第141話 赤い泉
渦巻くように聳え立つ城。炭化した城下町を取り込んだ城は崩落しながらも形作ろうとしていく。しかし、無駄骨となる。形作りに失敗して崩れ、そして城だけが残された。骨は形状を変え、瞬けば、それは一人の巨人となった。
合体ロボを見せられ、興奮する俺とコクマの期待を裏切り、骨組みだけの城の骨巨人が出てきただけだった。おそらく城下町を取り込んで巨大ロボになる予定だったのだろう。
俺の過ちだ。コクマとハクマに言い聞かせた結果がこれだなんて。見るならやっぱり合体ロボが見たい。戦うなら強いやつがいい。
身ぐるみ全部剥がされた骨巨人なんて見たくない。コクマとハクマの虚砲の一撃で骨巨人は倒れた。こんな終わり方は嫌だ。そう考えた俺は二人を連れて再度この城の挑戦をすることにした。
報酬のポイント系はうまかった。しかし、肝心のPM報酬が全部炭化していた。属性付与されると嬉しい武器。家具に炭化付与されて嬉しい人なんていない。
インベントリから出た瞬間、ゴミになるアイテムなんて寄越したエリアボスが許せない。次こそは完璧な合体ロボを見るんだ。
再度挑戦した俺たちは、城壁と城下町の骸骨兵士たちを軽くあしらって最速で「はずれ」のところまでやって来た。落とし穴に嬉しそうに落ちていく俺とコクマに呆れ顔のハクマ。
そして迎えた変形シーン。
城が城下町を取り込み、変形していく。骨巨人とかいうみすぼらしいものではなく、重厚感のある石巨人が現れた。巨大な腕を振るっただけで突風が吹き荒れる。
「うおおおっ!」と喜ぶ俺とコクマ。はしゃぐ俺たちを前に巨大ロボは押しつぶそうとする。このままではやられてしまう、とハクマはすぐさま退避した。
しかし、俺とコクマは最後まで離れなかった。実際に見て触って味わわないとその良さを知ることができない。
身を持って知るために父性モードになり、巨大ロボの膂力を肌で感じる。車がぶつかったような衝撃が電撃のように走る。しかし、突き飛ばれることなくその場にとどまる俺。物量に対して弱々しい力に若干の不満感が募る。
コクマは間近に来た石の手が歪な形で粗が大きいことに気づいた。ツルッとした鉄人をイメージしていたコクマは落胆した。
「「思ってたのと違う」」
共通認識した瞬間、その手は木っ端微塵に砕けた。瓦礫と化した手だったが、すぐに磁石に吸い付く砂鉄のように引き寄せ、再び手を生やした。面倒な能力の持ち主だが、タネがわかっていれば倒すことに造作もない。
ありったけの力を拳に込めて殴ると、石巨人の横っ腹が砕け散った。巨大ロボに引き寄せる瓦礫をハクマが聖術で浄化すると、その部位は二度と再生することはなかった。
瓦礫の中には細かい骨の破片があった。骸骨の身体の一部だからこそ、分離した状態でも引き寄せることができたのだ。中の骨を聖術で浄化したことで骨がなくなり、引き寄せることができなくなったようだ。
最初に戦ったときと同じく火で炙るのも悪くないかもしれないが、それだと面白みにかける。なにより家具が炭になる。
装甲を別の方法で丸裸にして言い逃れできないくらい追い詰めるのも悪くない。
瓦礫を飛ばして反撃を仕掛けてくることがあった。同レベル帯だと苦戦を強いられることになるが、いまは違う。ただの瓦礫が飛んできたところで破壊するのは容易だ。
ハクマに浄化させて少しずつ装甲を削るのは地味な作業だ。再戦からの苦戦。攻略法がわかった上でこの状況にさせた俺にハクマはイラついてるかもしれない。
早々に終わらせてハクマの機嫌を取らなければ。きっとコクマはそういう根回しができない。誰に似たのか、おそらく俺だろう。俺も苦手だ。だからカルトにいいようにされる傾向にある。
いまは俺の悪いところを掘り返すことではなく、目の前の巨大ロボの骨身を掘り出さなくては。
コクマの闇ではダメージを与えられていないこともあり、少々いじけているようにみえる。このままではコクマもハクマも不機嫌になる。この戦いを継続させることに価値が見いだせない。
