第148話 温泉奉行
地獄炎の盲掘鼠を討伐した報酬が手に入った。いつもようにポイントを貯蓄して、PM専用報酬を観賞する時間となった。
俺の報酬は、クッション、サングラス、ライト。マルノミの報酬はクッション、手袋、剥製だった。エリアボスの死体はマルノミのものになった。
「これは……あれね」
マルノミが報酬で出たクッションに興味津々だ。そのクッションの上に身体を預けるとジューッという美味そうな音がし始め、さらには肉を焼くときの特有の煙が立ち込めた。
「それ、熱くないの?」
俺は少し距離を置いた場所から聞くと、マルノミは「熱いわ」と答えた。見た目通りの熱さを誇るそのクッションの名は、『アツアツスライムクッション』。
名前からして柔らかい感触がするんだろうな、と思えるようなクッションだが、最初の四文字がそのすべてを無に返す。柔らかアピールが熱いことで触れられないものにしている。
スライムクッションといえば、柔らかくて冷たいことで有名だ。指先だけ触れてみると、確かに柔らかい。ジューッと音がすると同時に本能的に指がクッションから離れる。
「やけどした……」
微々たるダメージが指先を痛めつける。癒やされるべきクッションでダメージを受ける。最悪なクッションだ。
「これはなかなか」
マルノミはお気に召したようだ。蜘蛛と龍では考え方も変わってしまうのか。少しだけ羨ましくなった。
家具堪能タイムが終わり、ボスエリアから脱出する。そのためには脱出するための洞窟を掘る必要がある。入口出口を粉砕してここまで来た弊害だな、と納得して腕を回す。
「あら、八雲。どこに行こうとしてるの?」
「出口がないから、造ろうかなぁ、と」
「こういう場合は時間が経てば、道ができるのよ。それまで待ちましょ」
マルノミはスライムクッションでごろごろしながらそう言った。初めて知った情報だ。俺がせっかちだったから気付かなかったのだろうか?いや、これまで入口出口がなくなった覚えはない。
つまり、マルノミはこういう状況に陥ったことが何度かあるということだ。暴れまくったのは今回だけじゃないようだ。覚えておこう。
マルノミの言った通り、少し待っているだけで洞窟内で地響きが発生し、目の前にトンネルができた。ぱっとマルノミの方を向くと、ほらね、と得意げに笑った。
トンネルはこのエリア特有なのか、少し紫がかっていた。それがなんとも幻想的で心を奪われた。入り口にはこういうのはなかったのに、と一瞬よぎったが、またも壊してきたという記憶が思い出される。
もしかしたら、正規のルートで来ればこの幻想的な景色をもっと早くから見られていたかもしれない。マルノミも少しだけ悔しそうな顔をしていた。
トンネルを抜けると、洞窟にいた熱さとは別の熱い風が吹いた。洞窟がカラッとした乾いた熱さだったが、そこはむしろ湿っぽい熱さがあった。
「温泉だ」
モクモクとした白い煙がそこら中の地面から立ち昇る。地面はその煙が染み込んだかのように白く。熱い岩はその白さを黒く染めている。熱い場所が色で判別できるのは助かる情報だ。
白と黒のコントラストが特徴のそのエリアには、当たり前のようにカレー炒飯の部下である鬼人がいた。しかし、いつもとは様子が違う。小屋はボロボロ、仕切りの竹の壁は破損していた。
「なにかあったんですかね?」
「さぁ?」
マルノミと首を傾げながら鬼人のもとへ向かうと、焦燥しきった鬼人が顔を上げた。
「あ、あ…ね、姐さん、それに姉さん。どうもです。申し訳ありませんが、今は休業中でして……またのご来店を」
「あら、どうしたの?」
「猿が……」
「猿?猿がどうした?」
鬼人はそれ以降口にしなかった。よっぽど疲れているのだろう。顔の前で手を振っても気づかないほどだ。
「だめね。これ以上の情報は得られないみたい」
「そうだな。それにしても、姉さんって二回って言ってたけど。マルノミが二人に見えたのかな?二重に見えるってよっぽど疲れてるんだろうな」
「…………猿ってなんなのかしらね」
マルノミはまるでなにかを悟った顔をして、すっと別の方向をみた。
「……?温泉といえば、猿っていうのはよく聞く話だけど」
「もしかしたら、このエリアは猿が牛耳ってるのかもしれないわね」
