第140話 色とりどり
クジラの上の闘技場も出禁を言い渡され、空から飛び降りるよう、カルトに言われた。クジラは空を泳いでいる。現在、街の上空とは別の場所を飛んでいた。
カルトは廃墟になった闘技場に魔法をかけながら修復を始めた。カルトが空に魔法を撃つと、何処からともなく聖骸たちがやって来た。
俺に挨拶すると、カルトの指示に従いながら作業を始めた。
俺はクジラから降りて帰られなくなったら困るから、コクマとハクマを甘やかしながら降りる先を探し始めた。
「カルト〜?この下には、なにがあるんだ?」
目下に見えたのは薄暗いもやのかかった森だった。廃墟のような家がいくつか散見する。離れすぎてるせいで魔物の姿は見えなかった。
子蜘蛛たちが待つ街に帰りたかったが、見える場所には街がなかった。
「んー?確か……ボスエリアが近かったかな?」
カルトは少しムッとしながら教えてくれた。ボスエリアのことでなにか思いついたのか、作業をやめて俺の横に立って方角を指さした。
「あ、そうだ。こっちのエリアボスを倒してないんだったら、あそこの倒してきてよ。今度お詫びに僕とエリアボス倒してほしいんだ」
「お詫びか。だったら、空飛ぶクジラがいる場所にも連れてってあげるよ」
「それは嬉しいね!でも、それはそれ……僕はこれから忙しいから、早く行ってよね!」
そう言ってカルトは俺を突き落とした。
「ちょっ!?」
「八雲ならこれくらい平気でしょ?ほら、コクマもハクマも行った行った」
カルトは素っ気なく言った。ハクマはすぐに飛び出していったが、コクマは行かなかった。カルトの目の前に行くと、目を伏せながらゆっくりと謝った。
「カルトせんせい、ごめんなさい……」
そんなコクマに対してカルトは、ぽんっとコクマの頭に手を乗せ、耳元で囁いた。
「次はないからね」
冷たい声にコクマはビクッとした。怖がりながらもあげた視線の先には微笑んだカルトがいた。幼いながらもゾクッとする色気を認識したコクマは顔を薄く染めた。
「ほら、行った行った。二人とはぐれちゃうよ」
カルトに催促されてぼけーっとする頭が再稼働する。
「う、うん……また遊んでくれる?」
「もちろんだよ。ここではだめだけど、他の場所だったらいいよ」
「うん!またね、カルトせんせい〜」
コクマは嬉しそうに二人を追って飛び降りた。カルトは落ちていく三人が見えなくなるまで地上を眺めた。
クジラから落とされた俺はすぐさま天糸を伸ばして落下速度を緩めた。ハクマが落ちてくるのを見つけ、糸で手繰り寄せた。少し遅れてコクマも落ちてきた。
「遅かったな」
「カルトせんせいにお別れしてきたの」
「そうか。カルトに言われたとおり、エリアボスを倒しに行くんだけど、ついてきてくれるか?」
「「!?……いくぅ!」」
嬉しそうに返事をする二人に、つい頬が緩む。
天網と天糸を駆使して空を走ると、ハクマとコクマは糸を使わずに空を滑空し始めた。ハクマは聖術で天使のような羽をはやし、コクマは邪術で悪魔のような羽を生やしていた。
俺にはない成長をしていて誇らしかった。二人の説明を聞いてみると、俺の雷術でもできそうな気がしてきた。それでもすぐにはできそうにはなかった。
転移巣で瞬間的に二人よりも先に行くことで二人の飛行速度に合わせることにした。地上に降りての戦闘も考えたが、いまさらこのレベル帯で戦う理由が見つからず断念した。
すぐにエリアボス前に到着した。前のようにエリアボスと戦うための行列はなく、すぐにエリアボス戦に挑めた。
『エリアボス、鳥使いのユフィールと戦いますか?』とウィンドウが出る。コクマが鳥肉をご所望した。果たしてここでドロップした肉は食べられるのだろうか。
中に入ると演出が始まった。
どこにでもある森に一人の少年がやってきた。その少年には小さな友達がいた。綺麗な鳥だった。それは俗に言うインコと呼ばれる鳥だった。彼はその友達と人生を共にし、時に笑い時に唄い、そして死を遂げるまで人生を謳歌した。
それからある日のこと、角が生えた男がやってきた。その男は彼に魔法をかけ、骸骨として蘇らせた。
骸骨は男からある命令を下された。
『この地に来た者を殺せ』と。
