第99話 お仕置きの手紙
※注意、今回少しですがグロテスクな場面があることをご了承ください。
亡骸の楽園に八雲を押し付けて、闘技場のステージを離れた僕は、周囲に避難命令を出していた。八雲が誰かと戦うとなれば、周りに被害が出ないなんてあり得ないからだ。
どこかで癇癪でも起こして暴れるに違いない。子沢山な八雲で大人を装っているが、僕と同じ子供だ。嫌なことがあれば怒るし、暴れる。それに今回は制限をもうけた戦いだ。
怒りでその制限を取っ払う可能性だってある。なんでもありの戦いにおいて予測できない戦いを繰り広げるのは八雲の右に出るものはいない。
「カルト様、総員避難が完了しました!」
「ご苦労。それでPHの馬鹿共の様子は?」
「はい、こんな戦いを見るのに逃げる方が馬鹿だとか言って動こうとしません」
「やっぱりね。八雲がどんな蜘蛛か知らないから、世迷い言も言えるんだろうね。いいよ、彼らの自由にさせて。責任は自分自身でとればいいさ」
観客席にまで気を配ってられない。今はどれだけ被害を減らせられるかだ。
「ここはもう良さそうだね。僕はここで一番の馬鹿を止めてくるから、後は任せた」
「「「はっ!」」」
ステージに近付いていくうちに段々と物音が物々しくなっていく。あぁ、八雲はやっぱり八雲だ。なかなかの暴れっぷりだ。
声がする。笑い声がする。それも地上ではなく、空から。空に広がる八角形のクモの巣がステージを見下ろしている。そこから顔を見せたのは、八雲のものであって八雲のものではなかった。
「あいつ……まだ隠してたか……」
八雲としての顔を持つが、それは仮初めの姿だ。このゲームでは現実世界の顔を変えることができる。しかし、PHだけで、人型に近付けば近付くほど、それは現実世界の姿に近付く。
だから僕の顔は現実のもので、他の人たちも魔物の顔なのに面影が見え隠れする。ユッケみたいに完全に狼ならそれほど見えないけど、僕はほぼ人と同じ魔物だ。見る人がみればわかってしまう。
素顔を晒した八雲はやっぱり可愛い。それも小さかった頃の八雲そっくりだ。久しぶりにみた。けど、あんな可愛い顔してやろうとしてるのは非道だろうな。
空が光った。それは一瞬のことだった。轟音と共に飛来した雷は、骸骨剣豪に直撃し、一撃で粉々にしてしまった。
雷の次は魔法が雨のように降り注いだ。
ここは地獄か、と思わせるほどの豪雨はステージだけでなく、観客席までも巻き込んだ。
「僕はちゃんと言ったからね……」
ステージの袖で巻き沿いをくらったPHたちに黙祷を捧げる。
「さて、そろそろラストスパートに入りそうだね」
魔法の雨が止むと、今度はステージを囲うようにクモの巣の群れが現れた。そして空からは魔法の雨、点在するクモの巣からも魔法が出現し、ステージに重点的に発射されていた魔法が乱雑に撒き散らされた。
「……はぁ、ここが誰のものか忘れちゃったのかな?」
空を見上げて魔法を放つ八雲を睨み付ける。すると思いが通じたのか、魔法が止み、一本の蜘蛛糸の柱がステージに突き刺さった。少しすると、八雲が降りてきた。
その顔は憎たらしいほどに満面の笑みを浮かべていた。
「闘技場は出禁だな」
八雲に対する罰が決まったところで、八雲のもとへ向かった。
そこには恐怖で震えた亡骸の楽園とそれを見て勝ち誇っている八雲の姿があった。それが無性に腹立たしくなった。
八雲は子蜘蛛たちに甘い。それは決してゲームの中のNPCに対しての行動ではないだろ、と。これはゲームで相手は人ではない人工知能だ。だから、もっと無頓着に扱ってもいいものだと、僕はずっとそう思っていたし、ずっとそうしてきた。
だから、八雲が子蜘蛛たちの名前を覚えられないことにも当たり前の反応をした。印象がないなら、覚えられないのも無理はないと。
けど、違った。子蜘蛛たちのことは本当に大切にしてるし、子蜘蛛たちのために怒る。
それは人工知能というモノに対する反応ではない。八雲は現実の子供のように可愛がっていた。
僕に芽生えた感情は物という無機質なものを大切にするというものか?いや、これは所有物だからじゃない。これは僕の仲間で友達で、一人としての存在を大切にしているから、僕は亡骸の楽園が恐怖で震えていることに怒りを感じたのだ。
