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踏み出す一歩

 ヴェロニカが俺たちの前に姿を現してから数日が過ぎた。


 結局俺たちはヴェロニカの提案に乗る形で、現時点では特に行動を起こすことなく宿の一室にとどまり、彼女が言う冒険者ギルドからの大規模依頼が発表されるのを待っている。


 大規模依頼というのは文字通り大規模な依頼であり、多数のパーティーに参加を要請する特殊なタイプの依頼形式だ。大規模依頼が発表されると、それに参加したい冒険者パーティーがまず申請を出す。この段階でランクや実績を考慮して、不適当なパーティーは弾かれる。

 そうして残った参加者たちは協力しあいながら依頼の遂行にあたることになる。参加する時点で全ての冒険者に最低限の報酬が保証されているが、活躍に応じて歩合が発生するため時に競争が発生したりもするらしい。といっても冒険者同士での戦闘や妨害行為は禁じられているので、競争というのはあくまでも誰が一番最初に依頼内容を完遂するかという部分だ。


「で、エディントン遺跡の攻略を魔法ギルドが依頼してくるって話だったな」

「そうじゃな。エディントン遺跡はヴェロニカも言っておったが、ヴェリステルから北東に馬車で二日ほど行った場所にある遺跡じゃ。大昔に発見されておって、その時に遺跡の中は全て調査が済んでおるのじゃが、その調査によるとエディントン遺跡はある武器を封印するための祭壇じゃったという話じゃのう」

「その武器が冥剣ヴェズグラズね。神話とか古い歌の中に名前だけ出てくる伝説の剣。ただヴェズグラズには強固な封印が施されていて、長い歴史上でも誰ひとりとして封印を解くことは出来なかった」


 ちなみにこの話は俺たちの間ですでに一回行っていた。だからこれは再確認の意味合いが強い。


「その結果、いつしか遺跡とヴェズグラズには誰も触れなくなり、気付くとエディントン遺跡はダンジョン化していた、ということだよな」

「うむ。ここで問題となるのはまず、魔法ギルドは何故ダンジョン化したエディントン遺跡の攻略を望むのかじゃが……」

「当然、ヴェズグラズが欲しいからよね」

「まあそれ以外にないだろうな」


 俺はステラに同意する。


「とすると次に問題となるのは、ヴェズグラズの封印じゃが……儂の予想では魔法ギルドはその封印を解く方法を見つけ出したのじゃと思う」

「そうね」

「そしてその封印を解く方法には、儀式系魔法に精通したノーラが必要、っていうのが俺たちの出した結論だったな」


 つまり魔法ギルドは冥剣ヴェズグラズという、神話の時代に作られた伝説の剣を求めているということだ。

 ここまでは一つ一つの情報を辿っていけば何とかたどり着ける結論だった。


 ただし、これ以上のことはもう想像する他ない。

 それはヴェズグラズが一体どういった剣で、それがあると何が出来るのかといった部分の情報が俺たちの持つ知識からは完全に抜け落ちていたからだ。


「神話の時代から残っている文献もこの世界にはいくつかあると言われておるのじゃが、そのほぼ全てをユーニス教会が所有した上で世間に対し内容を秘匿しておる。そのせいで結局のところ、儂らに分かるのはヴェズグラズの名前だけ、ということじゃ」

