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第91話 村の小さな修道院

 人参ジュースでお茶会を楽しんでいるとテーブルの端からひょっこりと顔を覗かせた子蜘蛛がいた。


「おはよう」


「マンマ……」


 やってきたのは幼子蜘蛛だった。テーブルクロスを登ろうとして、こてっと落ちてしまった。寝起きで力が入らないのだろう。


「ほら、おいで」


 背中の腕を伸ばして幼子蜘蛛を拾い上げる。脚をバタバタさせていたので、すぐさま抱き寄せる。


「まだ、眠いなら寝てろ」


「うん……」


 胸に収まった幼子蜘蛛は、目をとろ~んとさせて、夢の世界へと旅立った。


 その様子にルカさんはクスッと笑い、俺もまた微笑んだ。幼子蜘蛛は気持ちの良さそうに眠り、俺とルカさんは他の子蜘蛛たちが起きるまで静かに人参ジュースを楽しんだ。


 さすがのルカさんも何度もおいしすぎて気を失うなんてことはしないだろう。今も恍惚とした表情で飲んではいるが、ピタリと止まることはなく、頬を緩ませて人参の甘さを楽しんでいる。


 人参ジュースも二本目に差し掛かったところで、子蜘蛛たちがちらほらと起き始めた。寝ぼけている子蜘蛛たちが多いので、足取りが千鳥足だ。ふらふらと歩いてまだ寝ていた子蜘蛛を起こすこともあった。


 意識がはっきりするとキョロキョロとなにかを探し、俺のもとまで来ると元気よく「おはよう!」と挨拶してくる。それに返すと子蜘蛛たちは嬉しそうに「いってきます!」と言って出掛けていった。


 予定がある子蜘蛛たちは朝から仕事にいったり冒険にいったりする。休みの子蜘蛛は大体ずっと寝てる。そしてなぜかそこに、たかしくんが混じってたりする。寝てる人のところに集まりやすい性質なのだろう。


 拠点を見渡せば地面を埋め尽くすほどの子蜘蛛たちがいる。狭くないと言えば嘘になる。これはなんとか改善したい事柄だが、これがなかなか難しい。


 外の巣でも眠れないことはないが、彼らの目的が俺の近くで寝ること。つまり、ログアウト中の俺と寝ることだ。


 なんとかしてあげたいと考えていると、ルカさんから提案があった。それは子蜘蛛たちをこれ以上増やさないこと、子蜘蛛たちを卵からふ化させないことだ。


 すでに今の巣が定員オーバーにも関わらず、子蜘蛛たちは毎日倍に増えてる。このままではエリア内にぎゅうぎゅう詰めにでもしないと子蜘蛛たちが過ごせなくなってしまう。


 せめて新しいエリアで巣を作らない限りは、一度生むことはやめるべきだ、というものだった。


 これについて俺も思うところがあったので、ちらほら起きてきた子蜘蛛たちに伝言を頼んだ。


 子蜘蛛がこれ以上溢れない。これについては解決した。


 しかし、そこで一つ問題が発生した。それは増え続ける卵のことだ。繁殖のレベルが上がって卵の量も増えていく。これではインベントリの肥やしどころの話ではない。


 ルカさんに相談すると、すんなり答えが出てしまった。それは『食べる』ことだ。今から生まれてくる子蜘蛛がいるのに、それを食べるなんてできないと思ってしまう。


 ルカさんは話を続けた。まず前提として卵は魔力を与えないと生まれない。自然に生まれ出た場合は完全に野生の存在になる。


 これをしてもいいが、量が量なだけに熾烈な戦争が起きるし、毎日街襲撃イベント開催状態になってしまうだろう。


 それも面白くて悪くはないのだが、それでは蜘蛛というだけでヘイトを稼いでしまう。


 最近ではPH狩りを侵入者だけにとどめているので今は襲われることは少ないが、やりすぎれば徒党を組んで襲ってくる。そうすると、子蜘蛛たちが危険にさらされてしまう。


 それで最初にルカさんが言った『食べる』ことが最善の選択となるわけだが、果たして俺はこの卵を食べることができるのか。


「八雲様、魔力を与えなければ、八雲様の子供ではないですよ?」


「それはわかってるんだけど、今まで生まれてきた子蜘蛛たちのことを考えると複雑なんだよ」


「チュートリアルで言ったじゃないですか。子蜘蛛は非常食にもなると。魔物の世界は弱肉強食です。それによく考えてください。蜘蛛って本来は生まれた子蜘蛛同士で共食いをする存在ですよ」


「……そう言われるとそうなんだけど」


「これは言っていませんでしたが、魔力を注いでいない卵は鶏卵と同じです」


「え、は?」


「ですので、料理に使えるかと。この世界では卵は貴重です。鳥もいますが、魔物なので卵を手に入れるのにもリスクがあります。ですので、毎日大量の卵を手に入れられる【繁殖】スキルは料理人にとって喉から手が出るほど欲しいスキルとなっております」


