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第102話 夜の散歩

休日を満喫していて遅れました。

 少女精霊との散歩は久しくやっていなかった。たまに会って騒ぐ友達みたいなそんな存在が少女精霊だ。ぷかぷかと浮きながら、少女精霊が行きたいところに向かう。


 散歩だというのに、俺が行きたいところに行くのではなく、少女精霊が先導していく。そんな散歩になった。少女精霊が行きたいところはどこか?それは「行ってからのお楽しみ」と言っていた。


「ついてきなさい」


 幼女精霊から少女精霊になって急に大人びた発言をするようになった。個人的には幼女精霊の方が面白くて好きだったんだけど、戻ってくれないかな?


「いま、変なこと考えてなかった?」


「気のせいじゃないか?」


「そう、ならいいのよ」


 やっぱり幼女精霊の方がいい。


 森の様子も変わっていた。この森は森らしい森だったのに、今ではどこぞのキャンプ場のアスレチックだ。木々の隙間を縫うようにできたウッドロード、それに子蜘蛛たちの家。


 クモの巣の上ですやすや眠っていたのに、今ではツリーハウスだ。時代は進んでいると言うべきか。俺はこれでいいと思う。


 正直なところ、クモの巣の上って風を防ぐものなくて寒いから、ツリーハウスの方が断然いい。食事もテーブルで取るから落としてもそんなに汚くない。衛生面もバッチリだ。


「ここよ」


 少女精霊が連れてきたかった場所についたらしい。そこは精霊樹の根元で、蜜木苺が生えているぐらいで珍しさもなにもない。


「なにもないけど?」


「ふふん、見てなさい」


「見てろってなにが……え?」


 月の光に当てられた木苺は姿を変え、木の実から光の玉に変わった。よく見ると小さな羽を持っていた。それがいくつも木苺から生まれ、少女精霊に気付くと、ふわふわと飛んで近づいてきた。


 少女精霊の周りに集まると挨拶をし始めた。何を話しているのかはわからなかったが、久しぶりに少女精霊が偉い精霊だと思い出した。ひとりひとり相手をし終えた少女精霊は俺の方を見てきた。


「生まれてこれたことに感謝しなさい。この蜘蛛さんにね」


「え?俺?」


「そう。だって貴方が守ってきたじゃない。この子たちを」


「守ってきたつもりないけどな?」


 木苺を守ってきたといえば語弊がある。子蜘蛛たちを守る過程で森全体の貴重な素材を独占していた。木苺もおいしいから、誰にも渡さずに保管していたにすぎない。


「それでも私たちにとっては変わらないわ。ありがとう」


 少女精霊に心から言われると頬が緩んでしまう。


「お、おう」


 照れを隠すため、上を見上げていると、赤ちゃん精霊たちが空に高く上がっていた。


「これは?」


「旅立ちよ。この世界にはまだ精霊のいない森が数多く点在しているの。そこに宿って、精霊樹を一から育てるの。長い年月をかけて進化すると、私のようなプリティな精霊になるの!」


 俺はとりあえず、プリティな少女精霊を愛でることにした。


「撫でるなぁ~。いま、私がかっこいいところよ!」


 かっこいいかな?むしろ可愛いけどな。


「まぁいいわ。貴方のおかげでもあるのだから、存分に私を撫でるといいわ!」


 少しだけ大人の余裕をみせようとする少女精霊だったが、それでは逆にかわいさを引き立てているようにしかみえない。


 光の玉が空へ浮き上がり夜風に流されていく。俺は少女精霊を愛でながら、赤ちゃん精霊がいなくなる空を眺めた。無事に大きくなればいいが。


 第一エリアはエリアボスがうろちょろしていて魔境になってるけど、精霊を食べたりしないよね?などと思いながら幸運を願った。


 夜の散歩は幻想的な景色を見られて満足した。これ以上にいいものは見られないと思い、俺は少女精霊に別れを告げて拠点に帰った。


 まだ朝に差し掛かっていない深夜。子蜘蛛たちはすやすやと眠っている。俺がいなくなってるうちにルカさんは眠りについていた。寝言で「さめしゃん」なんて言っている。


 はやく忘れてくれないだろうか。朝に覚えていたら子蜘蛛たちに懇願されて着替えさせられる気がする。


 そんなことが起きないように、寝言を呟くルカさんに俺は「にんじんにんじん」と吹き込んだ。すると、ルカさんはだらしない顔をしながら「まってぇにんじん」なんて寝言を言い始めた。


