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第135話 飛び火

「ん?待ってたのか?」


 ソファにいる澪に話しかけてみたが返事がなかった。澪の目の前に来ると、寝息が聞こえてきた。ちらっと目に入ったのは濡れた髪とソファの下に落ちているタオルだ。


「寝ちゃってたか……あ、まだ乾いてないや。自分で言ってたのにな。寝てるから、俺が拭いてやるよ」


 タオルを拾って、ソファに身体を預けた澪の頭にタオルを被せてゆっくりと、優しく拭いていく。擦るというよりも、押し当ててタオルの吸水力を使って染みとるという具合だ。


「むかしもこんなことあったよな。澪がこうやって寝落ちしちゃってさ……」


 毛先までしっかりと拭き取ると、寝返りしてソファに埋もれてしまった。


 近くにあったタオルケットを澪にそっとかけると、リモコンでリビングの電気を消した。


「寝てるところで話しかけてもしょうがないよな……もう大丈夫そうだから、俺は寝るよ。おやすみなさい」


 そう言って俺は自室へと向かった。自室では自分の髪がしっかり乾いていることを確認した。それからお布団に包まり、ゆっくりと意識を溶かした。


 次の日は早くに目覚めたので、ランニングに出かけることにした。外はまだ薄暗く、肌寒かった。少し汗をかけ始めたから帰路についた。


 近所の早起きのおばあさんが家の花に水を上げていた。最近はあまり合う機会がなかったけど覚えていてくれてるだろうか。


「あ、おはようございます」


「あら、珍しいわね。おはよう」


 顔見知りのおかげか、空振りすることなく返事がかえってきた。そのおかげで気分がよくなったまま帰宅することができた。


 家に帰ると、お母さんが眠そうに目をこすりながら台所で朝ごはんを作っていた。


 すでにお父さんも起きていて新聞を読んでいた。あとは澪だけだが、リビングにはいなかった。昨日あのまま寝ずに自室に行くことができたのだろう。


 お父さんにシャワーを浴びてくるように言われ、一浴びして戻ると、澪がお父さんの隣で一緒に新聞を見ていた。


 俺は向かい側でテレビを見ていると、視線を感じた。


「ん?」


 視線はお父さんと澪のほうから感じたが、二人は新聞で隠れていた。気の所為だったのかもしれない。


 テレビで天気予報と最近の出来事を見ていると、また同じ視線を感じた。振り返ると、一瞬だけ澪がこっちを見ているのが見えたが、すぐに新聞の後ろに引っ込んでしまった。


「どうかしたのかい?」


 何度も振り返っていたせいでお父さんが気になったのか、様子をうかがってきた。


「いや、なんでもないよ」


「そうか。そろそろアレが始まる頃だろうけど、朝ごはんができそうだから席に着こうか」


 アレとは、家族みんなが好きなショート番組、『今日のもふもふどうぶつ』というかわいい動物の特集だ。これを見ることが最近の日課になりつつあると、お母さんが言っていた。


 俺は最近見逃すことが多いが、起きれたら見逃さないようにしている。


 席についてからはテレビをじーっと見て固まるお父さん。なんだかんだお父さんも新聞よりもかわいい動物を見ることが好きなんだ。新聞は珍しく澪が見ていた。


 机の上に広げたら見やすいのに、顔を覆えるくらい高い位置に上げて読んでいた。不思議な光景に首を傾けていると、お母さんが食卓に朝ごはんを並べだした。


 お母さんもかわいいものに目がないから、はやく終わらせて番組を見たいのだろう、家族それぞれの専用の箸を渡し間違えていた。


「澪、お母さんが置き間違えたから、交換してくれ」


「っ!?……んくぅ、う、うん」


 なぜか動揺しながら交換してくれた。なんだったのだろうか。


 テレビに視線を向けると、今日の特集は雪うさぎだった。もふっとしてふっくらとした身体、ぴょこぴょこ動く耳。もそもそと口を動かしてにんじんを食べる姿がなんとも愛らしい。


 雪の中に埋もれていると動けなさそうなのだが、見た目に反して長い脚のせいで思ってたのと違うと思いがちだが、生態を知っていくと、それが正しいことなんだと分からされてくる。


