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第89話 家族水入らず

 魔骨糸の巨城を造り上げた俺はユークを連れて拠点に向かった。一緒にいたカルトは素材採取に向かったので途中で別れた。キョテントの場所は砂浜から離れた珊瑚の崖に設置した。


 幻想的な珊瑚の島には珊瑚だけでなく、海草のようなものが生えていた。わかめのようにヒラヒラとしているのにも関わらず、まるで海の中に生えているかのようにピンと立っていた。


 時折波にさらわれたみたいに海草がヒラヒラと揺れた。


 珊瑚の色と美しい海が生み出した光景だけでなく、ここにあるすべてがそれぞれに神秘的な芸術品のように綺麗だった。


 見つめすぎると時間を忘れてしまいそうになったので、ユークを連れて早々に去ったのだが、時間があるときにはみんなを連れて海遊びをしたいと妄想を膨らませた。


 こうなってくると第二エリアボスの制覇を早く終わらせたい。最近、子蜘蛛たちと行動することが少なくなってきたので、ここいらで子蜘蛛たちとピクニックとか街で買い物なんか初めて尽くしをしてもいい気がしてきた。


 するとしてもまた明日だ。今日はもう夜も遅い。拠点に帰ったら子蜘蛛たちには早く寝るように言いくるめよう。


 広場を過ぎていくと、幼子蜘蛛たちが砂糖に惹かれた蟻のように着いてくる。今日もみんないい子にしていたようで嬉しそうに今日あったことを話してくれる。


「ほめて、ほめて!」と言えば、立ち止まってなでなでする。


 そうすればすぐさまみんなもと来るが、最近は飴と鞭というのを覚えてきた俺は少しだけ我慢してもらうことができるようになった。それでもひとりひとりなでなですることには変わりない。


 やったやらないでは、やった方が幼子蜘蛛は嬉しくなる。それに我慢をすることはいいことだけじゃない。時には悪いときもある。だから、幼子蜘蛛たちには我慢も覚えてもらうが、我慢しないことも覚えてもらう。


 話を聞いて特に頑張ったと思える子は抱っこしてあげた。一番幼い子蜘蛛は背中におんぶだ。それだけで幼子蜘蛛たちは大騒ぎだ。そわそわしてる子蜘蛛たちも変わらずかわいい。


 拠点に入るとフウマを代表とするそれぞれの蜘蛛種族の頂点が出迎える。キリッと凛々しい顔をしていても、俺からしたら可愛くてしかたがない。


 俺がカルトたちとエリアボス討伐に向かっていたことはすでに知っているので、俺がいなかったことについては心配なかっただろう。ユークもいたし、クナトもいたし……クナトは途中離脱したか。


 クナトは、うん。ここにはいないな。ここではないどこかで今もなお気絶していないといいが。クナトについては明日考えよう。


 俺がカルトや味噌汁ご飯とエリアボス討伐に行っていたことに子蜘蛛たちは悲しそうにしているかと思ったが、そういうことは決してなかった。俺が無事に帰ってくればそれでいいとフウマは言っていた。


 言っていたが、ちょっとだけ嫉妬が含まれていたことに気がついた。よっぽど俺と一緒にエリアボス討伐に行っていたユークが羨ましいのだろう。


 俺にはニコニコしているのに、ユークを見る目が獲物を狩る目をしている。それに対してユークは微笑みで返す。ユークもやるようになったな。だけどな、子蜘蛛たちにそれは逆効果だ。


 なんたって、子蜘蛛たちは俺の子だぞ?


 瞬時にユークに向かって光属性の見にくい魔糸が絡み付く。しかし今は夜に差し掛かった時間帯だ。丸見えの糸を容易にかわしたユークは「その程度?」と煽るが、すでに決着はついている。


 光属性の魔糸による陽動はうまくいき、夜と光属性の魔糸の影に隠れた闇属性の魔糸がユークの動きを封じた。頼みの綱である蜘蛛聖霊はというと、散々役に立たないと言われて拗ねてしまったので、見て見ぬ振りをした。


 くましゃんたちはユークに、にこっと微笑むだけで助けることはしなかった。調子に乗ったつけがまわったんだ、安心して精算してくるといい。


 これから警備に入る子蜘蛛たちにユークを引き渡す。俺を見つけると敬礼をしてきたので、敬礼して返した。すると子蜘蛛たちは嬉しそうにしていた。


 ユークには子蜘蛛たちと一緒に仕事をしてもらう。なぁに、二、三日したら帰ってこれるだろう。


 邪魔者はいなくなったとばかりにコクマとハクマが抱きついてきた。甘えん坊の二人は特にスキンシップが激しかった。といって抱き着いたり頬擦りするだけだ。身体が人間らしくなったので密着度が増した。


