第100話 再起
更新なのだ。
心地いい風が頬を撫でる。ふと、目を開くと、そこには快晴が広がり、手元には柔らかな草があった。ここはどこだろうか。周りを見渡すと、そこには一面の草原が広がっていた。
「ここは……どこだ?」
「見覚えありませんか?」
俺の問いに答えたのは聞き覚えのある声だった。ぴょこっと覗かせた耳が特徴的な彼女は俺を真上から見下ろしていた。
「ルカさん?」
「はい、ルカです」
「ここはどこです?」
「よく思い出してください。ここは私たちが初めて会った場所でもありますよ」
ルカさんに言われて起き上がり、周りをよく見てみる。そこは草原だが、確かに見覚えがあった。
この草の触り心地、そしてこの気持ちのよい風。知ってる。確かここには幾度となく来たことがある。
「……そうか、ここはロビーか」
「はい」
「……それで、どうして俺はここに?」
「それはですね……ゲーム内でHPがゼロになったからですよ」
「……なぜ?」
「倒した相手のこと、聞きたいですか?」
「あぁ」
ルカさんは少しだけ悲しそうな顔をしながら教えてくれた。
「カルト様ですよ」
「カルト?」
「はい」
俺は現実が受け止められず、聞き間違いかと疑ったが、変わらず真実だった。
「なんでカルトが俺を?」
「カルト様がお怒りになった理由は、八雲様が一番大切にしていることですよ」
「……俺が大切にしてること?ゲームを楽しむこと?」
「それも、もちろんですが……」
「子蜘蛛たち?」
「そうです」
子蜘蛛たちを大切しているのと同じ。カルトの大切な何かを俺は傷つけてしまったのだろうか?
「……死んだにしてもなんで死んだ瞬間の記憶がないんだ?」
「ゲーム内で死を体験することは精神的な異常をきたす可能性があるため、このゲームでは死に際の記憶を一部混濁させています」
「そんなことできるの?」
「はい。VR技術にも色々あるんですよ」
「そうか。カルトに謝らないとな」
ルカさんに手を引かれて立ち上がる。このときにやっと気づいた。蜘蛛の姿ではなく、現実の俺の姿であることに。
これも死を体験した後に五体満足であることで安心させるようにするためだと、ルカさんが言っていた。
「行くか」
「はい」
ルカさんが拠点へのゲートを開き、そこへ入っていく。それと同時に身体がアラクネのものへと変化していく。
一瞬転けそうになるがなんとか持ちこたえてアラクネの身体の使い方に切り替えた。
「「「「ママ!!」」」」
「え?」
拠点に入って一番最初に目に入ったのは、殺伐とした子蜘蛛たちの姿だった。そして俺を目掛けて飛び込んでくる子蜘蛛たちの姿。
次々と飛んでくる子蜘蛛たちを受け止めようにも数が多すぎる。心配してるのもわかるし、不安だったのもわかるが、限度を考えてほしい。
さっとルカさんの方を見ると下手な口笛を歌って誤魔化している。こうなることが予想できたら、もっと早く教えてほしかった。
「ママ、ママぁ……マーマァ!」
ママのバリエーション豊富だなぁ。じゃなくて、一番泣いてるのはコクマとハクマか。相変わらず甘えん坊だ。あまりの泣きっぷりにみんな冷静になったな。
「よしよし、心配させて悪かったな。俺はこの通り元気だ」
コクマとハクマの頭をポンポンと撫でる。二人とも顔をスリスリと胸にすり寄ってくる。そんなに寂しかったのだろうか。
コクマとハクマを抱きしめつつ、他の子蜘蛛たちの頭を撫でる。
どの子も撫でられて嬉しそうにする。ふいにフウマたちが視界に写る。しかも遠くにいた。
「どうした?フウマたちもおいで」
すると、フルフルと頭を振った。
「どうしたんだ?」
「……から」
「ん?」
「私たちがお母さんを一人にしたから……」
「そうか。後悔しているんだな。けどな、一人じゃなくても結果はあまり変わらなかったと思うぞ。俺が怒ったらみんな同調するだろ。そしたら、俺だけじゃなくてフウマたちも巻き込まれていた」
俺の言葉を少しずつ飲み込み、理解していく。成長した。本当に子蜘蛛たちは成長してる。
