賭けの攻勢
「誰も我に挑む者はおらぬのか!」
覇気を放つ老戦士ーーバレル・ルーデルは黒装束の男たちの気概のなさに呆れたように怒鳴り散らした。というのは、バレルは戦うことを望んでいるのに、誰もバレルに挑まないからである。黒装束の男たちがバレルに挑まない理由はただ一つ。それは、バレルから放たれる覇気が恐ろしいからである。しかし、怒鳴ればバレルの恐ろしさは増すばかり。黒装束の男たちはどんどんバレルから離れていく。
「諸君!落ち着くのだ!引いてはならぬ!」
アゴランが部下たちの撤退を必死に制止するが、逃げ腰の男たちには無意味だった。アゴランが部下たちの撤退を止めたのには訳がある。アゴランは戦う際に遠距離攻撃を主として使う。従って、前衛に誰かいないとアゴランは非常に戦いづらいのだ。だからこそアゴランは配下の者たちには肉壁になってもらいたいと思っていた。しかし、それが叶わぬ今、戦えるのはアゴラン自身しかいない。
アゴランは意を決した。バレルが配下の者たちを追っている間、アゴランにとってはバレルを狙撃する絶好のチャンスだ。
アゴラン自慢の顎はバレルへと向けられた。一寸のブレもない。バレルは顎が向けられたことに気づいていない。いける、いけるぞ!そう思ったアゴランは狙いすました一撃を放った。
「顎ビーム・改!」
その一撃はアゴランの中では完成されたものだった。当たればいかなる生命をも蹂躙できる。速度も長年の鍛錬の成果、光速に迫っていた。
その放たれた一撃に気づくことなくバレルは絶命…しなかった。背後から迫るビームを直感で察知し、横へ飛び込むことで辛うじて避けたのだ。
「ほほう、気概があるじゃないか。」
バレルは感心したように呟く。アゴランはその言葉を無言で受け取ると、また顎を向けた。
「顎ビーム・下位!」
威力は落ちるが連発式の顎ビーム。それが下位。もちろん、ビームが放たれると分かっているバレルにとっては避けることは難しいことではない。しかし、数が多い。バレルは鬱陶しいと思いながらも避け続けた。
「お、俺らのボスが立ち向かってる…俺らが逃げていていいのか!」
自分たちの首領のアゴランが圧倒的な実力を持つバレルに一人で果敢に立ち向かっている。なのに自分たちは逃げ惑っている。これでいいのか。黒装束の男たちは勇気を取り戻し、逃げるために前に出していた足をバレルに立ち向かうために前に出した。
「我らもアゴラン様に続け!」
「おぉ!」
黒装束を纏った20人の男の士気は上がりに上がって震えている。それも、戦慄による震えではなく、どちらかというと武者震いに近いものである。
「ほほう、勇気ある者が増えたようだ」
バレルも戦える相手が増えて嬉しそうにしている。この男は相手が強かったり、数が多かったりするほどわくわくする筋金入りの戦闘狂である。だからこそ、この状況は彼にとっては最高に楽しめる状況なのだ。
「諸君!よく戻ってきてくれた!さあ、20人の勇者よ!戦うのだ!」
「おぉ!アゴラン様についていきます!」
「誠意を持って粉砕させて頂こう」
アゴランは顎を構える。20人の男たちも各々の武器を構える。対するバレルは大剣片手にアゴランへ剣先を向ける。黒装束の男たちが逃げたことによって中断した戦いは再び始まろうとしている。
「さあ、ゆくぞ。教団」
「諸君!カルリア下等民族を浄化せよ!」
ここに再び戦いは始まった。相変わらずバレルの放つ覇気は凄まじく、むしろ増しているようにも見える。しかし、今度は誰も退かない。この場にいる全員が覚悟を決めていた。そして、全員が戦いに身を任せた戦闘狂となった。
「ふんぬっ!」
先制して大剣を振るったバレル、対する男たちもバレルを囲うようにして布陣した。アゴランは少し後ろで後方支援に徹するような動きを見せていた。
バレルは一人の男を剣で叩き斬り、そのまま吹き飛ばした。しかし、その直後には返しの付いたナイフを構えた男がバレルに飛び掛かっていた。
さすがのバレルをもってしても前の敵を吹き飛ばした直後に襲いかかってきた男を撃退することはできない。無理だな、そう瞬時に判断すると、バレルは相手の手に持っていたナイフをキックで落とさせた。深追いは不要だった。深追いをすればまた後ろから襲いかかってくることはちゃんと理解していたからだ。
「爺さんまだまだ甘いぜ!」
今度は少し若めの男4人が四方向からバレルに殴りかかった。武器は手甲。リーチは極端に短いが威力も高くさらには間合いも詰められるというなかなか便利な武器だ。
「手甲か。面白いものを使う者たちだ」
そう言うなりバレルは大剣を真横へ振り三方向に対して牽制を行なった。もちろん、ダメージを与えることを狙っていない時間稼ぎのための牽制なので誰にも当たってはいない。次にバレルは残りの一方向、つまりは1人の男に対して猛攻を仕掛けた。しかし、距離感覚が非常に難しかった。というのも距離が近くなるほど手甲の真価が発揮されバレルが戦いにおいて不利になる。しかし距離をある程度とった戦いをすると有利に戦えるが、後ろから先程牽制して退けた男たちの横槍が入ってくる可能性が高い。
そこで、バレルがこの窮地を脱するために方法を一つ思いついたのだが、その方法は凄まじいものだった。近づきすぎると不利になる、距離をとると横槍が入る。ならばどうするか。
「瞬殺するしかなかろう」
手甲で殴るよりも早く大剣で相手を仕留めて戦線を離脱する。それこそが窮地を脱するためのバレルなりに考えた結果だった。
「まさか…できるわけがない!」
人を観察して動きを予測することができるアゴランはバレルの狙いを察することができた。アゴランはバレルが大剣で相手を瞬殺するつもりだということに気がついていた。アゴランの率直な感想はいくらバレルであっても無理だろうというものだ。
そもそも何度も説明するとおり手甲と大剣では大剣が圧倒的に不利だ。手甲は軽い武器。対する大剣は重い武器。大剣の一撃は威力こそ絶大だが、一振りすれば隙ができるというリスクがある。手甲はそこその威力と隙のない攻撃速度が特徴的だ。もし大剣の一撃を手甲側が避けることができればもうその時点で勝負はつく。手甲は装着してもスピードが落ちないので大剣のゆっくりとした一撃など簡単に避けることができる。
この勝負、どう見てもバレルが不利だ。
しかし、バレルは笑っている。その顔は成功を確信しているようにも見えるし、自分の実力を信じているようにも見える。事実、バレルは15歳から57年間磨いてきた剣技がこの若者に当たらないわけがない、そう思っていた。
バレルは自信を持って手甲をはめた若者に斬りかかる。対する若者は完全に避けることだけを考えてバレルの大剣をじっくりと見ている。両者とも考えていたことは同じだった。
この勝負、もらった!と。
ここまで読んでいただいて本当にありがたい。我はあやつを仕留める。我の活躍を期待しておられよ!
ーーバレル・ルーデル