「わかったわかった。今日は一緒に寝るか。でも、ちゃんと順番は調整するんだぞ?喧嘩は許さないからな」


 二人の押しに観念した俺は一緒に寝ることにした。もちろん他の子蜘蛛たちのことも考えてもらう。フウマたちは自分の子蜘蛛たちと一緒に寝るみたいだ。俺が一番上の父親だけど、フウマたちは子蜘蛛を持つ立場だ。


 アラクネになって俺達の寝方に苦戦した。なにせ人間みたいに横になるには下半身の蜘蛛が邪魔だから。それなら、どうするか。答えはアラクネの身体操作をしたときに最初どうしたか。


 上半身の人の身に神経をもっていかず、蜘蛛の身体のみに神経をもっていく。ユッケが卒倒しそうだった人の身体ぐわんぐわんさせながら移動させるあれだ。


 これが一番寝やすい。あとは蜘蛛の身体なので、いつも通り伏せて眠るだけ。


 子蜘蛛たちと身体を寄り添って眠る。コクマとハクマは俺の人の上半身を抱き締めて眠る。これでより密着した眠りを得られるのだ。


 あとはログアウトするだけだが、見回した限り、ルカさんはいなかった。また、どこかに出掛けてしまったのだろう。


 ログアウトすると意識が次第に覚醒していく。冷房のお陰で適切な温度のなかで目覚めるため暑苦しいなんてことはなかった。いつもなら。


「お母さん、起きて。もう夕方だよ」


 俺の腕を抱き締めて眠るお母さんがいたおかげで少しだけ暑さを感じている。やはり人肌というのは暑い。これが冬だったなら暖かいだけで収まるのだが、今は夏だ。


「んぅ~?あーくん?」


「寝惚けてないで、俺だから」


「あーくんだぁ~」


 ぎゅっと抱き締められ、顔をスリスリしてきた。ここまでくるとどうしようもないが、夕飯をつくって貰わないとみんなが困る。


 ふと、見上げるとドアの隙間からミオが覗いていることに気がついた。


「ヘルプ」


「むり」


「無理じゃない。ミオならできる」


 いやいやと首を振って否定する。この状況を打開するにしてもやはりお父さんが帰ってくるのを待つしか手立てはないのか。


「なぁ、ミオ」


「なにかしら?」


「とりあえずお父さんにご飯がないことを伝えて貰っていいか?」


「それくらいならいいわよ」


「たのんだ」


 ミオが去っていくの見送って視線を下に移す。そこにはまだ引っ付いているお母さんの姿が。どうしたものかと考えたが、やはり無理矢理剥がすしかない。ここにいても辛いだけだ。


「先に謝っておくけど、痛かったらごめんなさい」


「んくぅ?」


 抱き着いてる手を無理矢理剥がしてごろんと勢いよく転がった。手を下敷きしないように気を配ったので痛がっていないはずだ。


「いけた……!」


 なんとか脱出できた俺は額から流れる汗を拭き取った。明かりのついた部屋での運動はそれなりに疲れる。それも人肌が触れ合うものは。


 夏場で代謝がよければ、さらにしんどいことになる。今回はクーラーのついた部屋だったからなんとかなった。


「うぅ……あーくんが、あーくんが……いなくなったぁ……」


 問題はお母さんが泣きそうなことだけだ。おかしいな。うちのお母さん、あれでも大人なんだけどな。


 まるで親を見失って迷子になったかのようだ。なにかを探すように手を巡らせ、ないことがわかって唸り声をあげる。


「そんな目で見てもだめ!」


 お母さんと睨み合っていると部屋の外から誰か近付いてくる音がした。これはまさか、お父さん(救世主)が現れたか。


「言ってきたわよ。お父さん、もう少しで帰ってくるってさ」


「あとは任せた!」


 ミオが入ってきたドアの隙間に滑り込んで脱出する。もちろん、多少のケガは承知の上だ。ミオの股下を通り抜け、お手洗いに駆け込む。


 長時間のゲームは自分の限界を試すものでもある。FEOをやりこんで、起きたら海ができてたなんて洒落にならない。


 ミオの悲痛な声が聞こえた気がするが、それどころじゃない。


 なんとか間に合った俺はリビングにて一息つく。決してミオを助けるつもりがないわけではない。何事にも休息というものが必要であって、唯一の妹を見捨てるなんてことはしない。


 ただ、尊い犠牲だった、とは思っている。


 ソファに身体を沈めて救世主が帰ってくるのを待つ。目を閉じて今後の予定を練る。視覚をなくすことで聴覚が冴え渡り、遠くからミオの救助要請が聞こえてくるが、耳を塞いで聴覚もシャットダウンする。


