第143話 掴んだ星
ふとその夜が巨蛇の胃の中だと思い出す。こんなところに閉じ込められたままいると死んでしまう。
穴があるのなら出ることだって可能だ。押し潰そうと迫りくる肉壁をチカラでねじ伏せ、穴がある方へと近づいていく。
毒蛇だとしても体内まで抗体を持っているとは限らない。毒の中でもより攻撃的な俺の紫電なら巨蛇の動きを止めることができるはずだ。
ここから脱出できるのが先か、それとも巨蛇の養分にされるのが先か、巨蛇の体内世界の熾烈な戦いが始まった。
巨蛇は己の脅威とも呼べる存在を喰らうことに成功し、意気揚々と暴れ回っていた。しかし、その勢いを邪魔するものが現れた。それは己を封印した者たちだった。
純白の槍を持ち、憎きグリフォンの紋章の描かれたマントを翻す騎士。その中には先程食らった虫と似た魔物がいた。
現れた宿敵に、瞳孔が鋭くなる。互いに警戒をしながら戦いの火蓋が切って落とされるタイミングをはかる。
その瞬間は激痛とともに現れた。光と闇の閃光が過ぎ去ると、身体の大穴が開いた。再生力の高いと自負していた巨蛇にとっても驚愕する出来事だった。
『許せない』という怒りがこみ上げる。虫ごとき蜘蛛に肉体を傷をつけられたことに、プライドが傷つく。
咆哮をあげ、巨蛇は新たな脅威に向かい、巨大な尻尾を薙ぐ。大地を抉る一撃を彼らを避けて対抗する。的が小さく当たらないというだけでなく、どうやら彼らもまた強者であると気づく。
グリフォンの騎士の攻撃は槍術による突きだ。巨蛇に特効性の高い竜殺しの効果が付与されているが、それほどダメージはない。封印されている間に薄れたのか、それとも自身が強くなったのか。
それよりも蜘蛛二体が無視できない強さだ。見失うことはないが、一撃、一撃が重い。光と闇の閃光は一瞬のうちに肉体を貫き、尻尾の振りまわしは変則的な移動によって想定外の動きで回避されてしまう。
焦りが募る、不安を感じる。竜の一族であるはずの己が一瞬でも迷いが生じたことに驚く。なぜこんな虫に感情が溢れてしまうのか。
虫だろうと騎士だろうと、封印されたことは、自身の余裕が招いたこと。そして今もまた、その余裕を抱えていた。巨蛇は慢心を捨て、チカラを解放する。
エリア全体が揺らぐ。巨蛇は大地を司る竜の末裔であり、チカラの解放とは、大地を纏うことである。頑強な鱗を持つ巨蛇がさらに岩の鎧を纏うことで、最強の防御力を得ることができる、鉄壁の布陣である。
巨蛇もとい、大地の巨竜は咆哮を上げて奮い立つ。穿つことができるなら、やってみろ、と蜘蛛を睨み付ける。
蜘蛛はまた大地の巨竜の想定を上回ってくる。岩の鎧?そんなの意味あるの?と言わんばかりに、岩の鎧ごと貫く閃光。
竜のプライドをズタズタにしながら、蜘蛛は竜の体表をめぐり、白い糸を巻き付けてくる。蛇のときであれば、ツルツルとした鱗で抜け出すことができていた。
しかし、岩の鎧という引っ掛かりができてしまったことで逃れることが難しくなっていた。岩の隙間を縫うように張り巡らされた糸が動きを鈍らせていく。
再生力は己の肉体だけに及ぼす効果であり、岩の鎧を元通りにするには、引力によって岩を吸着する必要がある。引き付けた岩を弾き返すことによって身動きを軽くする。
そのすべてが離れることなく張り付き続ければどうなるか、自らの状態をより悪化させて動くことさえもままならなくする罠にかかることになる。
本来であれば、圧倒的な防御力と機動力を武器にした大地の竜の独壇場となる戦い。またも特性という法則を無視した攻略をされてしまう。
逆に追い詰められた竜だったが、ただ死を待つつもりはない。竜のチカラを解除して岩の鎧を剥がす。仕切り直しをする巨蛇は蜘蛛を見失うことだけはしなかった。
地響きをあげながら、崩れ落ちる岩の中には蜘蛛がいた。突如として足場失ったことで宙に浮かんだコクマとハクマはゾクッとする殺意を感じ、全ての眼で注視した。
今までに見たことないような笑みを浮かべた巨蛇が突撃する。
ハクマは恐さから目を瞑り、コクマはせめてハクマだけでも、という想いで突き飛ばした。ハクマはコクマからの衝撃に驚き、目を見開き驚く。