 繁殖の更なる使い道は衝撃的だった。確かに卵料理はカレー炒飯の店ではほとんど見ることができなかった。魔物の卵がすべて鶏卵と同じような味であるなら、これは革命的な情報ではないか。


 人からも卵が生まれるのか、という疑問は置いておこう。


 まずは、子蜘蛛たちに相談して結果を出さないといけない事案だ。子蜘蛛たちの総意で『食べる』のか、『食べない』のか決めよう。


 最後は俺が決定権をもつが、この件については俺以外の親蜘蛛の子蜘蛛たちに聞かなければならないものだ。今日出た卵に関してはインベントリの肥やしになってもらおう。


 相談が終わり、今回、カルトの街に一緒に行くメンバーを決めることにした。


 代表者として、フウマたち六人と毒属性の桜魔(オウマ)、魔属性の曇魔(ドンマ)、射撃のあるふぁ、シーズナーの一色。


 これ以上は多すぎるので、他の子蜘蛛たちにはまたの機会にしよう。


 今日一緒にカルトの街に行くメンバーが起きたので、お茶会も終えることにした。


「もう行くな」


「はい、いってらっしゃいませ。あ、お土産よろしくお願いします」


「おう、楽しみにしてくれ。いってきます」


 ルカさんに挨拶を済ませてカルトの街へ行くために広場に向かった。広場にはさっき起きた子蜘蛛や酔いつぶれたマルノミとメルドアを運ぶ鬼たちがいた。


 マルノミは太くて大きいので運ぶのにも一苦労だ。


 メルドアは無意識なのか、状態異常になる粉を振り撒いていた。


 危険物二人組には近寄らずに広場を移動してカルトの街へと転移した。


 転移場所はクナトたちと出会ったボスエリアのすぐそこだった。ボスエリアはすでに解放されており、茂みの向こうに赤く目を光らせた骸骨騎士(スケルトンナイト)がいた。


 破れた黒のマントを羽織り、手には鎌を持っていた。まさか、上位種の魔物に進化しているのだろうか。


 茂みを進み、奴のもとへ近づく。すると、そこには一面の田園風景が広がっていた。


 黒いマントをはためかせた骸骨騎士(スケルトンナイト)はよく見ると、鎌ではなく鍬を持ち、麦わら帽子を被って畑仕事をしていた。


 闇に落ちたはずだが、一体なにが起きたのか。


 畑以外には墓地があり、近くには教会が建っていた。教会のシンボルマークは十字架にクモの巣が張り付いているものだった。


 農民スケルトンの興味を失い、教会へと行ってみることにした。ボスエリアのときにはなかったもので、墓地には瓦礫がなく、墓もきちんと整備されて、花が添えられていた。


 色々変わりすぎて目を疑うものばかりだった。


 教会に近づくと、修道服を着たスケルトンが現れた。手には杖を持ち、神聖な雰囲気を纏っていた。


「あら、いらっしゃい。神様への祈祷でしょうか?それとも、私達への挑戦でしょうか?」


 シスターはカタカタと笑いながら言った。


「いや、観光」


「そうですか。ええ、ここはカルト様が再建してくださいました、私達の修道院でございます。今はのんびりとここで暮らしながら挑戦者を待ち受けております」


「挑戦者?」


「はい。私達はいわば、カルト様の街の門番。ここを通り抜けられる実力がなければ、あちらへ行ったところで痛い目を見るだけです」


「なるほど」


「……どうやら貴女(あなた)にはすでにカルト様のもとへ向かう権利があるのですね」


「???」


 一体どこを見てそう判断したのやら、俺には見当がつかなかった。


「その服からはカルト様の魔力を感じます。よほど大切にしておられるのですね」


 なるほど、わからん。


「よければ、街へ案内しましょうか?」


「いや、いい。方角さえ教えてくれたらいい」


「方角ですと、この道を真っ直ぐ行ったところにあります」


「わかった、ありがとう」


「いえいえ……おや?あちらは貴女(あなた)方の連れの方でしょうか?」


 シスターが不思議そうに見つめる先には武装した人と商人らしき小太りの男がいた。


「挑戦者の方ですか?」


「あぁ?なんだてめぇ!」


 シスターが訪ねると、武装した男は怒鳴り付けた。


「待て待て、勝手に争おうとするな……ほほう?これはこれは、随分と美しい方がいるようで。どうかな?わしのもとへ来ぬか?蜘蛛の方よ」


 ぞわりとする視線。小太り男が見つめるのはなぜか俺。しかもよくわからない勧誘をされた。これが俗にいう宗教の勧誘というやつだろうか。生憎、俺は無神論者だ。


「ママに手を出す人は許さない」


 男に噛みついたのはさっきまで畑のトマトを盗み食いしていたハクマだった。一部始終を見られたハクマ、シスターによくわからん植物の種を渡して買収したのを知っている。


「ママに変な目線を向けるな」


 ハクマに援護するように現れたのはきゅうりを齧るコクマ。そのきゅうりはどこから持ってきた?まさかコクマも畑からとってきたのか?