この場を制するものは誰だ。それは八雲だ。そして八雲がすべての元凶であり、倒さなくてはならない存在だ。
僕はその支配を一太刀で切り捨て、魔力を要するあらゆる事柄を消し去った。
この場は【空虚】によって誰のものでもないものへと変わる。この一帯にある八雲の糸も空虚の波動によって粉々に消滅していく。
再び静寂を得ることができた。あとは、元凶を滅ぼすことで、終わる。
不自然な静寂にも我関せずとする八雲はこの場から満足げに去ろうとしていた。逃がすわけにはいかない。怒りで後先を考えずに行動することは強者にあってはならないことだ。
けれども、仲間がやられて黙ってるやつはカス以下のなにものでもない。
「なにしてるの?」
僕は問う。どうしてこんなことをしたのかと、僕は一瞬だけ待った。けど、答えは外には出てこなかった。出口はすぐそこなのに。
答えがないなら、行動で示せ。だけど、僕は許せない。だったら僕は答えを知らないまま、答えを無きものにすればいいだけだ。
「死ねよ」
切り飛ばした八雲の首は無情にも冷たい地面に転がり、身体は力を失って倒れ伏した。やり遂げた、元凶をこの手で仕留めた。
そして怒りは静まっていく。頭は冷静になり、身体の熱も下がる。その目でその頭で、目の前の光景を徐々に理解していく。
友の無惨な姿に、転がる生首、そして、手を下したのが自分自身であるという事実を理解していく。
八雲が悪い。そういえば、この話は終わってしまうが、仮にも八雲は友達だ。それを前面に出して、許してもらえるだろうか。不安が募る。
「……こんなの、僕らしくないか」
不安だからすぐに謝る。八雲が反省するどころか、むしろ調子に乗り出すかもしれない。それでは現状維持のままだ。少しでも八雲には反省して行動を改めてもらいたい。
「……謝るのは、八雲が謝ってからだね」
謝ることを我慢する。これは僕に課された罰なんだ。受け入れよう。
「このまま、八雲を野晒しにするのは許せないな。さっさと解体しよう」
遠くに飛んだ首を拾った。
「うん、やっぱり八雲は可愛いな。肌もすべすべだ」
その首を抱え、身体に向かった。すると、そこには僕の歩みを阻むものがいた。
「なんだ?」
「カルトさんよ、俺達に謝ることはないのか?」
「あるわけないだろ。僕はちゃんと忠告したはずだよ。責任を問われる筋合いはない。それにあの攻撃で死ななかったんだろ?よかったじゃないか」
「……よかった、だと!?いいわけねぇだろ!俺達は観客だぞ!」
「だからなに?」
「客が被害を受けたら、責任者が責任を取るのが当たり前だろうが!」
「だから、言ったじゃないか。話も訊かないくせに自分の都合が悪くなるとすぐに手のひら返すの止めてくれない?あと、邪魔だから」
目の前でグチグチ言う男を押し退けて八雲のもとに行く。すると、そこには汚い手で八雲の身体に下心のこもった表情で触ろうとする不届き者がいた。
「なにを……してるの?」
「なにってそりゃあ。こんないい女なんだ。俺達の被害を補填して貰わないとなぁ、からっぐぎゃあはっ!?」
「触れていいのは僕だけなんだよっ!」
大剣の腹で男を押し退けると、八雲の身体に触れて解体した。首も同様にして、素材を回収した。
「てめぇがなにしてんのか、わかってるのか?俺達がここに来るから、成り立ってんだぞ!」
「意味がわからないことを喋るな」
「俺達は現状、最高到達の第五エリアに進出した前線組だぞ!その俺達がこの町を利用してやってるから、他のPHも来てんだぞ!」
「最高到達?まさか、PHはまだそんなところにいたの?だから情報屋も苦笑いだったのか」
「なにがおかしい?」
目の前のカスは僕の嘲笑う表情を見て、そんなことを言ってきた。おかしい?そりゃあおかしいさ。
「僕は第七エリアまで到達しているよ。第五エリア?遅すぎでしょ」
ちなみに八雲は第三エリアまでしか行っていない。
「はっ、ハッタリだ!」
「そう?ハッタリかどうかは戦えばわかるんじゃない?」
「チッ、やれ」
「遅いよ」
男が指示した瞬間、すでに僕は動いていた。咄嗟に指示を出した男は剣を構えたが、その隙に僕は聖術で回復させた。きょとんとする男だったが、すぐに異変に気付いた。
