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第142話 夜空に輝く一番星

 空を泳ぐクジラの頭の上で闘技場の修復作業をしていると目の前に影が落ちた。


「カルト様、ここは冷えます。中に入りましょう」


 声をかけてきたのは、黒の軍服を纏った亡骸の楽園(エデンノワール)のノアだった。


 ノアは元々、街の闘技場に配属していた。対人戦における訓練の相手として、類を見ないほどの活躍を見せていた。適材適所としては非常にマッチしていたのが、ノアだけだった。


 普通に利用していれば問題ないのだが、プレイヤーの中には闘技場で大暴れする者たちがいた。


 八雲を代表に、カレー炒飯、味噌汁ご飯、最近では特にPHのヨルが暴れている。馬のPM、メビウスとの合体技を試したいとかなんとかで、闘技場の壁に穴を開けていた。外でやれ!と何度注意したことか。


 複数回に及ぶフレンドからの被害を受けるノア。さすがに可哀想になり、避難のためにこの空の闘技場に異動させた。にもかかわらず、またしても八雲の子蜘蛛の修行で爆散した闘技場。


 ノアの顔を見るたびに罪悪感を覚えてしまう。ノアの献身的な働きに応えるためにも、僕はこの闘技場を速やかに修復する必要がある。


「どこも変わらないよ。コクマとハクマが壊しちゃったんだから」


「……そう、ですね」


「別にノアを責めてるつもりはないよ」


 ノアがしょんぼりしていた。配属されたばかりなのに、職場が爆散したらこんな表情になるのも仕方がないことだ。僕は胸をキュッと締め付けられた思いをしながら話を続ける。


「僕が招いたことではあるけど、九割、八雲が原因だからね。八雲にはきっちり精算してもらうつもりだよ」


 僕はノアの仇を取るような言い方をすると、ノアが八雲が向かった先を思い出し、僕に苦笑いを向ける。


「……っ!?…カルト様もお人が悪い」


 ノアは僕があのエリアで苦労したことを知っている。


「そんなことないさ。初見殺しだけど、僕はちゃんとあの場所を抜け出すヒントをばら撒いておいたよ」


「ヒントですか?」


「うん。すべてを解決できる泉に看板を設置したんだ。「この水を飲め」ってね」


「あの水を……ですか?」


「そうさ。あの水は汚染された竜の血。エリア全体を包み込む瘴気の霧を打開する最短ルート。あれを飲めば【瘴気耐性】のスキルを得ることができる。その代わり……」


 僕は悪い笑みを浮かべる。


「竜の血の影響で【汚染された竜の紋章】の呪いを受け、呪いを目印にあの地に眠る竜狩りの亡霊に永久に追いかけられ続けるんだ」


 瘴気耐性はあのエリアにいれば、いずれは手に入るスキル。それを最短で得るにしても、代償はでかすぎる。


「ふんっ!僕を怒らせたことを後悔するんだな!」


 泣きついてくるまで許さないぞ!と心に刻み、ノアと共に作業を再開した。


 ………

 ……

 …


「コクマ!ハクマ!逃げるぞ!」


 俺は襲い掛かってくる首狩り人と対峙してすぐに魔法による応戦を行った。しかし、魔法は無意味とばかりにすり抜け、鎌の斬りつけによってダメージを負った。


 ああ、無理だとわかった瞬間、俺は二人に退却命令を下した。それが今に至るわけだが、どうもハクマは勝てると思い込んでいるのか、一向に逃げようとしない。


 コクマの邪術は首狩り人を怒らせたのか、全体の半数がコクマを追いかけていってしまった。


 相手の人数が減り、少し余裕ができたこともあってか、ハクマは諦めるのはまだ早いだとか、足がないから聖術なら効きそうだとか、駄々をこねてくる。確かに人というよりは幽霊に見えなくもない。


 魔法無効でも聖術ならいける!確かに魔法と術は別の認識だ。なら、試してみようということになったが、残念なことにこれも同じくすり抜けた。


「ママ、みてみて!ローブの端が燃えたよ!」


 ハクマが期待大に言ってきた。確かに裾が燃えている。聖術が有効だとわかったが、これで形勢逆転、とはならなかった。なぜなら、裾は瞬時に再生したからだ。


 あっ…と声を漏らすハクマを抱え、骨の反りを登り、幽霊から逃亡し始めた。コクマは先んじて逃げたおかげで見失ってしまった。あとで合流できればいい。


 骨を登ると、一面骨の森が続いていた。どこもかしこも鬱蒼とした雰囲気で、明るい気持ちになれるものは存在しなかった。


 視界が悪いせいで気持ちが暗くなるせいか、それとも、後ろで殺気丸出しな首狩り人が逃してくれないからか。


 骨の森はある場所を基点に渦巻いていた。中心部は巨大な牙が並ぶ、骨の頭があった。その他に目立ったものは見当たらず、逃げるにしても合流するにしても、あそこほど丁度いい場所はないだろう。


