第93話 お付き合い
カイルに連れられてやって来たのは、屋敷の中ではなく、温室の農園だった。ガラスで覆われたその場所には心地のよい日差しが射し込み、子蜘蛛たちもぽわぽわしていた。
カイルはそんな俺達を見かねて立ち止まり、日光浴を楽しませてくれた。身体が暖まったところで、お腹を空かせたコクマがカルトのもとへ向かうことを急かした。
仕方ないので、日光浴を切り上げて先に進んだ。ここには多種多様な植物があり、それぞれのエリアで集めてきたものを、適切な環境下で育てているのだそうだ。
カルトが採取をよくしてるのもここに植えるためだとカイルが言っていた。確かにFEOの植物はどれも美しい。庭があったら植えたい気持ちもわかる。
俺の巣がある精霊樹もただの木ではない。精霊が飛び交い、葉の一つ一つを緑のオーラが覆っている。蟹を倒した先の砂浜にも宝石のような珊瑚の島があった。この世界にはまだまだ知らない景色があるのだろう。
俺もこんな温室があれば、子蜘蛛たちに好きな植物でも植えてもらって、ガーデニングを楽しむかもしれない。あ、でもだめだ。子蜘蛛たちがひとつのことをずっとできない。
諦めて欲しいものはカルトに育ててもらおう。できないことは他の人に任せるに限る。
「あ、来たね。ようこそ、僕の庭園へ」
考え事をしてたらカルトのいる場所にたどり着いていた。庭園には色とりどりの花が咲いていて、触ると散ってしまいそうな儚い花から、触るだけで怪我をしてしまいそうな鋭い棘を持つ花もあった。
庭園は温室の外にあり、中央にテラス、その周りに花が咲いていた。
「僕に用事があるみたいだけど、今日はどうしたのかな?」
「買い物したいんだけど、金がないんだよね」
「あ、そうか。八雲には渡してなかったね。それで、どうする?僕のおごり、それとも何か僕に売ってくれるのかな?」
「そうだな……まず先に言っておくことがある」
「ん?」
「荷物おいてきたから野菜しかない」
「そんなことだろうと思っていたよ。キョテントを張ってるから、取ってきてね。あと、そこに僕の配下がつくったお菓子があるから、子蜘蛛たちに食べさせるといいよ」
「さすがカルト。わかってるな」
「八雲が忘れ物をするなんてよくあることじゃないか。ここは僕に任せて良いものよろしくね」
「わかった」
フウマたちにはカルトに任せて、俺は一人拠点に戻った。広場にはいつもの屋台が並んでおり、鬼たちがせっせと焼き鳥を焼いていた。
「なぁ」
「なんですかい、八雲様」
「貰ってきた野菜があるんだけど、これでなにか作ってくれない?」
「わかりやした!」
「余りはみんなで食べてくれていいから。任せたよ」
気持ちのいい返事で応えてくれた鬼たちには感謝しかない。これでカルトへのお返しが少しだけできるだろう。
拠点にはルカさんがいて、幼子蜘蛛たちと編み物をしていた。アラクネになった子蜘蛛たちも一緒に作っていたが、なにをつくっているのだろうか。
気になって近付いてみたのだが、さっと隠されてしまい、みんなにこにこしていた。俺に隠し事か。いや、少しだけ気になるだけだ。そんなに動揺するな。
プルプルとする子蜘蛛たちも可愛いが、いじめるのはよくない。隠したいことがあるからといって問い詰めるのはよくない。見せたいときに見せて貰えばいい。
頑張っていることには変わらない。俺は鬼たちに預けた野菜の余りをルカさんに渡した。人参を渡されたルカさんはキュピーン!と目が輝かせて受け取った。
人参の匂いを嗅いで、その匂いに頬を緩ませた。そして舌で唇をペロリと舐めた。そのルカさんにはいつもと違った妖艶さを感じた。
人参を食べる度に進化していくルカさんには驚かされてばかりだが、今はそんなことをしてる場合じゃない。
カルトに売り出す素材を取りに来たのだ。厳選しておかなければ。
アイテムを保管している箱の前まで来ると、「なんだなんだ」と子蜘蛛たちが集まってくる。いつもなら預けるだけですぐ去る俺が、箱の前でじーっとなにかをしている。子蜘蛛たちが誘われない理由はない。
「なにしてるの?」
「んー?カルトに売ろうかと思ってな」
「なんでー?」
「お買い物するにはお金が必要だろ?」
「鬼のおじちゃんたちは、ただでくれるよ?」
「それはそれ。カルトの街ではお金が必要なの」
子蜘蛛たちの質問に答えていくが、お金のことを知っているがどこで使うかまでを知らない子たちがいっぱいいた。
「そうなの?」
「ぼくしらなーい」
子蜘蛛たちがお互いの知識を総動員してお金について語り合ったが、誰も知らなかった。そのせいもあってより俺のことを不思議そうに見てきた。首をかしげる姿は可愛いが、教えないといけないことが増えた。
