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第116話 もふもふキツネの巣穴

『妹の決意』の続編になります。

区切りがついたので色々話を組み込んでいきます。

時系列は『無自覚な男の娘のシークレット』辺りですね。

※訂正2021/3/28

 ずっと待ち望んでいた世界に来られたのは、お兄ちゃんのおかげだった。けど、私が初めてこの世界で死んだのもお兄ちゃんのせいだった。

 ………

 ……

 …


 チュートリアルを無事に終えた私は、カルツマにこれから降り立つエリアの情報を聞いていた。お兄ちゃんは迷子から始めるスタイルで散歩をするが、私は地図で事前調査をして散歩に出掛けるタイプだ。


 これから向かうのはいわば味方のいない戦場だ。なにも知らずに向かうより、頼れる知識があったほうが、なにかあったときにその知識に縋ることができる。


「ルティアは偉いな、ちゃんと教えを乞うことができるなんてよ」


 カルツマは嬉しそうに言った。


「当たり前じゃない。先生に敬意を持って接するのは当たり前のことよ」


「そうか……そうか、そうか!俺が先生かぁ……」


 カルツマは頬を膨らませてニンマリと笑った。物騒な骨を纏っているのに、性格は朗らかだ。見た目は関係ないってことはよくわかってる。雪姉が代表例だ。可愛い見た目で腹黒い。


 カルツマも可愛いところがある。「先生」と呼ぼれることがよほど嬉しかったのだろう。


「俺は先生だからな!なんでも聞いてくれ、任せろ!」


 期待の眼差しで私を見てきた。その純粋さが眩しかった。まず聞きたいのはエリアの情報だ。


「カルツマ先生、私が今から行くのはどんなところ?」


「先生……いいな。そうだな、第一エリアは草木の背が低いが、ルティアからしたら十分大きいな。草原で視界が開けてるから敵の魔物、ここでは野兎(ラビット)が見つけやすい」


 ルティアが降り立つのは第一エリアの北側。北の奥に進むと釣り大会が盛んに行われている青牙蛇(ブルーサーペント)がいる湖があり、南に行けばPHの拠点である初期の街がある。


「うさぎね。すばしっこいって噂だけど、強いのかな?」


「今のルティアでも十分に対応できるぜ。まぁ戦ってみないとわからない部分もあるが、俺がミッチリ訓練してやったからな。初見だろうとなんだろうと勝てるさ」


 カルツマは私に自信を持つように言った。サポートAIと言っていたけど、本当に人の気分を良くするのに長けている。カルツマもこう言ってるし、私の今の実力でもいけるのだろう。


「そっかぁ、じゃあ頑張ってみようかな」


「おう、がんばれ。駄目だったら勝つまでやるんだ、応援してるぜ」


「うん、がんばる」


 カルツマに背中を押された。十分に情報も得た。戦う術も身体の動かし方にも慣れた。準備は万端だ。


「行ってくるね」


「あぁ、いってらっしゃい」


「いってきます」


 拠点から出ると、そこは木の中だった。木にできた洞窟状の穴なのか、動き回れるほど広かった。外は明るく、天気のいい日なのだろう。


 穴からひょっこりと顔を覗かせると、目の前に広がっていたのは自分の数十倍ほどある高い木があった。人だったらそんなに大きいと感じないと思える木が小さい子狐になるとこれだけ巨大になるものなのか、と実感した。


 幹も根も太い。そんな木がずらりと並んでいた。気をつけなれけば、地に張り付く根っこで転びそうだ。


「カルツマの言う通り、全部大きい……」


 見上げれば枝の隙間から照らす日があった。リアルではなんでもない光景なのに、ここではどれも新鮮で幻想的で美しいと思えた。


「ずっと眺めてるのもいいけど、そろそろ戦いにいかなきゃ」


 穴から抜け出し辺りの散策をしてみることにした。落ち葉は歩けばカサッと音がする。風に揺られて舞い上がる。手のひらサイズの落ち葉は狐になると顔ほどあるようだ。


「なんでもない落ち葉もすごい……雪ではしゃぐ犬の気持ちがわかってしまった……」


 壮大な木々の群れを抜けた先には開けた草原があった。草を踏むと歩いたところが凹んだ。遠くから見た草原は開けていたが、狐の視線だとどうも見づらい。頭を上げると見やすいが、これでは獲物を見つけるのにも一苦労だ。


