第112話 雪のような雨
戦いにのめり込みすぎて文字数がいつもより多めになりました。戦闘ばかりやってるので、どこかで妹ちゃんとか新しいキャラの話とか盛り込んでいけたらなぁ〜って考えてます。まぁ、楽しみにしてもらって。キリがいいところまでいったらその辺やっていきますね〜。
まずは罪の理由を聞く。それが妥当でなければそれなりのことは覚悟してもらいたいものだ。
というか、それを裁くことはできないけど、お互いの事情を加味して、最良はなんだったのかを見つけるのが大切だ。
「そうね、まずは食事ね」
「あ、はい」
「あとはそうね。新種の毒植物を見つけたからスキルと耐性をつけるために食べてたわね」
「毒?」
「そう。見たことない性質だったから、食べてたのよ。なぜかこの森にしか生えてないのよね」
この森特有の植物か。これだけ幻想的な森だしあってもおかしくない。
「そんな植物あるのか?ちょっと詳しい人に聞いてみるよ」
「もしかしてその湖の妖精さん?と言葉通じるの?」
「話せますよ」
そう返すとメルドアは驚いていた。言葉の壁が大きいのがこのゲームの特徴とも言える。そんな中、精霊というPMにいない魔物?の言語を取得しているのは確かに珍しい。
「いいわね。私、そこである映画のワンシーンをやりたくて入ろうと思ったんだけど、拒否されちゃったのよね。八雲、いや、やくもちゃんね」
映画のワンシーンとは、幻想的な森の中で水面を静かに波だけたてて歩くという、自然界の神秘のようなものだ。森にひっそりと佇む湖と小さな小島。そこに住む幻の神鹿。
メルドアを表現するなら等しく神鹿と言えるだろう。
「なんで言い直した」
「だって女の子には可愛く呼ばないと……」
「俺は男だが?」
「ええ!?まぁ、かわいいから、やくもちゃんで」
「やめてくれ……」
にこにこと微笑むメルドアに言い返せない。悪気がなければ、貶めようとしてるわけでもない。ただの好意的な反応だ。
メルドアとはあまり話したことがない。会うのはいつも戦場か、酔い乱れる宴。
平静状態というべきか、いつものメルドアというものを知らない。たかしくんを踏みつけているのは、いつものメルドアのような感じがする。
「待ってるから、聞いてきてくれない?やくもちゃん」
「あ、やめないのな。まぁいいけど」
「やくもちゃんに公認されちゃったわ!」
テンションが高い親戚のお姉さんの雰囲気。これ以上話すとなにか大切なものを失いそうな気がした。
早々に湖の精霊に話を聞きに行った。
「精霊さん、話があるんだけど」
湖に手を付けてばしゃばしゃと波音をたてた。すると、少し離れた場所から小さな波をたてながら精霊さんは現れた。
少しだけ不機嫌そうにしている。新芽を捕食する鹿、メルドアと仲良さげに話していたことが気に食わないのだろう。
なにか気の利いたことが言えたらいいのだが、残念ながら話術のテクニックというものが欠損している。
「なに?」
顔をしかめて尋ねてきた。話は聞いてくれるが、信用はしない、そう現しているのか。
「聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「なんだよ」
「新芽には毒が含まれてるものなの?」
「ないよ。そこの鹿に言われてやっと気づいた。あの新芽は寄生系の植物の魔物、それもおそらくボクよりも高位な魔物の仕業だ」
その顔はとても悔しそうで、苦虫を噛むような表情をしていた。
キッとメルドアを睨みつけ、湖から手を出して、すーっと指で横に一線引いた。すると、メルドアたちを縛り付けていた糸が細切れになった。
