第106話 焦げた剣と煤けた城
長らくお待たせしました。
先週は唐突にお休みしてしまい、すいません。
お詫びに明日も投稿しますので、楽しみにしていてください。
正月も時間が有り余っているので何話か投稿したいと思ってます。
時間が許す限り楽しんでいただければ幸いです。
準備運動の相手が現れた。いつぞやの傭兵とエルフは手を組んだのか。傭兵にはなかなかガラの悪そうな連中が揃っている。ロールプレイをするためにああいう見た目をしているのか、それとも元々そういう星のもとに生まれた人たちなのか、判断はつかない。
彼らは俺達を視界に入れると一様に顔を顰めた。そのうちの何人かは舐めるように視線を回して、俺一人に狙いを定めた。
ガラの悪い強面のお兄さんたちは武器を抜いて俺たちに襲いかかろうとした。しかし、それを集団の中で一際背の低い男が前に出て制止した。確か傭兵のリーダー的存在とか言ってたな。
カルトのことを執拗につけ回すストーカーみたいな人と聞いている。今彼らはざっと二十名ほどいる。あの人数で追っかけられたらたまったものじゃないな。
俺はもし近づいてきたときのために粘着質の糸を道に張っておいた。なにやら言い争いを始めたが、時間が掛かりそうなので、先に行ったグループがエリアボスを倒すのを待つことに専念した。
すると、後ろで誰かが倒れた音がした。「なんだ?」と振り返ると、リーダーが俺が張った糸に引っかかっていた。
襲いかかってきてくれるかと思っていたが、足元がお留守だったようだ。バタバタと暴れるなリーダーと助けようとして二次被害で絡まっていく人たち。それを見ると、準備運動にすらならないと確信した。
フウマたちも彼らを残念そうに見るとため息を吐いて、いないものとして考えたようだ。
少しすると気のいいおっさんたちが帰ってきた。戦利品として真っ黒に焦げた大剣を持っていた。
「それは?」
おっさんに話しかけると、嬉しそうに掲げた。
「これか?これはな、生まれ変わったエリアボスの大剣だったものだな。このままじゃ、なまくらに等しいが、名のある鍛治師に鍛えてもらえば、いいものができるはすだ」
おっさんの目はキラキラしていて、新しいおもちゃを手に入れたこどものようだった。
「いいものができたら今度見せてくれ」
エリアボス、それも強敵を倒して手に入れた素材。それを鍛えて強くなる武器。なんとも男心に響く言葉だ。俺も武器を扱えるようになったらおっさんみたいに目を輝かせるんだろうな。
「おう、いいぞ。ん?なにやら立て込んでるのか?」
おっさんは俺達の後ろで外れることのないツイスターゲームをする傭兵たちを遠目に見た。
「いいや、まだ俺達は話しかけられてすらいないよ」
「そうか。面倒ごとなら俺達が相手してやるよ」
「え?いいのか?」
「なーに、大したことじゃないさ。お前さんたちは鬼の若旦那の友だろ?借りを作って悪いことはない。そうだろ?」
おっさんが気のいいおっさんからダンディなおっさんに変わった一瞬だった。
「悪いな」
「気にすんな、こんなべっぴんさんに頼られるったぁ、やる気を出さないわけにはいかねぇよ」
「それはありが………ん?俺は男だぞ?」
「マジかよ!その見た目でか!?」
「あぁ?どう考えても男だよな、フウマ」
俺は子蜘蛛の中で人の言語を覚えさせたフウマに話しかけた。すると、フウマは少しだけ悩む素振りをしてから、首を振った。
「お母さんは一応男性ですが、私たちのなかではお母さんです」
キリッとした表情でなんのフォローにもならない言葉を紡ぐフウマ。俺は気を確かにして、言葉を絞り出した。
「……男だよ」
すると、おっさんは生暖かい笑みを浮かべてこう言った。
「……苦労してんな」
同情するならフウマたちを説得してほしい。いくら言ってもお父さんって呼んでくれないんだ。
俺とおっさんが話していると、周りにいたおっさんたちもショックを受けていた。みんな俺のことを女の子と思っていたらしい。失敬な、生まれも育ちも立派な男だわ!カルトならわかるが、俺にそんな要素はないだろ!