 効果がありすぎて驚きを隠せないが、やりたいことはできたので満足。


 手持ちぶさたになった俺は急に、闘技場で磨いた戦闘技術を試したくなった。拠点ではうるさくしてしまうし、近場は弱い魔物しかいない。そう考えた俺は一人、カレー炒飯の村に訪れた。


 ここはあくまで通過点だが、もし武器ができているなら貰ってから行こうと思っていた。行ってみたら深夜なので門が閉じられていた。いつの間にか閉鎖的になったと思いつつ、村を迂回(うかい)してボスエリアがある南へと向かった。


 途中、幾度となく現れる礼儀も知らない小悪鬼(ゴブリン)に遭遇したが、腹パンしたら大人しくなった。よくヤンキー漫画で見ていたが、腹パンは適度に相手を瀕死にできるとあったが、実践してみると、それは嘘だとわかった。


 なぜなら一発でゴブリンのHPはゼロになったからだ。やっぱり空想上の話だったか。現実では殺傷能力が高すぎるので、俺はやらないと決めた。


 単純に八雲の攻撃力が高いだけなのだが、このときの八雲には気付けなかった。


 出てくるゴブリンを腹パンしながら進んでいくと少しだけ強いゴブリンがでてきた。刃こぼれした剣や木の棒を雑に加工した杖をもったゴブリンだ。彼らは八雲を見るやいなや、こんなことを言ってきた。


「へっへっへ、いい女だぜ!いい子だから俺の嫁になりなっぐぼらぁっ!?」


 ゴブリン語を取得していた八雲には理解できてしまったがために、手加減がきかなくなっていた。ナンパ野郎を瞬時に腹パンで粉砕すると、次々と拳ひとつで(ほふ)っていった。


 ボスエリアにたどり着いてもそれは変わらなかった。ヤクザのように横並び二列でできた中悪鬼(ホブゴブリン)のヤクザロードを悠々と歩いてくるゴブリンロードに、八雲は戦闘準備をさせることなく、腹パンで仕留めた。


 ボスがやられると三流のチンピラのように乱れた連携のままホブゴブリンが襲いかかった。すると、八雲はひとりひとりに腹パンを決める。ホブゴブリンにまでいくとさすがに一撃では仕留められない。


 しかし、大打撃をもらったホブゴブリンたちはお腹を押さえながら立ち上がる。これでは終わるに終われない。そんな大義をもったホブゴブリンたちの頑張りも空しく、非道の八雲によってなにもできずに倒されていく。


 糸を針のように尖らせ、それでホブゴブリンを串刺しにして動きを止め、糸を火魔法で燃やして止めをさす。まさに外道。部下をやられたゴブリンロードは狂気をたぎらせ、八雲に襲いかかる。


 狂気のゴブリンロードの拳を八雲は未強化の片手で受け止め、天糸をゴブリンロードに吊るして、ゴブリンロードの身動きを完全に封じる。身体の動きを操られ、がら空きになった腹に八雲は容赦のない一撃を入れる。


 強化をしたところで八雲の力には一歩も及ばす、ゴブリンロードの威厳もなにもかも無と化した。こんなことで終わるはずじゃなかったとゴブリンロードは悔やむだろう。しかし、これはまだ序章にすぎなかった。


 レベルアップはしなかったが、称号を貰えてご満悦。しかし、まだ闘技場で得た技術を試せていない。八雲は強者を求めて次のエリアに向かう。次は第三エリア。八雲がまだ一度も探索したことがない領域だ。


 第二エリアボスは何体か倒しているが、第三エリアを探索したことは今のところない。初めて探索するワクワク感と今だ見ぬ強敵に心を踊らせた八雲は一人、森の奥へと進んでいく。


 ここはすでに敵の領土だ。どこから敵が来てもおかしくない。ゴブリンロードと来たら次はなにが来るか。それは八雲にも何となく理解できていた。南を直進する八雲の前には道があり、その先には木製の建物がある。


 それは人がつくったような精巧なものではなく、素人が無人島でつくった家のようなものだった。大きな葉っぱで隙間をうまく隠しているものの、歪さは隠すことができなかった。


「カレー炒飯の村とは天と地ほどの差だな」


 八雲にもわかるほどの技術の差。戦闘においてもそれは瞬時にわかるものだが、建物だと誰にでもわかる。


 真っ正面からゴブリンの集落に訪れると、高台から見張りをしていたゴブリンに見つかった。すぐさま八雲を囲うように現れるゴブリンの中には当たり前のようにホブゴブリンがいる。