売るもの売らないものを見定めていると頼りになりそうな訪問者がやってきた。
「あら」
「あー、クシャだぁ!」
「クシャー、お金ってなに?」
「しーっ、八雲様とお話があるので静かにね?」
「はーい、まってるぅぅ」
「いい子いい子」
「えへへ」
ぴょんぴょん飛び跳ねる幼子蜘蛛たちを連れてやって来たクシャは俺の横に来た。クシャの言うことに素直従った幼子蜘蛛たちは他の子たちを連れて離れていった。
「八雲様、もしかして素材をお売りになるのですか?」
「んー、使わないから、使える人に売った方がいいかなって」
「そうですか……」
クシャはなぜか残念そうに俯いた。それが気になり、なぜそう思ったのか聞いてみることにした。
「欲しいものでもあるのか?」
「い、いえ。ただもったいないかと」
「もったいない?」
「はい。せっかく八雲様が討伐して手にいれたものなのですから、八雲様のために使う方がいいと思うのですが」
「使い道がないんだよ。俺は生産系のスキルは持ってないし、これから取る予定もない。だからカルトに売った方がいいかなって」
「でしたらこのクシャにお任せください」
「なにかつくるのか?」
「はい。マシャとも相談しまして私たちは八雲様の装飾品をつくろうかと思いまして」
「あんまりじゃらじゃらしてるのは着けないよ?」
「指輪などの小さなものです。八雲様がお付けになるなら、子蜘蛛たちも着けたがるでしょう。ですので数はあればあるだけあって困りません」
「確かに。なんでも俺の真似したがるな」
「はい。それに子蜘蛛たちにとってお揃いというのは特別ですから」
「……わかった。売るものはクシャに任せよう。適当に見繕ってくれ。俺はプレゼントできるものを選ぶ」
「プレゼント……ですか?」
「あぁ、あんまり良いものを売らないなら特別なものは必要じゃないかなって」
「そういうことでしたら、これはどうでしょうか?」
「これって……」
「はい、これならカルト様ならお喜びになるでしょう」
「さすがクシャだ。カルトが欲しがりそうなものがわかってる。俺は幼女精霊に許可を得てくるから、クシャは売るものをカルトに持っていってくれ」
「八雲様の仰せのままに」
後のことはクシャに任せて、俺は一人、精霊樹のもとへやって来ていた。巣はすでにエリア全体の木の上を覆い尽くしていた。これを行っても精霊樹に怒られないのは理由がある。
それはこのエリア全体の木々の願いを子蜘蛛たちが応えているからだ。
木々の言葉がわかる精霊樹が木の要望を聞いて幼女精霊に伝え、それを子蜘蛛たちが実行する。そうやって巣を広げていった。そのおかげでエリアの境界線がなくなってからも広げ続けても問題がなくなっている。
第一エリアのエリアボスを制覇したことで邪精霊の森との境界線がなくなってしまった。これで精霊樹と邪精霊との戦争が勃発するという不安があったが、そんなことは起きなかった。
後から知ったことなのだが、そのときにはすでに第三エリアの邪精霊は一掃していたのだ。精霊蜘蛛たちの優秀さが目に見えた瞬間だった。
そのことをすっかり忘れていた俺は今、幼女精霊にお説教を受けている。
「あの子たちがどれだけ頑張ったかわかってるの?」
「あ、はい」
「わかってるなら、精霊蜘蛛たちを今すぐ褒め称えなさい!」
「よく頑張ったな」
「はい!」
「本当に立派になった。俺の知らないところで頑張っていたのに、今まで知らなかった俺を怒ってくれ」
「いえ、そんなことはしません」
「いいのか?」
「母上が活躍していたことは私達の耳に入っております。私達は母上の子、母上が元気にしておられるのに、それを邪魔することはできませぬ。これまでの私達の働きをこの一瞬、この時に知ってもらい、称えられたことに感謝しない。そんな親不孝ものではございません。母上、私達は悪い子でしょうか?」
「そんなわけないだろ!俺はお前たちを誇りに思う……えっと」
俺がリーダー蜘蛛をチラチラ見ると、事情を察知した精霊蜘蛛の一人がこそっと教えてくれた。
「オウマです」
「オウマ、よくやった!」
「はっ!ありがたき幸せ!」
器用にお辞儀をするオウマの頭を撫でる。実はまだオウマたちを50レベルの壁まで到達したにも関わらず進化させていないのだ。それも第四進化もさせていない。
「今日は八雲様にご報告があります」
「……なんだ?」
まさか俺へのクレームか?いや、そんな様子じゃない気がする。報告というのだし、配下やめるとか?そんな風には見えない。でもなにか覚悟を決めたような顔をしている。一体なにを報告するんだ?
