第108話 鬼の親はゴブリン
あけましておめでとうございます。
鬼達は黄金鬼を中心に散開し、俺たちを逃さない構えを取った。黄金鬼は俺に対し、ハルバートを構え、一直線に向かってきた。俺もまた黄金鬼に相対する。振り上げられたハルバートもまた金色に光り、鋭い一撃が首へと振り下ろされた。
一撃で決めようとするほどの殺意。ただ避けるだけではおそらく回避させてくれないだろう。軌道を変えることなど造作もない、そう黄金鬼から伝わってくる。急遽、糸を纏わせた腕で刃先を受け止める。
ギィンと金属同士がぶつかる音がした。互いに譲らない硬度を持っていた。砕けない刃先と傷跡のつかない甲殻。火花を散らすように擦り切ろうとするハルバートをワイヤーのような糸質に変化させて滑らした。
地面に滑り落ちたハルバートをすぐさま回収し、くるりと刃先を上部へと方向転換させて振り上げてきた黄金鬼に俺は一歩引いて回避した。わずか数秒の間に起きた攻防に黄金鬼はニヤリと笑った。
「やるじゃねぇか!」
黄金鬼の一言に共感する。お互いに一歩も引かない戦闘を楽しむには十分な実力だった。俺と黄金鬼は数合甲殻とハルバートをぶつけ合い、お互いの力を分析していった。
俺はある程度、黄金鬼の力を把握すると、一度黄金鬼と距離を開いた。すると警戒した黄金鬼は俺との距離を詰め、ハルバートを振り下ろした。動きを把握している俺はそれを容易に避け、黄金鬼の横腹を殴った。
よろけた黄金鬼に俺は腹パンをして蹲らせ、クモの時の手だった前脚で黄金鬼を突き飛ばし、距離をとった。
その間、全身を最高硬度の糸でコーティングした。準備の整った俺はハルバートを使いづらい位置まで一気に近づいた。ハルバートを構えた黄金鬼はそれに対し、距離を置こうと後ろに下がる。しかし、俺は距離を広げるつもりがない。
黄金鬼の真後ろに天網を張ると、使っていない背中の爪同士を向かい合わせ、挿入口の天網を片方に小さくつくり、そこへ【雷術】を放出した。
追いかける俺に対して黄金鬼はハルバートを振り下ろして距離をとろうとした瞬間、後ろから襲いかかる雷術は単なる雷ではない、毒術と組み合わせ、合成した紫色の雷だ。
無警戒だった背中に紫色の雷、紫電が襲いかかった。毒を含んだことで鎧を溶かし、薄くなった装甲へ、より研ぎ澄まされた紫電は黄金鬼の身体を鎧ごと貫いた。
「うぐうっ!?」と唸り声をあげる黄金鬼に対し、俺は前方からさらに追い打ちをかける。自身へ返ってきた紫電を避雷針代わりに生成した糸槍に吸収し、再び黄金鬼に突き刺した。
糸槍は黄金鬼の急所をわずかにずらされたものの、致命傷を与えるほどのダメージを黄金鬼に負わせることができた。無秩序に振るわれたハルバートを避け、黄金鬼から離れると、黄金鬼は自身に刺さった糸槍を引き抜いた。
「ううっ……やるな、お前。不意打ちとは卑怯だなんて言わねぇよ。俺は強えやつと戦うのに卑怯もクソもねぇと考えてる。今回は俺が警戒しなかったのがわりぃ。今度はそう簡単に傷を負わされると思うなよっ!」
黄金鬼はよく喋る。今までにないタイプのエリアボスだ。そんなことよりこの黄金鬼、かっこよすぎないか?俺もこんな男になってみたい。男気溢れる、そんな男に。
「お前は油断ならねぇ女と見た。女にいっぱい食わされるなんて男が廃る。男の本気ってのを見せてやらァ!」
女?どこに女が、まさかお前も俺を女と見ているのか。
「うるせぇ!俺は男だ!」
「なにぃ!?まさか、男だったとは……すまねぇ、俺が男じゃなかった。性別を間違えるなんて許されることじゃねぇ。お前も一端の男ならもっと堂々と来やがれ!俺も本気を見せてやるからよぉ!」
「望むところだ!」
俺は黄金鬼と本気で向き合うために【父性の天性】モードへ切り替えた。それに対抗し、黄金鬼は黄金の鎧と融合した。黒色の鬼肌に金色の文様が浮かび、ハルバートは2つの武器へと変化していった。
片方は刀に、もう片方は槍へとなった。どちらも黄金鬼の巨体に対して小さい。それらを地面へと突き刺すと城が溶けてできたマグマを吸い寄せ、同化していった。出来上がったのは、巨大な棍棒とギロチンのような大きな刃をつけた出刃包丁。