「ここで使うのがカルツマの言っていた【嗅覚】のスキルね。うさぎの匂いなんて知らないけど……獣臭い。こっちね」


 人であったときは匂いを感じても、その方向がどこからするのかという判断ができなかった。けど、このスキルによってどの位置にいるのか瞬時に把握できた。低レベルにも関わらず、精度の高い探索ができるとは思わなかった。


「いた。あれがカルツマの言っていた野兎(ラビット)ね。まずはお手並み拝見……風魔法【鎌鼬】」


 手を振り下ろすことで、できた風を利用した魔法だ。三本の風の刃は草を細切りにしながら進み、草を食べる野兎に命中した。呆気ないことにその一撃で野兎は倒れてしまった。近くで見るとピクリとも動いていなかった。


「確かにカルツマの言う通り、楽勝だった。でもこれじゃあ戦いの参考にならないわね」


【解体】スキルで野兎をアイテム化して持ち歩く。次の獲物もすぐに見つけることができた。今度は魔法を使わず、狐特有の武器を使って戦う。


 低姿勢でこっそりと野兎に近づく。目の前まで来るとさすがの野兎も気付いたのか、こちらを見てぷるぷると震えていた。その目は「食べないで、きつねさん」と訴えかけているように思えた。


「うぅっ……可愛すぎるよぉ。でも倒さないとレベル上がらないから許して」


 瞬間的に速度を上げることができるスキル、【瞬発】で野兎の背後に回り、カプッと首に噛み付いた。バタバタと暴れていたが、すぐに脱力して動きを止めた。思った以上に野兎は弱い魔物らしい。


「獣臭くて食べられたものではないって思ってたけど、今の感じだと全然食べられるわね」


 野兎に噛み付いたことでダメージを与えるだけでなく、野兎の味も噛みしめることができた。


 要領を掴んできた。野兎は楽に勝てる相手。ここでレベルを上げるだけ上げてしまうのが良さそうだ。


 一時間ほど野兎を狩り続けた。


「ふぅ……結構狩ったけど、これで何レベルかな?」


 ステータスを確認するとレベルは5になっていた。そして称号に【野兎(ラビット)ハンター】なるものがあった。


「の、うさぎ、ハンター?」


 一瞬思考が膠着した。説明を見てみると、100体のうさぎを狩ることで得る称号のようだ。これがあればより野兎を狩りやすくなるらしい。


「でもこれだけ狩ってレベル5なら他の獲物を探したほうがよさそうね」


 野兎(ラビット)は初心者御用達の魔物だ。本来、ここまで狩る必要もない魔物だ。PHであれば住民クエストだったり、ギルドクエストだったりで野兎を乱獲することもあるが、PMに関しては称号を得ること以外では不要だ。


「そろそろ、次の獲物が必要ね。カルツマに聞いてこよう」


 マップを見つつ、自分のキョテントを探す。巣穴みたいなところなので誰かに見られないようにしないと。待ち伏せなんかされたらたまったものではない。


 キョロキョロと誰かいないか探すと当たり前だが誰もいなかった。その場にはいなかったが、ここを通った魔物がいたらしい。落ち葉が大きなものによって押し潰された跡があったのだ。


