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第146話 地獄の釜を開けたなら

 無数の穴を虱潰しに踏破していくのは無意味。なぜなら、穴は増え続けるから。モグラはそういう生き物だ。一番早い方法は穴を一つにすること。


「俺が壊すんで、マルノミはモグラを見つけてくれますか?」


「いいえ、やめたほうがいいわ。今のいま、崩れたばかりよ。そんなことをすれば、崩れて生き埋めになるだけよ。だから……」


 マルノミの冷静に提案した。マルノミが破壊して俺が補修する。結局壊すんじゃないか!となるが、マルノミの提案は後先を考えているちゃんとしてるものだった。蜘蛛糸なら崩落したとしても耐え抜くことができる。


「この先なにがあるかわからない。気をつけるのよ」


「わかった」


 マルノミはスッと目を閉じ、ぎょっとするような鋭い瞳を開眼した。身体の動きが一瞬だけ制御を奪われるような感覚がした。これが恐怖に飲まれた感覚なのだろう。


 驚くのはこの一回だけではなかった。隣りにいたマルノミの身体が段々と大きくなっていった。パラパラと落ちてくる土砂。マルノミという物体に耐えきれなくなった洞窟が崩壊し始めた。


 あまりにも豪快すぎる破壊工作に唖然とする。


「あぁ!こうすればよかったんだ…ってなるか!やるなら、言ってくれっ!」


 後先考えてたのは提案だけだった。やり方も聞いとけばよかった。


 崩落する天井。重さで地表がひび割れる。上も下も余すことなく危険地帯に変わりゆく。糸で補強してる暇なんてなかった。流れ星のように降り注ぐ岩を砕き、崩れる足場を飛び移りながら逃げ場を探す。


 ボスエリア全体が崩壊してもおかしくないほど暴れ出すマルノミ。やめるように言っても届かない。駄々をこねる子供のように言うことも聞かない。


 暴れ方は一人前。どうやら思っていた以上に壊れてしまったようだ。わかっててやってるのかと思っていた。やってから気付くこともある。


 そうこうしてるうちに一番下まで落下してしまった。エリアの入り口をスタートとするなら、ここはゴールと言える場所なのかもしれない。


 そこは、マグマに囲まれた地獄の釜のような場所だった。跳ね上がる火の粉に触れただけで消し炭になってしまうだろう。そんな場所にやってこれたのは俺だけだった。


 マルノミは上の方で詰まっている。頭が抜けないらしく、必要以上に暴れまわっている。また小さくなれば済むだけの話のような気がするが、マルノミにも考えがあるのかもしれない。マルノミにはマルノミの危機が、俺には俺の危険がある。


 釜の上にいるのは俺だけじゃない。マルノミの被害者二号と呼ぶべきか、それともエリアボスと呼ぶべきか。


 細い目の奥で何を見ることができるのか。土の中では空を翔ぶ竜のように縦横無尽に駆け巡ることができるが、果たして、掘れば死んでしまうようなマグマへと逃げることができるのか。


 見つめ合ってもこの状況を打破することはできない。早々に決着をつけ、あの暴れ蛇を引き抜くとしよう。


 モグラの姿はまさにモグラ。まるっとした背中が愛らしく、小さなお手手でどうやって穴を掘っているのかも怪しい。鼻先をクンクンとする仕草。


「やっぱモグラってかわいいよな」


 いかんいかん、『今日のもふもふどうぶつ』の番組でモグラ特集をしてるのを見たことがあるせいでなんでも可愛くうつってしまう。モグラに似た動物で言えば、ハリネズミも人気だ。むしろハリネズミのほうが人気だ。


 この世界でもハリネズミに巡り合えたらぜひとも触れ合ってみたいものだ。


「案外、こっちがその気なら向こうもその気で触れ合ってくれるのかな?」


 睨みをきかせるモグラのもとに微笑みながら触れ合おうと手を伸ばす。すぐさま反応が返ってきた。暴力という共通言語で。


 弾き飛ばされた手を眺め、ふとよぎるのは、結局、この世界ではどの動物も魔物も獰猛なものばかりってことか、という結論。


「そっちがその気なら、こっちにもやり返す手立てはいくらでもあるんだぜ?」


 地を這いずるものが一生、出会うことのないであろう恐怖。自然現象の中でも地上でしか出会えない雷という恐怖。猛毒という脅威を潜ませた紫電を手に纏わせ、もう一度伸ばす。


