第122話 夜とのひとときの至福
前回の続きです。
まずはヒデ視点からです。
魔物競争を終えて自宅に戻ると、空室となっていた小屋に灯りがついていた。気になった俺は小屋を訪ねてみることにした。
「誰が使ってるのやら……お、馬だ……あ?」
そこには馬がいた。覗きに来たことに反応をしてため息を吐いた。
「またボクの部屋を覗きに来てるよ……勘弁してよね」
言葉をはっきりと聞き取れることに違和感を覚えた。馬の言語を取得した覚えはない。つまり別の要因で言葉を理解できているのだと。
「……なぁ」
「なんだい?ってどうせ……言葉が……あれ?」
戸惑う馬を見て、声を聞いてその馬が誰か確信した。
「お前、鈴華か?」
「そ、その声……もしかしてヒデくん!?」
驚く声を出す鈴華になぜか少しだけ安心感を覚えた。俺はこの感情の理由を知らない。
「おう、やっと会えたな」
招待の場合、拠点を行き来できる。しかし拠点に帰って来ない鈴華に遭遇することはまずできなかった。つまり俺が鈴華に会うには奇跡が起きるしかなかった。
「うわぁぁぁーーーっ、やっと会えたようっ!……え?」
大きな声で鳴く鈴華。嬉しそうに小屋の外にいる俺に飛び付こうとした鈴華だったが、既のところで止まった。どうやら俺の姿を見て混乱しているようだ。
「なに、それ?」
「これか?最近作った移動式コープスだ。中に小動物を入れることができ……あっ」
PMの死体を接合してつくったこの卵のような肉体の中には、競争に参加するために入ってもらった人物がいた。魔物競争が盛り上がるばかりに忘れていた。
「え?なになに?」
「悪い、出すの忘れてた」
「ホントだよぉ」
俺は身体を二つに割ると、中に入っていたある人物を取り出した。真っ白で黒の小さなシルクハットを被り、特徴的な長い耳をしたうさぎは飛び出すや否や、目の前にいた鈴華の頭の上に乗った。
「うぅ、MPが底をつきそうだよぉ……」
「ごめんって」
泣きそうな声で文句を言うのは星詠の魔導兎のミントさんだ。
いつもならティラミスやミルフィーユを連れているが、今回の魔物競争では人型の魔物への騎乗は禁止だった。
俺は代役として騎乗相手として選ばれたのだ。ミントさんには最近、パノンという蝙蝠の魔物の女の子と仲良くしている。
前までは四足歩行の蝙蝠の姿をしていたが、今では立派な幼生の吸血鬼に進化をしている。そのせいでパノンにミントさんが乗るという構図ができなかった。
「今度なにかしら手伝うからさ」
「うーん、エリアボスはパノンちゃんとやるから、ノッカーさんの人参がいいな」
「そうか。今度詰め合わせで持っていく」
「お願いね」
嬉しそうに頷くミントだったが、頷く拍子になにかに気付いたのか、不思議そうに首を傾げていた。
「あれ?うま?」
「今更気付いたか。それは俺の友達のメビウスって言うんだ」
『恋人だよっ!』
「……」
『無視するなぁ!』
「なんだか怒ってるように見るけど、いいの?」
「気にすることはない。あとでフレンド申請するから覚えといてくれ」
「うん、わかった。えーっとメビウスさん、頭の上に乗ってごめんね」
ミントさんはメビウスの目に映る場所に移動して頭を下げた。メビウスは『え、なになに!?』と困惑していたが、乗ったことへの謝罪と教えたら、戸惑いながらも気にしないと言っていた。
「気にしてないってさ」
「そっか、よかった。付かぬことを伺うけど……」
「なんだ?」
ミントさんはメビウスをちらちらと見ながらある質問をしてきた。
「女の子?」
「……そうだよ」
「へぇ、ふーん。やるじゃん」
俺の返事にミントさんはニヤッと笑ってそう言った。
「ーっ!?」
「ヒデくんも隅に置けない人なんだね」
「……っ、あーッちょっと黙ってろ」
『あぁ!?ヒデくん、だめだよっ!』
話をわかってないはずのメビウスが注意してきた。
「お前も黙ってろっ!」
『なにぉ!?』
反抗的なメビウスについ怒鳴ってしまった。それでもメビウスはフンスフンスしていた。
「ふふ、ヒデくんにもそういう人いるんだね。少し安心したよ」
「うるせぇよ」
「女の子みたいな男の子ばっかりを侍ってるのかと思ってた」
「……それはあいつらに言っていいのか?」
「だめだめだめ、特に八雲くんはだめ」
八雲は無自覚だから言われると怒るかもしれないし、悲しむかもしれない。そうなると黙ってないのが子蜘蛛たち、並びにカルトまでもが参戦してきそうだ。
「そろそろ昼過ぎだし、一旦落ちるか」