「ここには熊でもいるのかしら?それとも……別の魔物?」


 足跡をつけたのが誰なのか気になるが、今は次の獲物の情報をカルツマに聞くのが先だ。


 拠点に帰るとカルツマが嬉しそうに駆け寄ってきた。


「おかえり!どうだった?」


 飼い主に駆け寄る忠犬に一瞬見えてしまったのは黙っておこう。


「ただいま、楽勝だったわ」


「そうか。て、ことは次の獲物だな。すばしっこいが、野栗鼠(スクオロル)野鼠(マウス)だな」


「なによ、すくおろるって」


「ん?リスだ。ちなみにスクオロルはスコットランドで見られる茶色いリスのことを言って、日本でよく見られるシマリスは、チップマンクスと言うらしい。あとマンクスは尻尾のない猫だ」


「カルツマって博識なのね……」


「なんせ俺はサポートAIだからな!はっはっは」


 雑学が身についたところで、カルツマの言う通りの獲物を探してくることにした。野兎の生肉を食べて空腹度を回復した。カルツマがかわいそうな目で見てきたが、気にせず狩りに出た。


 リスがいるところは森の中にある木の上だろう。ネズミに関しては地面を歩いてるはずだ。今回も【嗅覚】に頼って獲物を見つける。


「うっ……この臭いはきついわね。強い魔物かもしれない。離れましょう」


【嗅覚】は獲物の場所も突き止めるだけでなく、相手の強さもわかる。臭いが強いほど魔物の力が強い。


 今のレベルでは到底勝てないとわかっているなら、避けられる戦いは避けるべき。真っ向から戦いを挑む人なんてそうそういない。


 ルティアのお兄ちゃんがそれである。


「よし、ここまで来ればよさそうね。臭いは……あっちね」


 キョテントからは大きく離れてしまったが、いい獲物がいそうなエリアについた。ここなら安心してレベル上げができそうだ。さっきの戦いでスキルレベルもいい具合に上がっていた。


「臭いは近いはずなのに見つからない……どこにいるの?」


 辺りを見回しても見つからない。一体どこにいるのか?そう考えていると腹部に鈍痛がした。


「うっ!?まさか、下なの?」


 その場から後ろに下がると、さっきいた場所に穴があった。どうやら落ち葉をうまく利用して穴を隠していたようだ。


「落ち葉を吹き飛ばすしかなさそうね。カルツマと訓練していた魔法が役に立つのには早い気がするけど、これならどう?風魔法【風震脚】」


 手足から風の波が出る魔法だ。ダメージを与えるものではないが、落ち葉程度なら風に舞って飛ばされる。真価を発揮するのは縦横無尽に駆け回るときだ。


 ジャンプをする瞬間に使えば、それだけで通常より高い位置にジャンプすることができる。落下時に使えば、落下ダメージを防げる上、より強力な風の波を起こすことができる。


 ジャンプを繰り返した後、木の上に飛び移り、枝へ地面へ、縦横無尽に駆け巡る。風震脚で起きた風とそれによる地面の揺れであたかもそこに敵がいると錯覚した野鼠(マウス)が丸まって飛び出してきた。


「出た!逃さない!」


 虚空へ舞った野鼠(マウス)へ【風震脚】と【瞬発】を併用した体当たりでぶつかった。


「チュー!?」


 悲鳴を上げる野鼠へ空中で風震脚を使って追いつき、尻尾で地面に叩きつけた。


 落ち葉というクッションもない場所へ落ちた野鼠(マウス)。なんとか巣へとヨロヨロとした歩様で逃げようとする。


「逃がすわけないでしょ?」


「チュ、チュー……」


 か細い鳴き声で訴えかけるも、あえなく(かじ)つかれて息絶えた。


「終わった……わけないか」


 視線の先で宙へ舞い上がる無数の野鼠(マウス)が穴から出てきた。マウスの目は赤く染まり、怒り狂っているようだ。仲間をやられて怒るのはどこの世界でも同じだ。


「来なさい、相手してあげる」


 風震脚で縦横無尽に駆け巡る私に対して野鼠(マウス)はまた穴から出てくる。それらを空中で回避しつつ、尻尾で叩き落としていく。ぶつかりそうになったら、もふもふの尻尾でガードして衝撃を吸収する。