「まずはこちらの方を紹介します」
そう言って現れたのは精霊だった。それも幼女精霊と同じくらい高位の精霊だ。
「彼女は……」
「ここはわたしが言います」
「そうか、任せた」
「はい」
えっと、なんだろう。なんで二人はそんなに密着してるのかな?なんでオウマは顔を赤らめているのかな?
「わたし、名もなき精霊ですが、オウマ様とお付き合いすることになりました。わたしたちの関係に赦しをいただけないでしょうか?」
「……え?」
「わたしは、いえ、わたしたちはオウマ様だけに限らず、わたしたちを守ってくださった蜘蛛様をお慕いしております。どうか、どうか!わたしたちが結ばれる許可をください!」
「……え?は?」
衝撃的すぎる宣言に思考が停止しかける。まず情報を整理しよう。彼女は確か精霊領域にいた精霊だ。そしてそこの守護を任せていたのはオウマたちだ。
そこまではわかる。ずっと一緒にいたし、仲良くなることもわかる。でも、精霊と蜘蛛って付き合うことできるの?いや、種族間でできないとかできるとかわからないけど、こういうことってあり得るのか?
でも、目の前にそれがあるわけだけど。なぜ俺に許可を求めるのか。謎が深まるばかりだ。
「えーっと、それは俺に聞く必要あるのか?」
「「はい!」」
「そ、そうか。仲が良いのか?」
「「はい!」」
「うーん、じゃあいいよ」
「「ありがとうございます!」」
すごく喜ばれた。きゃっきゃしてる。一人に対して二、三人の精霊がついてる子蜘蛛がいるけど、一夫多妻制はだめとかこの世界で聞いたことない。というより結婚というものが存在するか知らない。
なんだかんだ放置気味だったので、オウマたちを進化させることにした場所は精霊樹の巣だが、ここで邪魔をする者はいないだろう。
ここにいるのは精霊蜘蛛と精霊守護蜘蛛だ。第四の進化先を確認してみると、何択かあるが、精霊系統の進化が良さそうだ。これは1択しかなかったのでそれを選択する。
「オウマたちが進化するから離れてくれ」
「!?!?」
オウマたちも含めて精霊たちが驚いていたが、これは決定事項だ。
「は、母上。お言葉ですが、私達はこのままでお願いします」
オウマが反論してきた。だが、それは俺からしたら到底受け入れられるものではなかった。なぜなら、今のオウマではPHには勝てるかもしれないが、俺やカルト、子蜘蛛たちには勝てないからだ。
「今のお前たちじゃ勝てない相手がいずれ現れる。レベルも限界まで上がった。スキルは上がるかもしれないが……今のお前たちに俺を倒すことができるか?」
「そ、それは……」
「試してみるか?」
手を顔の仮面に当てて「『天性』」と呟く。すると、全身を甲殻が覆い尽くし、背中に一対の爪が生えた。
身体が変貌し終わるのを待つことなく疾走した俺はオウマの前まで来ると、瞬時に身構えたオウマを無視して投げ飛ばした。
「なにするの!?」
オウマが飛ばされたことに一拍置いて気づいた精霊が驚愕する。
「今のも反応できないのに、強いと勘違いする慢心はどうかと思うぞ」
オウマが飛ばされて反応したのは精霊だけではなかった。オウマ以外の精霊蜘蛛たちは俺の動きを止めるべく糸を飛ばしてきた。
しかし、アラクネに進化したとはいえ、蜘蛛であることに変わらないため、糸は無効化された。
手で払い除けた俺は天糸で精霊蜘蛛を拘束していく。蜘蛛であるから糸を無効化にできる。確かに俺はそう言った。
しかしそれはあくまでスキルレベルが上であること、その属性の魔糸を操ることができることが条件となる。
つまり、天糸という俺の特殊な糸をオウマたちが操ることはできないし、無効化することはできない。
これを防ぐには拘束する前に避けるか、スキルレベルを上回るしかない。
「これでも進化しないと言うのか?」
遠く離れたオウマに問う。本当にそのままでいいのかと。
「は、母上。私達は強くなりました。今ここでそれを証明してみせます!」
「そうか。すでに味方は全員拘束された。それにも関わらず勝てる見込みがあると?」
「はい!」
「そうか。それは―――」
言い終わる前に俺は天網を自身の真下とオウマの真上に転移巣を展開した。その瞬間、転移した俺はオウマの視界から消え去った。
「え?」
驚くオウマの真上に転移した俺はがら空きのオウマの背中を手加減しつつ殴り付けた。
巣の下にある木々を通り抜け、地面へと激突し、砂埃をあげたオウマに対して俺は笑みを浮かべて言った。
「―――楽しみだな」