 一番奥で高みの見物をしているのは、先程ボスエリアで完膚なきまで叩きのめされたゴブリンロード。


 集まるゴブリン達を鼻で笑うと、挑発にいち早く乗ったゴブリン達が我を忘れて襲ってくる。


 わかりきっていた突進に、八雲はいつものように罠を張る。天糸で瞬時につくった罠に次々と引っ掛かっていくゴブリン。一歩踏み出せば、地面に張られた糸に張り付き、止まれば後ろから来たゴブリンに押し倒される。


 天糸のいいところはどこでも出せることだが、それが輝くのは敵同士の間に仕込んだときだ。ないと思い込んでいた場所に突如現れる糸。予測できずに引っ掛かると、それに巻き込まれて周りもてんやわんや。


 八雲に近付けたところで純粋な暴力によって片されていく。数で押せば八雲を囲い込むこともできるが、数の暴力の強さを理解している八雲は、うまく罠に誘い込んで、数の弱点をついていく。


 余裕と連携があれば、数の暴力とは強大な力となりうる。しかし、連携もままならず、情報の共有もされていなければ、一番前の者は回避をすることができても、中央にいて、なにもしらない者は回避することもできずにただの的となる。


 前の者から学べといわれても、実際にそれを体感して実践して自身で理解しなければ、真似することはできても、実践することはできない。


 次第に蜘蛛の糸の餌食になった者たちで戦場を埋め尽くしていく。罠にはまったゴブリンを足場に八雲に進んでくるが、その罠にひっかかった者の上に罠を張ると無警戒に引っ掛かる。


 戦場とは冷静さを保ったものが勝利という頂を得られるのだ。


 地べたに這いつくばるゴブリン達を見下ろした八雲は弱者という盾を失ったホブゴブリンたちに魔法の応酬を食らわせる。丈夫な肉体で防ぎきれると信じきれる武人は確かに優秀だが、限度というものは簡単に訪れるものだ。


 火魔法が直撃すると焼き肉をしたときの臭いがする。しかし相手はゴブリン。牛肉を焼いたときのような香ばしい匂いはしない。むしろ、嫌な肉の臭いだ。食欲のそそらない臭いに嫌そうな顔をする八雲。


 腕を十字にして八雲に迫ってくるホブゴブリンたちではなく、八雲は視界の奥にあった建物に標的を変えた。火魔法がぶつかると、簡単に燃え広がる。パキパキといい音を鳴らしながら燃える家にホブゴブリン達は振り返る。


 火の手は木製でつくられた建物に次々と容易に伸びる。身体でガード!なんて生易しいことを八雲がさせることなく、前方は罠に引っ掛かったゴブリン達を焼きながら、後方は端正込めてつくられた家々を燃やしていく。


 中央にいたホブゴブリンは大事な部下と今まで暮らしてきた家を燃やされ、憤慨するが、不意に身体の力が抜けて倒れる。


 火とは空気中の酸素を奪っていく。それはゲームにも適応される。火に囲まれたホブゴブリン達は意識が朦朧と視界のなか、微かに見えた憎き者、無情の目をした八雲を睨み付けた。


 八雲はそれを虫けらのように無関心に眺めることしかなかった。


 火の手はさらに広がり、森全体を、いや、エリア全体を燃やしていった。ここにあるのは適度に水分をもった植物があり、沼地のような湿気もなく、火は元気よく燃え盛った。


 それを見て見ぬふりした八雲は天網で空に駆け上がり、次のボスエリアへとショートカットをして進んでいく。眼下に広がるのは火の海。逃げ惑うホブゴブリンやエリアに住む魔物達。


 燃えて死に絶える度に火を起こした八雲へと経験値がたまっていく。レベリングとしては画期的な方法かもしれないが、他のプレイヤーからしたら憎き存在。このエリアにもプレイヤーは当たり前だが存在する。


 空を駆ける者を見つけてはそれこそが元凶だと思い込む。果てには新たな二つ名が八雲につけられるほどに。それは【外道の放火魔】という。この日のことはPHの掲示板に大々的に伝達され、PMの掲示板でも話題に上がった。


 しかし、当の本人は掲示板を利用することがないため、このことを聞かせれるのはずいぶん先になる。その頃には八雲も忘れているだろう。まさに外道だ。


 そんな外道の放火魔は悠々とボスエリアの前にたどり着くと、振り返ることもなく、第三エリアのボス戦に挑むのであった。


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