「ここ数日、色々と調べてみたが全く進展無しだしな」

「本当に魔法ギルド、というかユーニス教会は何が目的なのかしら……?」


 ノーラを攫うようなことをしてまでヴェズグラズを手に入れたい理由は何だろうか。

 そこが分かれば俺たちとしても今後の行動の指針が立てやすい。相手の目的さえ分かれば、場合によっては取引の余地も生まれるだろう。


 俺たちの目的はユーニス教会に囚われたノーラが無事に解放されることだ。

 だからヴェズグラズの封印を解けばノーラが無事に解放されるという保証があるのなら、厳密に言えば俺たちは何もしなくていいことになる。


 ただ俺たちが何もしない場合は、ヴェロニカのよると最悪のパターンに行きつくらしい。

 それがヴェリステルの消滅だ。俺たちとしてもそれは何としても阻止したいことだった。


 ただヴェロニカの未来視では物事を断片的に見ることしか出来ず、何が原因でヴェリステルが消滅するのかまでは把握できないらしい。


「結局ヴェロニカの言うように、大規模依頼に参加して他のパーティーよりも早くダンジョンを攻略する他ないわけじゃな」


 嫌そうな声でクリスがそう言った。普段は余裕そうな態度を見せるクリスだけに、こうした雰囲気は珍しい。

 ただ昔馴染みのヴェロニカ相手にだけ見せる態度であるなら、あるいはこっちの方が本来のクリスの性格なのかも知れない。


「でも良かったわよね。ヴェロニカさんが今回の件は手伝ってくれるって言うんだから」

「まあ、あやつが役に立つのは認めるがのう……」

「あら、お嬢様に認めていただけるとは光栄ですね」


 そんな言葉と共に、床に現れた黒い円形の影のようなものからヴェロニカが姿を現す。

 これはシャドウゲートという闇魔法で、ヴェロニカが得意とする魔族特有の空間魔法の一つだという。


「おかえり、ヴェロニカ。何か収穫はあったか?」


 俺はヴェロニカにそう声をかけて尋ねる。

 ヴェロニカは自ら調査を買って出てくれて、今まで情報収集に努めていた。


 クリスによると闇魔法の使い手であるヴェロニカは、そうした潜入や偵察といったことが昔から得意らしい。


「シン様……いえ、残念ながら。魔法ギルドの方は、あのミレイという術者がかなり厄介です。魔族でもあれほどの魔力を持つ者はそういません。魔力感知の能力も相当なようで、彼女を探って情報を得るのは困難でした。一方のユーニス教会の方は潜入自体は容易でしたが、ノーラ様が囚われている地下へと続く扉に封印がかけられていました」

「並みの人間がかけた封印なんぞ、おぬしなら簡単に解除出来るじゃろうに……もしや罠か?」

「ええ、おそらく」


 クリスの問いかけに肯定の返事を返すヴェロニカ。簡単に解ける封印に、逆に怪しさを感じたのだという。


 まあ仮に罠でなかったとしても、迂闊に封印を解けば潜入自体が露見するし、そうなればユーニス教会側の警戒も強くなる。ノーラの現状は気になるが、それを知るためだけに大きなリスクを払うのは得策ではなかった。


 俺たちに一つだけ有利な点があるとするなら、それはまだ俺たちの存在も目的も相手側には知られていないということだ。

 ノーラを救出しようとする存在があると分かれば相手も警戒して守りを固めるだろうが、今はまだそうじゃない。それなら大規模依頼などで、相手側に近づくチャンスはいくらでもある。


 何にせよ力ずくでノーラを助けて教会を敵に回すわけにはいかない以上、俺たちは慎重に動くしかないのだ。


「とは言っても、どうすれば教会を敵に回すことなくノーラを助けられるのか、今のところ全く方法が思いつかないんだよな」

「その点に関してはご安心ください。このまま順調にいけば、まず魔法ギルド側からこちらに接触があります。あのミレイという者は表向きはクロネッカーに従っているようですが、実際は彼を利用しているに過ぎません」


 魔法ギルドのギルドマスターを務めるミレイは、確かに曲者と呼ぶに相応しい女性だった。

 以前会ったときは全てを見透かしたような目で俺を見ていたから、もしかしたら俺が渡り人であることにも気付いているのかも知れない。

 何にせよ彼女ほどの人物が、クロネッカーという男にただ利用されるだけで終わるだろうか?


 ――そんなはずがないと、俺はある種の確信を持って言えた。


 そして教会を敵に回したくないのはミレイも同じはずだ。だとすれば彼女はクロネッカーから何らかの成果だけをかすめ取り、その上で教会を敵に回さずにすむ策を用意しているに違いない。


 俺たちが望む結果を得るための方法があるとすれば、それはヴェロニカが言うように、このまま順調に物事が進んでいったその先にあるのだろう。


 そんな風に俺が今後のことを考えていると、不意に何やら窓の外が騒がしくなってきた。


「どうやら、大規模依頼が発表されたようじゃな」


 クリスがそう言った。

 まるでお祭り騒ぎのような喧噪だ。それだけ冒険者にとって割のいい仕事なのだろうか。


 まあ何にせよ、俺たちもそのお祭り騒ぎには参加しなければならない。


「さて、それじゃあ俺たちも行くとするか」


 ミレイの思惑もクロネッカーの目的も、現時点では何一つ分からないけれど。


 それでも俺たちは、この不確実な未来に足を踏み出すしかないのだった。


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