……あ、お父さんは俺のことを女の子みたいな容姿と言っていたな。思い出すとやっぱりそうなのかと、頭によぎる。けど、俺は男であることに変わりない。恋愛対象も女の子だ。まだ恋を体験したことがないからわからないけど。
とにかく、俺は立派な『おとこのこ』なので、今後は間違えないようにおっさんとその仲間の人達に説いておいた。
「まぁ、それはそうと、行くなら早く行くといい。あいつらがしびれを切らさないとも限らない」
「そうだな。サクッとエリアボスを倒して帰ってくるよ」
「おう、任せときな!」
「でも、多少心残りがあるから、俺の仲間をここに置いていくよ」
「いいのか?戦力が足りなくなったりしないか?」
「エリアボス戦に参加しない仲間だから問題ない。【守護者召喚】」
呼び出したのはクシャとマシャだ。召喚された二人は俺を見つけると、目の前に跪いた。
「お、おい」
「八雲様、お呼びでしょうか」
マシャはいつもの優しげな声ではなく、凛々しい声色で話しかけた。
「八雲様、なんなりとお申し受けください」
クシャもまた、凛々しくそして気高くそう言った。
「きゅ、急にどうした?」
俺が戸惑っていると、クシャとマシャは笑い出した。
「少し憧れがありまして、やっちゃいましたの」
「こういうのって少し憧れがあるものよ」
クシャとマシャがお互いのやりたいことをやったらしい。元は同一のエリアボスなので思考が寄ったのだろう。でも、即興でやられると困るので、今度からは宣言してもらうことにした。
それでもクシャとマシャはいたずらを仕掛けたいらしく、「いつかね」とはぐらかした。
三人で盛り上がっているとおっさんが驚愕したように声を張り上げた。
「おいおい、えらいもん召喚したな!」
「そうか?子蜘蛛たちのお世話をする優しいおばあちゃんだぞ。えらいもなにも普通だろ」
「おばあちゃんだろうとお姉さんだろうと、その方々は聖骸だろ?」
「そうだけど?」
一体おっさんが何に驚いているのかわからない。聖骸なんてそこらへんにいっぱいいるだろうに。
「聖骸といえば、あの街襲撃イベントでPMを率いて攻めてきた三人のうちの一人、邪聖剣王の使徒だろ?」
「なにその、中二病真っ盛りのネーミングセンス。もしかしてカルトのこと言ってる?」
「カルト?……カルトっていえば、最近できたカルト教団の聖女の名だな……まさか、かの剣王が聖女と同一人物なのか……?」
おっさんはなにやらおかしくなことを口走り始めた。カルト教団?カルトが剣王で聖女?
「なんのことかさっぱりわからんが、とりあえずクシャとマシャは仲間だから一緒にあいつらの対処に当たってくれ」
「ま、待ってくれ!まだ話は終わって……」
「クシャ、マシャ。おっさんは妄想癖があるが、決して悪いおっさんじゃない。適度に相手をしてやってくれ」
「「ええ、任されましたわ」」
クシャとマシャがびびるおっさんを「どうどう」と突然環境の変わったお家に戸惑う猫に「ここは新しい家よ」と安心させる様に優しくかまってあげていた。
とりあえずおっさんの相手は置いておいて、戦いたくてうずうずしてる子蜘蛛たちを落ち着かせ、エリアボスのもとへ向かうことにした。
若干緊張感が漂う中、後ろがうるさいので雰囲気が台無しになった。あとであいつらを絞めるとして、俺たちはボスエリアへと侵入した。
ボスエリアは夜に来たときとはうって変わり、頑強な城ではなく邪悪な城へと変化していた。前がどこか国のお城ならこれは魔王城といっても差し支えない。そんな雰囲気が漂っていた。
そして城を囲うように広がっていた森は炭化して奥にあったはずの城壁が丸見えになっていた。城に攻め込めないように配置されていた障害物なんかも燃え落ちていて、一夜で激変したそこは前よりも侵攻が簡単そうに見えた。
子蜘蛛たちに罠を仕掛けてもらおうにも引っ掛ける木は脆く、立体的な巣を張ることは難しくなっていた。
「アラクノイドたちは城を包囲するように突撃してくれ。それからアラクノイドたちのリーダーはフウマに頼む。風で防風壁を張って飛んでくる矢を弾いてやってくれ」
フウマが頷くと、フウマの周りに風属性の子蜘蛛たちが集まった。アラクノイドたちは遊撃だ。フウマたちは風の力を使って誰よりもはやく動ける。
アラクノイドもまた、地上戦においてアラクネよりも素早く走り抜けることができる。この部隊は非常に機動力の高いメンバーで構成されている。
「次にアラクロードたちのリーダーはドーマにやってもらう」
ドーマは土属性で構造物を生成することができる。ゆえに体の大きなアラクロードを守るには適している。
