『英雄の誕生』
オギャア、オギャア…
スラム街唯一の病院に赤ん坊の泣き声が響き渡る。その直後、父親の歓喜の声が病院中に響き渡る。
「よし、ちゃんと産まれた〜心配したんだぜ〜よかったぁー」
その赤ん坊の父親、カリー・ロヘスが高い声でそう言った。
「一時はどうなることかとヒヤヒヤしましたよ」
担当医もヒヤヒヤしたと語った。それもそのはず、今回の出産は赤ん坊の命と母親の命が危ない、2人とも死んでしまうかもしれないという恐れもあったギリギリの状態だったのだ。そして、少し間をおいたあと、カリーはこう言った。
「34歳になってようやくできた初めての子どもだからすげー嬉しいんだ。おかげでこれから頑張っていこうと思えるぜ!よかったよかった〜」
「ええ、頑張ってくださいよ!本当に!危なかったけれどちゃんと元気に産まれてきたんですから!」
新たな生命の誕生を祝福するかのように、病院の窓から強い日射しが差し込んでいた。
そして赤ん坊の誕生から1週間が経ち、赤ん坊の母親も特に大事なく無事に退院することができた。そして、赤ん坊の父親と母親がこの赤ん坊の名前についての話をしている。
「ところでカリー、名前もう決めた?決めるって言ったのあなたでしょ?わたし思いつかないよ?」
母親のミワ・ロヘスが不安そうに言った。なぜ不安そうにしているかというと、妊娠が発覚したときに、カリーは名前は俺につけさせてくれとミワに頼んだ。あまりにも強く頼まれたので、ミワは名付けをカリーにまかせたのだ。しかし、未だにカリーがこの赤ん坊の名前を決めていないからである。
「決まってないけど決まったかなぁ〜。色々調べてみてこいつに似合いそうな名前見つけたんだ」
父親のカリーは笑いながら答えた。すると、それに対してミワは少し怒りながらこう言った。
「何よ。カリー。今回こそはちゃんと決めたんでしょうね?もったいぶらずに教えて!」
「ミワ、よく聞いてくれ。俺が悩んで色々調べてついに決まった名前なんだ。今から発表する。こいつの名前は…」
「名前は?」
ミワが聞き直す。
「『ジルア』、ジルア・ロヘスがいいと思うんだ。ジルアってのはは今はなきカルリア帝国の初代宰相のジルア・シーネヴァーという実在の人物の名前からいただいた」
カリーのいうカルリア帝国というのは、遥か昔に繁栄した大帝国である。この帝国は、商業を盛んにし、強い軍隊を持つことによって世界有数の帝国となったが、内乱により弱体化し、クランフ皇国に滅ぼされ、支配されてしまった。カルリア帝国が滅ぼされ、支配された後も「再び独立を!」「再び帝国に栄光を!」ということで何度もクランフ皇国に対する独立運動や反乱が何度もあったが、結局全て失敗し、今もカルリア帝国はクランフ皇国に支配されている。
そして、そのカルリア帝国の初代宰相ジルア・シーネヴァーというのは、カルリア帝国が繁栄するきっかけを作った人物であり、稀代の外交手腕をもっていたという。しかも、剣の腕前も相当なものであり、ジルアを暗殺しようと送られてきた剣客を見事に返り討ちにしたという逸話も残っている。このように数々の伝説を残していることから『伝説の宰相』として近隣の国家や王に恐れられると同時に、カルリア帝国出身のほとんどの人に尊敬されている人物である。
「今になってカルリア帝国のことを思い出したような気がするわね。本当にカルリア帝国に昔実在した人の名前でいいの?」
ミワは驚いたようにそう言った。
「ああ、いいんだ。それに、ジルア・シーネヴァーはとても賢い宰相だったからな。こいつはそんなジルア・シーネヴァーみたいに賢く育って欲しいと思ってな。賢ければ俺みたいになることもないからな」
「わかったわ。この子の名はジルアでいいのね。ジルア・ロヘス、いい名前だと思うわ」
「ありがとう、ミワ。これから子育てを頑張るぞ!」
「ええ、もちろん!あとカリーは仕事も頑張りなさい!」
この後も2人は笑顔で話し合った。赤ん坊のことがきっかけで話がはずんでいた。もっとも、このスラム街で一番仲の良い夫婦と呼ばれる2人にとっては仲良く話をすることは珍しいことではなかったが。
こうして、この赤ん坊は、親の賢くなって欲しいという願いを込めてジルア・ロヘスと名付けられた。そして、子どもができたことによってジルアの両親はとても幸せそうに暮らしている。もうすぐ自分たちに降りかかる災厄も知らずに。
本格的に話が始まるのはこの後からです。
今後ともよろしくお願いします。