そう考えた俺は戦いを終わらせるべく、二人に討伐命令を下す。
「コクマ、ハクマ。二人で殲滅してみせろ」
不貞腐れていたコクマは指示を受けてうずうずし始め、久しぶりの俺のお願いにハクマも嬉しそうだ。
「頼りにしている」と言われている命令に、嬉しくない配下はいない。
二人は、にまぁっと顔をゆるめ、お互いにゆるんだ頬をつねった。片方の頬を赤くして、二人は俺の前へと進んだ。
嫌な予感がしたのだろう。石巨人は二人を狙って骨石の瓦礫を飛ばしてきた。
「二人の邪魔はさせない」
天糸を駆使して瓦礫を受け止めると、石巨人に跳ね返した。石と石がぶつかり、お互いに砕け散った。何度も飛んでくる瓦礫を防ぎながら、二人の様子を見守る。
先程見せた虚砲とはレベルが違う濃い闇と眩い光を合わせる。少しでも配分が違えば、瞬く間にこの一帯を吹き飛ばしてしまうほど強大な魔力を圧縮していく。
「二人ならできる」
俺はコクマとハクマを信じ、この瞬間を二人に託した。
コクマは邪術の闇を極限まで圧縮すると、ハクマは聖術の光で包み込んだ。光が闇の中に溶け込み、お互いを消失させることなく重なっていく。
そうして生まれたのは、すべてを無にかえす虚。
今度のそれは虚砲とは違った。ビームのように飛ぶことはなく、生き物のように浮遊していき、飛んできた瓦礫をすり抜けた。瓦礫は芯を抜かれ、通り過ぎた瞬間に足場を失った砂のように崩れていった。
まるで幽霊のようだ、俺たちにはそう見えた。のちにこれを虚霊と名付けた。
瓦礫の末路を見た石巨人は恐ろしいものを見たと言わんばかりに、俺たちではなく、生まれたばかりの虚霊に向かって攻撃を仕掛ける。しかし、どれもすり抜けては塵となる。
建造物から生まれた骨巨人であるはずなのに、恐怖が身体にまで震撼させていく。震えがエリア全体に拡がり、地震を起こしていく。そして地震は骨巨人の装甲さえも剥がし、自ら崩れていった。
虚霊には心がなく、恐怖さえも食らう。骨巨人の怯えは虚霊の同情を誘えない。虚霊には意志があるかのようだった。骨巨人の逃れようとする手を喰らい、目を背ける頭を狙い、締め付けられる心の居所さえも、そして虚霊はなにもかも奪い去り、自らも喰らい尽くした。
生み出した二人に加え、俺も唖然とした。生み出してはいけない禁忌に触れてしまったのではないか。そう思えるほど、虚霊は俺たちの予想を遥かに超えていた。
強さを得るにしてもあれほど強大なチカラはいらない。俺たちはチカラの使い方の真意を見た気がした。
ファンファーレが鳴る。二回目の報酬を受け取り、見たものは、虚属性が付与された家具だった。座った瞬間、死に戻りできそうな鬱蒼とした王座。すべてを飲み込みそうな扉。踏み出すと足がなくなる絨毯。まだ炭化した家具のほうがよかった。
城自体がエリアボスなだけあって家具が実用性の有りそうなものばかり。座れるけど座れない椅子の使い道はいずれ考えよう。
思ったよりもすぐに終わったエリアボス戦。カルトに言われたエリアボスは終わったが、このまま帰るのは消化不良。
「コクマ、ハクマ、次も行っていいか?」
「うん!いいよぉ!」
コクマは賛成。ハクマも頷いている。
同意を得られたらすぐに行動に移すのが俺たち。ボスエリアを出ると、急激に視界が暗くなった。
「くらぁーい!?」
最初に驚いたのはコクマだった。邪属性のコクマが闇の中を見分けられないわけがない。それなのに、闇の先を見ることができないと言っていた。
暗視の上位スキルである闇夜眼を持つ俺でもその闇に対応できなかった。
「なんだ、これは?」
その闇には感触があった。雪のように冷たいわけでもなく、水上に浮かぶ海藻を掴むようなぬるっとした感覚がした。掴むことはできず、手から逃れていくような感覚。
なにも見えないなか進んでいくのは危険と判断したが、先程のボスエリアに戻ることができなかった。なにかしらをクリアしないと出られないエリアなのかもしれない。