いつもだったらそんなことは関係ないとばかりに、「戦争だ!」と言いかねなかった。
でも、今は悩み、理解して、それをどうするべきか、考えようとしている。これは大きな進歩だ。みんな、うんうんと悩んでいる。
この件を解決する方法を。一番手っ取り早いのは俺が大人になることだが。それは難しいだろう。俺は感情的になりやすいから、子蜘蛛たちがもし傷ついたら?誰かに馬鹿にされたら?そりゃあもちろん、戦争を始めるに決まってる。
子蜘蛛たちの危険な思考は俺から受け継がれたものかもしれない。それもあってすごく気が合うから、同じことをやりたくなるし、一緒にいても楽しいことばかりだ。
同族嫌悪なんて言葉があるけど、俺たちには似て非なるものだな。むしろ、同族愛好と言っても過言ではない。
「ママ、僕たちはどうしたらいい?」
「うーん、これは俺の問題だから、俺がカルトに謝ればそれで済む筈だよ」
「やだ、一緒がいい」
「んー、でもなぁ、やったの俺一人だからなぁ」
「一緒に謝りに行く」
「……わかった、一緒に行こう」
俺もカルトに謝りに行くの不安だもん。だっていつだったか喧嘩したとき、謝っても許してくれなかったし、許してくれるのに、色々条件つけられたから。
カルトと喧嘩したくないのに、やってしまうのは、俺のなにかがいけなかったんだろうな。
ひとまず今すぐ謝りに行っても、言葉が思い付かないから、子蜘蛛たちと相談してどう謝るべきか考えよう。
気付けば夜になっていた。子蜘蛛たちも眠そうにしていた。うとうとする子は先に寝かせて、俺たちはまだ相談を続けていた。時に危険な思考に走り、時には知らんぷりしようなど、情緒不安定な意見を繰り広げた結果、収拾がつかなくなっていた。
ここまでいくと相談した意味がなくなってくる。相談している間にこれだけ話すことが変わった理由がある。
それはカルトから届いた手紙だ。そこには俺を許してくれる条件が書かれていた。
まず一つ目、俺を含めたアラクネたちには現実時間で一週間、かわいい服を着て貰うこと。
二つ目、定期的に子蜘蛛たちを鍛えてあげるから、俺には闘技場は出入り禁止。
三つ目、皇魔種の蜘蛛の糸を提供すること。もちろん、適正価格で購入する。
この三つがカルトが許すこと条件だった。
「皇魔種?なにそれ……ルカさんわかる?」
「皇魔種と言われる魔物は50レベルを越え、第五次進化を成し遂げた魔物のことを言います。つまり、八雲様やコクマ、ハクマのようにアラクネに進化した者のことを言います」
「あー、そういえばそうだな。警備に回したり、子育てに奮闘させたりで、手が回ってなかったな。三つ目についてはカルトだけじゃなくてカレーにも提供しておこう。倍の価格で」
リアル友達割引というものがあってだな。それにカレー炒飯にはアラクネガンナーたちを派遣してるから、その料金も割り増ししておこう。これで平等なはずだ。
「闘技場出禁か……妥当な判断だけど、そうなんだけど……楽しかったからなぁ、なんとかならないかなぁ」
「八雲様、また壊しますよね?」
「うん。また、壊す。ルカさんの言う通り。これは納得せざるを得ない」
闘技場、あのあとどうなったのかな。ボロボロになってたけど、したの俺だけど。それにしてもあの闘技場脆かったな。
子蜘蛛たちを派遣してもっと強固にしないとな。これは四つ目の条件として組み込んで、出禁を解いて貰おう。
エデンノワールとはまた戦ってみたいからな。これは譲れない。
「問題なのが残ってるな。なんだよ、かわいい服って……どう思う?」
「いいと思います」
「え?」
俺の問いに答えたのはフウマだった。見回してみると、他の子蜘蛛たちも一様に頷いている。おかしい、俺の味方をしていたはずなのに、急に敵になったんだが。
「……どうして?」
「お母さんがかわいいのは周知の事実ですから、かわいい服を着るのは当たり前ではないのですか?」
一瞬、フウマの言ってることが理解できなかった。俺がかわいい?どういうことだ?
