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夜明け前

作者: 喜久之湯

猫が男女問題について考えていた。

 恋路は、すべて闇の中である。

 ある時は屋根づたいの先で事に及び、ある時は数十軒先まで聞こえるヨガリ声を出し、ある時は家の入り口で情事にふける。

 一筋縄にはいかぬが、何処でもやってやるという気概に貫かれている……。


 先日、まだ夜も明けきらぬうちから、庭先にてノラ猫が交尾にいそしんでいた。春の発情期でもないのに。

「ワォ! やってる、やってるぅ!」

 三歳と四歳になるオス猫の兄弟が、興味津々の様子で部屋の窓に張り付き、ノラ猫の交尾の様子を凝視している。

「あぁ―― 俺たちもエッチしてぇよな……」

 二匹は生後数ヵ月のうちに去勢されていたため、外の世界を全く知らない童貞の家猫なのであった。だが、いくら去勢されたとは言え、本能が呼び覚まされることはあるのだろう。

「シッポの付け根あたりがムズムズしてくるぜ…… 」

 二匹のモヤモヤ感は、納めどころがなかった。この欲求不満な状況をどうしてくれよう。こうなったらオス猫同士、仲良くじゃれあっているふりをしながら、禁断の交尾でもしてみようか。まさしく〈敵は本能 "時" にあり〉なのである。


 ノラ猫の激しい交尾は嵐のように過ぎ去り、再び静寂が戻ってきた。外はまだ暗闇に閉ざされている。

「なんか、お腹が空いてきたね」

 性欲の次は食欲か……。

 腹が空きすぎたせいか、いまさら寝ることもできない。二匹は、暗い部屋の片隅で静かにたたずんでいた。何やら無言で反省会を開いているようにも見える。彼らの頭の中は、つい今しがたの交尾の残像が消え去ってはいなかった。この興奮の余韻を、もう少し味わっていたい。 

 どちらからともなく、性へのあこがれを語りはじめたのは自然の成り行きだった。そして、話はテレビのワイドショーなどから流れてくる、人間界での男女問題に……。


「最近のゴシップニュースは、やれ不倫だ浮気だって話しが多いよね。俺ら猫は、婚姻というものが無いからよく分かんないけど」

「不倫する奴って、やっぱりあれかな。性本能が強いのかな」

「かもな、多分……。社会的な信用をなげうってでも、それでも本能に導かれるって凄いぜ」

 この手の話になると、二匹は妙に饒舌になるのであった。

「まるでドラマや小説の世界だね」

「人間だってさ、時には本能のまま生きてみたいって思うんだろう。本当はね 」

「だから、不倫をテーマにした映画やドラマがヒットするんだね。そうか…… あっ分かった。空想の主人公に欲望を託すんだね! 」

「だな。人のサガってやつをな」

「うん。大変だね、人間って」


 そうこうしているうちに、空が少し白々としてきた。二匹の猫はお腹が空いていることも忘れ、男女の下世話な話を熱く語り続けている。

「男ってさ、よその姐さんをチラ見したりエロ本見たりとかするじゃない。それを浮気したかのごとく言われたりして、大変だね」

「男女って、重要なのはやっぱり信頼関係なのかな……」

 信頼関係……。それは、相応の時間をかけながら、絶妙なバランスの上に成り立つものである。何かの出来事で、一瞬にして壊れてしまうこともある。そんなことを考えると、人間関係って美しくも儚い。

「分かっちゃいるんだろうけどな。何も事件が起きない〈平穏無事〉ってのが実は幸せの本質なんだって。それを忘れて、欲に走っちまうんだ。そんな時、心の中に隙が出来るんだろうね」

「心の隙って、何なのだろう」

「寂しさ、弱さ…… かな」

「うん……。心の中で何かが欠けてしまい、その隙間を埋めたがるんだろうな」

「心が欠けたままではいられないってことだね、人間は」

「その隙間に、異性が入り込むのさ。本能的にね」

「でもさ…… そんな隙間だらけの心でもさ、色あせた日常に見え隠れするさやかな幸せを包み込むことって、出来ないものかな。よそから異性が入り込む前にさ」 

「ん……。猫には欲が無いからな。難しいな。……分かんないや」


 東の空に少し赤みがさしてきた。夜明けはもう近い。

 二匹の猫は、何かを祈るような気持ちで、その空の色の変化を見つめてていた。

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