父の遺言
「とにかく、誰か、助けて!」
この必死な声を放ったのはジルアである。彼は、ついさっきアゴランという顎のしゃくれた男に出会った。すると、その男が彼の目の前でおじいさんを跡形なく消し飛ばしたのだ。それを見た彼は一時は解放された恐怖に再び囚われた。衝撃なことだったので、無理もない。
「あんなんまともに喰らったら…」
ジルアはすでにトラウマとなった光の玉の威力を思い出した。光の玉とは、アゴランのしゃくれた顎の先端から生み出されたエネルギーの塊である。そして、おじいさんを消し飛ばしたものもこの光の玉だ。
「どうしようもない。とにかく逃げよう」
そのときのジルアは、ただただ逃げることしか考えていなかった。
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一方、さっきまではおじいさんを光の玉で吹き飛ばして満足そうな顔をしていたアゴランだったが、なぜか今は不機嫌になっていた。よほどイライラしているのか、少し声を荒げて黒ずくめの男たちに向かって何かを言い始めた。
「よく聞け諸君!私はさっきあの無礼者を顎ビームで吹き飛ばした。しかし!しかしだ!私たちを隠れてコソコソと見ていたガキをまだ私たちは仕留めていない!あの者も私たちは殺す必要がある!よって!私たちはあの者を探し出し、殺すことも義務だ!分かったか!」
「はっ!アゴラン様!」
「よし、よく言った。我が20人の精鋭達よ。必ず探し出し、我が目の前にそのガキを差し出すのだ!よいな!」
「はっ!ガリアの神に誓って必ず探し出し出します!」
自分の部下の誠実さをしみじみと感じたアゴランは急に不機嫌から上機嫌になった。ガリア教団第六幹部でもあるアゴラン・ヘバンは部下を束ねるのが非常に上手で面倒見がいいが、かなりの気分屋でもあるのだ。
「さて、私も探すとしよう」
空にはどんよりとした黒い雲が立ち込め、冷たい風も吹き始めた。気がつけば、アゴラン達に恐れをなしてさっきまで公園にいたジルアやおじいさん以外の人ももうどこかへ逃げていた。
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アゴラン達がジルアの捜索に乗り出した頃、ジルアは林を抜けてこの町の中心部である広場に出ていた。幸い、火の手が回っていたのは住宅地だけだったので、広場までは回っていなかった。
「林を抜けた。広場かな?うん、ここは多分広場だ。よかったあ〜」
ジルアは林を抜け、広場に出たことを喜んだ。なぜなら、広場はこの町の本当に中心部で、広場の管理室にはこの町の人全員が1週間生きられるほどの水や食料があり、おまけに常に誰かが在中していて、この町の避難所に指定されていたからだ。もちろん、避難所なので今のような非常事態には多くの人が広場に集まっていた。
「できればおとうさんを見つけられたらいいな」
ジルアはちょっとした希望を抱きながら、広場の隅の非常用掲示板に目向けた。この非常用掲示板とは、災害時に人とはぐれた際、ここに自分はここにいますという張り紙を貼ることができる巨大な掲示板である。さて、その掲示板を見たジルアだったが、彼の望んでいた父親の場所を知る手がかりを見つけることはできなかった。
その後、ジルアは広場から動くのがおっくうになり、ここにいれば危険も少ないだろうと考えたため、噴水の近くのベンチに腰掛けた。ふと空を見上げると、雲が家を出る前よりも黒くなっていて、今にも雨が降りそうになっている。それを見て彼はもうすぐ雨が降るとふんだので、噴水の近くのベンチから屋根のある建物の中へ急いで移動した。
「これで雨が降っても大丈夫」
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ジルアは屋根のある建物の中でぼんやりと歩いていた。とりあえず安心は確保できたからこれから何をしよう、お父さんを探そうかな、いや、無料の食料配布のところへ行こうか、彼はそんなことをぶつぶつ唱えながら歩いていた。すると、彼は見覚えのある顔の人とぶつかった。
「す、すみません」
ジルアは小声で謝った。すると、その男の人はなぜか泣いている。しばらく震えながら泣いたあと、ジルアに感慨深そうな声でこう言った。
「ジルア…やっと会えた。やっと…」
「お、と、おとうさん⁈」
