第149話 星降る夜に
ジンが掘った温泉はエリアボス戦後の楽しみにとっておくことにした。未だかつてないほどの強敵との噂だ。油断は禁物だ。
エリアボス討伐メンバーは俺、アーガス、ジン、マルノミの四人だ。あれ、ヒスイとガーネットは?となるが、攻略不可能な場所に連れて行くには足手まといになるとのこと。
置いていくことにためらいがないのは、二人を無碍にしてるわけではなく、ジンがそれほどまでに二人のことを大切にしてるという表れだ。
「ここから少しずつ気温が上がるっす。魔法とスキルを併用して耐え抜くっす」
ジンは堕天使のような真っ黒な二対の翼を羽ばくと、その直後、強風が俺たちの周りを囲むように吹いた。
マルノミは平気な顔で熱噴水をシャワーのように浴び、アーガスは修行僧のように汗をだらだらとかきながら耐え抜いてみせた。
各々、自然の脅威に対抗する術を持っていた。俺はそういう用意を持ち合わせていなかった。仕方なく思いつきの水属性の魔糸で冷たい衣類をつくり、それを着てやり過ごした。
もちろん、衣服をつくった実績がないから、でかいタオルをつくってそれを巻いただけものものだ。
これが意外と功を奏したのか、全くもって熱さを感じることがなかった。むしろ、ジンの風のおかげで寒いまであった。しばらく沈黙の中、歩き続けていると、ジンが話しかけてきた。
「八雲さん」
「ん?どした?」
「それ、売ってくれないっすか?」
チラッとジンの方を見ると、ジンはアーガス以上に汗だくで、翼なんて風呂上がりのように濡れていた。
「いや、あげる!あげるから!」
俺は全員へ平等に配った。すると、ジンが今までみた中で一番輝いた笑顔でお礼してきた。アーガスもなんだかんだ熱かったのか、手渡しする間もなく奪い取って着替えていた。
マルノミにもあげたかったが、龍の身体には合わなかった。ツルッとした鱗に引っ付けるのは身動きを阻害することになる。俺にできることはないと悟っていると、マルノミは身体の形状を変化させた。
ツルッとした鱗ではなくザラザラとした鋭い岩のような鱗に変え、頭には立派な角を生やしていた。さっきまで蛇かも龍かも曖昧だった姿だった。それが今では誰が見ても龍と呼びたくなるほどかっこいい姿になっていた。
「これはあれよ。八雲のモードチェンジみたいなものよ」
なるほど。ということは、皇魔級の魔物になった他のプレイヤーも皆使えると言っても過言じゃない。断定はできないがそういうことだろう。そういえばカルトも竜の骨を纏っていた。
マルノミはあと最低でも一変化は残っているだろう。この戦いで見せてくれるか楽しみだ。
冷たい衣服を配ってからボスエリアへの進行は驚くほど進んだ。熱さで足を止めることがなくなり、避けていた熱噴水も一時的に防げば通れる余裕ができた。
そうしてたどり着いたのは火山の入口。見るからに熱そうな山々の峡谷に、ボスエリアへの入口があった。
「ここっす」
森のエリアにいるようなプレイヤーの行列などない。むしろ人っ子一人いない。温泉好きの猿も近づかない安全地帯とはいえ、熱さで、気が持っていかれそうになる。
「ここまで来たっすから、少しだけ情報を出すっす」
そう言ってジンが提示した情報はものすごく基本的なものだった。
「とにかく逃げるっす。攻撃する暇があるなんて思わないことっす。できることなら歯茎は出さず、牙を出すのは絶対的な余裕と自信があったときだけっす。これは、RPGでもバトロワでも言えるっす」
ジンがここまで言うのだ。絶対に歯茎は出さない。そう誓って俺たちはエリアボス戦に挑んだ。
そこは、なにもない地の果てのような場所だった。空は雲で一面覆われていた。火山とみせていたから、灼熱の嵐が吹き荒れ、この世とも思えないマグマの海が広がっている火山帯かと思っていた。
「ジン、言っていたことと違っ「くるっす!」へ?」
俺の言葉を遮り、ジンは翼を羽ばたき、その場から退避した。アーガスもまた全速力で立っていた場所から逃げていた。俺とマルノミは状況を把握できず、ジンとアーガスを目で追うことしかできなかった。
ドンッと地表を殴ったような音が揺れが来た。ガクッと足が持ってかれた。足が地面に埋もれた。物理的に逃げられなくなったところで、ゆらゆらと横揺れがし始めた。
足をとられていたのは俺だけで、マルノミは何事もなかったように退避していた。いきなりの出来事に頭がまわらない。
「ッ!?八雲さん、ごめんっす!」
ジンの声が聞こえた。その瞬間、俺は風に殴られ、強制的にその場から退かされた。
そこで脳が再起動して、なにが起こったのか徐々に把握できるようになった。俺がいた場所が岩に埋もれていた。盛り上がった岩は次第に広範囲に広がっていく。噴水のように水が湧き出てくるのと同じで、岩が地表から盛り出てくる。
