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6話

 だから、宝くんに惹かれたのかもしれない。

 仕事が終わって、一人で帰宅する途中。駅の近くで、華やかなネオンを照明に、路上似顔絵をやっていた宝くん。お客がまったく寄り付いていない彼に、あたしはなぜか吸い寄せられてしまったのだ。

 そして、絵を描いてもらった。寝不足で最悪な顔をしたあたしを、彼は嫌がりもせず、嬉しそうに描いてくれた。描き終わるまでの間、どうでもいい話ばかりしていた。

 話なんていつでもしているはずなのに。話なんて、誰とでもしているはずなのに。

 なぜか彼と話していると、楽しかった。

 そして実物以上に綺麗に描いてくれた絵を片手に、お金を払って、連絡先を交換した。

 なぜそうしようとしたのか、自分でもよくわからない。宝くんに惹かれてしまった、としかいいようがない。

 一人ぽつんと座って、誰にも見向きされていないのに、縮こまることもなく堂々としていて。あの長い前髪の奥に隠された瞳は、社会に出ていろいろなものを覚えはじめてきたあたしには取り戻せない、純粋さを残していて。

 連絡先を交換したあと、握手をした。その手がとてもあたたかかった。

 そうだ。その日だけは、いつもより早く眠れていた。

 宝くんに会いたい。ぽつりとそう思ったら、本当に会いたくなった。今すぐ、この身一つで、宝くんの家に押しかけてしまいたい。

 あたしは寂しかった。

 高校を出て、社会に出て、良いものも悪いものも、綺麗なものも醜いものも見て。学生のころの、甘えていられる時間なんてまったくなくなって。

 それでも辛いだなんて思わなかった。不満があるわけでもなかった。これから大人になるんだから、いろんな思いをするのは当たり前だと思っていた。

 でも、いつのまにか、それに心が疲れていたのかもしれない。

 夜、一人でベッドにはいるのは当たり前であるはずなのに。アパートの部屋の中、自分以外の人の気配がなくて、しんと静まり返ったのがとても不安だった。

 だから、誰かにそばにいてほしかった。

 あたしは祈る手をほどいて、そっと、宙にのばしてみた。

 出会ったときにそうしたように。頭の中でそうしたように。宝くんと手をつないでみる。

 真っ暗な部屋の中、あたしの手の中には誰もいない。握った感触も、ただの空気で、なにもありはしない。

 宝くんに会いたい。

 そして話がしたい。

 手をつないで、一緒に散歩がしたい。

 どうでもいいことを話しながら。そう、星空を見上げながら、散歩がしたい。

 明日、仕事が終わったら、宝くんに電話しよう。

 出なかったら。もしバイトだったら、バイト先に顔を出してみよう。もし路上で絵を描いていたら、また似顔絵を描いてもらいながら話をしよう。眠っていたら、家まで押しかけてしまおう。

 彼に会ったら眠れる気がする。

 彼といたら、あたしはきっと寂しくない。

 そして話したように、一緒に旅行に行こう。

 星空の散歩をしに行こう。ふたりで手をつないで、誰もいない道を歩きながら、夜空を見上げて語り合おう……。

 なにを話そう……これといって思いつかない。でもきっと、きっと……会えばなにかしら話すのだと思う。

 空を見上げて。たまに……宝くんの、あの純粋な瞳を見て……。

 星空の下を、二人で……。



 宙に伸ばしていたはずの手が、いつの間にか胸の上にのっていた。

 それに気づいたころには、あたしは――


             END


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