第98話 亡骸の悪夢
日曜の夕日って綺麗だよね。休日が終わるんだって悲しい気持ちになる。でも、夕日を見れるってことはそれだけ、時間を有意義に使えたって思うんだ。だってまだ夜じゃないから。
カルトが召喚した亡骸の楽園は三体の亡骸を生み出してからはその場に静止した。最大で生み出せるのが三体だけなのかはわからないが、楽園と名のつくだけあって、おそらく数は限りなく多いはずだ。
俺は目の前に現れた剣士の亡骸を最初に相手取ることにした。順番を決めれるわけないのかと誰もが思うはずだ。しかし、エデンノワールから吐き出された亡骸たちは俺に選択肢を示した。
それは一人で全員を相手取るのか、それとも一対一で戦うのか。言葉のわからない魔物なのかと思っていたら、なんとエデンノワールが話しかけてきたのだ。
「私はカルト様の忠実なる下僕、亡骸の楽園。貴方の相手を任されましたが、今の貴方では私のかわいい子供たちの相手は厳しい。なので、貴方に訓練の方式を選んでいただきます」
そして選んだのは一対一の戦闘方式だ。今の俺では多人数の戦いでは、おそらく勝てない。まだ速度も技術もないPHなら多人数でも問題ないが、PHが持たないものをすべてもちあわせているこの亡骸たちには勝ちようがない。
だからこその一対一。目の前の剣士は虚空の目を持った骨の剣士だが、カルトのことだ。この骨も脆い骨ではなく、強い魔物の骨を使っているとかそういうものだろう。
よく見れば、骨の剣士の骨には至るところに刺のようなものがある。人間の骨の実物を見たことはないが、アニメやテレビで見る骸骨マンなんかは骨の節々に刺なんて生えていなかった。
つまりあの骨は普通の骨ではないということだ。骨の話はいいんだ、と思う人はいるかもしれないが、戦う相手が服を着ていない存在で骨が剥き出しなら話は別だ。
ただ殴るだけでも自身の拳に傷をつけてしまうような相手なら武器を使わないとダメージを負いながらの戦いになってしまいかねない。
戦うとわかった相手のことを観察することは重要だ。それはもちろん、戦いだけではない。喋る相手にもそういう点では同じことが言えるが、今はそれを語る暇はないようだ。
剣士は俺から動くのを待っていた。いつまでも待たせるわけにはいかない。
こちらから動くならそれなりの覚悟と冷静な思考が必要だ。なぜなら相手がどのようなタイプかわからないからだ。見た目が骸骨だからといって、なにもない空間から巨大なカジキマグロの槍を取り出す可能性だってある。油断はできない。
まずは小手調べからだ。いつでも対応できるように背中の腕を待機させておく。
脇腹を狙って拳を振るうと、防ぐように剣を合わせられた。俺の速度に合わせることができる力はある。なら、手数による暴力。どんなに技術が備わっていようと数には勝てない。
そう思っていたが、骨の剣士はひとつひとつの攻撃を見極め、避けられるものは避け、できないものは剣で防ぐといった、攻守の取捨選択を行った。これは学べるものがある。
そして隙があれば俺に浅い切り傷をつけた。この程度と見逃すのは無能のすること。この浅いダメージは積み重ねることができる。どんな強敵だろうと傷が蓄積すれば大ダメージに変わる。それに痛みがあれば、それは意識を狂わせるものにもできる。
小さなことは大きなものへと繋がる。なにより俺の甲殻に傷を入れられるのだ。これは脅威以外の何物でもない。
「やるな」
「そうでしょうとも。私の子供たちは侮れないでしょう?」
「あぁ。だが、俺も学ぶし強くなるぞ」
「わかっております。ですが、それは私の子供たちも同じですよ」
「だろうな……」
エデンノワールの言うことを素直に受け入れたのは、骨の剣士が俺に傷をつける回数が増えてきているからだ。
腕が二本しかない骨の剣士と腕が四本ある俺とでは手数が違う。それなのに傷を多く受けているのは俺だ。骨の剣士には致命的な傷はひとつもついていない。
「ひとつだけアドバイスを致しましょう」
「いいのか?」
「ええ。なにせ私の子供たちも退屈しているでしょうから」
骨の剣士は先程よりも重い斬撃を振り下ろした。俺は両手で防ぐもノックバックさせられ、ステージに足を引き摺らされた。