マップを確認しても暗いだけでなにもわからなかった。わからなければどうすることもできない。どうやらキョテントも配置できないみたいだ。
二人と協力してあたりを手探りで捜索してみると、わかったことは道は一本であり、ボスエリアからどこかへ行く道しかなかった。
引き返すことも選択する余地もない。二人とはぐれないように手を繋いでボスエリアとは反対側に歩を進めた。道すがら壁や地面を触ってその場所がどんな場所か予想立てた。
壁はツルツルしていて、所々ザラザラしていた。ツルツルしてる感覚は骨に近かった。小さな穴のようなものがあったが、その中も研磨したかのようにツルッとしていた。凹凸があってそれでもツルツルしてるものは石か骨ぐらいしか思いつかなかった。
木の内側もツルッとしているが、爪で削り取った破片は木のような柔らかさはなく、硬質的なものだった。潰す感覚としては、薄いプラスチックを折り曲げる感覚に似ていた。
壁伝いに移動していくと、真っ直ぐではなく、ゆるいカーブを描いていた。地面から壁へとつながるラインも角ばってる様子はなく、足を置くと滑り落ちた。ここはやはり洞窟か骨が密集している魔物の墓場かもしれない。
しばらく歩き続けると、空けた場所に出た。そこには視界を塞ぐ闇はなく、中央に赤い泉があった。そしてそのすぐ横に看板があった。
「これを飲め?」
どう考えても飲める代物には見えず、手を出すか攻めあぐねていると、コクマが躊躇なく、その泉の水を飲んだ。
「こ、こら!ぺっしなさい!ぺっ!」
コクマの非常識な行動にさすがのハクマも叱りつける。「え、なんで?」と恍けるコクマに冷や汗をかいた。
得体のしれないものをすぐに口にするようになってしまったのだと思い、俺はどこで教育を間違えてしまったのかと焦った。
「だってこれ、カルトせんせいでしょ?」
「へ?」
コクマが言った意味を理解できず、看板をよく見ると、小さな字で「通りすがりの聖女」と書かれていた。聖女と言われてピンと来ない俺に、ハクマが説明してくれた。
カルトは一時期、聖女を兼業していた。これはその慈善活動の一環だったのだろう、とのことだった。アンデッドなのに聖女にもなるのは間逆な気がするが、邪属性も聖属性も持つカルトだからこそできたことだろう。
カルトが言うのなら、これを飲むのが正しいのだろう。このエリアの先駆者たるカルトが言うことに間違いはないはずだ。おふざけでこれを書いていたなら、後で問い詰めるのもやぶさかでない。
「よし……飲むぞ」
俺はコクマのように躊躇いもなく飲むのは無理だ。たとえケロッとしてるコクマがそばにいたとしてもだ。
手のひらに乗せた赤い液体はドロッとしていた。水というにはあまりにも鉄臭い。これはなにかの血のようだ。見れば見るほど飲みたくなくなってくる。
隣でハクマも顔をしかめる。俺はハクマに同じタイミングで飲むのを提案して、「いっせいのっ!」のタイミングで口に含んだ。味わったら終わりな気がして躊躇わず飲み込んだ。
すると、スーッと身体に血が馴染んでいくと、うっすらと身体が赤く光った。その光が見えるようになると、俺だけでなくコクマもハクマも光っていることに気づいた。
それから少しして、見えなかった暗闇の先が見えるようになった。泉の周りには赤い苔が生えていた。さっきまで見えていなかった景色だ。
泉はすり鉢のように窪んだ場所にあった。まだ晴れない暗闇がある。その先から赤い液体はポタポタと落ちてきていた。
やはりここは骨が密集した巨大な魔物の墓場なのだろう。ちょうど自分たちが来た道とは反対側に行ける場所があった。
決められた道順を通るのは癪だが、いまは何もわからない状態だ。従うのが良い選択のはずだ。
そう思い、道なりに進んでいくと、気がついた頃には真っ黒な浮浪人のような魔物に囲まれていた。ボロボロのマントに顔が見えないフードをかぶっている。手には首を狩り取れそうな巨大な鎌。
その中でも特に大きな鎌を持った魔物が鎌を振り下ろすと、一斉に襲い掛かってきた。