『もうそんな時間なの?』
「賛成」
ミントさんと別れ、俺たちは拠点に戻って俺のフレンドにメビウスのフレンド申請をしておいた。
メビウスの拠点はサポートAIと立場が逆転していたので、うちのサポートAIであるもふもふしっぽの狐娘、リンにお説教をさせておいた。
悪魔のずる賢いところが全面に出ていたので、飼い犬のように首輪を装着して能力を制限した、とリンが言っていた。
時々ああいう人格も生まれるらしく、欠陥品ではないか?と問われることもあるが、ゲームマスターがアレな人だからか、少し人格が破綻してるからと言って破棄することはない。
そういうのも味があっていいとか言ってそうだ。
◆ メビウス視点
お昼ごはんから帰ってきたボクはヒデくんとカルトくん、PHのヨルさんに囲まれていた。
ボクがPMと発覚したことについてカルトくんとヨルさんにヒデくんが先に説明してくれていた。
ボクを報酬として渡すつもりだったカルトくんはボクに謝罪してくれた。今までのことについてはボクは許すことにした。決してご飯が美味しかったからというわけではない。
ヨルさんはボクを引き取るつもりだったが、PMだと知るとしょんぼりしていた。ボクの自由意志を尊重するので、今回は手を引こうと言ってきたのだ。
ヨルさんのもとへ行くか決めるのはボクの判断を煽られた。
ボクはたわわなお姉さんにムチで叩かれるのも苦ではなかったことを公言し、ヨルお姉さんと行動を共にすることに肯定的であることを示した。
すると、カルトくんは腹を抱えて笑い、ヒデくんは頭を抱えていた。しかしヨルさんは理解が追い付いてないのか、純粋なのか、わかってないのか、「お願いします」とだけ言ってきた。
ヨルさんとは正式にフレンドになりパーティーを組むことになった。
ヨルさんはレベルもボクよりも全然高いので、ボクのレベルに合わせてエリア移動をすることになった。
カルトくんはレベル関しては気にするなと言っていたけど、やっぱり数値の大きさは気になってしまう。
PMとPHでは成長スピードもステータスの割合も全く違うので、表面上に見ても力の差を判断することが非常に難しいそうだ。なにせ隠しステータスのようなものがあり、種族差によって基礎値に違いがあるそうだ。
だから力比べをしたいなら殴り合いをするのが一番簡単で確実なものだそうだ。
ボクはヨルさんと日時を決めて遊ぶことにした。ヨルさんは社会人でボクたち学生のような夏休みはないので、平日は普通に仕事だ。
こういうのは最初に決めておくのに限る。用事があればSNSアプリで連絡を取ればいい。
最近、FEOにも専用アプリが出たそうだ。別のSNSアプリを使っての考察なんてされると情報漏洩が待っている。掲示板だけでは足りないこともある。
アプリの名は『フリークス』。『不リーク』と『フリートーク》を混ぜ込んだような意味をはらんでいる。『フリークス』の意味は物事に熱狂している、という意味だ。
物事に熱狂した人のためにフリートークができる場所を用意した。これでリークは防げるはず、と。
掲示板とも連携され、拠点にいるサポートAIにも指示を出せるそうだ。用事があったときでも、いついかなる時でもFEOを共にできる。ゲーマーにとってこれ以上ないサービスとも言えるだろう。
ゲーム内でフレンドになっておけば、フリークスでもフレンドになっているので、プレイヤーのことをちゃんと考えてくれているシステムとなっている。
これだけわかっておけば、これからのFEOライフも満足に行えることだろう。
ヒデくんとカルトくんとはそこで別れて、ボクとヨルさんは第一エリアの街、始まりの街の周りで狩りをすることにした。
ボクが戦闘をせずにレベルを上げてしまったので、簡単に倒すことができてしまうが、逆を言えば相手のレベルが低いことで安全に戦闘訓練ができるとも言う。
ヨルさんも乗馬した状態で戦闘をしたことがない。ふたりにとっても重要な機会とも言えるだろう。
「ボクは疾走することばかり考えていたから、あんまりいいスキルは持ってないかも」
「そうなんですか?でも光魔法を持ってませんでした?あの光の壁みたいな」
「あー、あれはヨルさんのおか……」
「???」
あれを伝えるのはまずい。乗られたことでヨルさんがまだ夜の経験をしていないことを安易に伝えてしまうことになる。ボクも言える立場ではないけど、墓穴の堀り合いは望むものじゃない。