「えっ、あぁ?いぎっ……ぐっ、なな、なんがぁぁぁぁあああ!?」
回復がきれない。回復が途切れない。回復が終わらない。身体には新たな腕が、新たな足が、首が生えていく。彼という存在をねじ曲げていくかのように肥大化していく。
人が再生し続ければ、それは人としての機能が失われ、人ではない人外へと昇華していく。そして、回復に終わりはないが、人としての生は終わりを告げる。
人が人ではなくなったら、今度は邪術で人ではないなにかを異形へと変化させていく。ブチブチと音をたてながら身体を作り替えていくカルトに、指示を受けた男たちは顔色を青く染めていく。
「どうしたの?来ないの?」
異形は身体の至るところに顔を持ち、その口からは手を生やした。人ではない獣の、六足歩行の人外はさらに背中から手を生やし、そしてまた手を生やした。
「今日からこいつが君たちのリーダーだ。名前だけでも覚えて帰ってね……そうか、まだ名前なかった!ちょっと待ってて、今考えるから」
異形は六足歩行だが、それ以外は完全にハリネズミだったことにカルトは気付いてしまった。恐怖で剣をブンブン振り回す人形になってしまったPHたちには気付くことはできなかった。
針が手になったハリネズミだが、先程まで調子に乗ってふんぞり返った三下リーダーとは全く別物ではあった。
襲いかかるハリネズミに周囲は騒然としていた。そして、僕は彼の名前を考えることに専念していた。自分の作った魔物たちに愛着があったことに八雲には気付かされてしまった。そこで八雲のように丹精込めて名前をつけることにしたのだ。
そんなことをしていると、ようやく落ち着いた亡骸の楽園がすり寄ってきた。
「んん?どうした?」
「カルトさまぁ…なんなんですか、あいつ……」
「八雲のことか。簡単に言えば暴君だよ」
「弱いから滅多打ちにしたら暴れだしまして……」
「うーん、予想はしてた。そんなことだろうとは思ってたけど。でも、ノアもそれに追随して暴れたでしょ?」
「そ、それは……」
「だから、おあいこってことで、次に会うときには仲良くしてくれよ」
「しょ、承知しました……あれ、今ノアって……?」
「うん、今つけたから。今日から君はノアを名乗ってくれ」
「……!?」
ノアは驚きのあまり固まってしまった。その間にハリネズミの名前も考えなくては。でも顔が三下リーダーと同じものだし、あとで作り替えよう。
「よし、ハリスにしよう。確かこいつの名前は元々トリスタンだったはずだ」
名付けたハリスの様子を今一度見ると、背中が割れていた。言っている意味がわからないかもしれないが、確かに割れていた。千手観音のような無数の手の真ん中あたりがパックリと割れていたのだ。しかもそれが口になっていて、元部下たちをその口で捕食していた。
「うーん、邪術で作った魔物ってなんでこうもグロテスクなんだろうね」
疑問を呟くもそれに答えてくれる人はいない。
「まぁいっか。後始末を配下たちに頼んで、八雲には手紙を送らないとね……僕が怒ってますよって伝えるためにもねっ!」
外に待機していた配下たちを呼び出した。ボロボロになった闘技場を修復するには、カレー炒飯の部下に依頼を出す必要があり、それはそれは大層な出費だが、これは致し方ない。
外から見る闘技場は如何にも戦争がありましたって言えるくらい瓦礫が積み重なっていた。そんな闘技場を見ると、何度目かになるため息をついた。
「この闘技場も壊れるの何回目だろうね……毎回招待したフレンドに壊されるって、やっぱ地下墓地の真上に造ったせいかな?」
縁起の悪い位置につくってしまったのは僕の責任だが、壊したのは当人たちなのでしっかりと謝礼を貰っておかないとね。
「屋敷に戻って早速手紙を書こう。メッセージってのも味気ないし、これなら八雲も曲解できないでしょ」
心の底から怒ってるアピールの手紙が届いたときの八雲の表情を間近で見られないのは残念で仕方がないが、それに対する八雲の行動がどんなものになるか楽しみだ。
今更なんですが、うちの作品男同士がきゃっきゃうふふしてる場面多くないですか?




