第138話 灯火の誘い
すいません、書き直しました。
心配をおかけしました。
ランタンの灯りが辺りに咲く氷霜を照らす。氷山の洞窟の中であるにも関わらず、そこには樹木が生えていた。その木々は簡単に砕けてしまう。それを雪男が軽く摘んで齧っていた。
相対したランタンの男が、ランタンを持ち上げると、光が漏れ出し、目の前に収束した。光は文字を綴った。光がなくなったランタンとともに男の動きが止まった。
『エリアボス、導きの老士 ハロルド、極寒の覇者 ルドーと戦いますか?』
エリアボスと戦うたびに素通りしていたウィンドウを久しぶりにちゃんと見た気がする。エリアボスはただの壁、検問みたいなものだと考えていた。だからこそ、この無意味な板を見てみぬふりしてきた。
けれど今は違う。言葉を話し、情だけでなく、心を見透かしてくる。エリアボスは喋らない人形じゃない。子蜘蛛たちと同じく感情をむき出しにしてくる特別な存在だ。
そんな相手の名を知らないのは失礼じゃないのか。
「ハロルドに、ルドーか。……もちろん、戦う」
光が再びハロルドのもとへ戻ると、再び動き出した。
「よく来た。ここに来たということは、ワシと戦う覚悟があるようだな」
やっぱりあれは、ハロルドと戦うかの選択肢だったようだ。ハロルドはランタンの小さな扉を開き、火の元に手を入れると、中から黒い杖を取り出した。
杖を持ったハロルドが杖を着くと、ハロルドを中心に氷の棘が咲いた。
いきなりの広範囲攻撃に、腕をクロスして凌ぐ。腕と氷の棘の隙間に影が落ちた。接近するなにかを回避するため、後方へと飛んだ。飛んできたのは剛腕を振るう雪男、ルドーだ。
後ろに下がった俺の目にうつったのは、狡猾そうな笑みを浮かべたハロルドと毛深い顔の奥で唸り声をあげたルドーの姿だった。
ルドーは追撃を繰り出しそうにしていたが、ハロルドが杖で氷面を鳴らすと、ゆっくりと肩の力を抜いた。
ハロルドの「合格じゃ」という呟きが耳に触れた。次の瞬間、ガラスのコップが落ちたときの音が耳に届いた。ランタンの灯火を覆っていたガラスが割れたのだ。
「お前は油断ならない相手のようじゃな。少し本気を見せてやろう」
狡賢そうに笑う老士に、ぞくりと寒気がした。ランタンの灯火が生き物のようにうねり始め、四の火の蛇が顔を覗かせた。
「ルドーよ、楽しめるぞ」
ハロルドの言葉に、ルドーは歓喜の声を漏らす。
油断ならないというのが本心なのか、定かではないが、余裕を噛ましている様子ではないのは確かだ。
ルドーが飛び出していくと、ハロルドはそれを戒めることなく見守る。拳を握ることなく、捕まえようとする手のひらが俺の肩口へと飛んでくる。
余裕はない。横へ回避すると、ハロルドの蛇が隙間をつくように回避先へと飛んでくる。灯火が火であることには変わりない。
蜘蛛は弱点である火を恐れる。本能のようなものだ。あの灯火がただの火とは思えない。
「水壁」
逆流した滝のように水が空の壁をせり上がり、迎火を跳ね返す。役目を終えた水は重力に従い、地面に無造作に落下すると思っていた。しかし、ここではその現象は起きなかった。
役目を終えた水は魔力が抜けた水となった。それは他から容易に干渉を許す水となり、地から這い上がった氷に囚われ、氷漬けにされてしまった。ここでは水はチカラを失い、凍える。
水壁が氷の壁になったと同時に、ジュワッと音を立てて溶けていった。そこから待っていたかのように火の蛇がこちらへ出てきた。
「余裕じゃな?」
ふいに後ろからハロルドの声がした。振り返ると杖を薙ぐ姿が見えた。苦痛が身体を蝕み、バランスの不揃いなボールみたいに、俺は四肢を振り回しながら洞窟の天井に飛ばされた。
すぐに起き上がろうとすると、ルドーの追い打ちが襲いかかる。軋む身体を無理矢理起こしてその場から退避する。痛みを伴う棘の壁を駆け巡り、ルドーの追跡から逃れる。
壁を走れる蜘蛛とは違い、ルドーは有り余るチカラで強引に地を掌握する。振り返るとルドーの鋭い眼光が目に入った。壁を蹴った一本の脚に痛みが走る。
ルドーの手には俺の脚があった。引き千切られた脚はさっきまで生きていた名残があるのか、ビクビクと動いていた。そんな俺の脚だったものを、ルドーはそこらへんの木の枝のように捨てた。
さら四肢を千切られた俺はハロルドに飛ばされた穴に再び叩きつけられた。
「ワシの勘違いだったようじゃな」
