第101話 無自覚な男の娘のシークレット
お父さんに言われたことを理解するのに時間を要した。俺がかわいい服を着ているか否か。今着ているパジャマを客観的に見るとしよう。
通気性の良い生地で夏でも着心地の良い、そしてフード付きで頭にはサメの頭が、お尻にはサメの尻尾がある。全身をサメに包まれた、サメになりきれるパジャマ。
サメになって夢という海を自由自在に泳ぐのだ。実際にはお布団の中でもごもごしてるだけかもしれないが。
これを雪が着ているところを妄想してみよう。あのかわいい雪だ。なにを着てもかわいいにちがいない。
雪は女の子にも成りきれるだけの演技力も兼ね備えている。そんな雪が俺のお気に入りを着ている。最高じゃないか。
「……!?俺はかわいい服を着ていたのか!?」
「今気づいたの?てっきりかわいい服を選んできてるのかと思っていたが、無意識だったのか。さすがノンちゃんのむすm……息子だ」
「今、娘って言いかけなかった?」
「お父さんにも言い間違いはある。髪をそこまで伸ばしていたら娘と言い間違えてもしょうがないよ」
「長いかなぁ?」
「長い」
俺の髪は今、肩までついてさらに伸びようとしている。正直なところ、FEOではこれ以上の長さがあるので、ゲーム世界と現実が同じくらいになってて違和感ないんだよな。
「でも、お母さんが許してくれるかな?」
髪は基本的にお母さんが切る。澪もそれに従っている。なにせ気にせずにてきとうにすると、癇癪を起こす。あれには困ったものだ。誰もあれには対抗できない。
「お父さんにだってできることとできないことがある。説得するなら助力はできない」
「頼りないなぁ……」
「味方にするならお父さんよりも澪の方が力になってくれるはずだよ」
「澪がお母さんより俺を選ぶとでも?」
「……そのまま伸ばしてこ」
「諦めないでよ……」
お父さんに肩をポンポンとされた。俺は仕返しにおつまみを半分ほど強奪した。しかし、お父さんは余裕な表情を崩さなかった。
「ふんっ……もぐもぐ……んぐっ!?辛ッ!?」
「あはははは、それはお父さんの好みの味だから、りゅーには食べられないぞ」
「み、みずっみず!」
「ほら、これでも食べなさい」
「あ、ありがっ……っあっ!?辛い!」
「あはははは、ははは……」
終始お父さんのペースに乗せられ、遊ばれた俺はふて寝することにした。でもかわいい服を着るという悩みは薄らいでいた。
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみなさい」
「……ありがとう」
「私はなにもしていないよ」
悩みを打ち明けて、相談して、解決方法は得られなかったけど、心は晴れやかになった。それだけで十分だ。
サメの着ぐるみパジャマに身を包んだ俺は、尻尾を抱き締めて眠りについた。
朝、目が覚めると昼だった。いつもの寝坊である。その分しっかりと寝れたので言うことは特にない。朝御飯は置かれていたのでそれを食べた。お母さんはお父さんと買い物に出掛けたらしく不在だった。
静かなリビングでコーヒーを飲みながら、テレビをつけてなにか面白いものはやってないこと探すが、珍しいものは特になかった。のんびりと過ごしながらお父さん達が帰ってくるのを待つ。
昼御飯を逃すと大変なことになるのが目に見えているからだ。特に今日は第二陣である澪がゲームにドハマりになって帰ってこない可能性があるからだ。
そのために、お兄ちゃんである俺がここにとどまっておく必要がある。
そんなことを物思いに更けながら考えていると、玄関の方からドタドタと物音がした。「ただいま~ちかれたよぉ!」「ただいま、そうだねぇ~」なんて声がした。二人が帰ってきたということはもう少しでお昼ご飯の時間が迫ってるってことだ。
さてさて、澪は無事に帰ってくることができるだろうか。リビングでスライムのように溶けてソファに埋もれていると、お片付けしたお父さんが帰ってきた。
いいものを見つけたとばかりに俺のとなりに座って、俺を膝の上に乗せた。
「あの、俺、もう高校生なんだけど……」
「お父さんの娘であることは変わりありません」
「息子だから」
「うんうん、やっぱり可愛いよなぁ」
だめだ。買い物中になにかあったのか、夜よりも使い物にならなくなってる。今度は食べたいものはないかと聞きに来たお母さんの登場。
案の定、「ずるい!」と言って、俺の頭を撫で始めた。
「また、お兄ちゃんが捕まってる」
ふと、そんな声が聞こえた。やっと来たかメシアよ。ほら、愛するお兄ちゃんを助けてくれないか?ん?あれ、どうしてそんな目をしてるの?
「お兄ちゃん、ざまぁ」
澪は冷えきった目で俺にだけ聞こえるように言った。馬鹿な、なぜ澪がそんなにも冷たい目をしているんだ。おかしい、なにかがおかしい。いつもならそっと助けてくれるのに、なんでだ。
「お兄ちゃんもママに撫でられて嬉しそうだね」
そう言って澪は立ち去ってしまった。あれ、なんで今日はこんなに冷たいの?