「これなら、振り払うこともできないよね?」


 あくまで触ることを目的とした暴力の塊を前に、ガクガクと震えあがるモグラ。それと同時に、地面が揺れ動いた。モグラに地震を起こすだけの力があるか定かではない。


 悲壮感に包まれたようなモグラの様子に、チクリと胸を刺す。これは仕方がないことなんだと罪悪感を抑え込む。エリアボスの蜘蛛の子を見たときの罪悪感のなさはなんだったのかと問いたくなる重圧。


 身体のチカラが抜ける。足が地面にとられる。だらりと下がる腕、沈む肩のチカラ。おかしい、なにかがおかしい。脱力するにしては身体の動きが悪すぎる。


 これは、自らが起こした咎などではなく、これは、第三者による攻撃だ。それもなにかを引き付ける引力のような重力を操る者がいる。


 辺りにはそれらしき存在はいない。弱々しい鳴き声をするモグラしかいない。突如として覚醒したチカラとでもいうのだろうか。そうだとしたら、この状況は最悪だ。


 周りにマグマ。このまま下に埋もれていけば、最後にたどり着くのはマグマの中。奇跡的にマグマを回避できたとしても、逃げることもできずジワジワと追い詰められ、一瞬で終わるだろう。


 いつもの何倍ものチカラで地面を踏みしめる。そこで一つこの状況を打破できるかできないかの博打をうつ。


 自身に降りかかる重力に対抗する手段として、自身にスキルの【加速】を付与する。物体の速さを加速することで重力による鈍化を調和させる。


「これならいけるッ!」


 若干の不安を残しつつ、モグラを打倒すべく接敵する。瞬時に纏わせた紫電をふくよかなお腹に殴りつける。


 バチバチと弾ける雷。貫通してるはずの拳を押し返される。雷すらも食らうことのできる炎の化け物がいた。


 ジューッと熱される拳を引き戻し、庇いながら後退する。


 モグラを守るように現れたのは赤黒いドロッとした液体。


「マグマなのか?」


 マグマの登場と同時に重圧がなくなった。気温の上昇、大気中の水分の消失。カラッとした微風が頬を撫でる。


 エリアボスの第二形態はあるとは思っていたが、マグマなんてどうやって対抗すればいいんだ。マグマはモグラと密着し、完全方位して守り抜く。暑苦しすぎる抱擁にモグラもご満悦。


 そうこうしてるうちにマグマが襲いかかる。隙の少ない回避は逆に危険だ。掠めただけで大ダメージの入る攻撃が真横をうろつくなんてヒヤヒヤどころか、ドバドバ汗を流すくらい緊張してしまう。


 マグマが噴火した火山のように立ち昇り、勢いよく決壊した。それは波となり、釜の端へと追いかけてきた。チカラいっぱい踏みしめて砕けた石ころが、マグマによって一瞬にして溶かされる。


 隙を与えられない。近づくこともできない。大胆に避けるくらいがちょうどいいのかもしれない。安心材料は今のところない。回避するだけで精一杯。一つだけ良いことは、マグマだからなのか流動速度が遅い。


 そのおかげで段々と余裕を持ててきた。重圧にも対抗策を生み出したことでよっぽどなことがない限り、回避可能な攻撃となった。攻撃パターンは主に三つ。


 物量によるマグマの津波のような範囲攻撃、マグマの触手による搦め手。それから身動を奪わう重圧の三つだ。このどれか一つでも対処できなければ、朽ち果てるまでマグマの中で泳ぐことになっていただろう。


 このまま消耗戦に持ち込まれたら劣勢になるのは俺だけ。二対一の状況が続けば、おしまいだ。


 未だに頭上の蛇は頭を突っ込んだままだ。暴れても抜け出せないことに気づいたのか、マルノミは吊るされたアンコウのように微動だにしない。


 八つ当たりに調理してやりたいが龍を捌く技術がない。


 今は目の前の戦いに集中しよう。紫電は弾け飛んでどうにもならない。糸や魔法は溶かされて終わり、物理は腕にサヨナラ。唯一効くのはマグマが反応できない速度による投擲。


 ちまちま削っていけば、マグマに守られたモグラを倒すことができるだろう。


 それにしてもなんであのモグラは至近距離にいるマグマの影響を受けない。触れた瞬間にジュッと持っていかれそうなのに、その様子は見られない。むしろ、仲間を得てメンタルが回復したのか、歯茎剥き出しで威嚇してくる。


