白雪姫は溺愛されているようです
これは、とある一家の物語――――。
鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのは誰かしら?
白い肌、切れ長の目、そして漆のような黒く美しい髪を持つ女性が如何にも高価な鏡に対してそう問いかけると鏡はこう告げた。
『女王よ、それはあなたの娘でございます』
鏡がそう答えるとその女性は「うふふ……」と妖艶に笑いながらもう一度同じ問いかけを鏡にすると、当たり前だが鏡は再び同じ答えを返してまた女性は笑った。
そしてその女性は部屋の窓を開けて夜空に向かってこう叫んだ――――
「お父さーん!!! やっぱりうちの娘は世界一よおおおおおおおぉぉぉぉー………!!!!!!」
よおー………よぉー……………ょぉー……………………
そしてその直後部屋の外を走る、バタバタという足音が聞こえ勢いよくその部屋のドアが開けられた。
バンっ!!!
「お母さん! 今何時だと思ってるの!」
「あらあら、ついねー」
「毎晩毎晩、空に向かって叫ばないでよー、もー!!」
「怒った顔も可愛いわぁー!」
先ほど夜空に向かって叫んだこの女性、名を「ウィックドクイーン」。
この国を統べる王妃である。
そしてその王妃に対して頬を膨らませながらぷんすかと怒っているのは王妃の娘、名を「白雪姫」。
王女として生を受けた今年で十六歳のうら若き乙女。
そんな白雪姫の最近の悩みはこの母親。
そう、白雪姫は母親に溺愛されてしまって困っているというとても幸せな悩みを抱えていたのだった。
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「王女様、こちらの書類を――――」
「はい」
「王女様、本日のご予定ですが――――」
「はいはい」
「雪ちゃーん! ただ会いに来たわー!」
「早く仕事に戻ってくださいお母さん!」
王女白雪姫の日常は朝早くから始まる。
五時に起きて顔を洗って歯を磨いたら城の周りを二周ほど走り、シャワーを浴びて母親と共に朝から豪華な朝食を食べてこうして執務に精を出している。
白雪姫の主な仕事は書類の審査や国の情勢の調査など、簡単に言えば国の方針を決めたりする重役についている。
では母親は何をしているのかと言うと、その隣でただただずぅっとにこやかに娘の白雪姫を見守っているというだけ。
勿論仕事がないわけではないが単純に白雪姫がハイスペックすぎて自分がやる前には大抵の仕事は終わっているのだ。
しかし白雪姫は女王とはいえどまだあどけない少女でもある、そこで白雪姫はほかの少女たちと同じく学校に通っている。
通っている学校で白雪姫は男女問わず人気があり、身分の差など乗り越えてみせると告白しては玉砕する男子が後を絶たないらしい。
だからと言って白雪姫は何か特別に手当てを受けているとかそんなことはない、あくまでも他の子たちと同じようにと母親であるウィックドクイーンから学校長へ直々にお願いしたようでそれによって白雪姫にいろんなことを学んで欲しいとのことであった。
そのため現在白雪姫には沢山の友人がいて、それはそれは毎日楽しい学校生活を送っているとか。
そして執務が終わると度々友達を城に招いて遊んでいるのだ。
「こんにちはー!」
「いらっしゃーい!」
今日やって来たのは、白雪姫のいわば幼馴染である女の子で名を「グリム」という。
グリムと白雪姫は大層仲が良く、まるで恋人のように親密であった。
グリムはウィックドクイーンに白雪姫の部屋に案内されて、二人は数年ぶりに再会したかのような喜びを見せた。
ウィックドクイーンはそれから二人に紅茶やお菓子を出してきたのだが、白雪姫にはどうにも我慢ならないことがあった。
「お母さん」
「なーにー? 雪ちゃん?」
「持ってきたんだったら早く出て行ってくださいよー! なんで一緒に食べてるんですか!」
「あらあら~」
