4話
「道ももっと、幅を広くしてよ。踏み外しそうでなんか恐い。星が遠くにありすぎて、見上げるのが大変。もっと近くにさ、手が届くぐらいにして」
『わかった』
「あと、一人で歩くのは心細いから、宝くんもきて」
『……いいよ』
声なく笑ったような、やさしい吐息が聞こえた。
不安定だった道幅が広くなって、あたしは彼のぶんのスペースをあける。するとどこからともなく宝くんが現れて、あたしの隣にすとんと降り立った。
「ジャージ着てるの?」
『よくわかったね』
「そんな気がしたんだ」
着古してくたびれた、青いジャージ。色は青でも、この星空には決して溶けない、光沢のある青。それが宝くんの姿だ。
なぜか顔が見えない。星のおかげで明るいはずなのに、彼の顔だけが暗くなっている。
「前髪、邪魔じゃない?」
『このほうが落ち着くんだ』
かすかに、薄い唇が微笑んでいるのがわかる。話すたびにちらりとのぞく歯が、白い。
『美咲さん、顔色いいんじゃない?』
「わかる?」
背が大きいから、顔を見て話そうとすると必然的に顔をあげなければいけなくなる。でもあたしたちは、ほとんど顔をあわせることもなく、それぞれ道の先や空をながめている。隣にいるという気配と、途切れることのない会話だけで、お互いを確認していた。
「この絵は、これからどうなるの?」
『決めてないんだよね。どうしようかな』
「どうしたいの?」
『いろいろ案はあるんだけど……』
まだ、考え中。彼はそう呟く。頭の中では隣にいても、話す声は遠い。それがなんだか、もどかしい。
「星座とか、描くの?」
『そういう予定はないんだ。描くとさ、なんか本物の空を描くみたいだし。あくまでもこの空は、想像の中の星空にしたいんだ。……これはさすがに天の川みたいだけど』
空を仰ぎながら、宝くんが苦笑する。そしてなにか思案したかと思ったら、天の川に向かってふぅっと息を吹きかけた。
『じゃあ、こうしようか』
彼が一人、うなずく。すると天の川が粉々に砕けて、そのかけらがあたしたちや道の上に降りそそいできた。
「星の道でもつくるの?」
『ううん、本物の川だよ』
言葉とともに、背後から道を伝って水が流れてくる。とろとろとなめらかな水はあっという間に足首までかさをまして、進む先をきらめく川にしていった。
歩くたびに、足もとでちゃぷちゃぷと水が鳴る。降りしきる星のかけらたちが川の底にたまるから、踏みしめるたびに、それが指の間に入り込む。
天の川の消えた空には、まだ星が残っている。密集していたのがなくなっただけで、あちこちで瞬き続けている。見知った星座はないけど、均等に並んでいるわけでもない。
肩についた星を手に取れば、それは一見ただの砂のようなのだけど、目を凝らせば違うのだとわかった。
「……これ、星の砂?」
『そう』
星空の中の川の底には、星の砂がしきつめられている。なんて芸が細かいんだろう。
宝くんが、頭についた砂をはらおうと、犬みたいに首をふる。かすかに輝きを残す砂は、雪のようにゆっくりと川に落ちていく。
それを見て嬉しそうに笑う宝くんが、ふいに、あたしのほうを向いた。
『僕、今、美咲さんと手をつないでる』
「……うん」
吸い寄せられるように、あたしたちは手をつないでいた。
そしてしばらく、無言で歩いた。話題を探すわけでもなく、話さないことが自然であるかのように。おだやかに呼吸をしながら、星空を見上げ続けていた。
川の水はすこし冷たくて。それとは逆に、宝くんの手はとてもあたたかい。
『……実際にこうやって、星空を散歩してみたいなぁ』
ややあって、彼はそう呟いた。
「こうやって?」
『こうやって、なにもないところでさ。宇宙じゃなくていいけど、ビルとかそういう建物がないまっさらなところで、空を見上げながら散歩してみたいなって思うんだ』
どこまでも続く道で、空を見上げながら、ぼんやりと歩く。たしかにそれは気持ちよさそうで、今のこの絵にもよく似ている。