 だって雪うさぎは俺たちにかわいいと言われるために生きてるわけではなく、雪国で生きていくために進化したのだ。


「うさぎってかわいいな……」


 つい溢してしまうと、澪のほうからガチャッと皿とコップがぶつかる音がした。


「どうした?」


「な、なんでもない……」


 今日の澪はおかしいようだ。あんまり話しかけないようにしておこう。またお母さんにいじめないで!なんて言われてしまう。澪の方は気にかけず、テレビに集中しよう。


 明日の特集は雪に関連して狐の特集をするらしい。狐さんといえば、神社にいるイメージがある。狐巫女、悪くない。


「きつねさんも捨てがたいな……獰猛さもあるけど、かわいいよな」


「っ!?……あっ」


 俺がきつねさんを褒めていると、澪が箸を折った。よっぽどチカラを込めてしまったのか、澪の顔が赤らんでいた。


 箸を折ってしまった澪に駆け寄ったお母さんは、澪の指に傷がないかチェックした。


「みーちゃん?どうしたの?怪我してない?」


「な、なんでもない……ちょっと、ちょっとだけ……」


 なぜか俺のことをちらちら見てくる。やめて!俺にヘイトを向けないで!しかし、もう遅い。なにをしたかなんて関係ない。俺がなにかしたに違いないと決めつけたお母さんは澪を別の部屋に連れて行った。


 残された俺はにこにこしてるお父さんに事情聴取されることになった。


「りゅー、なにしたんだ。正直に言いなさい」


「な、なにもしてないよっ!ただきつねさんを「かわいい」って言っただけだよ!」


「ふむ、そのきつねさんってのは、澪に関連してるのか?」


「……してないとは言い切れないけど……でも!俺が言ったのは次の特集のきつねさんのことで……」


「そうか。澪も多感な時期なんだろう。ちなみに私も次のきつねさん特集は楽しみだ」


 やっぱりお父さんとは気が合うようだ。


 二人が帰ってこないうちに朝ごはんを食べ終えてしまった。「ごちそうさまでした」と隣の部屋にいるお母さんに聞こえるように言ったあと、俺は自室へと向かった。


 またルカさんや子蜘蛛たちに「臭い臭い」言われないように準備をして雪熊将軍を狩りに行こう。


 ログインすると、朝になっていた。すでに子蜘蛛たちは出かけていて、残っていたのはルカさんだけだった。ルカさんはにんじんティーを飲んでいた。


「おはよう、ルカさん」


「っ!?や、八雲さま……お、おはようございます……」


 戸惑いをみせるルカさんにどうしたのか、迫りたい気持ちもあるが、ルカさんは昨日の対応について、自分自身で考えることもあるはずだ。ここは一度、機会を与えてみることにしよう。


 お父さんも言っていたが、ルカさんにも多感な時期が来たのかもしれない。焦らずに少しずつ核心に迫っていけばいい。


「今日も雪熊将軍を狩ってくるけど、ちゃんとカレー炒飯の風呂に寄ってから帰ってくるようにするから」


「はっ、はい!」


 いつもとは違うルカさんだったけど、俺は変わらず対応しよう。


「雪に埋もれたにんじんでもあったら、お土産に持って帰ってくるから」


「っ!?それは、ぜひお願いします!」


 にんじんに対してはいつもと変わらないルカさんにほっとしながら拠点を出た。


 雪熊将軍に近づかずに倒す方法をずっと考えていた。糸による束縛をするには、雪熊将軍の毛皮が硬い。糸で貫くことはできても、完全に動かせなくするには糸の丈夫さが足りない気がする。


 そこで、俺は珍しくカレー炒飯の街へ温泉以外を目的に行くことにした。少し前に装備を作ってくれるようにお願いしていて、もしかしたら出来てるんじゃないか、と心が踊った。