大木の根元に座っていた骸骨がゆっくり立ち上がった。骸骨の空洞を赤黒く光らせ、手を振り上げると、木々の小枝に居座っていた綺麗な色をした鳥たちが一斉に飛び立った。
死角を狙うように散開して突進してきた。
俺が手を出す前に、コクマとハクマが飛んできた鳥を素手で捕らえて握り潰した。あっという間だった。
パラパラと砕けて落ちる鳥の死骸を見届けるしかできなかった骸骨だったが、すぐに戦力差を覆すスキルを発動した。それは演出でもあった、鳥のアンデッド化だ。
インコといえば、美しい色の羽毛をもつ小鳥だ。インコがただの鑑賞に特化した美しさを持っているわけがない。この世界の色は武器だ。赤も青も緑もその色すべてに意味がある。
赤いインコは炎に包まれ、青いインコは水の形をした鳥になり、緑のインコは風を纏った。属性を持つアンデッドの鳥となったインコ、不滅鸚哥たちが再び襲いかかってきた。
属性を持つと厄介なことに、糸で切り刻んでも、手で握りつぶしても少しすると再生した。まさに不死鳥のごとく、その鳥たちは姿を取り戻した。
インコに視線を取られていると、高火力の魔法が視覚外から飛んできた。発生源を辿ると、インコの後ろで骨の杖を構えた骸骨がいた。
不死鳥であるインコを復活させているのが、骸骨だとわかると、コクマが影を操り、奴を拘束した。すると、暴れまわっていたインコも動きを止めた。
骸骨はただのインコを不死鳥に変える道化であり、インコを操る指揮者でもあったのだ。タネがわかれば、あとは簡単に始末することができた。
コクマが骸骨を砕くと、ファンファーレが響き、報酬が手に入った。
《骸骨鳥従魔士を討伐しました。》
《【骸骨鳥従魔士討伐者】を獲得しました。》
《PM専用報酬:骸骨鳥従魔士の巣箱、不滅青鸚哥のぬいぐるみ(青)、不滅緑鸚哥のとまり木、キョテント1つ、生存ポイント1000P,スキルポイント10SP,ステータスポイント10JP》
レベルは上がることはなかったが、新しい家具が手に入った。巣箱だ。俺たちには使い道のないものだったが、もしかしたら幼女精霊にあげたら喜ばれるかもしれない。使い道は人によっては無限大だ。
あとは緑のとまり木と青インコのぬいぐるみだった。これはコレクション要素がある。ぜひとも収集したいが、また今度にしよう。
コクマとハクマが不完全燃焼だったから、もう一エリアボス討伐しようということになった。次は第三エリアだ。
足を踏み入れると不穏な空気が流れた。足元が少し霧に覆われ、視線の先はもやが掛かって見にくい状態だった。あまり離れて歩くと迷子になりそうだ。
コクマもハクマも雰囲気に飲まれたのか、怖そうに手を握ってきた。
「ママ、歩きづらいよ」
「ママ?」
前言撤回。俺が怖いから握っててほしい。
両手が塞がると即座に対応するのが難しいからハクマと手を繋ぐことになった。俺が怖がっているのと関係なく、手を繋げられるのが嬉しいのか、ハクマは上機嫌になった。
すると、コクマが悲しそうな顔でチラチラとこちらを見るようになった。だからハクマと相談して交代交代で俺と手を繋ぐ約束をした。
森が深くなってきたと思ったら、急に視界が開けた。そこは人が住んでいた形跡のある場所だった。廃墟のようなものがあり、フラフラと歩く人がいた。
NPHかと思ったら、服の隙間から骨が見えていた。虚ろな目をしてどこか遠くを見ていた。近くまでくると、急に目が赤く光り出し、両手を広げて襲い掛かってきた。
地面に糸をはると、引っ掛かって勢いよく地面に倒れ伏した。動ける手でなんとか俺たちを捕まえようと這いずろうとしてきた。まるで映画に出てくる血肉を求めるゾンビだ。
骸骨の頭を踏んづけると、身動きを止めた。また動くんじゃないかと目を光らせていたが、再び起き上がることはなかった。俺がビクビクしてる間に、なにかにコクマが勘付いて警戒を始めた。
視界を上げると、先程の骸骨が歩いてきた道の先に人の気配がした。足音が次第に増えてきて、フラフラと歩く集団がやって来た。
こっちに来させないように地面に糸を張り巡らせると、簡単に引っかかった。けれどもそこで止まることはなかった。
自らの仲間の身体を糸の対策にでもするように踏んづけて近づいてきた。まるで仲間ではないかのような扱いに身の毛がよだった。