天井の細く鋭い氷柱が背中に突き刺さる。完膚なきまでに叩きのめされた俺の耳にハロルドの呟きが劈く。
「ルドー、終わりのようじゃ。呆気のない……」
老人の柔らかい目線がこちらを向く。笑い声がする。その笑いはひどく枯れていた。乾いた笑いを通り越した失望の笑いだった。弱い相手をあざ笑う、そんな様子は彼にはなかった。
ハロルドからしたら勝手に期待して、勝手に失望しただけだからだ。俺を責めるつもりはないようだ。
侮る思考をしていたのは俺だ。今までの余裕が、俺自身が強いと勘違いさせていた。俺は絶対的な強さを持っているわけでもない。
カルトのように戦闘に明け暮れてるわけでもない。味噌汁ご飯のように画期的な道具を作れるわけでもない。カレー炒飯のように好きなことに全力を注いでるわけでもない。ユッケみたいにすべてを一人で卒なくこなせるわけでもない。
目の前にルドーの拳が飛んできた。その勢いは凄まじく受け止めることなんてできない。
それでも俺はルドーの拳を躊躇なく受け止めた。甲殻が砕ける。骨が軋む音がする。身体が弱音を吐く。できないことをしようとする俺に対して身体は悲鳴を上げる。
「それでも……やらなきゃいけないときがあるんだよっ!」
腕がだめになってもそれでも、この瞬間だけでも、チカラに抗うことができたなら、それはまさしくはじめの一歩を自らの意志で踏み込むことができたということだ。
座り込むことも引き下がることもせず、自らを知った上でする一歩は、優れたものがなくとも自慢のできるチカラだ。
巨大な拳が腕を粉砕した。感覚のなくなった腕に発狂しそうになる。それでもこの戦況を打破するという意思が大切だ。
「来いよ、俺の腕はまだ三本あるぞ!」
ルドーの拳でできた窪みの中で、俺とルドーは互いに向かい合った。顔の見えないルドーに対し緊張が走る。
「グビィブグォォォッッッ!!」
ルドーが間近で雄叫びを上げた。そして振り上げていた腕をなにもない地面に下ろした。俺を見て彼は興味深く観察してきた。
そしてゴリラのように太い腕をしたルドーは追撃をすることもなく、ハロルドに指示されることもなく俺のもとから離れた。
様子をうかがっていると、ルドーがハロルドに話しかけていた。今のうちに回復をするべきなのだが、これほどまでのダメージを負ったことがなかったせいで、腕を元に戻すどころかHPすらまともに回復できなかった。
このままではランタンをゲットするために、またあちこち回らないといけない。無くすにはおしい素材を持っている。勝ち続けてしまったことで慢心を生んだ。
強者の病だ。自分ならなんでもできる。強い敵にも最後には勝てると思い込んでいたんだ。
俺はヒーローじゃない。英雄でもない。物語の主人公のように負けないことが当たり前の存在じゃないんだ。リスクを一人で背負うただのひとだ。
俺は諦めかけた身体に鞭をうって、ルドーが作り出した窪みから這い出た。起き上がることを止める者はいなかった。二人は俺が出てくるのを待っていたようだ。
「お前は諦めの悪い男なんじゃな。ワシからすればお前はチカラを持ったただの子供。それも特別な子供じゃ。けれど、そのチカラを振るうには幼すぎた。悪いことは言わん、来た道を引き返せ。命まではとらん」
これはハロルドからの温情。ハロルドはあの黒い杖をしまっていた。明るいランタンで道を照らした。氷の道には白い足跡がついていた。
この空洞に来た足跡は、歩を止め、そして来た道を引き返す。そんな動きをしていた。あれに従えば、俺はハロルドとルドーに追われることなく、安全に帰ることができるのだろう。
ここで帰らなければ無謀。それでも生き残ればこの先また来ることができる。ハロルドはそう言いたいのだろう。ハロルドの目が孫を見るおじいちゃんに見えてくる。
俺はまたエリアボスの温情に縋るのか。強すぎたものは弱い者を可愛がる習性でもあるのか。
俺は一度失敗をした。あの巨大で恐れ多い悪魔のような鬼の前で敗走するしかなかった。後ろを顧みず、ただその場から引くことばかりを考えさせられた。
また俺は敗走するしかないのか。いや、敗走したところで残るのは虚しさだけだ。今ここでみちを引き返せば、俺はいつまで経ってもハロルドを越えることができない。
「俺は……逃げないっ!」
全身に硬化した糸を纏っていく。槍をも飲み込み、全身を白く染め上げる。毒を分泌して、触れることさえ痛みを伴うものへと変えていく。雷をこの身に宿し、紫電の鎧へと昇華させる。