「グリムも何か言ってよ――――」
「このクッキー凄く美味しいです!」
「ありがとう、これね雪ちゃんの好きな林檎が入っててー」
「グリムぅぅぅぅ!!」
顔を真っ赤にして二人に声にならない叫びをあげる白雪姫、ウィックドクイーンは「お邪魔しました~」と言ってさぞかし楽しそうにまた執務へと戻っていった。
それからグリムが帰ると、白雪姫は後片付けを始めた。
そしてその最中に、一つ気になる視線が――――
「じ~……」
「お母さま……何を?」
「ただ見てるだけ~!!!」
「なら手伝ってください!!」
それからウィックドクイーンは娘に怒られて片づけを手伝った後、夕食を娘と共に食べて幸せな壱日を送った。
そんな白雪姫もお年頃の女の子、彼氏の一人いてもおかしくはなくて、母親であるウィックドクイーンは毎晩毎晩不思議な鏡の前にやって来てはこう話しかけている。
「鏡よ鏡、世界で一番可愛いうちの娘に手を出そうとしている不届き者はいるかしら? というかまだ雪ちゃんに彼氏できてないわよねぇ!? ねぇ!?」
鏡は困り果てた様子でいつも『心配することはありませんよ』と答えるのだが、母親特有の……というか親バカ特有の心配症はそう簡単には解消されず喋る不思議な鏡は毎晩残業しているのだ。
『女王様、もう毎晩毎晩聞いてくるのはやめてくれませんか? せめて二日に一回とか――――』
「ダメよ……それじゃ私が耐えられないの……」
『いい加減子離れしたらどうでしょうか? いつか白雪姫様もご結婚をなさる時が来るのですよ?』
「………女王権限でどうにかならないかしら」
『なりません。というかあってはなりません、そのようなことに権力を使うのはいささかなものかと……』
鏡がそこまで行ったところで、がっくりとうなだれていたウィックドクイーンは目つきを鋭くして立ち上がり鏡を持ち上げて叫んだ。
「雪ちゃんが結婚するのはそのようなことなのですかぁ!?」
『落ち着いてください女王様……揺らさないで!!』
「あらごめんなさい」
『……女王様が白雪姫様を思う気持ちは素晴らしいと思います、ですがそれではいつまでたっても子離れできないダメな母親になってしまいます、ただの親バカになってしまいます。ここは一つ、白雪姫様の幸せを願い、気持ちを尊重されてはいかがなものかと――――』
「あっ! 雪ちゃんだー!!」
『人の話を最後まで聞いてください!?』
「人じゃなくて鏡でしょうあなた」
『今そう言うツッコミはいらないんです………ってあぁまたどっか行っちゃった!』
「お母さんくっつかないで!」
「あらあらあら~!」
そして通りかかった白雪姫がロックオンされて母親に拘束され、鏡はそれを見て呆れてため息を吐きながら人が眠るように静かになった。
それとは対照的に親子二人は母親の一方的な溺愛っぷりによって今日もまた夜更かししてしまうのである。
寝室へ行きベッドに入って瞳を閉じて夢の世界へ潜り込み、夜が明けて眠りから覚めると二人はいつも通り執務をこなしたり白雪姫は学校に行って勉学に励んだり、ごくごくありふれた幸せな家庭を過ごしていく。
今日も今日とて、ウィックドクイーンは白雪姫に愛情を物理的に向けている。
その度に白雪姫に怒られたりはしているが、母親はその程度ではへこたれない、というかむしろ燃え上がっている。
そして娘に対する感情が臨界点に達すると決まってこう叫ぶのだ。
ほら、また窓を開けて深く息を吸い込んだみたいですよ?
「やっぱりうちの娘は世界一よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ…………!!!!!」
よぉー………ぉー…………ぉ…………!!
「ふぅ、スッキリしたわ!」
「だから毎回叫ばないでよぉ恥ずかしいから!!」
「やっぱり怒った顔も可愛いわぁ~!!」
白雪姫は、溺愛されているようです。
今日も白雪姫は、母親に愛されている。