「その罪は許した。だけど、ボクが育てた新芽を食らうことは許さない」
メルドアが頷いていることから、言葉の壁を精霊の方から取っ払ったことがわかる。
「新芽を見分ける方法あるのか?」
「ある。ボクの育てた新芽は薄っすらと水色に光ってるからね」
それを聞いたメルドアはぼそっと「あのおいしいやつがそうだったのね。食べられなくなるなんて残念だわ」なんて言っていた。
聞き逃さなかった精霊は「少しだけなら構わない」と言っていた。
安心するメルドア。和解は成功したらしい。
「それでその高位の魔物とやらの場所はわかるか?」
「まさか倒しに行くのかい?」
「あぁ、これから子蜘蛛たちをここに派遣するなら、不安材料はできるだけ取り除いておきたいからな」
高位の植物と聞いてヒデのことを思い出した。話で解決するならそれでいいと思っている。ヒデじゃなかったら、力づくでなんとかするだけだ。
「ボクが知る毒植物の魔物は大悪鬼と共にいる。おそらくキングもいるだろう。危険な場所だ。それでも行くのかい?」
頷きで返すと「良い目をしているね。森の大精霊が君を信頼するわけだ」と言った。
「案内するよ」
精霊はそう言って、小さな水色の玉を生み出した。
「これはボクの分体だ。戦闘能力はないけど、道案内ならできる。倒しに行くならついて行くといいよ」
ふわふわと浮かぶ分体はまっすぐと森の奥へと進んでいった。
俺はいつものメンバーを連れて、メルドアは側近の二人を連れて向かった。残りは湖の精霊とお留守番だ。
分体の速度は漂うようにゆっくりと進むのではなく、結構なスピードで飛んでいった。俺たち蜘蛛は木の上を移動していったが、メルドアたちは足場の悪い木の根が蔓延る地面を用意に移動していった。
幻想的な森はそれほど広くなく、すぐに見慣れた森へと抜けていった。視界に開けた場所見えると、分体はそこで止まった。
ふわふわとした玉は靄を出しながら湖の精霊と同じ形に変化した。
「ここから先はすべて敵の領域だ。あとは任せたよ」
分体精霊は開けた場所に指を差すと、形を崩さしてその場からいなくなっていった。
「ここからは私達に任せたってことね。やくもちゃんは正面から行くの?」
「あぁ」
「なら、私達はここから援護するわ」
「そうか。任せた」
「ええ、任されたわ」
短い言葉でなんとなく察した。メルドアのことは詳しくは知らないが、見た目からもわかる通り、接近戦を挑むような魔物じゃない。突進はしそうだが、それだけで、オーガと退治するには力が足りないだろう。
オーガといえば、ホブゴブリンよりも巨体で力も強いはずだ。並大抵のプレイスキルじゃない限り、四足歩行の魔物には辛いものがある。
肉食獣であるオオカミ、ユッケは問題なさそうだが、メルドアやたかしくんのような草食動物系には無理だろう。
あれ、でも酒の席でメルドアが肉を食べていたような?魔物だから、そんなものか。
メルドアが掩護をしてくれるので、後ろはあまり気にせずにガンガン攻めよう。【虚砲】で一掃してもらうのも手ではあるが、それではつまらない。お試しで接近戦を仕掛けよう。
力づくでぶつかり合ってみるのも悪くない選択肢だ。
開けた場所は整備された道だった。道沿いに進んでいくと、見えてきたのは街のようなものだった。
木製ではなく、岩を砕いて積み重ねた家。そのどれも巨岩で、入り口から察するに巨大ななにかが暮らしているのだろう。
遠くから来た俺たちに気づいたのか、街からアラートを呼び掛ける音が響いた。すぐさま街からゾロゾロと人影が現れた。
「ホブゴブリンか……」
