第144話 相思相愛
グリフォンの卵に魔力を与えながら帰宅すると、見たこともない卵に興味津々な子蜘蛛たちが駆け寄ってきた。育てるなら、クシャとマシャに任せたいが、どうやら今日は留守らしい。
拠点には子蜘蛛たちで溢れていたが、ハクマの姿がなかった。おろおろするコクマ。ハクマのことがよっぽど心配なんだろう。俺も心配だ。なんとか人伝えで向かった先を聞き、居場所を特定することができた。
卵を子育て専門の子蜘蛛に任せ、俺とコクマはハクマのもとへ向かった。ハクマは精霊樹の頂上で蹲っていた。しょんぼりとした様子は寂しさだけでなく、恐怖に震えているようにも見えた。
「ハク……」
俺が寄り添おうとすると、コクマは静止して、自分に任せてほしいと言ってきた。同じ時期に生まれ、一緒に育ってきたコクマだからこそ、より深い信頼で繋がっている。
みんなを、みんな慰めるのは父親として当然だが、それ以上に共にしてきた兄妹だからこそできる絆もある。そこには愛情だってある。
ここは、コクマに任せて俺は見守ろう。
いつの間にか、親離れしてしまったのだろうか。嬉しさもあり、寂しさもある。二人が嫁ぐとき……そんな日は訪れないと思うけど、親子の関係でもし、子供が結婚するってなるとこんな気持ちになるんだろうか。
俺も子離れしないとな。いや、子離れは無理だな。子供であり、仲間である、子蜘蛛たちと離れ離れになるなんてできない。これからも一緒に冒険するんだ。
独りしんみりしていると、枝の影から二人を見守っている少女精霊を見つけた。見つかると思っていなかった少女精霊はおずおずと出てきて、手招きをしてきた。
二人が花火をベンチから眺める恋人のように月を眺めている。もう、大丈夫だろう。目を細めて微笑み、俺は少女精霊のもとへ向かった。
少女精霊は俺を誰もいない樹木のくぼみに連れてきた。一体なんの話をするのかと思っていたら、子蜘蛛伝えで聞いた、湖の精霊樹が気になるとのこと。
湖の精霊樹はメルドア預かりになっている。このことを伝えると、連れてきてほしいと頼まれた。精霊樹同士での交信もできるが、同じ場所に留まらないと、どうも繋がりが切れてしまうそうだ。
いつかはわからないが、ジンやマルノミ、メルドアとエリアボス討伐をする予定があり、その時だったら連れてこれることを伝えると、会えるなら問題ないと言われた。
この時間帯だと広場で酒盛りをしてる可能性があることを思い出し、少女精霊と別れた。
そういえば、ジンとエリアボス討伐をすると言って、そのまましないまま日にちが過ぎてしまった。連絡もせずに不参加になってしまったことをきっと怒ってるはずだ。
メルドアの件もあるが、ジンには謝っておかないといけない。
広場はいつもお祭り騒ぎ。聖骸や鬼たちが忙しそうに動き回る中心地にはマルノミとメルドアのいつものふたりが酒盛りしていた。
酒場のカウンターには、珍しく竜人のアーガスとカルト、カレー炒飯がいた。どうやら今日の闘技場爆破について、カルトがアーガスに愚痴っているようだ。
カレー炒飯は、俺と同じく闘技場出禁者として八つ当たりされていた。あそこにはできる限り近づかないようにしよう。絶対絡まれる。
泥酔二人組と話すのも無駄な気がして、ここで一番まともなジンを探す。辺りを歩き回ってみたが、今日は不在のようだ。
「あれ、八雲さんじゃないっすか!」
帰ろうとしたところで声をかけられた。左右を見てもいなかったが、声の主の「上っす!上っす!」という呼び声で位置がわかった。
見上げると、驚くことにいつの間にか、巨大な桜とそれに付随した摩天楼があった。先が見えないほどびっしりと埋め尽くされた建物に驚くと同時に、これほどまでの幻想的な景色は見たことなかったと驚愕した。
「ジンっ!」
やっと見つけることのできたジンは、えくぼをつくって「はいっす!」と元気よく笑った。
ジンは真っ黒な堕天使のような翼を二対広げて舞い降りてきた。
「今日はどうしたんすか?誰かを探してたみたいっすけど?」