「なるほどな……」
「ええ。ですから、少しくらいハンデを与えるのも良いのかと思いましてね」
「ありがたいな」
「そうですね。八雲様は確かに強力な武器を持っています。その身体全身が武器といっても過言ではありません。しかし、技術がない、フェイントもない、実に素直な戦闘スタイルだ。つまり、単調なんですよ。それではいくら強力な武器を持っていても、武器に振り回されるだけ。少し頭のいい方にしてはわかりやすい攻撃ばかりだ」
「そ、そうか……」
「はい。なにより目線でわかります。どこに攻撃するか、どうするべきか。それが見てとれます。たとえば、その子の肩を殴るとき、八つある眼すべてが肩を見ました。これでお分かりでしょう?わからない方がバカだと……」
エデンノワールの説明は思い当たりがありすぎた。言われればそうだ。肩を殴るとき、一瞬だけだが視界が狭くなった。一点を見つめるとき、俺は全集中してしまっていた。これでは八つある眼を使いこなせていない。
見る人にはわかるか。俺の狙いをすべてはね除けていた理由がわかった。それなら、俺でも止めることができる。
フェイントか。ただ動きを止めるだけじゃだめなんだろうな。そういえば、骨の剣士が急に強い力で剣をおろしたとき、俺はバランスを崩したな。そうか、力の緩急か。これも重要になるな。
そう考えると、一撃、一撃に全力を加える必要もなくなる。あとは逃げ道をふさぐ攻撃もできたら最高だな。これは背中の腕でやらせよう。でもときどき切り換えも必要だ。なにせワンパターンにならば、それだけ相手に攻撃を悟られてしまう。
やることは多いな。けど、時間はたっぷりある。それに試せる相手もいる。なら、やることは簡単だ。数をこなして実践あるのみだな。
「待たせたな、骨の剣士。今度は本気を出してくれ。俺はお前のすべてを吸収してやるよ」
「そうですか……では、カルト様も仰られていた通り、泣かせてあげますよ!」
「望むところだ!」
骨の剣士はゆらゆらと俺に向かって歩いてくる。その歩調は安定しておらず、急によろけ、急に視界から消えた。そして次の瞬間には俺の目の前に来ていた。そこに腕を振るうとそこにはもういない。
幻覚のような動きに目線が泳ぐ。その隙ついて振られる剣に踊らされる。
これが骨の剣士の本気か。さっきまでの戦闘スタイルとは別物。それも見たことがない動きだ。だからといって踊らされ続けるのはしょうに合わない。
「踊らせるのは俺の専売特許だ」
「戯れ言を……」
俺の言い分をぶったぎるエデンノワールだったが、そうも言ってられなくなったのは数秒後のことだった。
俺はある行動をして見つけた骨の剣士を背後から殴り飛ばした。
「なっ!?」
「言っただろ?俺が踊らせるんだよ」
歩調は揺らぎ、視界から消える。しかし、次の瞬間には位置を特定して俺は攻撃を加える。ゆらゆらした動きは俺の認識から外れる行為だが、その動きはバランスのとりづらいものだった。
俺には魔力と気配を特定するスキルがある。しかし、それを骨の剣士は技術で押し退けた。けれども、俺にはそれ以上に感知することのできるスキルがあった。それは種族特性というべきものか。
糸の振動だ。俺はこの空間に少しの風でも飛ばされてしまう軽くて透明の糸を漂わせた。しかしも身体に引っ付いた状態のまま、宙に浮かせて維持させた。それにより近付いた者は必ず俺の糸に触れる。
触らなくとも、動きで風を引き起こし、俺の糸が揺らぐ。動けばそこには目標がいる。そこを狙って攻撃すればいいだけだ。
けど、まだだめだ。場所がわかっても、攻撃を流されてしまう。
「でもまぁ……糸を使ったら強敵だろうとなんだろうとねじ伏せられるのも問題だな」
あまりにも攻撃が当たらないからと意固地になった俺は、一時的に封印していた糸を多用した。その結果、ガチガチに拘束された骨の剣士が出来上がった。
それにはさすがのエデンノワールもジト目で見てきた。
「いやだって……当たんないんだもん」
「可愛くいってもだめ。それなら、こちらだって考えがありますよ」
そう言ってエデンノワールは身体からボトボトと戦士たちを生み出していった。エデンノワールは真っ黒な球体であり、生み出した戦士の数だけ身体が収縮していった。