オーガが出ると思っていたが、その一つか二つ下の進化形態の鬼が現れた。ゴブリンキングといた者と違うのは、誰もが健康的な肉体労働をしていたのか、肉質の良い筋肉をむき出しにしていた。
「ママ、あれはハイゴブリンだよ」
コクマから指摘を受けた。【識別】で見てみると、確かにハイゴブリンと出た。
ハイゴブリンは皆、PHのようにそれぞれの個性を持った鎧やら剣を持っていた。軍ではなく、個が集まった傭兵のような印象を受けた。
「ハイゴブリンか。種族はどうでもいい。戦ってみて勝てるかだな。ドーマ、やれるか?」
「お任せてください!」
黄金鬼からやたら俺を憧れの目で見てくるドーマを先陣に出した。やる気が有り余っているようなので、ここはドーマに任せておく。
ドーマが前へ出ると一緒にエンマとスイマも出てきた。二人は先のエリアボス戦で活躍を聞けていない。俺に強くなったところを見せたいのだろう。
「ここは三人に任せたよ」
三人の前に数十体のハイゴブリンが立ちはだかる。武器を構え、お互いに一歩も譲らない構えだ。
ドーマは先制とばかりに、ハイゴブリンが作ったであろう巨岩の家を【土術】で粉々に砕き、宙に集めると、ハイゴブリンのもとへ降りおろした。
岩の雨はハイゴブリンが持つ装備に弾かれていたが、家を壊すという精神的攻撃がハイゴブリンたちを盛大に煽っていた。彼らの目線はドーマに釘付けだ。
雨が降り終わると一斉にドーマに向けて駆け出した。離れた俺達にも敵意は向いている。ハイゴブリンの中にも当たり前のように魔法を使うものがいた。
流れ弾がこちらへ飛んできたが、フウマとドンマが風のシールドを作り出すことですべてを防いでみせた。
岩の塊は風化され、質量のないものはすべて風が飲み込んだ。万能な風でも、通り抜けてきたものはあった。光と闇だけは異質で風では防げず、透過してきた。しかし、これらはコクマとハクマが簡単に打ち消してしまった。
俺達が大丈夫なことがわかると、エンマとスイマが反撃に出た。
エンマは火弾をハイゴブリンに撃ち出すと、火弾を囮に接近していった。火弾はハイゴブリンたちに容易に防がれたが、エンマの接近を許してしまった。火弾はエンマの体よりも大きく、目の前の敵の視界を覆うには十分だった。
目の前まで来たエンマは火弾よりも高温の熱を発した。急激な温度の変化にふらついた。その隙を見逃さなかったエンマは背中の両腕を突き出し、二体のハイゴブリンを串刺しにした。
すぐには絶命しないが、エンマは両腕に火を灯すことでとどめを刺した。ドロッと溶け落ちた仲間のハイゴブリンを見て、エンマから距離を置き始めた。
火を見て怖がるハイゴブリンに、エンマはニヤリと笑った。両手から多量の糸を生成し、二本の槍を創り出す。槍の後端には糸が伸び、背中の腕と繋がっている。
エンマは槍に炎を灯すと、逃げるハイゴブリンへと投擲した。スキルレベルの高い投擲は長距離にも関わらず、的確に背中へと突き刺した。金属製の装備も高熱で溶かし、守るべき背中を貫いた。
槍はハイゴブリンを地面に縫い付けた。槍が抜けないことを確認したエンマは糸を伸縮させてそのハイゴブリンのもとへ飛んでいった。炎の悪魔はどこまでも追っていく。
派手なエンマと違い、スイマは静かに行動を始めた。ドーマが岩の破片で傷つけたハイゴブリンたちに標準を合わせ、【氷術】で軽症の傷口を凍傷へと悪化させた。
地味だが強力な技に痛みで脱力し始める者が続出した。動きが鈍くなると、ドーマの岩の破片の餌食となる。ドーマは雨を幾度となく降らせていた。
雨が降れば盾を構えなくてはならない。雨とは環境を変えるものだ。水の雨は湿気を増やし、増水させて今の地形を壊すことのできる。自然は怖いものだ。