「ジンを探してたんだ」
「自分っすか?」
「あぁ。まず、エリアボス討伐に行こって言って、連絡しないまま放置してごめんなさい」
頭を下げて謝ると、ジンから反応が返ってこなかった。やっぱり怒ってるみたいだ。
「……あぁっ!?八雲さん、自分もど忘れしてたっす!」
ジンはきっと覚えていたけど、忘れていたフリをしてくれているんだ。とっても優しい人だから。
「それでもごめんなさい。このことは後でお詫びさせてください」
「……わかったっす。八雲さんがそう言うなら、受け取るっす!」
無事和解できてよかった。
それからおつかいの本題に入った。世間話に花を咲かせつつ、ある事情を説明すると、湖の精霊樹の居場所がわかった。ずっと移動し続ける理由も判明した。
なんと、湖の精霊樹はメルドアと同化しているそうだ。植物を操るメルドアは、体内で数十種類からなる植物の集合体を管理しており、そこに精霊樹を植え付けているそうだ。
精霊樹は精霊だけでなく、植物のすべての根源であるがため、混ざることなく、そのすべてをより効率的に操る助けにもなっているそうだ。
プレイヤーであるメルドアはこの世界において不死身の存在であり、死んだとしてもリスポーンすることができる。成長が必要な精霊樹にとって、死んでもなお蘇り、成長を続けることのできる環境は現状では最適解とも言えるらしい。
ただし酒乱なメルドアのアルコールを一緒に味わってしまったことで、純粋だった精霊樹もまた酒好きになってしまったそうだ。そのことを一番悔いているのは精霊樹とともにメルドアに宿った精霊だ。
彼女は精霊樹に従う前は世を渡ってきただけあって、酒について知識があった。しかし、それにはあまり良いイメージを抱いておらず、脱アルコールを提唱をしていて、メルドアと対立してるそうだ。
なんだかこのまま湖の精霊樹と森の精霊樹を引き合わせていいものかと悩みどころだ。このことについては一応少女精霊に報告して会いたいか聞いてみることにした。
少女精霊からのおつかいが終わり、本題のエリアボス討伐について、ジンに聞いてみることにした。すると、明日からでも行きたいそうだ。
その理由が今から来るそうだから、一緒にいてほしいと言われた。しばらく最近の情勢について共有してもらっていると、バタバタという羽音とともに二人の美女が現れた。
「来たっすね……」
なんだか元気なさそうなジン。一体何ごとなんだろうと思っていると、俺を突き飛ばし、二人の美女がジンの両腕を抱え、張り付いた。
「ねぇ、ジン様!はやく、あの腐れ地底人から宝石を強奪しましょ!」
「いこいこ!ジン様!行きましょ!」
なんだ、なんだ、と思っていると、ジンはため息をつきながら、「これっす」と言った。
カラスは光りものを求める。そして彼女たちはカラスの進化系である鴉天魔だ。ただ光るものではなく、今は宝石のようにより美しいものに惹かれているそうだ。
そして、いま狙っているのは、東のエリアに住むドワーフたちが保有している鉱山だ。そこには、鉱石だけではなく、宝石の原石も発掘することができるそうだ。
店に並ぶアクセサリーの数々に目を奪われたジンの配下は、こうしておねだりをしてきてるのだそうだ。
店を強襲することを提案する過激派のレイヴンはガーネット。ジンの腕を掴んで「行こーよっ!」と元気いっぱいに誘っているのが、ヒスイ。
この二人がジンの配下のツートップだ。二人の蛮行を許せば、すべてのカラスたちがドワーフの都市を襲撃するおそれがある。
ジンはそのことについて悩んでいたから、エリアボス討伐の話も頭から抜けていた、と謝ってきた。
「いや、いいんだ。それよりもまずはこの二人をどうにかしないと。ドワーフといえば、技術者だよな?カレー炒飯に相談するのはどうだ?」
「カレー炒飯さんに相談したら、納得するまで宝石を集めてやるのがいいって」
それが一番だと思うが、キリがない。どうにかして別のものに興味をもたせることはできないだろうか。