2つの巨大な武器を持つと黄金鬼は特大のジャンプをして、棍棒を振り上げ、廃墟と化した街の中心部に叩きつけた。その瞬間、叩きつけた場所を起点に巨大なヒビができ、街が割れた。
近くで戦っていた鬼と子蜘蛛たちはその場から退避した。俺は崩れる街の廃墟とともに、黄金鬼が用意した戦場の穴へと落下していった。見上げると遠くに空があった。いつもよりも遠い空を見て、目の前の黒金鬼と相対する。
「二回戦目だ!」
そう言って黒金鬼は出刃包丁を横に薙いだ。受け止めるには力が足りなさそうと判断した俺はそれを上に飛んで避けた。すると、黒金鬼は待ち構えていた棍棒を振り下ろした。それは俺を押し潰そうと上から落ちてきた。
腕をクロスして受け止めると、地面にめり込むと思えるほど力強かった。どれだけ力が強くとも雷が流せば、永続的に力を込めるのは無理だろう。棍棒を伝って流れた雷に驚く黒金鬼。
黒金鬼は驚くだけだった。なぜそれだけで留まったのか、それはすぐに判明した。金とは熱伝導が凄まじく良い物質だ。つまり、電気が届かないように熱で遮断すれば、それ以上雷が届かなくなるということだ。
だが、それはただの雷だった場合。俺の雷は毒を含んだ紫電だ。雷はだめでも、毒は黒金鬼に有効だった。熱でより拡散された毒は低処にあるこの場を制圧していった。妙なニオイに晒された黒金鬼は顔をしかめて俺から離れた。
「お前、また毒を盛りやがったな!そんな行為、男として許されねぇぞ!」
「男なら毒くらい平気だろ」
俺はさらりとそう告げた。すると、黒金鬼はぷるぷると震えた。
「お前……さすが、俺が認めた男だ!」
黒金鬼はそう言って、毒も了承してくれた。このことからわかるように、黒金鬼は男という名の馬鹿だった。どうやら脳筋的に考えるのが男であることの証明らしい。俺はアホらしくなったので、さらなる猛毒をつくり、この場を毒で占領した。
そんななか、黒金鬼は「うおおおーーーッ!」と雄叫びを上げ、黒金鬼はさらなる変化を遂げた。黒い鬼肌がジュワッと熱され、そこから炎を纏い始めた。金の文様は光を放ち、炎は赤から金色に変わっていった。
「俺の男気、とくと見よ!」
黒金鬼はさらに炎金鬼へと変化し、全身の炎を穴の全域に広げ、毒をすべて消滅させた。器用なのか不器用なのか、俺に危害を加えることなく、その行動に出た。
「これで、毒は消した。あとはお前だけだ!」
あと何回変化するかもわからないが、段々と強くなっていく黄金鬼には感服する。それにしても、今の炎で俺にダメージを与えていなかったけど、MPは持つのだろうか。あれでガス欠になっていたら、かっこいいが馬鹿が露呈してしまう。
俺が楽しめるならそれでいいが、瞬殺されるのだけは勘弁願いたい。虚しさの残るエリアボス戦ほどつまらないものはない。
俺はどう変わったのか、黄金鬼の力を試すために、紫電を纏わせた糸の針を投擲した。紫電糸針と名付けたそれは黄金鬼に接敵した瞬間、黄金鬼の炎と接触して爆発した。
小爆発だったが、黄金鬼にダメージを与えるには十分な威力を持っていた。俺がなにかしたことに気づいた黄金鬼は炎を鞭のようにしならせて振り回した。それを天糸によって妨害した。
炎はものにぶつかっても透過するだけだが、黄金鬼の炎は違う。ぶつかったものを燃え尽くさなければ、それ以上動こうとしない。なにもせずに通り過ぎるのは男気に反しているらしい。
紫電糸針は連投すると炎の鞭の数は増えていった。俺はそれを壁を走ることで避けた。躍起になった黄金鬼は鞭をしならせて追いかけてくる。しかし天糸で簡単に防げてしまうため、紫電糸針の攻撃は止まない。
炎では無理だとやっとわかったのか、今度は棍棒で地面を叩き割り、瓦礫を宙に舞わせて炎の鞭で掴んで投擲してきた。その瓦礫には炎が纏っていた。凶悪な技であることは認めるが、ああいうものは当たらないと意味がない。
「クソがッ!逃げてんじゃねぇ!喰らえッ!」
ついに男気云々はどうでもよくなったのか、ただの悪口に変わっていった。化けの皮か剥がれたと言えばいいのか、それとも本性が現れたというべきか。
