためだ。


 俺は槍を使用することにした。どうせ死ねば諸共消え去るんだ。使わずになくなるなら、使い潰すほうが数百倍マシだ。父性の天性に切り替えて槍を取り出す。


「やらなきゃわからないこともあるよな!」


 槍に糸をそして加速を付与して投擲する。もちろん、狙いは降り注ぐ隕石。衝突した瞬間、目に見えてひび割れた。


「いける!」


 さらにもう一本投擲する。すると、隕石は槍先を中心に砕け、地上へと石礫となって降り注いだ。これがなにを意味するか、すぐにわかった。降り積もった岩にあの紅い水が染み込み、黒かった地面が赤らんできた。


「これは……!?アーガス、俺の槍を使えっ!」


「うむ、任せろ!」


 アーガスは愛用の槍しか持ってきておらず、投擲すると手元が心細くなる。代用品として俺の槍は丁度いい。アーガスは僅かに残された土色の地面に足をつけると、止まった勢いを糧に槍を投擲した。


「『竜華砲』」


 竜を帯びた槍は、本物の竜のように飛翔し、降ってきた中でも一際大きな隕石を貫通し、さらに上空の隕石までも砕いた。やはり槍の扱いは俺よりも上だ。これからも精進しなくては。


 俺は数で隕石を捌き、アーガスは技で隕石を砕いた。それから二度目の魔法陣による熱光線が降り注いだ。今度は一点集中ではなく、地面が限界まで黒くなっているところだけ。


 今までのことを考えると、風船を割る位置は一点集中がいい。つまりバラけるのは愚策。全員で固まって風船を割る。できればエリア全体に広がった風船も集めたい。そうすれば熱光線でやられることはないだろう。


 黒いところにあった槍は一瞬で溶けていた。多分プレイヤーも一瞬で溶ける。これは確信できる。


「アーガス、これあと何回来ると思う?」


「俺は次が最後だと思う。いや、最後に決まってる」


 俺もそうであってほしい。


 最後であってほしいという俺たち二人の願いが通じたのか、亀の挙動が変わった。その場で穴を掘ることに夢中になっていたはずの亀がこちらを睨みつけている。


 巣をつくるにあたって外敵の有無は重要だ。できることなら排除したい。それかいないところで巣を作りたい。俺の考えていることは今の亀にも当てはまるはずだ。


 亀は月を見上げ、空の魔法陣を消した。再び、エリア全体に棘が現れた。ここまでは今までと同じ。棘は近くの棘と合体し、十本の巨大な柱を作り出した。


 そして亀の背中から生み出された風船は小さな一粒ではなく、巨大な風船が膨れ上がっていく。これが亀の最大級の技だと言わんばかりに。


「アーガス、柱は任せた!」


「おう!」


 今まで風船付きの岩棘を砕いた経験のあるアーガスが地面を担当する。役割分担をした瞬間に、一本目の柱を砕くアーガスはさすがに優秀すぎる。


 あの風船を割ったら、どうなるのだろうかというワクワク感を持ちつつ、風船間近の甲羅の上に天糸で移動した。転移巣でもいけるが、足場が近くに残っていたほうが後々役に立つという判断だ。


「これ、どうすれば……いや、とりあえずやってみよう」


 無策でもどれかは効果的なデータを得られるはずだ。


 科学の実験でも教えられたから、最適解の実験とその結果を知ることができる。何も教えてくれない先生が「やれ」と言ったところで、答えにたどり着くことなんてできない。


 教科書はその積み重ねをまとめた研究結果だと父さんは言っていた。だから教科書から学ぶことが一番効率的に勉強するコツだとも言っていた。


 これから俺が行うのはその教科書を作り出すこと。この世界では攻略法を得るための最適解だ。やるだけやってみよう。


 まずは情報を得るのが先決。おそらく紅い水はマグマをより水に近づけたものだ。触れたら熱いし、身体が溶ける。けれど粘度の高いマグマのようにゆっくりと動かない。


 後々調べたら、意外にもマグマにも早いものもあった。この世界にも共通してるかは不明だが、この先のエリアで遭遇するかもしれない。


 紅い水が雷と接触したらどうなるか、とりあえずやってみよう。


「………のまれた」


 一番頼りになる雷術は風船に接触すると、何事もなく取り込まれていった。特に接触反応はない。水は蒸発、風は風船の形を歪めれたがそれ以上はなんともなかった。土と火も取り込まれた。


