第127話 同族嫌悪
ログインすると目の前が真っ暗になった。違う、隙間はあった。なにも見えないと思っていたがよくよく見たらそれは俺に張り付いた子蜘蛛だった。
ペイっと顔に張り付いた子蜘蛛を引き剥がすと、周囲にごった返す子蜘蛛たちの姿があった。俺と一緒に寝たい子蜘蛛たちの群れはいつにも増して多かった。
あまりにもログインできない日が続いたせいで寂しい思いをさせてしまったのかもしれない。
ゲーム内時間は昼間だというのにこの状況だ。子蜘蛛たちだけでなく、働きに行っているフレンドたちからも心配されてそうだ。
子蜘蛛たちは俺が起きたことに気づくと目をうるうるとさせていた。よっぽど寂しかったのだろう。誰も一言も発していなかった。
「お、おはよう」というとブワッと泣き出した。動く俺が珍しかったというか久しぶりだからか。父性が暴れ出したので一人ずつ「ただいま」と言ってなでなでしてあげた。
コクマたちはまだ修行しているそうだ。帰ってきた頃には俺よりも強くなっているかもしれない。
ルカさんも出掛けているところをみると、何やらイベントがあるのかもしれない。子蜘蛛たちとの再会をもっと味わっていたいが、俺もコクマたちと同じように修行をしにここに来たんだ。
立ち止まってるわけにはいかない。子蜘蛛たちにはいつもの生活に戻るように言った。イヤイヤする子もいたが、これまでの基盤を壊すわけにもいかず、素直に仕事へ向かっていった。
子蜘蛛たちが散っていくと遠くにいた四人が近寄ってきた。
「「「おかえりなさいませ、八雲様」」」
「ただいま、クナト、クシャ、マシャ、ユーク」
クナトはビシッとした執事服を着て、クシャとマシャはドレスを身に纏い、ユークはメイド服を着ていた。この四人だけで貴族一家のような格好をしていたのだが、この三日の間になにかがあったのだろう。
話せば長くなりそうだが、俺も急いでいる。おそらくあの鬼と植物の化身は成長を続けている。この三日で差が広がっているはず。
戦力を引き上げるならこの四人にも頑張ってもらう必要がありそうだ。育てるなら少数精鋭を目指す。働きに出かけている子蜘蛛たちには悪いが、今後はその方針でいくつもりだ。
戦力の分散はあまりにも非効率。これまでの俺たちはエンジョイ勢だったが、これからの戦いではガチ勢を目指すのだ。けれど休憩は必要だ。そのときは全員で楽しむに限る。
「これから修行に行くんだけどついてくるか?」
俺の誘いに乗ってきたのは二人だけだった。クシャとマシャはNPHたちとの交流に力を入れており、戦いからは離れ、別方向から俺を助ける行動をしているのだとか。
クシャとマシャは俺をぎゅっと抱きしめた後、名残惜しそうに拠点を出ていった。彼女たちには彼女たちの戦場がある。無理に引き止める必要はないのだ。
子蜘蛛たちを含めて残っているのはクナトとユークだけだった。
「これから連戦でエリアボスを討伐していくぞ」
レベルよりも遥かに下のエリアボスばかりを相手にしてきた。余裕だった。その慢心が今回の敗走を招いた。自身と同レベル帯との戦いはおそらくあれが初めてだった。
これまで通り弱い敵ばかりを相手にするのでは成長できない。進むなら弱い自分を鍛え直せる過酷なエリアへ向かうのが正義だ。
クナトとユークを連れて向かったのは北エリアだ。ここはまだ未開拓で、青牙蛇の第一エリアボスを倒したきり来ていない。
釣り大会で何度も釣られて可愛そうなことになっている。今回は釣り目的ではないのでスルーして、次のエリアへと向かう。
池が多かった森を抜けると、土でできた塔がそびえ立っていた。その塔には無数の黒い物体がいて、ただ留まるだけでなく一定数の物体は塔を歩き回っていた。
「なんだ、ありゃ?」
土の塔を見上げながら進んでいくと、土でできた壁があった。人が作ったような精巧なものではなく、どちらかといえば獣が積み上げて固めたようなもの。
手で軽く触ってみても頑丈にできていることがわかる。高さはおよそ3メートルほどで簡単には超えられないようにできている。よくこんなものが残っていると感心した。
これを見たプレイヤーは壊しにかかるはずだ。進行上にあるものをすべて破壊するのがプレイヤーだ。それにも関わらずこれだけ巨大なものが残っているのだとすると、この先になにかあるに違いない。