コクマは笑みを浮かべたあと、回避不可の状況で正面衝突され、その場から一瞬のうちに遠方に飛ばされる。
真横を通り過ぎていく巨大な体躯。あまりの出来事に思考が止まる。それを逃さない巨蛇は頭を地面にぶつけて急停止し、ハクマの居場所をローリングして破壊し尽くす。
それから残されたグリフォンの騎士を薙ぎ倒すと、これまでの鬱憤を晴らすかのように咆哮を上げた。
気持ち良くなったところでチロリと出した舌から空気の流れを感じ、生き残りを索敵する。すると、まだ息をする者がいた。それはあの蜘蛛だ。岩の隙間から腕を伸ばして起き上がってくる。
どうやら虫の息であと一撃与えれば、死を迎えるほどに弱っていた。
どうせなら、最初の一匹目のように丸呑みにしてやろう、と考えた巨蛇は口を大きく開いて舌で蜘蛛を縛った。抵抗もできないほど弱っている。これで終わりだ、とばかりにゴクリと飲み込んだ。
本当に終わった、と一息をつく巨蛇だったが、気を抜いた瞬間、身体の自由が効かなくなった。
身体のどこにもチカラを入れることができず、無防備に倒れ伏すと、ビリッとする感覚とともに激痛が走り、身体の一部が貫かれる。
「あ〜、やっと出れた」
頭の上から声がした。
「……?どこだ、ここ」
まるで知らずに来たかのような声、なによりも驚くことは言葉の意味が理解できることだ。
「なぁ、ヘビさん。ここどこかな?」
そう言って現れたのは、最初に丸呑みした蜘蛛だった。
「ん?なんで俺が生きてるって思ってる?んー、頑張ったらなんとかなっただけだよ」
なんでもないかのように言う。
「それで、俺の子供たちを知らないか?」
子供なんて知るか。巨蛇は話を聞きながら身体のしびれが切れていくに気付いた。
「そっかぁ。知らないか……じゃあ、死んでくれるか?」
死ぬのはお前の方だ!
巨蛇の尻尾が蜘蛛を弾き飛ばす。
油断したな!と笑みを浮かべる。今度こそトドメを刺してやる、と考えた束の間、その姿は忽然と消えた。
またも見失った。だが、奴も弱っている。油断ならないが、こちらが優勢になった。それだけでも十分な成果と考えた。そしてちょうど、体内に取り込んだ白い蜘蛛が力尽きた。
間違いなく優勢になったことに士気が上がる。
気付くと蜘蛛の姿が二匹に増えていた。だからどうした?と余裕の笑みを浮かべたが、またも想像を超える衝撃が巨蛇を襲う。
突き飛ばして瀕死になったボロボロの黒い蜘蛛の手に身体を恐怖で染めるほどのトラウマがあった。
己の肉体を貫き、封印されることになった元凶。
竜殺しの雷槍と呼ばれる神器。
なぜだ!なぜ、それを持っている!
―――これから始まるのは、真の蹂躙である。
ヘビさんの動向のひとつひとつを逃さなかった俺は、不意打ちも回避することに成功した。
さすがに手負いで再戦は厳しい。ヘビさんは再生するし、回復する手立てもない。
岩陰でヘビさんから隠れていると、足音がした。そちらを向くと、腕をかばいながら歩くコクマの姿があった。
「ママ……生きてたんだ」
コクマはチカラなく言う。
「コクマも無事だったんだな」
互いの無事を知り、自然と笑みが溢れる。
「さて、どうするか?」
「……ハクマとはぐれちゃった」
コクマが俯きながら言った。俺は胸に抱き、ポンポンと背中を撫でて落ち着かせる。
そこへ珍客があった。
「どうやら、貴方たちは暴竜の敵でしたか……」
これまた俺たちよりもボロボロの姿をした騎士が現れた。その手には見ればわかるほど強大なチカラを宿した槍があった。
警戒を示す俺にコクマは首を横に振る。騎士は槍を持った手を差し出した。
「これを……貴方たちなら、きっと……使いこなせる、はず、です……」
そう言って手渡してきた槍は、減っていたHPとMPを回復させた。
「なんだ、これは……」
傷ついた甲殻が戻ることはなかったが、それでも戦うには十分だった。
「ママっ!騎士が!」
槍に注視していると、槍を渡した騎士が目の前で膝から崩れ落ちた。そして、役目を果たしたと言わんばかりに、光になって消えていった。
「これで倒せってことか」