なんと、ジルアのぶつかった男の人とはジルアの父親であるカリー・ロヘスだったのだ。そう、カリーはジルアがおつかいに行った後、ジルアのためのご褒美を買うために出かけたのだ。しかし、カリーが家に帰った時には妻のミワはすでに死んでいたのだった。その涙はジルアに会えたことによる感動でもあったが、に違う感情も意味していた。
「ジルア…ジルア!お前は生きていてくれたのか!」
「ぼくも!おとうさんに…やっと会えたから!とっても怖かったんだよ。ぼく!あのね…」
ジルアは父親に会えたことによって安心しきったのか、自分の今まであったこと、大変だったことを長々と話し始めた。彼の父親、カリーはそれを真剣に聞いていた。そして、ジルアの話を聞き終わった後、カリーはジルアの目をしっかりと見た。その眼差しは、必死に何かを訴えようとするものだった。
「いいか、ジルア。よく聞け。今か…」
「さぁ、カルリアの歴史を終わらせる時!さぁ、諸君!カルリア人を1人残らず切り殺せぇぇ!」
カリーはジルアにどうしても伝えたかったことがあった。しかし、その言葉を伝えることはアゴランの襲撃によって阻まれてしまった。
「まずい!ジルア!ここを逃げ出すぞ!」
「う、うん!」
「あ、いたぁー!あのガキをひっ捕らえろ〜!」
カリーは顎のしゃくれた男がこっちに向かってきていることを一瞬で判断し、ジルアの手を握り、逃げ出そうとしている。しかし、それと同時にアゴランがジルアが逃げ出そうとしていることに勘付き、20人いる仲間のうち10人を引き連れてジルアたちを追い始めた。しかし、まだそのことにカリーは気づいていない。カリーはいずれ追われるだろうとは思っていたが、まさかもう追われ始めているとは全く思っていなかった。
アゴラン・ヘバンが率いる10人の男たちは、いずれも精鋭揃い。戦いにも幾分と慣れており、追跡もスペシャリストだ。それに比べて、カリー・ロヘスはどうか。昔王国軍に加わって戦った経験はあるが、もうそれは2、30年前の話。当然、すでに引退したため、その頃に比べて体力は随分落ちている。それに加えて、幼いジルアを連れて走っている。当然、カリーが全力疾走した時のスピードまではでない。このように、アゴランたちが優勢の条件であることに対して、ジルアとカリーがかなり劣勢の条件。ここまで実力が開いていると、当然アゴランとジルアの間の距離はどんどんなくなっていく。
しばらく逃げた後、カリーが後ろを見た時には、もうすでに5メートルくらいまで距離が詰められていた。
「ちっ、もう追ってきやがった…マズイ、まもなく追いつかれる!」
「はっはっは〜、さあ、そこのガキを俺によこせ!」
「死んでも渡すかよっ!」
カリーは距離が詰められていたことに一瞬焦ったが、アゴランが脅してきた時にはもう平常心を取り戻していた。しかし、アゴランはさらなる脅しをかけてくる。
「よこさないというならこっちにも考えがある!」
「勝手にしろ。俺の身を犠牲にしても、この子だけは生き延びるようにする。絶対にな。」
「なぜ、なぜ!そこまでそのガキを大切にするのだ!自分の命が惜しくはないのか!とにかくよこせ!」
アゴランの三度目の脅迫。しかし、カリーはそれに屈することなく言い返した。
「あぁ。命が惜しくないわけじゃねえ。ただな、俺の命よりもこの子の命の方がよっぽど大切だからな」
「おとうさん!そんなこといわないで!」
自分の命よりも子どもの命の方が大切。そうカリーは言い切った。しかし、それを聞いたジルアは怖くなった。
「おとうさんの命を投げだしてまでぼくを守るなんて!自分の命を大切にしてよ!」
ジルアは叫んだ。それも、とてつもなく大きな声で。おとうさんまで死んでほしくない。その一途な願いがひしひしと伝わるよくな声だった。しかし、その叫びに対してカリーはこう返した。
「よく聞け。お前にはすべきことがある。そのことはお前が生き延びればいずれ分かってくるはずだ。ただ、お前がすべきことがある、それだけは覚えておいてくれ!いいな!俺は、俺にはお前のその未来を守る義務があるんだ。分かってくれ」
「えっ…」
カリーは何か大切なことをジルアに伝えた。時間がないこともあり、端的に。しかし、今のジルアでは真の意味を理解することはできなかった。
すみません、思ったより長引きました。
あと、戦闘シーンまだ…あれ?プロットではこんなはずじゃなかったんですが…(笑)
次回こそです。多分