「これ、俺がどうにか……いや、まだやってないことがあった」


 紅い水に干渉できないなら、亀本体ならどうだ。たとえマグマに耐性があっても体内に毒が回ったら、動けなくなるはずだ。


「かっ……た!」


 見た目が象の皮膚みたいだと思ってはいたが、ここまで硬いとは思わなかった。でかいやつってどうしてこんなに硬い魔物ばっかりなんだ。


 甲羅は最初から無理だとわかっていたが、皮膚までもだめだとは思わなかった。俺の考えが足りなかった。気づけば時間が経っていた。頭上の風船がパンパンに膨れ上がっていた。その間にアーガスはすべての柱を砕いていた。


 俺は手振りでアーガスに謝る。アーガスも気にしないと返してくれた。お互いに初めてのことだからという方便があり、さらに言えばすでに攻略メンバーの二人が落ちている。


 言わばこれは消耗戦。もちろん、俺たちばかり消耗されていく戦いだ。エリアボスに失うものなどない。


 そういえばクシャもマシャも元はエリアボスの嫁ポジション。クナトに奪われ、復讐心を抱いた黒騎士がいたな。失うものはあったわ。


 今では老夫婦としてカルトの街前の小さな畑の世話をしている。まさしくスローライフの理想系。黒騎士が農家として、魔術師が修道女兼食堂のおばあちゃんとして元気にやっている。悪いことばかりではない。


 さて、あとはあれが爆発するのを待つだけだが、ふと考えついたことがある。あれだけ大きなものを浮遊させたあとどうなるのか。風船だったら破裂する。紅い水はどうなるのか、落下してくることだろう。


 何もせずにじーっとするのは生きるのを諦めたのと同じだ。真っ向からあれを受け入れるのはアホのすることだ。


「空に逃げれば、回避できるかな」


 アーガスの位置を確認する。空を見上げ、天網を生成する。空が高温じゃないことを願う。加速して瞬時にアーガスの目下にたどり着く。


 アーガスは瞬時に来た俺に対して驚くように目を見開く。


「まさか諦めたわけではなかろうな?」


「もちろんだ。それにはまず、引くことを覚えよう」


「そうだな。やってみたいことがある。もしかしたら死ぬかもしれん。だが、やってみて損することはないだろう」


 アーガスもやりようによっては耐えれることを公言した。それほどまでに自信があるのか、それともただの慢心か。


「わかった。俺はもう行く」


「あぁ、楽しみにしてくれ」


 空へと逃げた直後、浮上している風船に動きがあった。ドロっとした紅い水が風船の中で回転し始めた。洗濯中のような光景だ。回転は横回転だ。段々と風船が円盤状に歪み始めた。


「ちょっと、まずいんじゃないか?」


 アーガスの心配をしていた俺だったが、遠い空にいるはずの自分にすら害を及ぼすものなんじゃないかと、危機感が芽生え始めた。


 歪んだ風船は回転を続け、次第にエリア全体に風が吹き始めた。風船と同じ回転で吹く風が、アーガスが砕いた柱の岩、それからこれまで落ちてきた隕石を浮かせ始めた。


 浮いた隕石はすべて風船の中に取り込まれていった。隕石は溶けることなく風船の中を漂い、そして互いにぶつかりあって一つの塊を生成していった。


 風船の中に吸い込まれていたら、間違いなく圧死させられていた。それだけじゃない物理的なダメージ以外にも紅い水による継続ダメージもある。どのみちあの風船に入れば死ぬ。


 出来上がった塊は、落下してきた隕石と比べ物にならないほど巨大になっていた。そしてその塊は滅びの言葉を言ったわけでもないのに、上空へ浮かんでいった。飛んでいくそれをただ見送ることはできない。


