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第126話 性別の壁は鏡

 賑やかに始まったのはかれこれ何度目の出場になるかもわからないカップル選手権。一つ言っておくが俺と雪は別に付き合ってるわけではない。


 カップル選手権の出場条件は二人組であることだ。性別は関係ない。付き合ってなくてもいい。審査員である観客がこの二人組は最高のカップルだ!と決めつけたら優勝なのだ。


 前回の優勝者は、もちろんこの人。


「今回も優勝を目指しましょうね、裕貴くん」


「あのなんで毎回俺なんですか!?」


「かわいいんだものッ!」


 そう、オネェ店長と裕貴である。この二人はこれまでに二度優勝している。男同士だから勝てないなんてことはない。観客にどれだけ魅せつけるかによってこの選手権は勝ち残れるのだ。


 俺は雪とそんなことをするつもりはないので、今回もまたオネェ店長と裕貴が優勝するはずだ。裕貴の犠牲を忘れない。


「さて始まりまちぃっ、しーぃたかっぷりゅ選手権っ!今回の議題はこれ!『去り際』です!かんじゃった……」


 お母さんがプラカードを両手で持ち上げて観客に見せた。ちいちゃい身長だからか、観客の表情がなんとも和やかなだった。


「別れの挨拶から帰るまでのシチュエーションでもっともお似合いのカップルだった二人組に投票してください。それから…!」


 お母さんが淡々と説明していく間、俺は雪と一緒に舞台袖にある席に座った。


 今回の出場組は20組ほど。その中にはもちろんのこと本当のカップルもいる。ただ半数以上がカップルではないなにかだ。


 友達と暇だから出ました!みたいな女の子同士のカップルや罰ゲームで無理やり参加させられた男同士のカップル、なぜかお父さんと一緒に来てしまった女子高校生のカップル。


 不真面目だろうと、ここに出てる時点でそれだけで面白い。そんなカップルがここにはいた。


 選手権が進行し、まず一組目のカップルがやってきた。彼等は手を繋いだ男同士。少し顔を赤らめ、お互いに熱い視線を送っている。そんな彼等が別れ際放った言葉は。


「俺、そろそろ家だから……」


「そっか。もう、ここでお別れか」


「あぁ、デート楽しかったな。釣り堀に水族館、それから回転寿司」


「また、行こうぜ」


「おう!」


 そう言って二人は別れていった。別れ際という難しいシチュエーションのせいか、二人はあまりふざけられずにいたようだ。


 よくよくセリフを思い出せば、釣り堀で魚を釣り、水族館で魚を観覧して、回転寿司で魚を食べる。なかなかグロテスクなデートに行っている。


 釣って見て食べる。水族館にどんな思いで行ったのか気になるところだ。


 俺もお父さんと水族館に行ったときは、あの魚は美味しかったよねって話をよくする。意外と泳いでる姿を見たことないから、魚を食べるのが好きな人でも楽しめる。


 次のカップルに進行していったが、これといって盛り上がるようなシーンはなかった。本当のカップルの場合、見てるこっちが恥ずかしいという溺愛っぷりを見れた。


 そのことでやっぱりカップルっていいものだと実感できるが、客層が何回も開催されたせいでネタに走ることを前提としている。面白いものを見たい!という欲が強すぎるせいかあまり歓迎はしてないように見える。


 ただ、たまに見るシロップ甘々なカップルを見るとノリのいい客がヒューヒューと口笛で盛り上げる。


 次のカップルが登場すると観客が少しざわついた。なぜならそのカップルは先月行われたカップル選手権に出場していた選手だったからだ。男の方は出ていたが、女の方は別の人だ。