昼飯を作り終わるまで俺はお父さんに捕まって撫でられ続けた。嫌がれば、遠くにいたはずのお母さんがなぜかこっちに来る。今日は本当になんなんだよ。
昼御飯のときもお母さんにあーんされたり、もはや扱いは赤子と同じだ。別に幼児退行をしていたわけでも、おねだりして甘やかしてと言ったわけでもない。なぜか今日はみんな優しいけど居心地が悪い。
そんな時間が過ぎ去り、澪は早々にゲームしに行き、俺もログインするために自室に向かった。
ちょっとだけむしゃくしゃしながらログインすると、ルカさんが月を見ながら草原でお茶をしていた。
草原ではルカさんはいつものメイド服、俺はPHの初期装備かそれともロビー限定の服かは知らないが、簡素な服を身に纏い、リアルと遜色ない姿で歩く。
俺に気がついたルカさんはカテーシかなんだったかそんな挨拶をして、俺をお茶の席に招いた。落ち着いた雰囲気を珍しく纏ったルカさん。これなら、今日あったことを相談しても良さそうだ。
やっぱりこういうことは大人を頼るのが一番だ。人工知能だから、生まれは俺よりも遅い。
だから俺の方が大人?と思えば、そうだが、知識を埋め込まれた人工知能には俺よりも大人の知識は、遥かに詳しいはずだ。
ルカさんに話すにつれ、ふむふむから、ムフフフに変わっていったけど、なにがそんなにおかしいのだろうか。
「ってことがあってさ。ひどいよね」
「八雲様は愛されてますね」
「いやいや、そういう話じゃなくてさ」
「いいじゃないですか。親から頭を撫でられるなんて経験、早々ないですからね」
「ちょくちょく撫でられてるぞ。むしろ高頻度で」
「それだけ愛されてるってことでいいじゃないですか。それよりもサメの着ぐるみというのが気になります」
「そっち?普通のサメだよ」
「そうなのですか?ですが、八雲様の普通がこちらの普通かはわかりませんね。八雲様の記憶を少しだけいただいてこちらで再現してみてもいいですか?」
「そんなことできるの!?」
「はい!」
「ちょっとやってみてよ」
急に技術的な話になったが、それはそれでワクワクが止まらない。
「まぁ、見てみてよ。かっこいいサメだから」
「ええ、楽しみにしてます」
かっこいいから着てるんだ。お父さんの言うように可愛いわけがない。サメってのは人を食べたりする凶暴な海のハンターだ。厳つい顔に鋭い牙、そして海を自由自在に泳ぐことのできる大きな尻尾。
これでかっこいくないわけがない。
「できましたね……」
「おお、これこれ!」
俺は突然切り替わった服装に戸惑うも、細部まで再現されたサメの着ぐるみにテンションが上がった。しかも、VRの装備品だからか、尻尾をピクピクと動かすことができた。
これなら、海に出ても泳げそうな気がした。
「や、八雲様……それがサメの着ぐるみでしょうか……?」
ルカさんはなぜか口を押さえてプルプルと震えていた。
「そうだけど……?どう!かっこいいでしょ!」
俺は背中についたサメを見せつけた。すると、ルカさんは顔を隠してもっと震え出した。
「か……」
「ん?」
「可愛すぎます!」
「ええ?」
「なんですか、なんですか。やっぱり可愛いじゃないですか!」
ルカさんは手をわきわきしながらこっちに近付いてきた。あまりの迫力に俺は後退りをした。
「ルカさん、目がヤバイよ」
「八雲様、大人しく私に愛でられてください」
「要求がおかしい。これ、かっこいいでしょ。だったら見るだけでいいじゃん」
「それはかっこいいではなく、かわいいです。だったら愛でるしか選択肢にありません」
「そんな選択肢はないっ!」
「あっ、八雲様。逃げないでくださいよ、怖くないですよっ!」
「その手をしまってから言え!」
俺は無我夢中で草原を駆けた。ロビーでは疲労を感じさせないのでいくらでも走ることができた。一方、たぷたぷになるまでお茶を飲んでいたルカさんは次第に足が鉛のように重くなっていき、そのまま草原に崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……めでさせ、て……」
倒れたルカさんにしゃがんで近づき、うさみみをツンツンしながら、ある質問をしてみた。
「人参と俺を愛でるのどっちが好き?」
「にっ……八雲様ですぅ」
人参に脳みそを蝕まれているかと思っていたが、そこまでではないみたいだ。
「仕方ない。少しだけだぞ」
「待ってましたっ!」
起き上がったルカさんは俺を前からガバッと抱き締めてきた。豊満な胸が俺の顔にヒットしているに満足だが、如何せん乱暴に抱きしめられたせいで若干の苦しさを覚えた。
「うふへへへ、これがサメさんの八雲様……かわいいです!」
片手で俺を抱きしめ、もう片方の手はサメの尻尾を撫でている。さっき尻尾を動かしたせいか、尻尾にも触られる感触があった。
女の子に、それもルカさんに撫でられるのは悪くないのでは、と思っていたが、触り方がいやらしかった。
「ルカさんのえっち」
「あっ、あ、あ、ありがとうございますぅ!」
褒めてないよ?
