謎の声の主とジルアの思いやり
俺がやってやるよ、という頼もしい声を聞いたジルアだったが、ジルアはその声明について一つ気になることがあった。
「だれ?」
もっともな感想だ。謎の声の主はまだ名前を名乗っておらず、何よりその声の主は追手の男たちにもジルアにも見えない場所にいるからだ。
「ありゃ?俺名前名乗ってなかったっけ?」
「俺らの邪魔すんなよ!」
名乗った気がするととぼける謎の声の主に対して追手の男の一人が怒りを露わにした。この追手の男の言い分は、ジルアが投降する直前に謎の声が割り込んで来たせいで戦いが長引く、というものだった。たしかに、ジルアも投降する寸前だったのだが謎の声の出現によって希望を取り戻していた。実際のところ、戦いは長引きそうだ。
自分の存在にいちゃもんをつけられた謎の声の主はわざと聞こえるように舌打ちをし、こう言った。
「わりぃわりぃ、俺の名前はレオン、レオン・ルーデルだ」
謎の声の主ーーレオン・ルーデルはちょっと申し訳なさそうに名乗った。しかし、まだまだ問題はある。ジルアも追手の男たちもレオンがどこにいるのか未だ全く分かっていないことだ。
居場所を突き止めて叩き潰したい男はどこかにいるレオンに怒鳴った。
「悪いって思うのなら顔出せや!こそこそこそこそすんじゃねえ!」
「おけおけ!」
追手の男に半ば脅迫気味に顔を出せと言われると、レオンは友だちと話しているかのような軽い感覚で男に返事を返した。どうやら、レオンにとっては脅迫にも文句にも聞こえていないらしい。鈍感なのか、わざとなのかは微妙なところだが。
そして、突如としてレオンが現れた。どこに現れたかというと、さっきまで誰もいなかったはずのジルアの右隣に現れたのだ。レオンという男は少し青がかった黒髪の短髪で、目はサファイアのような青色をしており、少し背が高めの痩せ型の体系をしていた。そして何よりレオンは謎の生物ーー大型の狼とでもいうのだろうか。そんな感じの生物を二匹従えていた。
「どーもどーも!呼ばれたんで姿見せましたよ!」
「お、お前どこにいたんだ!さっきまで!」
「な…どうやって…」
追手の男たちは驚いて思わず大きな声をあげた。もちろん、さっきまで誰もいなかったはずの場所にいきなりレオンが現れたからだ。異世界とはいえ、何もなかった場所から何かが出てくるという現象は超常現象に分類される。その超常現象が起こったのだから驚くのも無理はない。驚いて騒いでいる男たちを横目にレオンはさっきとは打って変わった落ち着いた声でこう答えた。
「ああ、突然現れた件?アレは魔術の応用だよ。俺とこの子たちの合計三人を消すのは苦労したけどね」
魔術の応用ーー要は姿を消す魔法を使ったのだ。正確には「見えなくする」の方が正しいのだが、ジルアや追手の男たちにとってそこの区別はどうでも良いものだった。どちらにせよ、レオンが超常現象で常識外れということには変わりない。
「さっき助けるって言ってくれたよね?ぼくを助けてくれるの?」
いきなり現れたレオンにジルアは不安げに尋ねた。すると、レオンは今度はしっかりとした声で言いきるように答えた。
「ああ、もちろんさ。俺はさっきあんたを助けた女の兄貴だ。改めてよろしくな!ジルア君!」
レオンはジルアに対して改めて自己紹介をした。レオン自身は気づいていないが、そこでさりげなくフィレアの兄ということが発覚した。
「え?レオンさんってあのお姉ちゃんのお兄ちゃんなの?」
改めて確認を取りたいジルアはもう一回レオンに聞き返した。聞き返されたレオンは返事をするのがめんどくさかったのでかわりに首を縦に振った。
今度こそフィレアの兄がレオンだということを確信してかジルアは何か思っているような顔をしていた。そんなジルアの様子を見ながらレオンは追手の男たちにこう呼びかけた。
「追手のみなさーん、俺は容赦しねえ。ジルア君を守るためには。だからさ、ジルア君狙うの諦めたらどう?」
ジルアを狙うことを諦めろ、という呼びかけだったのだ。しかし、レオンの言い方が若干挑発的だったのがまずかったのか、追手の男たちの怒りを買ってしまった。
「俺らはそう舐められちゃあ引き下がれねえ。諦めないぜ」
「数的な問題でやられるのはそっちじゃないのかぁ?」
「んー、それは残念」
レオンは素直に諦めてくれなかったことを少しがっかりしながらも追手の男たちを追い払おうと攻撃を仕掛けた。
「ムア!シュア!力を貸してくれよな!行くぞ!」
レオンがそう声をかけると二匹の大型の狼が動き出した。ムアとシュアというのは彼らの名前で、ムアが兄でシュアが妹である。ちなみに、見分け方は毛の色で、少し毛が青がかったのがムアで緑がかったのがシュアである。
ムアとシュアはすさまじい速さで追手の男に飛びかかった。あまりの速さに追手の男たちは対応が少し遅れてしまった。その遅れが致命的となった。ムアは隙を見つけるとそのタイミングに合わせて爪で軽く引っ掻いた。シュアは飛びかかった後に咆哮をあげ、追手の男たちを慄かせた。
「おまえら、ほどほどにしとけよ」
レオンがこのままだとやり過ぎる、最悪誰かが死ぬと判断したのか、ムアとシュアに対して注意をした。それでも彼らは攻撃の手を緩めなかったが、攻撃の一つ一つが致命傷にならないような場所を狙うようになったのでレオンは安心した。
そして、追手の男たちを全滅させると、レオンがジルアにこう言った。
「さあ、ここは危険だ。逃げるぞ、ジルア君」
しかし、ジルアは首を縦には振らなかった。ジルアには気になることがあったのだ。
「フィレアお姉ちゃん、大丈夫かな?」
心優しいジルアはフィレアのことが心配になったのである。ジルアはフィレアが自分を命懸けで庇った時に傷ついていたのを知っていたからだ。そして、ジルアはレオンにフィレアの元へ行かせるように頼んだ。すると、レオンは少し悩んだような顔をしてこう言った。
「ん…俺の妹を気にかけてくれんのか…」
レオンは妹のことだから多分大丈夫だろうと思っていたが、ジルアの言いたいことも分からなくはないと思い、フィレアの元へ向かうことを承諾した。
「そこまで心配なら行くか。ただ、俺同伴でな。じゃあシュアに乗りな」
ジルアはレオンに乗れと言われたので素直にシュアにまたがった。大型の狼のような獣だが、意外とモフモフしていて乗り心地はジルアが想像しているよりも良かった。レオンもムアに乗ると、出発の合図を放った。
「さあ、駆けろ!ムア、シュア!」
レオンの合図でムアとシュアは駆け始めた。シュアは乗っているのが子どもということで極力揺れないように気を遣っていた。それでも、スピードは馬よりは速かった。ムアとシュアは気持ちよさそうに猛スピードで道を駆け抜け、フィレアの元へ向かった。
フィレアお姉ちゃん、大丈夫かな…
ーージルア・ロヘス
ああ、あいつのことだ。多分な!
ーーレオン・ルーデル
〜ムアとシュアの上にて〜
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