 まさかあれだけの熱を披露しておきながら一月で別れたのか?と思わせたのだが違った。その組が出たところで観客席から歩み寄っていく長身の女性がいたからだ。


 気づかない二人は『別れ際』のシチュを演じていた。忍び寄る影がすぐそこまで来ているというのに、またあのときのような熱を見せていく。


「ねぇ、しんくん。もう帰っちゃうの?」


 しんくんの袖をちょこんと摘んで弱々しい女性を演じた。それを見たしんくんは小柄なあいちゃんの頭を撫でた。


「うん、ごめんね、あいちゃん」


「そっかぁ……いっちゃうのね……」


「ごめんね。また遊ぼうね」


「……ぜったいだよ」


「もちろんだよ。あいちゃん」


 また遊ぶ宣言をしたしんくんはあいちゃんの頭から手を離して遠ざかっていく。そして観客席を見たところで衝撃的なものを見てしまったかのように動きが止まった。


「ねぇ、その女は誰?」


「!?!?!?ら、らんちゃん!?」


 新しく登場したらんちゃんは、前回彼と出場していた女性だ。らんちゃんはしんくんの腕を掴み、こそこそとにげようとしたあいちゃんまでも捕獲した。


「どこにいくのかな?」


「え、えーっと家に帰らないと……」


 汗をダラダラと流すあいちゃんにいい笑顔を向けたらんちゃんは、二人を舞台の袖へと連れてきた。


 普通ならアクシデントと呼べるものだが、ここではむしろご褒美イベント。なかなか見ることのできない修羅場に大興奮だ。


 袖にいた俺はしんくんがどんな処罰を受けるのか気が気でない。選手権はまるで三人の揉め合いがなかったかのように進行していく。


 修羅場があったせいで出場者側が少し動きがかたくなってしまった。おそらくこの中には、しんくん、あいちゃん、らんちゃんのように浮気してここに来ている人がいるのだろう。


 特に動きが硬かったのは父親と女子高生だ。女子高生のほうはノリノリなのに父親は挙動不審だった。深追いはしないが、おそらくは親子ではなさそうだ。


 俺も付き合ってる人がいたら浮気は許さない、というか辛い。そんな思いを背負ったまま付き合いきれないと思う。だから裏切り行為みたいなものは特に嫌いだ。


 選手権も終盤に近づいてきて残すは俺と雪、オネェ店長と裕貴、ヒデと鈴華になった。トリとして残されたわけではなく、単純にエントリー順だ。


 雪に手を引かれ、ステージに立たされると、観客の注目を一点に集めることになった。雪は堂々とした姿で俺に笑みを向ける。


「落ち着いて、僕に任せれば上手くいく」


 なんとも怪しい誘惑だが、俺にできることはない。雪の言うとおりにしよう。


 雪と手を繋いで一歩ずつ噛み締めるように歩くと、ふいに手を離す雪。上目遣いで俺のことを見ると、小声でこう言った。


「FEOの卵についてだよ」と意味深なことを言った。まさかここでゲームの話を持ち込むのか。


「ねぇ、ゆり」


「なに?」


 今度は小声ではなくしっかりと観客に聞こえるように言った。


「僕の子(蜘蛛)を産んでくれないか」


「???」


 あまりにも突拍子なことだった。観客も目が点になっていた。特にお母さんなんて「ええっ!?」と口に出して驚いていた。


 俺は一瞬理解できなかったが、先程の雪の発言を思い出し、子蜘蛛のことだと把握することができた。


「雪の?」


「うん、僕との子!いいでしょ?」


 確かにアラクネである俺と邪聖骸の(カルト)の子なら一体どんな化け物が生まれるか知りたい。今言うことではないが、興味があった俺はつい、返事をしてしまう。


「……いいよ」


「「ええええーーーっ!?!?!?」」


 俺が頷きながら返事をすると、観客よりも先にお母さんと鈴華が悲鳴を上げた。あまりにも耳を(つんざ)く声量だったせいで、俺は耳を塞ぐことになった。


 すると、雪は何を思ったか、俺を抱きしめた。男同士なのに甘い匂いがした。これがフェロモンというやつか。


「大丈夫!僕とゆりの子供だ!絶対いい子に育つよっ!」


 それはそう。だって俺は百体以上の子蜘蛛を育てたことがあるビックダディだ。たとえ荒ぶっていようともいい子に育てられるにきまっている。


 またも悲鳴がした。お母さんなんて……顔を真っ赤にしてクネクネと腰をくねらせていた。よっぽど堪えたのか、鈴華は爛々とした目で鼻血を出していた。


 それほどまでに興奮したのだろう。一体どんな妄想をしたか知らないが、これはゲームの話である。邪な話なんてしてないので、勘違いしてもらっては困る。


 勘違いされたまま、俺たちの出番は終わり、袖に帰ると顔を真っ赤に染めた選手たちの姿が。特に鈴華は鼻血が止まらず、このまま棄権すると言っていた。


 観客席からは黄色い声援が聞こえてくる。雪のかっこよさに惚れたとかそういうのではなく、対象はなぜか俺だった。特に雪と俺が一緒にいるところを見かけると悲鳴を上げるようになった。


 ただの声援なのになぜか心は穏やかではなかった。ゾットするようなそんな声援だった。


 雪と俺のシチュを終えると残されたのは、裕貴とオネェ店長だけだ。裕貴はオネェ店長から離れるようにステージに向かうと、そのままの勢いで反対側の袖に疾走していく。


 まるでオネェ店長から逃げるような速さだ。しかし、そんなことでオネェ店長は逃さない。優雅に早歩きを決めて、反対側の袖まで行くと、ゆっくりとした歩調で反対側の袖から帰ってきた。