 転移陣から行くと街に入るのに検問を通らない。その代わりにたまに案内人が着いたりするのだが、今日は朝だったからか、珍しく案内人がいた。


 俺の目的を知ると、快く工房へ連れて行ってくれた。この街は温泉と食と武器で成り立っているためか、煙が街の上空を彩っている。


 温泉の煙で身体を温め、食の煙で腹を好かせ、鍛治の煙で戦いを思い出させる。心と身体を癒やすために来る人もいれば、戦うための準備としてここに立ち寄る人もいる。


 ここでは魔物も人も争うことをしない。なぜなら自分たちよりも遥かに強い強者が日々ここで監視をしているからだ。街だからといって魔物の本質は変わらない。


 戦いは心を潤す。どんな理由があろうと、喧嘩を売られてしまえば、鬼たちは獰猛な目で相手を品定めし、視界に映った包丁を片手に調理してしまうのだ。


 人だから食べられないなんてことはない。魔物は人を食うし、人も魔物を食らう。お互いに食材なんだ。


 ただ好き嫌いはあるから、鬼も好き好んで人を食べようとはしない。人食い鬼の街なんてのは伝聞に悪い。カレー炒飯はこれには気を遣ってるはずだ。


 だからといって、人畜無害な俺が仕事中の子蜘蛛をいじめるプレイヤーを許すわけではない。


 案内人とにこやかに会話しながら歩いていると、背中に布を背負った子蜘蛛が進行方向を三人の人族のプレイヤーにわざと邪魔されていた。仕事に丁寧な子蜘蛛は会釈しながら誰もいない方へと進もうとするが、そこにも足を滑らせてわざと立ち入った。


 俺は子蜘蛛に視線を向けて「任せろ」と目で言うと、子蜘蛛はあわあわと手を上げて慌てふためいていた。


 それを見たプレイヤーたちは自分たちを怖がったと勘違いしたのか、子蜘蛛が背負っていた布を奪い取った。


「なにしてるのかな?」


 彼らの後ろに張り付いた俺は、彼らの意図を聞くことにした。一緒に遊んでる線も拭えないからな。


「あ?悪魔の子がいたから、いじめてんだよ」


 いじめる?いじめる……か。


「ふーん、悪魔の子な?それってもしかして、俺の子のことを言ってる?」


「はぁ?なにいっ……でぇぇぇえええ!?」


 俺の言葉に疑問を持ったのか、振り返ったプレイヤーは俺の姿を見ると、仰天して尻餅をついた。


「もう俺たちにちょっかいを出すプレイヤーはいないと思ってたんだけど。勘違いだったみたいだな」


「こ、これには訳があるんスよ……ちょっとした手違いがあったんスよ」


 言い訳をするプレイヤーの頭を掴むと、残る二人は重い武器を捨てて逃げていった。


「お仲間は逃げていってるけど、言動と行動には気をつけるんだな」


 片手で頭を掴んだプレイヤーを持ったまま、逃げるプレイヤーを追いかけ、一人、もう一人と拘束していった。ステータスの差で広がった速度のおかげで誰一人として逃げることができなかった。


「悪魔に捕まった感想は?」


「怖いっス……」


「そうか。今度からは後先考えて行動しろよ」


「はいっス……」


 俺は三人を騒ぎで駆けつけた鬼たちに引き渡した。案内人が呼んでくれたらしい。


 改めて工房へ向かうと色んな武器を見ることができた。プレイヤーが持ってる武器を見ると大体が剣か槍を持っている。


 威力の強い武器ってのもあるが、魔物は大体速度が早いから、よっぽど動作予測ができないと使い勝手が悪い。


 今まで戦ったことがあるプレイヤーに本当に強い人がいなかったことを考えると、考える余地はある。特に俺は振り分けていないポイントが有り余ってるから、候補としてハンマーなどの重たい武器を入れてもいいかもしれない。


 案内人が言うには、俺専用に造られた武器は一つではないらしい。メイン武器については完成していないが、補助武器はすでに完成して量産体制に入っているそうだ。


 これまでカレー炒飯と共闘したとき、遠距離攻撃と奇襲を主にしていたことを考えて、クナイと槍が用意されていた。


 そのどちらにも言えることだが、持ち手から刃先まで深い溝が掘られていた。溝はちょうど糸を通せるようになっている。これによりクナイと槍に属性を付与しやすくなっていた。


 槍はシンプルな一本の長い棒だったが、俺にとっては扱いやすいものだったので、量産されている百本を貰っていくことにした。


 この槍とクナイはアラクネに進化した子蜘蛛たちに何度も運用試験をしてもらっているらしく、丈夫で折れにくいことから、使用後も回収して何度も使い回しができるそうだ。


 これなら雪熊将軍に近づかずに仕留めることができるはずだ。案内人にカレー炒飯と製作者への感謝の伝言を伝えて意気揚々と雪熊将軍討伐に向かった。


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