「もう十分でしょ?」
ルカさんに挟まれた頭を出して上目遣いで言うと、ルカさんはそっと頭を抱きしめてこう言った。
「延長で」
「だめ」
「そんなぁぁぁあああッ!」
まるで大切にしまっていた人参を奪い取られたウサギのような目をして来たので、少しだけだが、延長してやった。
それだけでは満足できないといった顔をしていたが、約束は約束なので、終わりにした。
「さて、ゲームを始めるか」
「は、はぃ……」
「声が小さいよ。こっちがメインだからね?」
「そうですけど……」
「どうせ、カルトにかわいい服着させられるんだ。それで満足してくれ」
「……はい。あれ、なんか八雲様、悟り開いたみたいなお顔されてますよ?」
「……気のせいだよ」
気付いても言わないでくれるのも優しさだと思うよ、まる。
拠点へと転移するゲートをくぐると、いつもの子蜘蛛達の寝顔、静かな寝息、そしてなぜか転移したはずなのにまだ着てるサメの着ぐるみ。
「はい?」
「あ、ゲームマスターからの伝言です。『可愛いからそれあげるよ。よく似合ってるよサメさんの着ぐるみ。能力は尻尾を動かせることだけだから、装備品としては無価値……でも、かわいいは正義』だそうです」
「……なんであの人がゲームマスターなの!?」
「技術力は誰もが認めるスペシャリストですが、この業界では珍しくもないそうですよ、マスターは」
「……あ、そう。まぁいいや、ここでは脱げばいいし」
「あぁ!?」
「いやいや、脱ぐでしょ。いつルカさんに襲われるかわからないのに、着続けるわけにもいかないよ」
「……見せるのは私だけってことですね!」
なんでルカさんはこんなに笑顔なんだろう。あー、子蜘蛛たちの寝顔かわいいなぁ。
「八雲様もそういうところ、お母様と同じなのでは?」
「……そうかな?」
「そうですよ。遺伝子ですね、遺伝子」
「可愛がる遺伝子ねぇ……そう言われてみればそうかもしれない」
「かわいい服を着るのも遺伝子」
「うん、それは違う」
ルカさんがかわいい、かわいい、煩くなってきたので、夜の散歩に出掛けることにした。ルカさんも眠そうにしていたことは確かなので、大人しく眠ってもらうことにした。
「眠れないから、抱き枕になってくれますか?」なんて言ってきたけど、それじゃあさっきの延長と変わらないので、却下しておいた。
明日の人参をなくすと脅してなんとか、大人しくなった。
俺もたまには一人で散歩してみるのも悪くないと考えていたので、何の柵もない自由で気ままな散歩をすることにした。
夜にひとりで散歩することは悪い子供かもしれないけど、ここでは俺が大人で俺がルールなので、遅い帰りでも怒る人はいないはすだ。
幼女精霊がいる森は物静かで散歩には適した環境だ。
「ちょっと肌寒いけど、これはこれでいいな」
拠点の巣には夜間警備をする子蜘蛛たちがいる。少しだけ労いの言葉をかけておいた。
そうすると嬉しそうに、そして誇らしげに胸を張った。それが愛おしい。
「かわいいって思うのが親の気持ちか……俺もお母さんとお父さんに、これじゃあ、なんも言えないな……」
心地のいい風を浴びながら枝の隙間を歩いていく。糸で作られた道を歩いていくと、鬼たちが作ったツリーハウスが建ち並んでいた。ここには裁縫をする施設と子蜘蛛たちの糸を回収する施設がある。
いつもは鬼の住む街で行うのだが、子育てもあり、子蜘蛛達をあまり巣から離したくないと言う俺の要望に応えてこの位置についこの間、ここに移転したらしい。
初めて見たが、森に相応しい幻想的なツリーハウスだと思った。意匠の施された扉や木々の葉をこしらえた屋根はこの森に溶け込むようになっていた。
「いいな、これ」
「そうでしょう?私が助言したの」
「……なんだ、幼女精霊か」
声がした方を見るとそこには幼女精霊にはにつかない背が伸びた少女が立っていた。いつの間にか成長したのか、それともクナトを浄化したときに失った力が戻ってきているのか、そのどちらかだろう。
「あんた、私のことそんな名前で呼んでたのね」
「あっ……しまったなぁー、やっちゃったなぁー」
「わざとらしいのよ、まったく。少しぶりね」
「あぁ、少しぶり。散歩にいくんだけど、一緒にどう?」
「いいの?じゃあお言葉に甘えて」
こうして、たまたま会った幼女精霊、もとい、少女精霊との夜の散歩に出掛けるのだった。
夜の散歩ってなんだかワクワクするよね。