「ドーマには囮になってもらう。アラクロードは見たまんまだが、身体が大きい。すぐに相手に発見されるから一緒に行動すると敵に囲まれるおそれがある。そこであたりを徘徊して敵の注目を集めてくれ」
囮発言にドーマが不安そうにしている。けど、俺からしたら合理的でもっとも強力な作戦だと思っている。
「襲ってきた相手は遠慮せずに倒してくれ。当分相手が来なかったら、全力で城に攻めてくれ。囮とはいったが、俺たちの中で一番火力の強い部隊だ。弱いわけがない。存分に活躍してくれ」
強い部隊を温存できて、相手を各個撃破できるのだ。偵察ならおそらくは少数だ。それを少しずつだが、確実に倒せるメンバーなので、不安要素がない。
「スイマとエンマたちは一点集中で城を攻めてくれ。スイマたちは相手の弱体化。エンマは武力による制圧。水属性の子蜘蛛たちはある程度散らばってくれると助かる。相手が火属性だから弱点属性を各部隊にもたせておきたいからな」
そう言うと好きな部隊に散らばっていった。その中に火属性の子蜘蛛たちもいたが問題ない。ある程度好きなようにしてもらっているし、自分たちでこれは必要なことだと判断したのだと思う。だから勝手に動いても怒りはしない。
「シーズナーたちは偵察を頼む。残りは俺と一緒にボス討伐な」
残っているのは俺を含めた六人だけだった。まずはコクマとハクマ、いつもの二人だ。最近よく一緒に行くドンマ。魔術に長けたアラクネだ。残りは桜魔とあるふぁ。オウマは毒属性の女王蜘蛛のアラクネだ。あるふぁはガンナーでサポート要員として入ってもらう。
それぞれに先行してもらい、俺達も早速、正面突破しに戦場へ向かうことにした。
城の周りは焼け野原になっており、木は炭になっていて触るとボロボロになる。城壁は現存しているが、煤けていて、殴れば砕けるのではないかと思うほどだ。
ひたすら歩いていくと、煤けた地面がボコッと盛り上がり、あるものが現れた。
「スケルトンか……」
真っ黒な人は全身骨をむき出しにしていた。スケルトンと呼ばれるそれらは通常では汚れた白の骨をしているのだが、それは真っ黒で汚れはなく、むしろ艶があった。
スケルトンたちはフラフラとした足取りで立ち上がると、地面に転がっていた武器を拾い上げ、それを持ち替えて構えた。
統制の取れており、まったく同じ動きをしたスケルトンたちの後ろには赤い肌をしたゴブリンが杖を持って佇んでいた。スケルトンたちの反射行動で俺たちに気づいたのか、杖を振り上げた。
その杖の先には真っ赤な石が付いていて掲げた瞬間に、光り輝き始めた。その色は美しいものではなく、どちらかといえば邪悪で淀んでいた。
「燃えろ」
ゴブリンの言葉にビクリと身体を跳ね上がらせたスケルトンたちは、骨の隙間を炎で埋め尽くしていった。炎は骨を覆い、炎は鬼の頭と武士のような鎧を象っていった。
「いけ」
赤いゴブリンが指示を飛ばすとスケルトンたちは炎の剣で切り掛かってきた。足止めで糸を張っても燃え尽きるのは目に見えている。俺が思考しているとコクマとハクマが先立って動いた。
コクマが地面に手を置くと、手のひらを中心に真っ黒な蜘蛛の巣が広がっていった。その巣は俺たちになんの影響もなかったが、スケルトンたちは目に見えて足が止まった。
ハクマは真っ白な甲殻をさらに輝かせ、スケルトンのもとへ歩いていくと、スケルトンの黒い骨がポロポロと砕けていった。それも表面の黒い部分だけで剥がれた部分は見慣れた薄汚れた白い骨に変わっていった。
「なんだ、あれ?」
俺が疑問に思っていると、すぐさまコクマが教えてくれた。
「あれはハクマの純然たる【聖気】だよ」
「なに、それ?」
「一切の濁りもない聖気。ハクマは【聖術】を持っているから、スケルトンたちの悪い部分を浄化できるんだ」
「そうなのか?」
「うん。ちなみにぼくのこれは【闇術】を応用したものだよ」
「そうなんだ。知らないうちにすごい技を会得したんだな。えらいぞ」
いつの間にか、子蜘蛛たちが成長していた。しかもこんなかっこいい技を使えるとは思っていなかった。なぜ俺たちは動けてスケルトンたちが動けないかは闇の形状が『糸』だからだ。
あらゆる糸の上を歩ける【糸渡り】のスキルがこんなところにも使えるとは思っていなかった。つまり、俺の【雷術】も糸状にすれば他の子蜘蛛たちもデバフを受けることなく歩けるようになるということだ。
「えへへへへ」
コクマは褒められてご満悦だった。もちろん、あとでハクマも褒めるつもりだ。二人がいきなり活躍したことで一緒に行動を始めた二人の子蜘蛛が闘争心を燃やしていた。