何度も投擲してきた炎の瓦礫はついに黄金鬼が作り出した穴の壁を埋め尽くした。
「これでトドメだ!」
俺に逃げ場がないと見抜いたのか、特大の炎の瓦礫が飛んできた。それは俺がいた場所に見事的中した。
「やったぞ!ついに当てたぞ!」
喜ぶ黄金鬼、しかしすぐにその表情は曇った。地面に見覚えのある形の影が写っていたからだ。空を見上げると、そこには瓦礫で潰したはずの蜘蛛の姿があった。
瓦礫が飛んできた瞬間、俺は背後から黄金鬼を貫いた天網に転移していた。咄嗟に判断したのだが、案外うまくいった。眼下には大喜びの黄金鬼の姿があった。眺めていると俺が上にいることに気づいた。
「てめぇ!卑怯だぞ!降りてこい!」
またも、そんなことを言ってきた。もうただのうるさい鬼だ。俺は手に紫電をためる。眼下には炎で埋め尽くされた穴がある。あとは手にあるそれを落とすだけだ。
「遺言はあるか?」
「待ってろ!今、殺しに行ってやるからな!」
馬鹿みたいに叫んでうるさい鬼だ。さっさと始末しよう。そう考えた俺は紫電を穴に放棄して穴の上から退避した。
紫電は穴に落下し、炎とぶつかり、小爆発を起こした。その爆発が炎とぶつかり連動して爆発を繰り返した。そうしてついに爆発は鬼をも巻き込み、大爆発を起こした。
ヒューンとなにかが打ち上がる音がした。空には真っ黒な塊が上がっている。それが近くに落下すると、鈍い音が響いた。近づいて見ると、それがなんだったのか判明する。
「玉になった」
黄金鬼は何度も変化していったが、最後には球体になった。もうこれ以上変わることもないだろう。しかし、違和感だけ残った。討伐のファンファーレが鳴らない。王を倒したはずなのに。
「……もしかして全滅させないとだめなのか?」
俺はコクマとハクマを探した。するとすぐに見つかった。鬼の死体の山があったからだ。どの鬼も一点の穴が空いていた。虚砲で仕留めたみたいだ。二人で行っているためか、コストは軽めなのだろう。
二人を集めた俺は周囲の探索をするように言った。仲間の子蜘蛛を見つけ、鬼やゴブリンを殲滅するように命じた。俺と行動したそうにしていたが、あるふぁを護衛につけるから大丈夫と言いくるめた。
あるふぁとのんびりと子蜘蛛たちを待っていると、誰かがゆっくりとやって来た。
「ママ、きた」
「おう」
振り返るとそこにはドーマを抱えた鬼がいた。そいつはまったく別方向を見ているのか、俺であることに気づいていなかった。
「こいつ、なかなかやる男だったよ。お?」
ドーマを降ろして気づいたのか、そいつは俺を見て驚いていた。
「あれ?誰だ、お前?」
お前こそ誰だ、と言いたい。ドーマを抱えてきたことからすぐにわかった。ドーマでも勝てない相手に遭遇したのだと。
「あー、わかった。新しい変化だろ!お前、よく変なものになるからなっ!」
「お、おう。そんなものだ」
どうやらこいつも黄金鬼と同じく馬鹿だった。
「これ、食べてくれ」
俺は誰でもわかる罠を仕掛けた。すると、その鬼は喜んだ。
「ちょうどお腹空いてたんだよな。お前も気が利くことあるんだなぁ!ありがたく頂戴するぜ!」
俺が渡したのは紫電を込めた糸玉だ。どう考えても食べ物に見えないそれを、鬼は疑うことなく口にした。一口目で気づくはずが鬼は全部食べてしまった。
「うまいっ!」
舌も馬鹿だった。
「お前がここにいるってことは……うぐっ!?」
鬼は紫電の毒にやられたのか、その場で崩れ落ちた。お腹を押さえ、蹲った鬼は、「さっき食べた木の実のせいか!?」と叫んで倒れた。
ピクリともしない鬼は自動解体され、俺のインベントリに仕舞われた。ドーマの勝てない強敵が毒殺って、ドーマに説明を求められたらどうすればいいのだろうか。
「なぁ、あるふぁ。これで終わりだったりする?」
「わかんない」
「そっかぁ……終わりじゃないといいな」
あるふぁとドーマが起き上がるのを待っていると、ファンファーレが鳴り響いた。どうやら最後の敵が倒されたようだ。それなりに強敵だったが、元々がゴブリンであることを考えたら、当たり前の知能力だったのかもしれない。