ボコボコと出てくる岩はランダムに出てくる。マルノミはスルリと回避し、アーガスは出てくる前に察知してその場から退避している。ジンには空から傍観し、俺もジンに肩を掴まれて空を浮かんでいる。
「八雲さん、落ち着いてほしいっす。まだ始まったばっかりっすよ」
「ご、ごめんなさい」
「ここからはさらに過激になるっすから、あとは自力で……」
「わかった」
ジンに放された直後、天糸を張ってその場にとどまった。
「それがあるなら、最初からしてほしかったっす」
「悪い。思い浮かばなかった。今からはちゃんとするか」
「……期待してるっす」
ジンが少しだけ残念そうな目線を向けてきた。なんとか挽回してジンからの見え方を変えないと、今日からポンコツキャラと思われてしまう。なんとかそれだけは回避しなくては。
盛り上がる岩は次第に鋭さを増していく。これは第二フェーズに入ったのだろうか?ジンに聞いてみると、まだ第一フェーズにすら入ってないとのこと。なぜなら、まだここのエリアボスが姿を現していないから。
てっきりエリアボス=自然の脅威かと思っていたが、そういうわけではないようだ。謎は深まるばかりだ。
鋭い棘はランダムから敵を自動追従するようになった。アーガスは棘を回避しながら味方の位置を確認した上で離れた場所に移動していった。マルノミは棘などお構いなしに破壊しながら逃げていく。
マルノミも、もしかしたら冷静さを欠いているのかもしれない。あれも混乱した上の行動かもしれないが、表情が読み取れないからなんとも言えない。
しばらく棘が出てきていたが、それも体感一分ほど。再び変化が起きる。棘の先から紅い水が溢れ、それが真ん丸の球を作り出して空へと浮かんだ。
「来たっすね。ここからは空も安全じゃなくなるっすから。どうにか逃げてくださいね。あ、あとそれからあれはできるだけ味方がいないところで破壊してほしいっす。またあとで!」
そう言ってジンは俺から離れていった。一人残された俺は天糸を広範囲に広げた。ジンの言葉を読み取ると、いまから来るなにかを破壊すると、味方に不利益を与えることになるのだろう。
見えてきたのは紅い風船。ぷかぷかと浮いていくそれは俺のことなど気にせず高く高く空へと浮かんでいき、空の遥か彼方へと消えていった。
「……?」
一つ、二つと空へ飛んでいくそれを眺めていく作業に違和感を感じるが、害がないことには変わりない。黄昏れる時間が過ぎていく。
ポタリとなにかが降ってきた。天糸に触れた瞬間、糸は容易く溶け落ちた。それは一粒ではなく、雨となって降り注いできた。それも俺の周囲だけ。
「ッ!?なんだこれ!?」
俺は逃げるしかなかった。その場から退避すると、またあの風船が飛んできた。雨との因果関係を考えると、この風船が怪しく感じた。人思いに天糸で切り裂くと、切り口から紅い水、それも空から降ってきたものと同じ液体が出てきた。
「これか」
やっとジンが言っていたことを理解できた。味方がいないところで破壊しなくてはならない、いや、できるだけ破壊すべきな理由。
遠くにいるマルノミとアーガスも棘を回避しながら風船を破壊していた。周りの仲間から学べばよかったんだ。初めてきたけど、体験済みの仲間がいる時点で教材は揃っている。
こんな機会を逃すのは、もったいない。
みて学べ、これは寡黙なドワーフの鍛冶師が異世界転生ものでよく言うセリフだ。裕貴が異世界ものの漫画をおすすめしてくれたときに知った知識だ。
ちょうどこのエリアもドワーフの街の近く。なんだ、ヒントはたくさんあったんだ。俺の視野が狭くなっていたんだ。
天糸を操作して風船を破壊していく。破裂した風船から落ちる紅い水は一点への集中させた。すると、その一点は時間の経った血のように赤黒く染まる。
これがなにを意味をするか、今の俺では把握できなかった事実だが、これが今の最良だと考えていた。
それからすぐ、ようやく最初のフェーズに入った。ここからが本当のはじまりだ。
また地響きがした。横揺れではなく縦揺れの地震だ。それは心臓の鼓動のように脈動した。地面だけでなく空気もその振動に巻き込まれた。まるで空中も空も関係なく、まとめて地面である、そう言っているかのように。
エリア全体に強大な波動が放たれ、全員がエリアの端へと追いやられた。産声のような鳴き声がした。生まれたての赤子がエリアボスなのか、という疑問が湧く。しかし、それはただの思い違いだと気付かされる。
地面が膨らんでいく。岩の棘の数十倍の大きさのそれは山のように巨大だ。山は崩れ、その正体が姿を現す。硬い甲羅と象のように丈夫そうな皮膚。泳ぐことに特化した水掻きと岩をも砕く爪。
老人のような優しそうな瞳を持ちながら、口元には鋭利な牙を持った亀が姿を現した。その亀の背には甲羅があり、頂点は花のように割いていた。