 風船を見送れば、雨となって降り注ぐ。岩の塊が空に飛べば、予測できる中で最悪なものといえば、隕石となって落下してくることだ。


「まずいっ!」


 塊を壊せなければ、アウト。落下してくるのも見届けるのも絶対にだめだ。アーガスに動きはない。だめだ、立ったまま気絶してやがる。


 試しに紫電の魔糸槍を投擲してみるが、刺さっただけだった。亀の皮膚よりは硬くないが砕くには十分な威力ではなかった。それに砕けたとしても、あの塊は岩の集合体だ。一部しか砕けない。


 なにかいい方法はないかと模索した結果、一か八かの方法を思いついた。それは転移巣によって岩の塊を亀の真下に移動させ、亀ごと上空に打ち上げるという方法だ。


 まずは亀の下に転移巣を、と思ったが、首の下以外は地面に埋もれていた。仕方なく首の下に転移巣を天網を併用して設置する。さらに空にも設置する。


 転移が始まった瞬間、すごい勢いでMPが消費されていった。母性の天性に切り替え、今できる最大限の努力をする。


 岩の塊が亀の首下に現れると、すぐさま亀の首を持ち上げていく。突然の出来事に亀は足をバタバタさせることしかできない。身体全身が持ち上がり、ゴロンッと亀が背を下にして倒れた。その衝撃はあの引力でも微動だにしなかったアーガスすらも吹き飛ばした。


 亀が倒れたことで岩の塊を浮遊させるチカラが弱まり、亀のお腹に落下した。土煙が舞い、亀の悲痛な叫びが聞こえた。煙が晴れると、頭で一生懸命、起き上がろうとする亀の姿があった。


 亀は自分で開けた穴にハマっていた。よく見ると、お腹の甲羅が割れていた。あの岩の塊が俺たちに向けて落下していたら、今度こそゲームオーバーになっていただろう。


 戦況が逆転したとも言える状況で、身動きがとれずにいる亀に慈悲はない。バタバタと暴れる亀のお腹の上に立っても、亀は気づくことなく、起き上がろうとしていた。


 気の毒な亀にできるのは早急な止め。お腹にできた甲羅のヒビ割れに魔糸の槍を突き刺す。甲羅の下だからか、皮膚は驚くほど柔らかかった。


 もっとも確実な手とも言えるのが毒殺だ。槍に毒を染み込ませ、亀の体内に混入していく。あとは待つだけで終わる。それが油断を招くことになった。


 亀は傷を負うことも惜しまずに強引に首をひねり、身体を無理やり起こした。その勢いではるか遠くに飛ばされ、亀は俺を狙って追いかけてきた。


 物量による突進は一番凶悪な攻撃とも言える。特に身体の大きな魔物からのものだと避けるが難しい。転移巣で空に転移すると、亀は俺を探して暴れまわった。


 しばらく暴れた続けた亀は、穴の上に移動した。そこから微動だにしなくなった。ファンファーレが鳴るわけでもなく、時間が過ぎていく。


 すると、亀は紅い涙を流し始めた。悲しんでいるのか、それとも毒による侵食に苦しんでいるのか。亀は咆哮をあげ、なにかを祝杯するように何度も何度も咆哮をあげた。


 そして亀は最後のチカラを振り絞り、天空に魔法陣を出現させ、ゆっくりと俺をみた。


 亀と視線が交差し、空へと向けられる。空から現れたのは真紅の隕石。大きさはそれほど大きくない。バスくらいの大きさだ。チカラを圧縮させたその隕石が一直線に俺のもとへと落下してくる。


「これを避けないのは馬鹿のやることだ。けど、俺は馬鹿でいい!ここで勝負を受けなければ男が廃る……来いッ!」


 父性の天性に切り替え、四本の腕に紫電の魔糸を纏わせる。すべてをかけて、俺は真紅の隕石を腕で受け止める。


 触れた瞬間、腕がぶっ飛びそうだった。炎に焦がれ、手が無くなるのではないかという絶望感があった。


 それでも俺は受け止めることをやめなかった。足を地面にめり込ませ、腕が一本、また一本と消し飛んでいく。それでも俺はこの瞬間にすべてをかけた。


 そして、隕石は止まった。


「俺の勝ちだッ!」


 亀は涙を流しながら満足気に笑い、力なく倒れた。そしてファンファーレが鳴り響いた。決死の戦いはここで終止符をうった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