俺は壁を登り、ユークとクナトは壁を軽々と飛び越えていった。壁の先にはまた壁があり、またその先に壁があった。まるで迷路のように続く壁。
このまま越えてまた越えてを繰り返すのはあまりにも時間の無駄だ。土の塔にかぶらないように天網を張って転移巣で移動する。天網へ転移すると、土の塔が騒がしくなった。
わざわざ俺に襲いかかってくるとは思わなかったが、侵入者であることは関係ない。黒い物体は放物線を描くようにして液体を飛ばしてきた。
旋風を展開して液体を防ぐと、落下していった液体が地面を軽く溶かした。
「八雲様、どうやらあのすべてが蟻のようです」
俺が液体を防ぐ間にユークは敵の分析をしていた。
「つまりこの液体は?」
「蜘蛛が持つ糸のように蟻もまた酸を出せるのですよ」
クナトが敵の攻撃からおおよそのスキルを割り出した。酸を離れた距離にいる俺達を狙って発射できることも脅威だが、なにより数が多い。
いまは軽く警戒しているだけだが、全員の意識がこっちに向いたら簡単に切り抜けられるのは難しくなる。
「止まってるとまた飛んでくるはずだ。ここは彼奴等をスルーして行こう。数も数だ」
「「はいっ!」」
二人がいい返事をしたところで俺達は天網の反発を使い、より遠くへと飛んでいく。空中に天網を張りつつ向かった先はちょうど青牙蛇がいた池の反対側の位置だ。
抜けた蟻の巣を振り返ると黒い物体が飛んできていた。酸ではなく蟻本体が俺達を追いかけてきていたのだ。
「殲滅しますか?」
「待て、相手の出方を見よう」
魔物としての本能で力の差くらいは理解できるはずだ。わざわざ敵対する必要はない。
待っていると巨大な羽蟻が大きな箱を持っていることに気がついた。
「なんだ?」
羽蟻から箱を受け取るとそこには手紙と種が入っていた。手紙には『敵対する気はない』ことについてと、お近づきの印として地下で栽培してる果物の種をくれた。
蟻はPMと絡んでおらず、NPHの商人と繋がりがあり、蜘蛛に気をつけるように教えられているそうだ。このエリアは温厚な魔物が多いらしくあまり戦闘するような場所ではないとのこと。
近くに花畑があり、そこに蜂の魔物もいるが、皆おとなしいので戦わないようにしてほしいとのこと。
魔物の間でも俺のことは噂になっているようだ。特にプレイヤーが開放してるエリアでは情報は知れ渡っているとのことだ。蟻が作った果物は街でも売られているらしい。
俺のことを知るには簡単なことでもあるかもしれない。特に俺とカルトとカレー炒飯は注意するように伝わってそうだ。
羽蟻と別れて花畑を通り、ついに第二エリアボスの前まで来れた。時間が結構経っているのでエリアボスの順番待ちをする必要がなさそうだ。
蟻と蜂と虫が続いていたので、ある程度予想がついていたが、まさか同類に遭遇するとは思わなかった。エリアボスはなんと蜘蛛の魔物、それも随分放置されたせいか特異進化している。
猛毒女帝蜘蛛とその子蜘蛛たち。女帝を冠するということはこの蜘蛛が家族内での偉大なる母だ。女帝がいるということは女王もいる。
ボスエリアは入り口以外がすべて蜘蛛の糸で覆われていた。入ってきた魔物ないしプレイヤーは一瞬のうちに捕食されてしまうだろう。
今は俺という異質な存在で襲撃することを躊躇っているが、その目は確実に仕留めることを目的としていた。蜘蛛は同種との仲間意識などない。
特に母が違えば特にそう言える。子蜘蛛をスナック感覚で食べられる仕様になってる時点で察さざるを得ない。相手方の子蜘蛛を見ても父性が爆発することがない。むしろ冷静だ。
「クナト、ユーク、殲滅するぞ」
「「はい」」
二人も敵との区別はすでについていた。
「行け」
俺は二人を向かわせるとすぐさま天性を発動させ、母性から父性の蜘蛛帝に切り替える。身体が全身甲殻に覆われ、関節が赤黒く変質していく。
「いくぞ」
地面を蹴り、蜘蛛糸へと乗る。他の蜘蛛の糸だと絡みつくなんてことはない。使い慣れた道を歩くようにして女帝蜘蛛へと接近する。
「来るな!」と叫びながら子蜘蛛を呼び寄せ、俺に対抗するように命令する。子蜘蛛たちは俺へと毒や魔法を浴びせていくが、上位個体である俺に効くはずがない。