これだけの回復力があれば、再生力を上回るダメージを追わせればいけるだろう。
「コクマはこれを持て。俺は……これで行く」
俺は紫電の魔槍を精製した。
一度、母性モードで全身甲殻を解除し、父性モードで欠けた甲殻を取り戻す。MPを回復できる槍でやりたい放題だ。
そうして準備を終えた俺たちは、ヘビさんの前に出た。
「終わらせるぞ!今度こそ、この戦いをッ!」
槍を握りしめる手にチカラが籠もる。手からつま先にかけて、チカラが漲るようだ。
紫電が巨蛇を切り裂き、槍が鱗を剥がす。しかし、再生力によって気持ち悪いくらい元通りになっていく。それでも紫電は体内に留まり、細胞という細胞を破壊し、チカラを奪っていく。
そこへ騎士から授かった槍で特攻すると、傷が再生することはなかった。事実、再生はしている。しかし、再生には至っていない。槍の効果でHPとMPを回復できる。
巨蛇の再生は完璧だった。完璧だったが故に、再生力を高めることが破滅を引き起こす要因になっていた。
止まない連撃を繰り出しながら身体中を駆け巡る。巨蛇が振り払おうと、磁石のように戻り、傷だらけにしていく。
再生に再生を重ねて血だらけになっていく巨蛇はおかしくなったのか、突然嗤いだした。そして、初めて言葉を喋りだした。
「ガハハハッ!どんなに抗おうとも、お前の仲間は帰ってこない、喰らったからなァッ!!」
それが、最初で最後の言葉だった。
怒りで感情が埋め尽くされ、俺の紫電のオーラとコクマの邪属性のオーラが【共鳴】スキルによって交わった。
さらにコクマの姿が全身甲殻に包まれ、父性モードに変異した。
「「ぶっ殺すッ!」」
暗黒の紫電が巨蛇を幾度となく貫く。そのたびに、悲鳴のような、悲痛のような、叫び声があがる。
血吹雪が上がり、再生が爆発に変わり、蛇だったものが、竜だったものが、跡形もなく消し飛んだ。
血の雨が降り注ぎ、背中合わせで槍を振り下ろし、呟く。
「「仇はとったぞ……」」
そして、雨が降り止むと同時にファンファーレが鳴り響いた。
エリアボス討伐とは違い、報酬の選択肢が現れた。
『災厄の竜を討伐しました。』
『報酬を選んでください。』
『【竜殺しの雷槍】【竜殺しの呼び笛】【鷲獅子の卵】』
パッと現れた選択肢は俺だけでなく、参加メンバーであるコクマの前にも現れていた。
「うーん、コクマは槍を選びな」
「うん、わかったぁ!」
槍は再生持ちには有効だということがわかった。もしかしたら、災厄の竜だけだったかもしれないが、再戦することも考えれば必須だろう。また騎士から貰えるなんてのは都合が良さそうだ。
竜殺しの呼び笛はよくわからないが、なにかしらの仲間を呼べるものだろう。考えられるのは、なぜかコクマが敵視しなかった騎士だ。
「コクマ、あの騎士ってなんだったんだ?」
「んーっと、僕を追いかけてきた幽霊だよ。あの蛇が現れたと思ったら、幽霊があの騎士に変身したんだ!」
騎士の発言からして敵の敵は仲間というところか。そう考えると、あの騎士は蛇の封印を守っていた守り人のようなもの。俺たちは封印の地に現れた侵入者。ある意味、必然だった鬼ごっこだったのかも。
とすると、この竜殺しの呼び笛は騎士を召喚するものだろう。レアアイテムみたいだけど、蛇にボコボコにされてたし、あまり強くなさそうだ。
槍をもう一本、と考えていたが、選択肢から消えていた。イチユーザー、イチアイテムと制限でもついているみたいだ。そうすると、消去法で鷲獅子の卵になる。
「グリフォンか。絶対、乗れないだろうな……」
大きさ云々ではなく、アラクネとの相性だ。アラクネ自体が蜘蛛に乗っているヒトみたいな魔物だ。俺がグリフォンに乗ったら、動物でピラミッドをつくるゲームみたいになるだろう。
そう考えると簡単に崩れそうだ。乗るのは諦めよう。
適任者はクナトとくましゃんだな。俺も空を走れるようになったことだし、ちょうどいいタイミングだ。大事に育てて移動手段にしよう。
「そろそろ、帰るか」
「うん、ハクマが待ってるっ!」
長い長い、戦いに終止符を打ち、俺たちは我が家へ帰還した。
長らくお待たせしました。
更新再開します。