平穏な日常
その後、ジルアはすくすくと育ち、無事に1歳の誕生日を迎えた。その日の夜、カリーとミワが話している。
「もうあれから1年も経つんだな。」
カリーは少し感慨深そうに呟いた。
「苦労も多かったから…」
ミワはそれに応じるようにそう言った。
「俺がこんな不甲斐ないばかりに迷惑をかけてしまってすまない」
「いいのよ。2人、いや、3人で頑張っていけばいいんだから!」
「ありがとう!」
突如、カリーは少し涙ぐむ。その様子をみたミワは笑いながらカリーをからかった。
「まだ泣かないでよ!まだジルアは1歳だよ!しっかりしてよね!」
「お、おう。大丈夫だよ!まだまだ頑張るからよ!」
カリーが少し動揺したように頑張ると言った。そのタイミングでジルアは泣き出した。その様子を見たミワはカリーに笑いながらこう言った。
「ほーら見なさい!カリーが動揺するからよ!本当にしっかりしてよ!」
「だ、大丈夫だよ本当に!…痛っ!」
カリーは焦って反論するが、舌を噛んでしまったせいで全く説得力がない。
「本当に大丈夫〜?」
ミワは笑いながらカリーをからかう。ミワは夫をからかうことが好きなのだ。
「も、もういいだろ!もう遅いから寝るぞ!」
途中で逃げ出したくなったカリーは、強引に話を切り上げてベッドルームに向かった。
「はいはい。わたしももうちょっとしたら寝ますね」
こうして、ジルアの誕生日の夜は終わった。
その後、ジルアはどんどん成長し、2歳、3歳、そして数年経ち6歳となった。カリーとミワはジルアが誕生日を迎えるたびにしっかりと祝った。そして、ジルアの両親は小さな頃から哲学や科学など色々なことを教え、ジルアに勉強をさせた。そのおかげか、ジルアは6歳とは思えないほど、13歳くらいの頭脳を持つほど賢くなっていた。当然というべきか、賢くなったとはいえまだ6歳。幼さもちゃんと残っているため、近所の人からも可愛がられた。また、ジルアは進んで勉強をしたため、父親のカリーに質問を浴びせることが日課となっていた。また、カリーもジルアの期待に応えるため、ジルアの質問に一つ一つ丁寧に答えていた。
そんなある日、ジルアとカリーは散歩に出かけた。休憩のために立ち寄った公園でジルアはカリーにふとこんなことを聞いた。
「おとーさん、『じんしゅ』ってなあに?」
その質問を聞き、カリーは少し難しい顔をした。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「なんとなく〜」
「なんとなくかぁ〜」
カリーは深いため息をつく。
「悪いが、今は説明できない。ごめんな、ジルア」
そう言いカリーがジルアに謝ると、ジルアはこんなことを言い出した。
「いつもならおとーさんはどんな質問にも答えてくれるじゃん!なんでこの質問は答えられないの?」
確かにカリーは今までジルアの質問に答えなかったことはなかった。しかし、カリーは『じんしゅ』について話したくなかった。カリーはさっきよりさらに深いため息をついた後、ジルアにこう言い聞かせた。
「『じんしゅ』ってのはな、すごくデリケートな問題なんだ。俺たちの生活にも関わっている。だからな、今は教えられない。すまんな。だが、もうちょっとお前が歳をとったら教えてやるよ」
ジルアは、少し疑っているような顔をしたが、やがて納得して
「うん、約束ね!」
と父親に満面の笑顔で言った。その笑顔を見て和んだカリーは空を見上げた。空は真っ赤に染まり、すっかり夕暮れとなっていた。その様子をみて、カリーはそろそろ家に帰ろうか、と考えジルアに
「おーっと、こんな話をしていたらもう夜飯の時間じゃないか、ジルア、そろそろ家に帰るぞ」
と言い、家に帰った。
と、こんな風に、スラムの中ではあったが、平和で3人は幸せに暮らしていた。しかし、その平和な暮らしに終止符が打たれる時が来るのはそう遠くなかった。