このエリアにいなければ、ただただでかい亀だが、残念ながらこの亀はエリアボスであり、いる場所は火山地帯。ただの亀な訳が無い。
優しげな瞳でキョロキョロと辺りを見回した亀が最初の行動を始めた。それは背中の甲羅から、あの風船を大量に生み出すことだった。まるでテーマパークのイベントのように浮き上がっていく風船に目を奪われる。
地響きがし、今度はエリア全体に棘が出てきた。その先には風船と同じものが生成された。それも岩の鎧を纏っている。もし、この全てが爆発すれば、エリア全体は紅い水で溢れ返るだろう。
この危機に対して、ジンとアーガスはお互いに視線を合わせて頷くと、アーガスは膨らむ前の風船を、ジンは飛んでいる風船をそれぞれ破裂させていった。一つもこぼしてはならない、そう言いたそうな行動に俺は追従した。
これに対処をしている間、当人の亀は手足をバタつかせて巨大な穴を開けていた。自身が過ごしやすい巣でもつくっているのだろうか。
風船は次から次へと生成され、際限なく現れる脅威に疲弊していく。辺りはいつの間にかトマト祭りでも行われたのかと思えるほど真っ赤に染まっていた。
紅い水はこの熱い空間の中でも蒸発することなく存在し続けていた。このままでは足場がなくなってしまう。そこで紅い水に少しでも耐性があるマルノミが地面に穴を開けて排水をし始めた。これが功を奏し、足場ができ始めた。
俺とジンが空を対処、アーガスが岩の風船、マルノミが地ならし。意識が通じた連携で長丁場を生き抜いていく。そしてようやく過ぎ去ったカーニバルタイムを乗り切り、次のフェーズと思われる瞬間が訪れた。
隕石が降ってきた。
それも一つじゃない。岩が降り注ぐ雨。これを流星群とも呼ぶ。これを起こしているのは、まさしくここのエリアボスである亀。風船の取り逃がしはない。これは断言できる。風船のフェーズとは関係なく訪れるのかもしれない。
「と、とにかく逃げるっす!!」
今日一、取り乱したジンが指示を出す。
おそらくこのフェーズに来たのは初めてだ。隕石は炎を纏い、地面に着弾した瞬間、巨大なクレーターを創り出していた。あれはだめだ。無闇に手を出したら滅ぶ。歯茎出す出さないの問題じゃない。
逃げる、避ける、回避する。ただ、すべてを捨てて、放り出して逃げる。星降る夜に怯え、夜を羨む夕焼けの道から逸れていく。それは恥ずべきものか、それとも当たり前だからという詭弁がそこに縋るのか。
嘘のような光景を目の当たりにして立ちすくむ少年のように、考えようとする意思をかなぐり捨ててそれを受け入れるのか。これが正しいと思える選択肢なのか。
ふと疑問が過ぎる。空に恐怖を抱く地の住人が、一度受けた恐怖から生じた妄想で、身体が覚えているはずの地の産声すらも恐怖へと変換してしまってもいいのだろうか。
ありもしない現象を怯える。引力という地球が備え持つ現象が突如としてなくなり、空へと落ちていくことがありえるのかと。
体験してもない恐怖を、本物の恐怖として受け入れることが果たして正解なのだろうか。
隕石と風船にばかりに目を奪われていた俺は初めて本当の空を見る。熱気によって真っ白な雲に覆われていた世界が隕石によって雲が除外され、本物の夜が姿を現していた。空には輝く星々と月、そして魔法陣。
亀が首を長くして咆哮をあげる。すると、魔法陣を紋様の形を変え、一筋の光を放った。そこはエリア全体の中でもっとも赤黒い場所。ちょうど俺が紅い水を集めた場所だった。
光は円状に広がり、熱光線に変わると、地面を焦がしながら、動き始めた。熱光線が巡った場所は、俺たちがもっとも多くの風船を破裂させた場所だった。
熱光線が最初に照らした場所へと戻ると、描いた図形の内側からマグマが湧き出てきた。
空から魔法陣が消えると、また亀は風船を生み出され始めた。
「ジン、これ、逃げるだけじゃない?」
「かもしれないっすね!」
俺はまた今日一、ジンの頼りない一面を見てしまった。終わりの見えない戦いに疲弊し、一瞬の迷いが敗北へと導く。精神的苦痛と物理的な過酷さは人を諦めという境地へ誘い、足を強制的に止める。
「今回もだめっすね……」
そう言ってジンは風船の破裂に巻き込まれ、無惨に散っていった。
今日はちょっと遠くでやってた夏祭りに行ってきました。
都会の祭りってどんなんなんだろ?って思ってたら、田舎とやってることは変わらないんですね。
でも、普通に住宅街の中でやるものだと、音は抑え気味。
個人的には、田舎の無駄にでかい公園で大音量の和太鼓叩いてる方が好みでしたね。
みなさんも夏のお祭りを楽しんでみてはいかがでしょうか?
きっといい思い出になりますよ。
あぁ、ちなみに私は一人で行きました。楽しかったよ?