「そういえば、東エリアボスって宝石落とすよな?それじゃあだめなのか?」
東のエリアボスといえば、ゴーレムがいたところだ。あそこではそれなりに苦戦を強いられた記憶がある。
その先にドワーフとPHがいて戦ったはず。そのときの記憶は曖昧だが、友好関係は築けてなかったと思う。
「東はその傾向にありますね。属性が土だったり岩だったりと鉱物関係が多いっすね。都合がよかったらですが、付き合ってくれますか?」
「もちろん!俺もそのつもりで来てたから」
「ありがとうっす!他のメンバーにも知らせておくっすね」
おそらくマルノミさんとカレー炒飯のことだ。でも、カレー炒飯はカルトにいまだ絡まれていて参加できない可能性がありそうだ。
PMで構成するパーティーを組むのだが、あまりにも配下が多すぎると周回することになるため、人数制限をすることになった。連れていけるのは、一人に付き二人まで。
コクマとハクマは長い間連れ回したことを考えると、今度は別の子蜘蛛を連れて行くことにした。なによりコクマとハクマの合体技は洞窟で使うと倒壊しかねない。
そうなってしまえば、闘技場どころか広場も出禁扱いされてしまう。戦犯かまして一人っきりになるのだけは避けたいところ。
ジンと約束を取り付けることに成功し、あとはメルドアとコンタクトを取ることだが、泥酔したマルノミとぶつかり稽古をし始め、それどころではなくなっていた。今回は諦めることにした。
ジンが慌てふためく様子で二人のもとへ向かい、一人になった俺は、カルトに見つからないようにその場をあとにした。
拠点に帰宅すると、コクマとハクマが出迎えてくれた。ハクマがぎゅーっと抱きついてきた。えへへと微笑んで甘えてくる。こうやってみるとまだ子供だ。
ハクマを抱きかかえて寝床へ。コクマとハクマと手を繋ぐと嬉しそうに、にへらぁっと頬を緩んだ。このまま寝ながらいちゃつくのもいいが、一度休んで夜にでもジンを誘ってエリアボス戦に備えよう。
目を閉じて、「ログアウト」と呟く。すぐに現実に引き戻される。再び目を開くと、そこは見慣れた天井少し薄暗い気がした。
いつの間にか、昼を通り越して夕方になっていた。このままでは自堕落にゲームをしていたとお母さんに怒られてしまう。
ご飯の時間が近いが、差し迫っているゲーム禁止令のことを考えれば、少しでも宿題を終わらせておくのが吉。
全力で取り組んだことを認めてもらえたら、きっと許してくれる。
結論だが、許されなかった。ゲーム禁止令はなかったが、その代わりにまた買い物に連れて行かれるらしい。もう現実のイベントはこりごりだ。
夕飯では、澪がなぜか俺のことをガン見しながら食べていた。また、なにかやらかしたのかな?
少しモヤモヤしながら夕飯を終えた。ソファに移動してもなんだか視線を感じた。バッとそちらを見ると、また澪が見ていた。
なんだなんだ?とお父さんが俺の方を見てきた。もちろん、なにもやってない。ゲームでしたかは、正直わからない。そうやってのんびり過ごしていると、後ろから澪がひょこっと顔をのぞかせてきた。
「ねえ、今日暇?」
今日といえば、あと数時間で終わってしまう。きっとゲームのことを言っているんだろう。しかし、残念ながら今日はこれからジンと遊ぶ予定がある。
「んー?いや、今日はフレンドと用事があるんだ」
「そっか」
しょんぼりしたように声のトーンが下がる。せっかく誘ってきてるのに、これで終わりにするのはかわいそうだし、もったいない。
「明日ならできるよ」
「……!?」
「なにして遊ぶの?」
「行きたいところがあるのよ」
わざわざ頼みに来るんだ。きっと勝てない敵がいるに違いない。
「わかった。行くよ」
場所はあえて聞かない。楽しみは後にとっておく。
「……ありがと」
今日は、子蜘蛛たちと仲直りができて、ジンと遊ぶ約束もあって、さらには明日、澪と遊ぶ予定ができた。最高の日かもしれない。
ジンとのエリアボス戦も、澪とのエリアボス戦も楽しみだ。