 背骨の道を通り、渦巻きの中心部に向かう。ツルッとした足場のせいで何度も踏み外しそうになる。そのたびに隙間を突くように首狩り人が鎌で斬りつけてくる。


 俺たちのなにがいけなかったのか。たどり着けない正解を探すより、安全を優先するべきだ。


 魔法も術もだめならスキルで突破する。【隠滅】で首狩りの認識から一瞬だけ外れる。それでもすぐに見つかってしまうが、距離を遠ざけるには十分な効力が得られた。


 そうして幾度と繰り返し、ようやく首狩りから逃れることに成功した。たどり着いたのは巨大な魔物の頭の上。見渡す限り骨の森が広がる。


 空に目ぼしいものがなければ、下を見つめればいい。足跡でもいい、アリの巣でもいい。それがなんであれ、この場では異質なものであることに変わりない。見るものすべてがこのエリアを突破する鍵になるはずだ。


 骨の表面に触れてみると、すぐに異質さを一つ見つけた。それは骨の頭の真下にあった。一つ、大きな塊がある。強大なチカラの塊だ。遠くからでも感じてしまう。身体が本能的に身震いしてしまうような恐怖がそこにあった。


 隣を見ると、ハクマがガクガクと震えていた。


「ママぁ……こわいよぉ……」


 ホラー映画のような恐さとはまた違った恐怖。これにはハクマも心が追い詰められる。打って変わって俺はこの恐さに勝つことができた。実体のあるものは幽霊とは違い、怖くない。むしろこの恐怖と戦うことになるのではないか、と心が踊っている。


「安心しろ、俺がなんとかしてやる」


 抱きついてくるハクマを容赦なく恐怖のもとへ連れて行く。驚く隙もなく恐怖の目の前までやってきた。


「え?ママ……な、なんで?」


 困惑するハクマが俺のことを見つめてくる。確かにあの場面ではハクマを連れてキョテントを出して帰る流れだったかもしれない。引き返しても結局またここに来ることになる。後回しにしても意味はない。


 ハクマには恐怖に打ち勝ってこそ俺の娘だ、と目で訴える。


「ま、ママ……わ、わたし……コクマを探してくるね!」


 ハクマは脱兎の如く逃亡していった。やっぱりかと納得する。


 恐怖はあのときの虚無のように真っ黒だった。魔物ではないなにか、魔法でもない、術でもない。とにかく異質でチカラを感じる。俺はその恐怖に手を触れてみた。


 すると虚無がオーラのようなものを放出し、俺を飲み込もうとし始めた。そして目の前にウィンドウが現れた。


『災厄の竜と戦いますか?』


「もちろん、戦う」


 竜と呼べるものはこれまで二人しか知らない。鍛冶師のアーガス、この地に導いたカルトの変異した姿。竜というのはこの世界において遥か上位に君臨すると思われる存在だ。それがここで戦えるなんてワクワクしないわけがない。


 飲み込もうとしていたオーラは俺から離れ、上空へと浮かんでいった。オーラだけでなく、この地にちらばっていたあの赤い水が空へと飛んでいく。そうして集まった先は骨の蛇。


 地響きとともに、骨の蛇の骨に土の肉が張り付いていく。盛り上がった土の底に白い瓦礫が見える。ここは大きな魔物の亡骸だけでなく、人が住む都のようなものがあったのかもしれない。そう思わせるだけのものがここにはあった。


 見る見るうちに肉体を得ていく骨の蛇。鱗のようなものが肉体に刻まれていく。骨とは違うツルッとした蛇特有の質感、そして、目を焼き付けるほどの輝きを放つ炎。


 咆哮をあげる炎の巨蛇。狙い定めるのは眼下で封印を解いたであろう小人。それも蜘蛛のように八脚を生やした異質な存在。蛇は蜘蛛を喰らう。目の前に餌があれば、空腹の蛇が逃すことはない。


 巨大な牙を備え持った蛇が砕けない蜘蛛などいない。蜷局(とぐろ)を巻き、逃げ場などないことを分からせる。あとはその硬い甲殻を砕き、腹を満たすだけだ、と巨蛇は寝起きながらに思考する。


 本能のままに口内へと迎え入れた蛇は、牙の鋭さと誰もを圧倒する毒で瞬時で無力化したと錯覚する。しかし、その口内に異物が入った感覚はない。次こそは逃すまいとすべてを見渡す瞳で獲物を再度捉える。