 モグラをぱっと見ても、あ、モグラだ!としか思わない相手の属性や特性を見破ることはできない。ここはホコリをかぶった【認識】を使うしかない。


 結果は失敗だった。スキルレベルが足りなくて見ることができなかった。ここで諦めても進まない戦況。なら、上がるまでやるのがゲーマーってもんだ。


 努力すれば結果が返ってくることがある。努力も万能ではない。けれど、きっといつか満足の得られることがあるはずだ。だから努力は無駄にならない。理想を追い求めたところで、心が尽きることはない。


 妄想だって理想を求めるからできる想像するチカラだ。これができなければ、計画を練れないし、対策もできない。理想を追い求めるからこそ、できることがある。


 今の俺の理想はマグマをノーダメージクリアすること。それをするには時間がいくらかかってもいい。時間は有限だが、スキルのレベルアップだって有限だ。


 俺のレベルも掛ければ、きっと見破れるようになる。理想を描きながら走り回る。尽きそうになるスタミナを犠牲にしながら走り抜ける。マグマが後ろにすらいなかった。


 重圧から逃げるたびに加速を掛け続けた結果、誰も追いつけぬスピードを得ていた。地面なんて関係ない。マグマの熱を突風で吹き飛ばし、壁を駆け抜け、頭上のマルノミのもとへとたどり着いていた。


 近くを踏み抜くと同時に名案が浮かぶ。瞬時にマルノミに問いかける。


「ねぇ、マルノミ」


「あら、八雲?」


「ごめん」


 返事も聞かずにマルノミの尻尾の方へ向かう。粘着性の高い糸を編み込んで尻尾の先を抱え込む。太すぎる尻尾は鱗が滑るが、糸によって強制的に貼り付かせた。


 強引なチカラと加速による落下速度の増加、さらに空間全体にかけられた重圧をかけ合わせ、マルノミを振りかぶる。


「せーのッ!!」


 物量という真の暴力を振りかざす。マルノミの「あら、抜けたわ」という気の抜けた呟きが通り過ぎ、頭からマグマにダイブしていく。やっと気付いたマルノミの唖然の「え?」が印象的だった。


 龍の顔面ダイレクトは想像以上に威力が高かった。正面衝突したマグマは溶かすどころか火花のように弾けた。中心にいたモグラからグチャッという音がした。


 ブォンという風を切る音がし、岩壁に叩きつけられる俺。めり込んだ先から這い出るとマルノミに睨みつけられた。マグマに追いかけられた時以上に冷や汗をかく。


 まさに蛇に睨まれた蛙のごとくビビり散らす。自分でも目が泳いでると感じるほどに。


「ねぇ、八雲……いま、なにしたの?」


「い、いやぁ……」


「んーっ?」


 背けようとすると瞬時に回り込まれる。逃げ場が本当になくなった瞬間、人は目を閉じることも忘れる。


「こっちをみて」


「は、はい」


 目と目が合う瞬間、怖すぎて視界がぼやけた。フッと血が沸騰しそうなほど大気が熱くなった。


「あっつッ!?後ろっ!」


 マグマの触手が俺とマルノミを溶かそうと接近してきた。チラッと背後を見たマルノミは尻尾で軽く振り払った。


「で?」


「きょ、今日はお日柄もよく、大変いい天気ですね」


「そうね。真っ暗で夜の静けさの中で太陽みたいに明るいマグマがあって、血まみれになった地面は朝焼けの空のように綺麗よね」


 言ってることは正しいけど、対象が怖すぎる。


「そうですよね〜」


「うん、で?」


「……ごめんなさい」


 だんだん近づいてくる恐怖に耐えられなかった。謝らなかったらきっと名前の通り丸呑みされていたかもしれない。


 マルノミは小さく「残念」と呟く。


「ひとつ、貸しね?」


「もちろん」


「ならいいわ」


 ぐるっと首をひねらせたことに安堵したが、まだはやいことを思い出す。


 視界から外していたモグラの身体が再生していた。グツグツと煮込まれた内臓(モツ)がゆっくりと赤みから赤黒く変化していく。まさに地獄の釜で炊き出されたモツ焼き煮込み。


 沸騰した血肉によくマグマが染み込んでいく。そこまで焼けると、モグラの霜降りが引き締まり、かつての姿から遠のいた筋肉質なモグラへと変貌していく。


 赤黒い体表には熱を帯びた血管が浮き出ている。かわいいから程遠いモグラの名前が急に浮かび上がってきた。


 ――彼の名は地獄炎の盲堀鼠(ヘルフレアモール)


 太陽すら物ともしない業炎の中に住まうモグラの悪魔だ。

辛いときは我慢せずに泣いて、全部出し切ったら、たくさん食べて、いっぱい寝よう!

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