マルノミと施設周りを一周する。どこも猿によって壊されたのか、荒廃していた。集合場所として最適に見えた場所だったが、どうやらここにはジンたちはいないらしい。
「どこに行ったのかしら?心配だわ」
しばらく辺りを探索してみたが、ジンとアーガスの姿はなかった。もし、二人が捕まって助けを待つなら、配下であるヒスイとガーネットを先に逃しそうだが、その様子もない。
途方に暮れた俺とマルノミは温泉で水切りをしながら遊びながら、メルドアとたかしくんたちを待つことにした。
水切りは平べったい石を水面に向けて投げ、どれだけ跳躍させることができるか、という遊びだ。
石と水場さえあれば簡単に遊べることから、川辺にバーベキューをしに行ったときは必ずといっていいほど遊んでいた。
俺は手があるが、マルノミにはそれがない。だから俺しかできないというわけはない。マルノミは器用に尻尾を使って投げていた。
温泉は遊び場じゃねぇ!ってカレー炒飯に怒られそうだが、生憎ここにはいない。温泉奉行もその場にいなければ効力を発揮することはできない。今頃、カルトにこき使われてるはずだ。
川辺だと水を切るだけだが、温泉はまた違った現象が起きた。勢いよく飛び散った熱湯と煙で虹がかかった。それがなんとも綺麗で、遊びが絶景を生み出した。
水切りを堪能していると、グラサンをした、たかしくんがやって来た。
「あれ、メルドアは?」
たかしくんの話によると、あの熱い場所で湖の精霊樹と精霊が枯れたそうだ。メルドアは無事だったが、二人が死にかけになったから、クリア後すぐに自分の拠点に帰っていったそうだ。
メルドアが抜けることを伝えると、たかしくんはあくびをした。
「少し頑張りすぎたから、寝るかもしれないけど、そうなったら置いていってくれて構わないから」
たかしくんはいつものように眠そうな顔をして言った。早々に戦線離脱宣言された俺とマルノミは、早速たかしくんを置いて四人を探しに向かった。
「待つ必要なかったわね」
「そうですね」
前々から非常食扱いしていたからか、見捨てるのに躊躇がなかった。マスコットといえるほど可愛げはなく、本当の非常食扱いされてる彼は不満を抱いていない。
都合のいいご飯として定着してしまったのは、彼の怠惰な思想のせいだ。誰も彼を責めようとはしない。
温泉のせいで霧のように視界が悪い。所々に存在する熱い石のせいで警戒を怠ることができない。マルノミなら多少の熱さではダメージを食らわないらしいが、俺は違う。
耐性があるなしがこんなにも影響するのか。氷山のエリアも寒さで凍え死にそうと思えるほどだった。
「あれ、そういえば、八雲は自然耐性をとってないのかしら?」
「なに、それ?」
「その様子じゃ取ってなさそうね。自然耐性はこういうエリアダメージを軽減する耐性スキルよ。これがあれば、難攻不落だったエリアもピクニック感覚で歩けるようになる特別なスキルよ」
「そんなのあるのか!どうやって覚えるんだ?」
「自然と手に入るわ」
「………え?」
「ええ、実は取得方法はわかっていないわ!ふらふらしてたら、突然手に入るの!」
「なんで言ったんだよ……」
「自慢したくなったといえば、そうね。その通りよ!」
マルノミと雑談をしながら、捜索を続けていると、湖のように一際大きな温泉にたどり着いた。鬼人の言っていた猿も、もしかしたらここにいるのかもしれない。
辺りには岩場と熱帯雨林に生えてそうな背の高い木、葉先が鋭く、水滴を受け流す植物が多く見られた。その木に巻き付く蔓もあった。ここを表現するのなら、温泉のジャングルが一番合っている。
「ここも湿度が高いわね……龍にとっては造作もないことだけど。八雲、貴方には少々まずいかもしれないわね」
「なんだか……身体にチカラが入らなくなってきた」
蜘蛛はどこまでいっても虫だ。長時間の間、高い湿度の中にいると、身体の言うことが聞かなくなってくる。
「少し、風を起こすわ」
そう言って、マルノミは気流を作り出し、湯けむりを一掃した。すると、今までで見えていなかったものが姿を現した。
「いつの間に……!?囲まれてるわ」
そこにいたのは灰色の猿。それも通常の猿とは比べ物にならないくらい腕が大きい。猿というよりもどちらかといえば、ゴリラに近い風貌をしていた。