 肉体に宿る炎で火炙りにするが、灰すらも残らないことに違和感を覚える。またも逃した。何度その者を捉えようとも気付けばいなくなっている。


「どこだ!どこだ!」と暴れ狂う巨蛇。その様子はまさに災厄の竜と言われても納得する。蜘蛛は待ち潜み、蛇もまた同じ習性をもつ。しかしこの蛇その習性から解離した行動を取る。だからこそ災厄と呼ばれる由縁をもつのかもしれない。


 待ち潜む蛇はどちらかといえば暗闇を好み、出会い頭に大暴れするようなこの蛇は当てはまらない。【隠滅】スキルを多用する日が訪れるとは思わなかった。


 あの首狩り人も巨蛇も反射神経が良すぎる。見つかればすぐに襲い掛かってくるところが似ている。この状況で首狩り人もくれば、さらなる乱戦が予想される。その前になんとかしないと。


 試しに蛇肌に爪を突き刺してみる。ツプッと刺さる爪。思ったよりもこの鱗は柔らかいのかもしれない。穴が刺されば出てくるのはあの赤い水。量は少なく、すぐに傷は塞がってしまう。


 この巨体だ。多少の傷では再生してしまうようだ。蛇は脱皮をする。再生するチカラをもっていても不思議じゃない。あのインコといい、あの巨大ロボットといい、再生する魔物がこうも連続して現れると消耗戦ばかり持ち越されてる気分になる。


「……ん?消耗戦?」


 あのインコもロボットも再生するには一定の条件が必要だった。つまりこの蛇の再生もなにか仕掛けがあり、再生を止める手段、倒す方法が存在する。


 これまでにヒントとなるものはなかったか。ここにくるまでにあったのはあの巨大な頭、骨が密集したすり鉢状の赤い水溜り。この二つ。特別なものが思い当たらない。


 ここにとどまってもやはり正解は見当たらない。もう一度竜と接敵してヒントを得よう。巨蛇の身体に爪を突き立てながら頭へと駆け上がっていく。浅い傷でも赤い水は飛び散る。すぐに再生するが、チクチクとダメージは与えられているはずだ。


 身体に小さなダメージが与えられた蛇は、感覚を頼りに痛みの先を探し、獲物を捉える。しかし、すぐさま獲物を見失う。蜷局を巻き、近付こうとする敵を遠ざけた。


 今度こそ、とばかりに炎を操るも、当たった感触はない。あるのは、チクチクとした痛みのみ。


 怒り狂う巨蛇に浅い傷をつけ続けるが勝算が得られたり、攻略法が見つかったりはしない。


 一方的に攻撃できる戦いほど、後で大ダメージを受ける。ハメ技も気が抜けて順序を誤り、死に戻りすることもある。


 何事も油断大敵なのだ。


 気付けば何百回と傷つけてきた。それでも大きなダメージが入ったように思えないほど暴れまわる災厄の竜。このままでは埒が明かないと、取り出した槍に紫電を纏わせ、蛇の柔肌に槍を突き刺した。


 その瞬間を見逃さないとばかりに威圧を込めた視線が俺に突き刺さった。隠滅で逃れようとする俺よりも早く行動に移る巨蛇。蜷局を巻き、槍を持っていた俺は振り回され、その反動で宙を舞う。


「しまっ……」


 無防備になった俺を狙い、巨蛇は大きな口を開け、一思いに飲み込んだ。毒の波が口内を駆け巡り、強靭な牙が外界の隙間を埋める。気づけば、圧倒的な不利。


 油断大敵と心に刻んでこれだ。もう逃げ場がない。たとえ毒に耐性があったとしても蛇にしてきたチクチクダメージと同じで少しずつHPは削られていく。


 不利になると瞬時に弱まる心。もうだめだ、と心が閉じる。流されていくうちに肉の壁に包まれる。ここは蛇の胃の中か。肉に包まれた感覚がどうも生暖かく、眠りを誘う。だめだ、だめだ、と思っていても目が閉じ始める。


 ふいに光を見つける。あの星はきっと俺を迎えに来た死神なのだろう。そう考え、その星に手を伸ばす。届きそうで届かないその星は光り輝き、時にその星の光が陰る。


 星を取りたい、掴み取りたい。手を伸ばしていくうちにその星なんなのか知りたくなる。目を見開き、そしてその星を見つめた。暗闇が、その闇が段々と明けていく。目に見えて光が小さくなる。


 そして気付いた。それは星ではない。この胃の中に星があるわけない。だったらその星はなんなのか。星は穴だ。中から見たら穴ならば、外から見たら、それは傷ではないのか。塞がらない傷があるのはおかしい。


 なぜならこの巨蛇は再生持ちだからだ。

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