「私を怒らせましたね?」
「いやいや、それこそ卑怯じゃ?」
「いや、先に卑怯なことをしたのはそちらですよ!」
「いーや、それこそ卑怯だ」
「いやいや、だから先にそちらが……」
「うるせぇ!負けた方が卑怯者だっ!」
「望むところですよ!」
骨の剣士レベルの戦士が複数人突撃してきた。ならこちらは転移するまで。空に天網を展開して即座に転移すると、気付いていたのか、上に向けて撃たれた魔法が飛んできた。
すぐさま、物理特化の天性を解除してこちらも魔法で撃つ。物理特化ではおそらく敵わない。だからこそのノーマルスタイルだ。けど、これで接近を許せば、多大なダメージを受ける。
天網の上から魔法を撃ち続けるにもMPが足らなくなってしまう。本当に嫌だけど致し方ない。
これは初めてだけど最後にしたい。物理特化の父性の天性。なら、相反する天性はなにか?答えは簡単だ。魔法特化の母性の天性だろう。
どんな影響を与えるかは不明だが、卑怯者と罵られるのは耐えられない。絶対にこの戦いに勝ってみせる。
いつものように仮面に手を当てて【天性】のモードチェンジをはかる。すると、仮面の手触りが消えていった。そして、身体の甲殻が薄くなっていくのを感じた。どう変わったのだろう。わからない。
視界は狭くなり、両手の甲殻はなくなり、素肌をさらしていた。そして仮面はなくなり、触り心地は人間のそれへと変化した。身体のあちこちを触ってみると、ほとんどの甲殻がなくなっていた。
「これって……」
俺は気付いてしまった。身体に今までにない膨らみがあることに。こ、これは男にはないものでは?そう思い、鳥肌がたった。
「い、いや……今考えるべきはこのモードの能力だ」
ステータスを確認すると、母性の天性になっていた。HPはいつも通りだったが、MPと魔力が倍になっていた。つまり、俺の予想は的中していたということになる。
ふにょんとする膨らみの柔らかさには驚愕モノだが、今はそれどころじゃない。
「これなら……いけるな」
俺は小さな天網を眼下のステージ中に張り巡らせた。魔法の打ち合いにより、ステージがボロボロになっているのもお構いなしだ。
天網と天網の間には透明な糸を繋げる。骨の戦士が触れても気付くことがないほど軽い糸はステージを埋め尽くすほど広がり、傍観していた観客までも巻き込んでいた。
それを俺は知らぬ間に行っていたことを後から知ることになるが、このときの俺には眼中になかった。
俺が視界にいれていたのは骨の戦士と亡骸の楽園だけだ。それらに向かって特大の雷を落とす。雷はエデンノワールに落ちるが、それだけでは終わらない。
雷は糸を伝い、この場にいた全員に広がっていった。そして骨の戦士だけではなく、この場を観察していた傍観者たちをも襲った。
雷を落とせば、今度は威力をあげるための水の雨が、そして火、風、毒が襲いかかる。次々と地獄が襲いかかる。八雲にとってこれは勝利を得るための一工夫。しかし、受ける相手からしたら無慈悲なる鉄槌。
その神の怒りのような災害がおさまったのは、雷が落ちてから三分後のことだった。
「ふう、やりきった」
俺は達成感に満ち溢れていた。なぜなら強敵を倒し、レベルも上がり、戦っている途中に嘲笑ってきた連中に俺の実力を間近でみせることができたのだから。今頃、ステージを見て震え上がっているはずだ。
天網から降り立つと、そこには風化してしまったステージと粉々に砕かれた骨の戦士たち、そして隅っこでプルプルと震える真っ黒な球体。上を見上げれば、あまりの恐怖に座席にうずくまったPHたち。
俺は隅っこの球体に近付くと勝利宣言を告げた。
「俺の勝ちってことでいいかな?」
そう言うと、プルプルと振るえていた球体がブルンブルン震えた。きっと、「それでいい」と言っていたのだろう。
満足した俺はその場を去ろうとした。
しかし、それは叶わなかった。
首に添えられた冷たい感触、そしてこれまで感じことのない威圧感。動かない身体、張りつめた空気。そして、冷酷なる一言。
「なにしてるの?死ねよ」
振り返った瞬間、目の前が真っ暗になった。
夕日は終わりの始まり。