「今のは気にしないでください。魔法があればとりあえずいいのかな?」
「??……そうですね。何属性持ってますか?私は炎属性と聖属性、氷属性です。あとは特殊な聖炎属性と聖氷属性」
「ヨルさんってすごいんですね……それって確か上位属性ですよね?」
「そうですよ。でもこれくらいなら今のプレイヤーはみんな持ってると思いますよ」
「そ、そうなんですか」
「はい」
ヨルさんはこう言っているが、カルトくんからの情報ではヨルさんはPHの中でも強い部類に入り、本人は気づいていないが、強い人を挙げると名前が必ず入っているほどの有名人だ。
「えーっと、風と光と闇ですね」
「三属性ですか。魔法型にするんですか?」
「あー、これはそういうわけではなくて、アドルフが競争で勝つにはこれくらいしないと優勝なんて夢の夢だなんて言って姑息な魔法をいっぱい覚えさせられただけですよ」
「???……そうなんですか。散歩しながらやっていきましょう」
ヨルさんはボクの上に乗って戦うつもりだ。ヨルさんの獲物はハルバートと大剣だ。強い武器を両手に持つとかっこいいから持っているのではなく、ヨルさんの職業に補正がかかるからだそうだ。
ヨルさんの職業は聖騎士と魔槍騎士だ。聖騎士は聖なる武器を持っていると全ステータスが上がり、魔槍騎士は魔槍を持つことで全ステータスが上がる。だから脳筋が考えたこのスタイルが完成したのだ。
人に乗られることがまずないからか、ヨルさんが乗ってくると少しだけ歩き辛さを感じる面もあるが、騎乗スキルがいい仕事をしているのか、段々と楽になってくる感覚がした。
まずヨルさんと共同戦線で戦う相手はうさぎだ。ミントさんを見て仲間を殺してすいません、と思いつつ、草をむしゃむしゃしてるところを踏みつけた。
すると、「キュウッ!?」と鳴き声を残して倒れてしまった。あっけない終戦にボクもヨルさんも納得のいかない顔をしていた。
ヨルさんを乗せた戦闘に慣れるため、ボクはうさぎさんの素材を回収することなく、踏んだり蹴ったりして駆逐していった。
うさぎさんのアンデッドが生まれるかもしれないが、この辺りでは最近NPHの冒険者がいるので、死体を回収してくれるかもしれない。
「うーん、これじゃあ意味がなさそうですね」
「ボクもこれじゃなにも掴めそうにないよ」
「ここに似たエリアがあるので、そちらに移動しましょう。そこだと大きな四足歩行の魔物がいますので、私の経験にもなります」
「じゃあそこにいきましょう!ごーごー」
「うふふ、そうですね」
ボクの上がったテンションに応えるようにヨルさんは拳をあげて、ごーごーしてくれた。
ヨルさんも意外とノリがいい人だった。
向かうのはボクがアドルフに騙されて行かされる予定だった北西エリアだ。そこにはウシやヒツジといった丁度いい相手がいて、ボクのレベル帯にはうまくマッチしている。
ボクはヨルさんのアドバイスをもとにステータスを上げておいた。これでここにいる魔物とは同等の力を得たことになる。
「まずはどれから行きましょうか?」
「そうね、まずは比較的簡単なあの豚にしましょう」
ヨルさんが示した豚はもひゅもひゅと草を食べてはゴロンと横になって惰眠を貪る、ニートのようなムーブをしていた。
「私が指示を出しますので、まずはその通りにやってください」
「はいっ!」
「もちろん、メビウスさんにはその場の判断で動いてもらっても構いません」
ヨルさんがサポートしてくれるなら安心だ。その前に気になることがあった。
「あー」
「???」
「呼び捨てで呼んでいいですよ?あと敬語じゃなくていいです」
「そう……なら、メビウスさ、メビウスも私のことは呼び捨てで……」
ヨルさんは少しだけ恥ずかしそうに言った。
「ヨルお姉さんってのも考えたんだけど……」
「そ、それはちょっと恥ずかしいから……」
「ヨルおねえ……さん?」
「いや、あ、の?」
ヨルさんはクールな面もあるが、近づくとこんなにもかわいいところがあるだなんて、からかいがいがありそうだ。
「おねえちゃん!」
「う、うれしいけど、戦闘に集中しましょ……」
「ヨル姉って呼ぶよ」
「っもう!」
「あはは」
ヨルさんが赤面するのが見えた。
ヨルさんのことは、これからはヨル姉と呼び、ヨル姉はボクのことはメーちゃんと呼ぶことになった。これは議論の末勝ち取った呼び方だ。
メーちゃんと呼ぶときのヨル姉は本当にかわいい!これは誰にも見せないボクだけのヨル姉だ。
まだまだ続きそうな予感。