「俺、男なんだけど……」
「ママはかわいいから、可愛い服を着た方がいいよ!絶対!」
コクマが駄目押しとばかりに言ってきたのは、着た方がいいという念押しだった。
「……なんでぇ?」
「母上、諦めましょう。これも運命です」
そう言って肩に手を置いたのは、哀愁漂うドーマだった。手紙には子蜘蛛たちも含めると書いてあった。つまりドーマもかわいい服を着ることになる。これは痛み分けだ。こんな悲しいことがあってたまるだろうか。
「……ドーマは着なくてもいいよ、うん」
「本当ですか!」
「あぁ!もちろんだとも!」
俺はドーマを味方につけてこの場を支配しようとした。しかし、数は暴力と教えていた俺に、ここでそれを実現した子がいた。
「お母さんのかわいい姿見てみたいな……」
ハクマはぼそりと呟いた。すると、今まで傍観に徹していた子蜘蛛たちがそれに同調し始めた。すると、俺にかわいい服を着せろコールが始まった。
「お母さんのかわいい姿が見たいか!」
「「「おおおおおーーーっ!!」」」
「ママの可愛いとこ見たいか?」
「「「うおおおおーーーっ!!」」」
「カルト様に賛成の人!」
「「「はーい!!」」」
その光景を目を擦って現実であることを再確認して、ガックリとする。そこにまたポンっと手を置いたドーマは、もう無理だ、と言わんばかりに諦めの表情を見せた。
「母上、頑張ってくださいね……」
ドーマが俺を見捨てた瞬間、コクマがドーマの肩に手を置いた。グギギギギと錆びついた歯車が動くようにドーマが後ろを向くと、コクマが真面目な顔をして言った。
「いや、ドーマも着るよね?ママが着るんだから、ドーマも着ないと」
ドーマが道連れになることが決定してしまった瞬間だった。これにはドーマもガックリしていた。
みんなかわいい服を着るなら、どんなものにするのか、という論点が180°変化した。俺はそこには参加せず、傍観することにした。また、口を滑らせて最悪の状況になっては困るからな。
それにしても色んな案が出るな。けどな、言っておくが、俺だけじゃなくて君たちも着ることになるんだよ。わかってるよね?
口に出ていたのか、子蜘蛛たちはそれもそうだ、と言って女の子の子蜘蛛たちが自分たちも着たいし、俺にも着せたい服はなにか、という話に変わった。うん、もう挽回することはできない。
「ルカさん、ログアウトしていい?」
「このままにしていて宜しいのですか?」
「俺がなに言っても無駄だよ、うん。明日、カルトのところに行くって連絡いれといてくれる?」
「はい、いいですよ」
「ありがとう。俺はもう疲れたから今日はもう寝るよ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
俺はうとうとしてる子蜘蛛たちを抱き抱えて、一緒に眠ることにした。俺に寄り添ってくれていたのが、男の子の子蜘蛛たちだけだったことを知っている。
ログアウトすると、そこは静かな暗闇が広がっていた。
真っ暗な部屋に明かりをつけ、部屋の片付けを行う。嫌なことがあったら掃除に走る。良くある話だ。急に目がいったからやった。それは嘘だ。やりたくないことが掃除の上をいったから、掃除をしているだけだ。
一通り掃除を終えると、汗ばんだ身体に汚れがあるのを見つけた。風呂に入らねば。そう思い、風呂場に向かう。お気に入りのパジャマを用意して、真っ暗な廊下を進み、風呂に到着する。
冷静な思考で今日あったことを考察しながら、シャワーを浴びる。
裸の自分を見ていると、天性したときの身体を思い出す。当たり前だが、今の胸にあのときのふにょんとした柔らかな果実は実っていない。
「なにやってんだ俺」
不可解な行動をしてしまったことに、冷静さを思い出した俺は一人、ごちった。
シャワーを浴びてるとき、湯船に使っているとき、目を閉じる。そのとき無駄な情報が入ってこない。だからこそ、より思考は深層へと潜り込む。
今日の戦闘に対する評価、そして今日あった俺の悪い点をあげる。どうしたらよかったのか、どうしてやってしまったか、など繰り返す。
もちろん、お風呂で気持ちよくなって暖まることも大切だ。十分暖まったと思えば、風呂から出る。
濡れたままだと風邪を引いてしまうから、水気をとり、お気に入りのパジャマに着替えていく。
肌や髪の手入れをして、リビングに向かうと明かりがついていた。
「お、りゅーか。起きてたのか」
「お父さん、おかえりなさい」
「あぁ、ただいま。澪はもう寝たか?」
「うん。帰ってすぐに寝たよ」
「そうか。ノンちゃんももう寝た。りゅーはまだ寝ないのか?」
「うん、風呂に入ったばっかりだしな」
「そうか、たまには二人で話すか」
「うん」
お父さんと対面のソファに腰掛ける。ソファの間にある机には鼻をくすぐる濃度の濃いお酒と、お母さんが飲んでいたであろうグラス、そしてお母さんが夜な夜な仕込んでいるおつまみがあった。
「夜だけど、たまにくらいいいだろ」
そう言って渡されたのは、いつもなら敬遠されるお母さんの手作りのおつまみだ。俺はこれが好きでたまらない。隙あらば、お父さんの皿から奪い取るほどだ。
「今日はずいぶん大人しいが、なにかあったのか?」
「うん、雪と喧嘩しちゃったんだ」
「そうか。またか」
「うん」
「それで、今回はどんなことを条件にされたんだ」
これをお父さんに相談したのは何回目だろうか。数えきれないほどした気がする。それだけ雪との付き合いが長いとも言える。
「三つあるんだけど、二つはゲームの話だからお父さんにはわからないこと」
「残りのひとつは?」
「……かわいい服着ろって」
「なんだ、いつも着てるじゃないか」
「……???」
「えぇ?」