湯けむりが晴れ、チカラが戻った頃には、数の暴力を見せつけられていた。どいつもこいつも馬鹿にするような目線を向ける。一体、俺が何したっていうんだ。
「ウホホホ」
笑う猿に、煽るゴリラ。怒らせるのが好きならこっちもやり方がある。手に紫電を纏わせる。すると、猿の動きが固まった。やはり、雷は怖いのだろう。
よく見ると、一部の猿が歓喜の雄叫びを上げていた。もはや意味がわからない。一体、彼らの情緒はどうなっているのやら。このままでは埒があかない。やっぱり魔物特有言語で話し合うしかなさそうだ。
「マルノミ、やるぞ!」
俺はマルノミを参戦させ、笑う猿を一掃する行動を始めようとする。しかし、マルノミは俺の意見に賛成しなかった。
「待って!」
尻尾で進行を止める。マルノミには他にも考えがあるようだ。突然、俺には理解できない言語を話し始めた。
「ウホホホ!」
猿と同じ言語だ。
「ウホッ!?ウホホホウホッ!」
驚く猿。マルノミの言葉に呼応するように他の猿も叫び出す。状況を理解できていないのは俺だけ。一先ず、マルノミが猿と話し合いで解決すると決めたのだ。俺は石で積み木でもしていよう。
話は意外にもすぐに終わった。結論として、温泉にはタトゥーを入れたものは入れない、ということだった。そこで俺の思考は止まった。
要約すると、俺の関節が紫色だから、それがタトゥーに見えた。馬鹿にしてたのは、常識も知らないのかと罵っていた。そして、紫電で歓喜してたものは、電気マッサージに飢えていたから。
カレー炒飯以上の温泉奉行がここにいた。
誤解が解けたことで、猿たちはその場を去っていった。そして、マルノミはこの間にジンたちの居場所も聞き出していた。
目的地に向かうと、そこには、ツルハシを持ったジンとアーガス。掘っている場所には、人が一人入り込めるほど大きな穴。そこから温泉が溢れ、お一人様用の温泉ができていた。
「あ!八雲、来たっすね!ちょうど、もう一つできたところっす!」
ジンが人懐っこい笑顔を向ける。アーガスもどこか得意げだ。湯けむりで視界が悪かったが、よく見ると、温泉に浸かっているヒスイとガーネットがいた。
「それじゃあ、あとはメルドアさんとたかしくんさんっすね!」
ジンの純粋な笑顔にどう反応していいか、若干の迷いが生じる。ここは、ジンの実姉であるマルノミが答えてくれるはずだ。視線を向けると、そこには今まででの冷静なお姉さんイメージが嘘のような姿のマルノミがいた。
「あ、あのね、ジン……こ、これには、わけが……あぁ、ど、どうすれば、や、やく、やくやくやく……」
誰だこいつ!?壊れたおもちゃみたいに同じこと繰り返している。俺にギギギギと異音を発しながら首を動かして視線を向ける。なんでこんなに頼りないんだってところを見せられた。
「あぁ、姉さんまた壊れてるっすね。八雲さん、事情を話してもらえないっすか?」
おお、ジンが冷静だ。俺はたかしくんから聞いた事の顛末を話した。ジンはメルドアについて触れると、「そうっすか……残念っす」と言っていたのに、たかしくんの話になると、「あぁ、いつも通りっすね」と開き直っていた。
たかしくんの扱いについて、あのジンでも利害一致してるのすごい。
「じゃあこのメンバーでエリアボス討伐になりますね。メルドアさんたちにも参加してほしかったすけど、八雲さんがいるっすから、いけるはずっすね」
俺に絶大な信頼を向けてくれているのは嬉しいのだが、この先のエリアボスってそんなに慎重に相手をしないといけないのか。
「第三エリアボスまでを獣と表すなら、第四エリアボスは理性的な魔獣。これまで何回も挑戦してきたが、未だ討伐できていない。今回相手をするエリアボスはかなりの強敵だ。用心するんだな」
アーガスが真剣な表情で言った。思い返すのは氷山にいたハロルドとルドー。彼らは一筋縄ではない強さの持ち主だった。俺は手も足も出なかった。それをいまから相手にするかと思うと、確かに慎重にならざるを得ない。
「八雲さんも姉さんも初めてっすから、初戦は大目に見るっす。けど……二戦目からガチでお願いします」
これまで見たこともないほど堂々とした姿にマルノミの涙腺も崩壊。
「うう……ジン。大きくなったわね……」
この人本当に大丈夫なんだろうか。心配になってきた。