真正面に来た子蜘蛛の顔に抜き手を突き刺す。悲痛の叫びをする相手に対して他の三本の手で子蜘蛛の肢体を引き裂く。
紫の液体が飛び散り、子蜘蛛の先にいた蜘蛛が詰め寄ってくる。数は数百体にも及びそうだ。母親である蜘蛛は巣の奥へと逃げていくのが見えた。
「俺だったら率先して立ち向かうのにな。子蜘蛛は確かに可愛いがエリアボスに容赦はしない」
蜘蛛は丈夫で脚を壊されたとしても動き続けることができる。ゾンビのような存在だ。蜘蛛である俺は弱点をよく知っている。頭を壊せば、蜘蛛は簡単に片付けることができる。
縦横無尽に蜘蛛の糸を駆け巡り、構える前の蜘蛛を次々と撲殺していく。中には親の助けを呼ぼうとするものもいた。
「許せ」
そう言って俺はその子蜘蛛も手にかけた。
ひたすら数を潰していたのだが、キリがないと考えた俺は秘策を打ち出した。エリア全体が蜘蛛の巣に覆われているのなら、その糸をすべて手繰り寄せれば、結果的に一箇所に集まるか、逃げ場を失うはずだ。
右手と左手で糸で糸を束ね、背中の手で糸を切り裂いていく。妙な動きをする俺に対し、子蜘蛛たちは俺へと襲いかかってきた。それぞれで行動していたユークとクナトはそれを見兼ねて援護してくれた。
ユークは蜘蛛精霊を呼び出して魔法と併用して殲滅し、クナトは剣で次々と切り裂いていった。
数の暴力は偉大だが、質に勝るものはないと実感させる攻防だった。糸をすべて引き込むと、ボスエリアにポカンと大きな大穴ができた。
エリア全体は巨大な岩場に覆われていて、巣がある部分だけくり抜かれたように穴が空いていた。糸がなくなった岩場には、表面を覆い尽くすほど壁に張り付いた蜘蛛たちの姿があった。
糸は機動力を高めるが、蜘蛛にとって天井と地面は大差ない。もし遠距離攻撃を持ち合わせていなければここで詰んでいたことだろう。
これから始まるのは鬼が変わらない鬼ごっこだ。高みの見物をしている蜘蛛たちが逃げることができるだろうか。
毒と雷を織り交ぜ、全身に紫電を纏わせる。回収した糸玉を変形させ、極細の針を作る。それに紫電を絡ませて発射させる。紫電針はまっすぐ飛んでいく。
あるものは岩場に刺さり、子蜘蛛を貫通する。紫電針に貫かれた者は毒に侵され、雷で痺れて落下していく。
ジタバタと暴れる蜘蛛はユークとクナトが止めをしていく。解体と回収を済ませながら子蜘蛛を殲滅した。あとに残されたのは岩場にある一つの穴にいる猛毒女帝蜘蛛だ。
怯えて出てこないかと思っていたが、その蜘蛛は蜘蛛として当たり前の下衆な行為に及んでいた。子蜘蛛の共食いだ。紫電で一瞬見えたが、穴の中にはおびただしい数の死体があった。
新鮮なものもあったことから、俺に対抗するために殺し尽くしたのだろう。その蜘蛛は子蜘蛛を食べ切ると進化する繭に包まれた。そしてノータイムで殻を破って出てきた。
大きさは変わらないが威圧感が高まった。不完全な進化を遂げたのではなく、毒を活かす姿をするために小さいままなのだろう。身体は毛で覆われていた。
甲殻は紫色で毒々しい見た目は変わらず、関節は黒色だった。穴から出てくるとその蜘蛛は獣のように雄叫びを上げた。
「キシャアアアアアーーーッ!!」
どうやら子蜘蛛を共食いしたせいで知能を失ったらしい。
まだ残っていた糸玉を凝縮させ、エリアボスに対抗するために魔糸槍をつくる。属性は風。毒に毒でいったところですぐに耐性をつけるに決まってる。再生能力のない蜘蛛を倒すなら切り裂くに限る。
毒蜘蛛は俺にトップスピードで襲いかかってきた。逃げ足の早かった蜘蛛だ。進化したことでさらに早くなっていた。しかしそれはその蜘蛛の基準での話。
進化しただけで埋まることのない実力はある。爪をつきたて襲いかかってきた蜘蛛に槍を突き出す。動きを把握していた俺の槍は蜘蛛を容易に貫いた。
槍に貫かれてもがき苦しむ蜘蛛。八つの目を紫電針で貫いてトドメを刺した。酷い殺し方だが、これが最適解だ。
ファンファーレが鳴り響き、無事最初のエリアボス戦を制覇する。アイテムを回収し、次へと進む。
同種を殺すことで少しだけ心が荒んでしまったが、クヨクヨしていてもどうすることもできない。
ユークとクナトを連れて次のエリアへと向かう。さらなる強敵が待っていることだろう。