気づけば、前だけでなく、後ろも横もすべての方向から歩いてきてることがわかった。数十匹の骸骨の群れがなにかに誘われて寄ってきたのだろう。
最初の一人は撒き餌だったのだ。砂糖に群がる蟻のように骸骨たちは集まってきた。足止めをするだけではこの場を切り抜けることはできそうにない。
ここは敵を殲滅しながら前に進むしかなさそうだ。まず俺が先陣を切り、素手で殴り倒していたのだが、存在自体が聖属性のハクマがいるだけで直前まで来た骸骨がピタリと止まることに気づいた。
それからモーゼのように道が開けた。
道の先には墓があり、骸骨に遭遇するかと思っていたが、墓はすべて空になっていた。どうやらあの集団こそ、この墓に住んでいた住民だったらしい。
ポツンと墓守らしき骸骨もいたが、勝てないことがわかったのか、自分の墓の中に潜っていった。
墓を越えると、廃村があった。ここには、育つことがない畑を永遠と耕す骸骨がいた。
第一エリアのおじいちゃん、おばあちゃんのボスエリアの畑に就職させてあげたいと感じたが、連れて行くのは難しそうだ。
素通りしていくと、門があり、その前に門番がいた。槍を突き出し、臨戦態勢に入った門番に槍を投擲すると、刺さった槍の勢いまま壁に突き刺さった。
バタバタと手足を動かしているところで頭に槍を突き刺すと、ピクリともしなくなった。骸骨は頭を砕けば一通り、倒せることがわかった。
門の先には街があった。ここも廃墟で生きているものが誰もいなかった。道を進めば合うのはアンデッド。血肉を求めた活屍もいたが、ハクマの前では近づくことすらできず、遠のいてった。
街の反対側の門まで来ると、道の先に城が見えた。難攻不落と言われたら信じてしまいそうなほど巨大な城壁が城を覆い隠していた。
城まで行く道の半ばでエリアボスへの挑戦のウィンドウが出てきた。
『骸骨巨城に挑戦しますか?』
今回もまたゴブリンの城のように街全体がボスエリアになっているみたいだ。
ここから先は気を引き締めていかないといけない。
ボスエリアに侵入すると、景色が一変した。戦場のような光景に息を呑む。えぐれた地面、矢が突き刺さった防壁、倒れ伏した人々、その向こうには鎧を着た兵士。
弓を構え、空に向かっての射撃。それも一本じゃない数百本はあるだろうか。それが俺たちに襲いかかってくる。初見殺し、どころか何度来ても敗北を下すほどの暴力。
だが、それは一般的な回答であり、これまで特殊なエリアボスは何度も倒してきた。これくらいのピンチなら、どうにかできる。
射線上に天網を多重に張り、数を減らす。コクマとハクマは次点が来る前に攻勢を仕掛ける。俺は飛んできた矢を簡易的な蜘蛛の巣で防ぎ、天網を転移巣にして上空へと移動する。
コクマとハクマは城壁へたどり着くと、城壁を駆け上がり、弓を撃ってきた骸骨の兵士を殲滅していく。
空から敵の配置を把握した俺は、雷天糸を密集した地域に発動した。糸に囚われた骸骨たちは火をつけて糸から逃れようとする。
糸を火属性の魔糸に変異させ、逃れようとする骸骨を焼死させた。骨は焼け、鎧は溶ける。辺りは一面、火の海に。なんだか見たことある光景だ。
炭になった骨は脆く、ただでさえ廃墟に見えた城下町は崩落していく。城を除いたすべてを焼け野原にした俺は、コクマとハクマにジト目で見られた。二人の身体に細かい炭になった骨が付着していた。
巻き込まれた二人が悪いと言い聞かせ、エリアボスがいると思われる城の内部に侵入した。中は薄暗く、罠や隠れた兵士がいて招かざるものを歓迎してくれた。
罠は落とし穴から落ちてくる天井、タイルを踏めば飛んでくる兵士。扉を開けると手が離れず、そのまま壁にぶつけられるいたずらのようなものまで様々な罠が仕掛けられていた。
王座までたどり着くと、そこには「はずれ」と書かれた紙があった。それを認識した瞬間、底が抜けて落とし穴に落ちた。蜘蛛である俺たちが壁に張り付くことができず、落ちるところまで落ちた。
行き着いた先は城壁の外、門の前だった。
地響きがする。揺れる地面から立ち上がって見たものは、城下町をすべて取り込んで変形していく城だった。