 しかも裕貴をお姫様抱っこしていた。裕貴はなんとかオネェ店長から離れようとするが、オネェ店長の方が圧倒的に力が強かった。


「もう、だめよ。私から逃げるな・ん・てっ!」


「頼むから離してくれ」


「そんなことできないわっ!だってゆうキュンは私のハートを鷲掴みにしたハートキャッチエモキュリアなのよ!」


 裕貴は至近距離からウインクをされて口を抑えていた。ただでさえ威力の高い大砲を持っているのに、そこへ火薬を増しましからのゼロ距離で撃たれたら死ぬに決まってる。


「や、やめろ!気色わりぃよっ!」


「もうっ、照れ屋なんだからっ!」


 二人の熱々具合は出場者の全員分を掛け合わせても足りないくらいだった。見てるこっちが恥ずかしいと思えるくらいだ。


 溺愛っぷりを魅せるオネェ店長と初な反応をする裕貴の甘酸っぱい雰囲気がそう思わせるのだろう。インパクトのみで責めた俺たちとは違う。二人はまさに別格と言っても過言ではない。


 そしてオネェ店長は別れ際に裕貴の額にチュッとキスをした。


「またデートしましょうねっ!」


「なっ、なななな、なに、すんだよ!?」


 さっきまで青い顔をしていた裕貴だったが、今までのことが嘘のように顔を真っ赤にした。


 この裕貴の突然のデレこそ二度の優勝を飾った所以である。


 全員分のシチュが終わり、審査の時間へと入った。そして決まったのは俺と雪、オネェ店長と裕貴でもなく、最高の別れ際を見せたしんくんとらんちゃん、あいちゃんだった。


 乱入こそあれど一番ドキドキしてしんくんの絶望具合が最高だったこと、本当の別れ際に追い込まれて縋り付くしんくんの姿に審査員は心を打たれたそうだ。


 おしくも三連覇を逃したオネェ店長と裕貴はくやしそうにしていた。裕貴は多大な犠牲を払い、オネェ店長もまた辛そうにしていた。ここで明かされるのはあの熱々甘々っぷりがビジネスによって生み出されていたという真実。


 されどあの裕貴の初な反応はリアル。ならばどこがビジネスなのかというと、まさかのオネェ店長である。大人なだけにそのあたりの演技力を持っているとのこと。


 裕貴の容姿は非常にタイプであるといういらない情報をもらい、ビジネスというのも嘘ではないか、という結論になった。大人ってずるい。


 大会を開幕するとお母さんはツヤツヤした顔で帰ってきた。俺と雪を交互に見て、「えへへへへ」と変な笑いをしていた。まさか子供をつくることをリアルのことだと勘違いしているんじゃないか、と思い、俺は真実を伝えた。


 するとお母さんはすんっと落ち着いてこう言った。


「リアルもゲームも関係ない。二人で子供をつくることに意味があるの。そこに愛があれば場所なんて関係ないのよ!」


 と熱弁しており、もう二度とお母さんの前でこういうことを口にしないことにした。


 お母さんをみんなで囲んでいると、話し合いを終えたお父さんが迎えに来てくれた。俺を見て、第一声に「やっぱり俺の娘はかわいいなぁ」なんて呟いていた。


「息子なんだよなぁ」って返すと「またまたぁ」と冗談でしょなんて笑ってきた。冗談じゃないけど、この格好だと否定もしづらい。


 家族が集合したので、みんなとも別れて日用品などの買い物をした。帰りは車に揺られて帰宅し、カップル選手権の疲れがどっと襲ってきたことでソファにごろんとしていただけで眠りについてしまった。


 起きると薄暗い部屋で月を見ながら晩酌をするお父さんの姿があった。膝の上にはすぴすぴと眠るお母さんの姿もあり、なんだか邪魔できない雰囲気があった。


 ぱっと目の合った俺にお父さんはにこっと笑いかけた。それ以上はなにも言わず、俺は部屋を離れた。


 眠るにしても起きるにしても中途半端な時間に目覚めたことに気づき、俺はFEOをすることにした。ゲーム内では三日経過しているが未だに子蜘蛛たちからの通知が鳴り止まない。


 よっぽど俺と遊びたいのだろう。支度を終えてログインする。この三日で子蜘蛛たちは成長しただろうか。くやしかったのは俺だけじゃない。これからあのボスへの再戦に向けて修行を始めるのだ。今度こそ勝つために。


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