水の雨は流動的な雨だとすれば、岩の雨は静止の雨だ。傘をさせば防ぐことができるが、とどまり続ければ、岩が地面のかさを増やし、埋もれていく。
雪と同じだが、その重みはまるで違う。手で軽く掬えば削れる雪と違い、岩は微動だにしない。
積もればそこから逃げることができなくなる。重い盾を持ち上げ続けるのにも限界が来る。あとは岩に埋もれ、軽傷の積み重ねで重傷となり、遠くない死を迎えるだけだ。
そこへスイマの凍傷が加わると岩の雨は凶悪となる。少しの傷が重傷にすぐさま変わるのだ。
岩に埋もれたものは力なく、岩の壁を叩くしかない。無慈悲なドーマはアイアンメイデンのように岩の壁から棘を作り出し、中のものを串刺しにした。
力なく倒れたことを確認すると、周りの岩の破片をまた宙へと戻し、血塗られた岩の雨を降らしていく。段々と殺伐としていく雨に恐怖を覚えるハイゴブリン。水分が加わったことで、スイマは血を凍結させ、岩の破片をより鋭くした。
殺傷能力の上がった雨は、耐え忍んでいたハイゴブリンたちを次々と仕留めていった。逃げる者はどこからでも追いつくエンマが逃さない。戦場は悲惨なものだったが、味方に犠牲がなかった点は安心できた。
だがその血のニオイがまずかった。八雲たちに気づいていなかった者が目を覚ました。敵がいるからではない、そこに血があるからだ。血は戦士たちの気を高め、戦場へと駆り立てる。
戦利品を回収する八雲たちのもとへ高圧力の雄叫びが届いた。空気を振動させ、怒号を肌で感じさせた。余裕風を吹かせていた子蜘蛛たちへ一気に緊張感を走らせた。
地響きがする。奴らは続々とここに集まってくる。それは一方からだけではない。全方向からだ。地震が走って動き回っている、そう感じるほど、地面が揺れた。
「逃げるぞ!」
この場にいてはいけない、本能的に感じた。俺はすぐさま空へと天網を張り、転移巣を作り出すと、震える子蜘蛛たちを連れて天網へと飛んでいった。
勘は正しかった。三人が作り出した戦場に現れたのは、巨岩よりも更に巨大な鬼だった。
熊を五倍にした巨体をすべて筋肉で覆い、頭に身体に見合わない小さな角をつけた鬼は、戦場へたどり着くやいなや、拳を血溜まりに叩きつけた。拳に爆弾でもつけているのか、爆発音とともに地割れが出来た。
「グオオオオオ」と雄叫びを上げた。獲物を始末したと思ったのか、お互いを高め合うように仲間と拳を合わせていた。満足するまで高め合うと、今度は仕留めた獲物を探し始めた。
しかし、俺たちは空へと逃げたので、仕留められていない。不思議そうにする鬼たちだったが、なにかに気付いた素振りを見せたあと、顔を見合って笑い、その場から去っていった。
「なんだったんだ……」
ひとり呟いていると、ふよふよっと水色の玉が現れた。
「あれが大悪鬼だよ。君たちにあれを倒せるかな?」
湖の精霊はずっと俺たちを監視していたらしい。俺たちが逃げるところも見ていたのだろう。望みは薄そうだ、という思いが節々に感じられる。
期待外れというほどのことではないが、心配してくれているのだろう。
「やってやるよ」
「そう……楽しみにしているよ」
俺の返事に少しだけ辛そうにする。けど、次は逃げない。
オーガは脳を筋肉へと変えた脳筋のような気がする。なにかはわからないが、トリガーが発生した瞬間にここへと向かってきたのだ。
頭が使えれば、もう少し慎重に来るはず。オーガからは知性というものが感じられなかった。その代わりにあるのが策を踏み潰すことができる暴力というわけだ。
オーガたちには力では決して勝てない策で対抗するしかない。