 きゅうりを持つコクマを後ろから睨み付けるシスター。


「あの、シスター」


「はい、なんでしょうか?」


「これ、つまらないものですが……」


 視線をはずしてこちらを向くシスター。目が笑っていない。完全に怒ってらっしゃる。そんなシスターに俺はあるものを渡した。


「まぁ!いいんですか?」


 シスターの反応は良好。渡したのは俺達の各種糸だ。


「え、ええ。うちの子供たちが続々と畑から盗み食いしてるので、これは謝礼です」


「いいですのに、こちらの方がよっぽど価値が高いのですが……」


「子蜘蛛たちがたまに遊びに来るかもしれないので、糸か子蜘蛛が持ってるなにかと畑のものを交換してやってくれるとありがたいです」


「でしたら、いつでも来てくださいな。私達も子供は好きですから」


 やっぱり彼女はエリアボスだ。なぜなら俺に向ける視線がくましゃんのそれだからだ。あの畑仕事をしていたのはクナトだろう。


「ひぃ!?な、なんなんだ、こいつは!?」


 シスターの後ろを見ると、武装していた男が土壁に磔にされていた。土壁は魔法で造られたものだろう。


 小太りの男は膝を笑わせて身動きを取れなくなっていた。


「この程度でママに突っ掛かってきたの?」


 コクマは左手に闇を集めてトドメを刺すつもりだ。ハクマもまた、右手に光を集めていた。


「コクマ、ハクマ。それ以上はやめなさい」


 二人に声をかけると、集めたものを霧散させて俺に抱き着いてきた。


「「ねぇ、ママ。えらい?」」


 息のあった二人には怒ることはせず、頭を撫でてやる。それだけで嬉しそうだ。説教はあとでする。今はそういう雰囲気じゃない。


「そこの……人族。ここになに用で来た?」


 ドーマが厳つい土槍を生成しながら近づいた。


「こ、ここには言葉を喋る魔物がいるから来た」


「それで?」


「わ、わしは頼まれただけじゃ!わしは悪くないんじゃ!」


 小太り男はそう言うと、ブクブクと泡を吐いて倒れた。結局、目的がわからず仕舞いだ。二人を捕獲しておいたのであとでカルトがなんとかするだろう。


「シスター、俺達はそろそろ行くよ」


「そうですか。カルト様によろしくお伝えください」


 シスターに別れを告げてその場から離れる。行く先々で絡まれると俺には運がないのではないか、と感じてくる。けど、今のところ問題になるような相手は現れていない。


 道を真っ直ぐ進み、森を抜けていく。俺はきゅうりを齧りながら風景を楽しむ。フウマたちもそれぞれ好きな野菜を食べながら進む。食べ慣れてるだけあって人参には厳しい評価をつけるものの、食わず嫌いはしない。


 この野菜は盗んだものではなく、元クナトスケルトンがくれたのだ。俺たちのことを完全に忘れてるらしく、特に突っ掛かってくることはなかった。さらっと二人を識別したが、二人とも聖骸だった。ここを突破できる人は現れるのだろうか。


 道が整備されている。(つまず)かないように整地されて、木を伐採して視界が見やすくなっている。アンデッドのエリアらしからぬ空気のきれいさをしているのだが、野生の魔物は現れることがあるのだろうか。


 野菜をポリポリむしゃむしゃしていると、遠くからこちらに向かってくる人だかりがあった。一応警戒はするが、ここで争おうとする人なんてまずいないだろう。なにせカルトの支配地域だ。


 友達である俺にちょっかいかけても利益はまずない。それに蜘蛛の集団とわかって襲う人なんて何度も戦ったPHくらいのものだ。


 近くまで来た人達は馬車に乗った集団だった。歩いているのは護衛か。こちらを警戒素振りは見せるが、襲ってきたりはしない。


「ママ、なくなっちゃった……」


「ん、わかった」


 ハクマが追加の野菜を要求してきたので、インベントリからきゅうりを取り出した。視線をあの人だかりに向けるとなぜか武器の柄を握っていた。


「ほら、きゅうりだ」


「ありがとー!」


 きゅうりをもらったハクマは嬉しそうにポリポリ食べ始めた。身動きを止めている集団を通りすぎ、また次の集団が現れ、俺たちに警戒し、そして野菜をかじる。これを何度も繰り返した。


 森を抜けると草原に出た。そして、遥か先へと続く石畳の道の奥に城壁のような壁が見えた。あれがカルトの街だろう。人がたくさんいたあの街と比べると小さいものだが、それでもプレイヤーの手で一から造り上げたのならでかすぎる。


 道の先には門があり、長蛇の列があった。おそらく入場するのに券でも買うのだろう。こういうのは順番抜かししてはいけない。フウマたちにも注意をして、大きなリュックサックを抱えた男の後ろに並んだ。


「これってどれくらいかかるの?」


「わからない。カルトの街だし勝手にするのは悪いからな。みんな、大人しくしてね」


「「「はーい」」」


 野菜をポリポリ齧っていると門の方が騒がしくなってきた。なにかあったのだろうか。


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