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2話



『――もしもし』

「宝くん、眠れない」

 もしもし、も、こんばんは、も、なにも言わなかった。あたしは単刀直入に、今の自分を報告した。

 これが電話番号を交換して初めての電話だということもおかまいなしだった。彼と出会ったのはつい数日前だということもどうでもよかった。まだ一通のメールも交わしていないのに、こんな真夜中に、あたしは迷いもせず彼に電話をかけていた。

『……眠れないんですか?』

 宝くんは、あたしの突然の電話に驚く様子もなく、ただ、淡白にそう返してきた。眠れないんですか、そうですか、と、一人ごちる声には眠気も何もない。むしろ、布団にもぐったままケータイを握るあたしのほうが、寝起きで機嫌が悪そうな低い声をしている。

『それは、困りましたね』

 宝くんはあたしと同い年だ。けれど、彼のほうが早生まれだから学年は違う。人生の一年先輩であるはずの彼はなぜか敬語まじりで、逆にあたしはタメ口で話す。なんだか、あたし、すごく態度がでかい。

「最近ずーっと、眠れないの。ホットミルクとか、いろいろためしてみてるんだけど、ぜんぜん眠れないの。こないだ会った時、あたしひどい顔してなかった?」

『まぁたしかに、化粧は濃かったけど……』

「悪かったわね」

 ごめん、と、謝るむこうがわで、なにやら紙をめくる音が聞こえる。本や雑誌のように軽いものではなく、ぶ厚くて、重いものだ。

 たぶんきっと、スケッチブック。

「絵、描いてるの?」

『うん』

「お邪魔?」

『ううん』

 あたしが彼が起きていると思った理由。それは、彼が絵を描いているからだった。

 油絵や漫画もやるらしいのだけど、基本はイラストらしい。宝くんはイラストレーターを目指し、アルバイトをかけもちして生活費を稼ぐ『夢見るフリーター』だった。

 ちなみに、今のところ功績はないという。毎日アイデアを探し求めて散歩をしたり、バイトに精を出したり、気ままに絵を描いたりしていると彼は言った。活動時間は特に決めていないから、真夜中に描くこともある。その言葉を思い出して、あたしは今、電話をかけたのだ。

 もしかしたらバイトだったかもしれない。もしかしたら寝ていたかもしれない。こうして話して、ようやくそのことに気づいた。かけるときは、絶対起きているに違いないと思っていたのに。

『美咲さん、明日も仕事だよね?』

「そうよ」

『寝ないと大変じゃない?』

「すごく大変」

 そっか……、と、うなずく宝くんは、鉛筆をはしらせているらしい。シャッ、シャッ、と小気味よい音がかすかに聞こえてくる。

『……あなたはだんだん眠くなぁる』

「絶対効かない」

『ひつじが一匹、ひつじが二匹』

「もうやった」

 そっか、と、再び。正直、彼の声は適当だ。話をするもどこか上の空で、心はどこか遠くにある。今はきっと、絵に集中しているに違いない。

 そんなところに電話をかけて、やっぱり邪魔しちゃったな。切ったほうがいいよね。いまさらながら申し訳なく思い、あたしは切るね、と告げようとして。

『――僕、今、星空の絵を描きたいんだ』

 ふいに、彼の声がこっちに戻ってきた。

『画面いっぱいに、青い色を重ねて、たくさん星を散らしてさ、その下に道を作って……まぁなにかを描くんだけど』

 何がいいかな? と訊かれ、あたしは返事に困ってしまう。

『銀河鉄道の夜、みたいに列車を描くのもいいし、もちろん誰かを歩かせるのだっていいし、いっそ道の先に家があってもいいし』

 それってちょっとありきたりじゃない? 思ったけど、言わないでおいた。

『美咲さん、ちょっと歩いてみない?』

「あたしが?」

『そう。目を閉じてさ、この道を歩こうよ』

 宝くんに促されて、あたしは目を閉じる。

「まずは、どうするの?」

『そうだなぁ……』

 そうだなぁ。つまり、彼もあまり考えずに発言したのだ。それに素直に応じてしまった自分にちょっと腹が立って、あたしは目を開けた。


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