 種族特性で尻尾で打撃を受けると無力化することができる。尻尾は膨らませることも萎ませることもでき、膨らんでいるときは衝撃吸収、萎んでいるときは打撃強化になる。


 尻尾は野狐(フォックス)の最大の武器とも言える。


 空中で野鼠(マウス)を叩きつけていると視覚外から丸い物体が飛んできた。風震脚で方向転換してなんとか避けられた。注視すると、それは野鼠ではなく、カルツマが言っていた野栗鼠(スクオロル)だった。


 野栗鼠は野鼠を守るように前へ出てきた。これが何を意味するか察しがついた。


「あなた達、共存してるのね。だからカルツマは一緒に言ったの……だからと言って負ける気はないわ」


 下からの打撃に加え、上からの突進が加わったことで戦いは激化した。二種類とも魔法が使えないからなんとかなっているが、数の暴力には変わりない。


 避けた先からの攻撃もあり、野鼠の相手のときには負わなかったダメージを受けるようになった。


 数による応酬を避けるためには相手の数をできるだけ減らさなくてはならない。だから、避けて一撃加える戦法ではなく、各個撃破の戦法へと切り替えた。地面に叩きつけた後も追いかけ、トドメをしっかりと刺した。


 次々とトドメを刺されていくうちに仲間のいなくなった野栗鼠(スクオロル)が逃げようとした。木の巣穴へ逃げ延びることが成功したが、そこは安息の地ではなく、逃げ場のない路地裏だった。


「みーぃつけた……」


 巣穴で木の実を持ってぷるぷると震える野栗鼠(スクオロル)に対し、容赦のない風魔法【鎌鼬】を与えた。最後の一匹を倒した頃にはレベルが8に上がっていた。


「よし、これでまた強くなった。このまま10まであげたいけど……HPが少ないのよね。一旦帰還しましょう」


 忘れないうちに能力値を振り分けて強化しておく。バランスよく振り分けているが、まだ戦闘スタイルを確立していないので今はこれで満足している。


 マップが広がったがキョテントの位置は映し出されているので迷うことなく帰還することができる。


 木の上を移動していると、あの強い獣臭が近付いてきた。


「うっ……近い。レベルが上がったのにまだ差があるっていうの?初心者のエリアにしては凶悪すぎない?」


 逃げるわけにもいかず、巣穴へ行くために獣臭のある場所へと向かっていく。そしてその姿を目撃することになる。


「熊……」


 真っ黒な巨体は巣穴をウロウロと周り、私を探していることは一目瞭然。ひと目で分かる力量の差。超えられない壁が目の前で立ちはだかる。


「逃げる……わけにもいかない。けど、倒せるかもわかんない。勝てる見込みがないから逃げたいけど、あそこからじゃないと帰れない。どうする……どうしたらいい?……カルツマ」


 逃げて遠い場所へキョテントを設置して帰るか、それとも熊を撃退して巣へと帰るか。二つに一つ。


「……逃げましょう」


 ゴクリと溜飲を飲み込み、進むべき道から逃げるように振り返った。こっちのほうが安全だ。だから、一度逃げることは問題ない。けど、それが最も悪手であることは予想外だった。


 大きな影が自身を飲み込んだ。


「え?」


 気がついた時にはもう遅かった。振り返ると強靭な爪が一閃。それが最後の光景だった。


 ………

 ……

 …


「おかえり。起きたか?」


 気づいたら、カルツマに膝枕されていた。カルツマはニコリと笑い、安心したように息を吐いた。


「こんなに早くここ来るとは思っていなかった。いまは休め。それがこれからこの世界で生きるためになる……」


 カルツマ、どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるの?


「いいから、眠れ……」


 心地いい風が頬を撫でた。

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