瞬時に詰めてくるルドーに、俺は反応できずに突き飛ばされる。それでも起き上がろうとすると、ルドーは俺の頭を掴み、氷面に叩きつけた。
笑うルドーの手を引き剥がすことができなかった。
「そうか……お前は」
ハロルドがランタンから黒い杖を取り出しながら歩み寄ってきた。ルドーはハロルドの気配を察知すると、俺の頭から手を離し、その場から退いた。
「諦めが悪いわけではなかったんじゃな」
黒い杖を両の手で握りしめた。
「焔の一振り」
その瞬間、黒い杖が光熱に染まる。太陽の刀とでも呼ぶべきか。ハロルドが杖を振るった。触れるほど近くもなければ、異常を覚えたわけでもない。
視界が真っ二つに割れた。
「引き際も知らぬ阿呆よ。じゃからお前は灰も遺さず朽ちよ」
ハロルドの言葉が胸に刺さる。そして俺は二度目の死を迎えた。視界とともに身体が内側から消えていく感覚に襲われた。
まただ、また選択を誤った。消えていく意識が泡のように身体から引き剥がされていく。
ハロルドの悲しげな顔が見えた。ハロルドの想いを裏切った俺は、再びここへ訪れることができるのだろうか。そんな心残りが胸を痛める。
後悔のない選択をしようとして、また俺は間違ったのか、と。泣きそうになる。
再び、身体の感覚が戻った頃には、そこは氷山の中ではなく、陽の光が温かな草原が広がっている。
草を踏む音が耳元に入ってきた。
「ルカさん……俺、また間違ったよ……」
近づく草の音は俺の言葉を聞いて止まった。
「八雲さま……」
ルカさんの心配する声が聞こえる。
「俺……どうしたらいいかな?」
俺はわからなくなってしまっていた。諦めないという選択が間違いだったなら、突き進むべき道が本当に正しいものなのか、それがわからなくなった。
「どうやったらうまくいけたのかな」
「八雲さま……私は」
俺はルカさんの答えを遮った。
「いや、ごめん。ルカさんを責めるつもりはないんだ。これは俺の問題だ。だから、少しだけ、一人にしてくれ」
ルカさんは何も言わず、立ち去ってくれた。
目を腕で覆い尽くし、感覚でも一人になろうとする。目元に触れた腕が熱くなる。俺は静かに泣いた。
「うっ……ううっ……」
誰にも聞かれることもなく、誰かに縋ることもなく、一人で泣いた。
辛いことを涙に乗せていく。泣いて、泣いて、俺は決心していく。悲しみを涙に乗せていくことで感情が爆発する。それと同時に心が落ち着いていく。
辛さを水に流すことはできないけど、涙にして流すことで少しだけスッキリしていく。
泣き終えた頃には、憑き物が取れたような感覚に陥る。悲しかったことが嘘のようになくなり、現実を受け入れ始める。
腕をどけて、空を眺める。雲を追いかける。そして、俺は自分自身のいまを追いかけた。
自分の愚かさを知ろう、俺はそこへとたどり着いた。
ハロルドに言われた通り、引き際を間違えていた。あの盤面で素直に引くことができる者が本当の強者だと、俺は考えた。
ハロルドが不意打ちをするような男には見えなかった。だからあそこで引いていれば、万全の状態で再戦できたことだろう。
ハロルドの思惑を見抜いていたからこそ、ルドーもまたその気持ちが強かった。だから俺をあそこまで痛めつけたんだろう。
「でも、あそこまですることなかったじゃん……」
声に出してしまうほど、あの瞬間が辛かった。よくよく思い出せば、ハロルドとルドーとの戦いは辛かった。今までにないくらい痛みを思い知らされた戦いだった。
脚をもがれ、腕が潰れて、頭を叩きつけられた。こんなに翻弄されたのは初めてかもしれない。
また千切られたら、同じ結果になるかもしれない。
「今度、戦いのスペシャリストのカルトに手の生やし方聞いてみよ」
俺はポジティブにいこう。だからハロルドには何度も挑戦しよう。負けて終わりじゃない。勝つまで終わらないのがこの世界の全てだ。
「うっ……ううっ……」
って書いてるときに、ちょうど地震がきて
「うっ……ううっ……じ、地震だ!?」
って書いてしまいました。
ちゃんと修正してるので、安心してください。
最近あったこと。
・エルデンリングのテストプレイ楽しかったです。
・原神の冒険者ランクが59になりました。いつも楽しくやってます。
・通ってるお店のわんちゃんが『お手』を覚えました。どやってするのがかわいいです。
以上……