 今日の夜は子蜘蛛たちと買い物に行こう。それで明日はフウマたちを連れて次のエリアボスだな。


 それから俺の着ていた服を羨ましがってた子蜘蛛たちにはカルトのところに連れていこう。素材はこっちで提供するし、いいものを作ってくれるはずだ。


 あれはなにしようか。


「おや、いるのはりゅーだけか」


 後ろから声がかかったので、振り返るとそこにはスーツ姿のお父さんがいた。


「あ、お父さん、おかえりなさい」


「ただいま。ミオとノンちゃんは?」


「俺の部屋で寝てるよ」


「???……りゅーの部屋で寝てるのか?」


「うん。いつもの」


「なるほどな。支度するから、りゅーは二人を起こしてきてくれ。それから、りゅーも着替えてきなさい」


「ええ、俺が起こすの?二次被害になるだけだと思うけど?」


「……それもそうだね。一緒に起こしに行こうか」


「うん」


 支度の終わったお父さんを連れて自室に向かう。近付くに連れてミオの弱々しい声が聞こえてくる。


 逃げようとするとお母さんは強く抱き締めるので、逃げるなら素早くしなくてはならない。おそらく、ミオはそれができていない。


「メシアよ……」


 ミオはお父さんに手を伸ばす。お母さんの束縛は力強いので、身体の大きさなんて関係ない。俺よりも背が高くともお母さんよりも大きくとも関係ない。大きいというのはどこの部位をさすかは察してくれ、とだけ言っておく。


「……ここでは私が救世主なのか」


「お父さんだけが頼りなんだよ」


 お父さんがミオに手を差しのべてお母さんごと引き上げ、二人を抱き締めた。お父さんはお母さんも好きだが、その次にミオのことが好きなので、このチャンスを逃さない。


 お母さんによって疲れきったミオはこのときだけは、されるがままだ。お母さんはお父さんに抱き締められたことで次第に毒気が抜けていくように正気を取り戻していく。


「……あーくん?」


「……ただいま」


「……あーくん、おかえり、なしゃい」


 なんだ、これ。ってものを見せつけられる俺と一緒に抱きしめられたミオ。二人の世界に入り込んでしまったので、ここでもどうすることもできない。


 まるで世界を救った勇者が帰ってきて、塞ぎこんでしまった姫を慰める。そんなシーンだが、そこに無関係のメイドまでも一緒に抱きしめられる。これはそんなものだ。


 俺は一人、自分のスマホを拾い、部屋を出て扉をそっと閉めた。


 おそらく数十分は帰ってこないだろう。ミオもいることだし、そんなにイチャイチャしないとは思うけど、お腹が空いてきたので、あまりに遅かったら叩き起こそう。


 スマホを取り出してメッセージを確認する。そこにはクラスメイトからの遊びの誘いやら、親戚からのお泊まりについてのメッセージが来ていた。


 遊びの誘いは残念ながらFEOがあるからお断りして、親戚の話にはとりあえず楽しみとだけ伝えておいた。


 この時間だと雪も起きてるはずなので、雪に街に遊びに行きたいことを言っておく。できれば集まる時間も決めておきたいが。


 ついでに裕貴とヒデノリも誘っておく。遊ぶならみんなと遊びたいしな。子蜘蛛たちとの買い物もあるが、それとこれとは別だ。


 この暑いなか、わざわざリアルで遊ぶのも辛い。なにより暑いので、気軽に遊べるFEOは非常に便利とも言える。


 返事はないが、既読はついたのであとはFEOでルカさんに連絡して貰えばいいだろう。


「さてと……三人を起こしに行くか」


 数分でお腹が騒ぎ出したので、さっさと外食にでもなんでも行きたい。


 自室に向かうと俺のベッドでダウンしてるミオと、その前でいちゃつく二人がいた。


 俺が来たことに気がついてない。揺さぶったところで意味がないことには長年の経験でわかりきっていることだ。ここではもっとも簡単なヘイトの稼ぎ方をするだけで十分だ。


 両手を広げて勢いよくぶつける。それだけでこの場を支配することができる。弾けた音にビクッとした二人がこちらをぱちくりと瞬きした。


「お腹空いたからご飯食べに行かない?」


 二人はお互いの顔をもう一度見るとにこっと笑った。


「「行こうか」」


 二人は顔を見合わせて俺に対して笑った。お父さんは準備があると言い、お母さんはお洒落してくると支度に向かった。


 あとはミオだけだが、ミオはまぁ、物理的にやればいい。脇腹を小突いてやれば、ビクッとして起き上がる。


「おはよう」


「……う」


「う?」


「裏切り者~!」


 ミオを見捨てたツケを精算して、俺達家族は久しぶりの外食を堪能したのだった。


 ちなみにお父さんは子供を三人連れたシングルファザーにでも見えたのか、店員にナンパされていた。


 お母さんが暴れたが、それもご愛嬌ということで、家族水入らずの食事はやっぱり楽しいということを改めて知ることができた。

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