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不確実な未来

 ウェーブのかかった青髪のショートヘアに青い瞳をしたヴェロニカという女性は、見た目は冷たい印象を受けるが文句なしの美人で、特徴的なメイド服を身にまとっていた。

 美人がそんな浮いた格好をしていれば当然目立ちそうなものだけど、周囲の人間は特に彼女のことを気にしている様子はない。多分何かしらの魔法を使っているのだろう。


「初めまして、シン様、ステラ様。私はかつてそちらのクリス様の従者を務めておりましたヴェロニカと申します」


 氷のように冷たい視線で俺たちを一瞥した彼女は、そのまま静かな声で俺たちに自己紹介をする。

 クリスによれば彼女は純粋な魔族だという話だが、それにしては魔族特有のマナによる居心地の悪さを感じない。それに関しても何か特別な魔法でも使っているのだろうか。


「ヴェロニカよ、お主が姿を見せると儂にとってはろくでもないことが起きる気がしてならんのじゃが……今回は一体何の用じゃ?」


 先日のラドーム村での件があったせいか、どこかピリピリとした雰囲気を放つクリス。それは普段あまり俺たちの前では見せない態度だった。


「そうですね、単刀直入に申しますと、現在お嬢様の未来が不安定な状態になっています」

「……未来が不安定、じゃと?」

「ええ。私の未来視でお嬢様を見ると、本来は一つしか見えないはずの未来が、現在は数百ほど見えています。今までこうしたことは一度もなかったので私も戸惑っているのですが、おそらくはシン様の影響かと思われます」

「俺の影響?」

「そうです。現在のシン様は、世界そのものに大きな影響を与えかねない重大な選択を迫られており、お嬢様もその選択の影響を強く受ける立場にある、と私は考えています」


 彼女は戸惑っているという割に、淡々と冷静に言葉を紡いでいる。


「なあ、まず俺から少し質問してもいいかな、ヴェロニカさん」

「ええどうぞ。あと私のことはヴェロニカで結構です」

「そうか。それじゃあ最初に、そもそも未来が数百見えるというのは、何か不味い状態なのか?」

「いえ、そうとは限りません。ただその未来の中には、ヴェリステルが消滅してしまうような物騒なものもいくつか含まれますので、お嬢様の安全を考えると私としても安心できるものではありません」


 ――ヴェリステルが消滅。

 それは物騒なんていう言葉で簡単に済ませられることではないと思うが、ヴェロニカはどこまでも淡々と語る。あくまでも重要なのはクリスの安全と考えているようだ。


 クリスから話に聞いてはいたが、やはり価値観や判断基準がどこか歪んでいる印象を受ける。これが人間と魔族という種族の違いによるものなのか、ヴェロニカ個人の問題なのかまでは分からないけど。


「そもそも私が見る未来というものは本来不確定なものであり、日常的な小さな選択――私は【小さな流れ】と呼んでいますが、それによって結果は簡単に移り変わるものなのです。ただしそうしたものとは別に【大きな流れ】と私が呼ぶ事象があり、こちらは【小さな流れ】をいくら変えたところで影響を受けることなく、いずれはその【大きな流れ】に沿うようにして未来は一点に収束していきます」

「……相変わらず小難しいことを言うのう、ヴェロニカ」

「いや、言いたいことは分かった。ヴェロニカが以前ラドーム村でクリスの前に姿を現したのは、その【大きな流れ】によってクリスが死ぬ未来に収束してしまったからってことだろ? だからそのときはクリスに魔族のマナを取り戻させるという、新たな【大きな流れ】を作ることでヴェロニカは未来を作り替えた。しかし今回は、未来がどこに収束するのか予測出来ない状態、ってことだな」

「ええ、その通りです。さすがはお嬢様が選ばれたお方ですね」

「……ごめんなさい、私にはシンが言っていることでさえ全く理解出来ないわ」


 ヴェロニカは俺の理解力を褒めるが、一方でステラはお手上げといった感じでそんな風に言った。

 どうやって分かりやすく説明してあげるべきかと、俺が少し考えているところにヴェロニカが口を開く。


「そうですね……例えば以前ステラ様は、街道に霧が出ている状況でイニスカルラからラドーム村に向かおうとしましたよね?」

「ええ、そうね」

「その時点で、ステラ様の未来には霧の中の魔物に殺されるという【大きな流れ】が生まれました。これはステラ様が護衛の依頼を冒険者ギルドに出すといった【小さな流れ】をいくら積み重ねたところで覆すことは出来ないものでした。つまり私の未来視によれば、あの時点でステラ様が死ぬという未来は確定事項だったのです」

「私が死ぬのが【大きな流れ】で、護衛依頼が【小さな流れ】……うん、少し感覚は掴めたわ。でも私は今こうして生きているのだけど、それは?」

「それは単純にシン様の存在によるものです。そもそも私の未来視では、シン様の未来を見ることは出来ませんので」

「ん、俺の未来は見えないのか?」

「はい。未来視といっても私のこれはあくまでも魔法――この世界の法、常識に過ぎません。渡り人のシン様が、そのような陳腐なものに縛られるはずもないでしょう?」


 なるほど。クリスが言っていた「渡り人はこの世界の常識に縛られない」という言葉はそういう意味でもあるのか。


 つまり俺の行動は、ヴェロニカの言う【大きな流れ】を簡単に覆してしまうということだった。


 ただそれは別に良い意味ばかりではない。平穏な未来を、俺が突然壊してしまうなんてことも当然起こり得るのだから。


「……正直なところを申し上げますと、お嬢様の安全を第一に考える私からすれば、シン様のような不確実な存在がお嬢様の隣にいることは不安材料でしかないのですけども」

「ヴェロニカ!」

「いいよクリス。俺としてもはっきり言ってくれる方がありがたいし、そういう人の方が好感は持てる」


 実際俺はヴェロニカという人物に関して、それほど悪い感情を持っていない。むしろ現状では好感を持っているとさえ言えるかも知れない。

 彼女は少なくとも、クリスを大事に思っているという一点に関しては嘘がない。


 それに手段は強引だったかも知れないが、ヴェロニカがクリスを死の未来から救ったのは事実なのだから。


「とりあえず大体状況は分かった。それじゃあこっちも率直に訊くけど、ヴェロニカの目的は何だ? 俺たちに一体何をさせたいんだ?」


 クリスの未来が不安定になっているというのは、まあいいだろう。俺には未来視というものがどういうものか分からないけど、多分そういうこともあるのだろうと思うことにする。


 となれば俺が今知るべきなのは、それを知ったヴェロニカがどう判断して、何のために今こうして俺たちの前に姿を現したのかだろう。


「話が早くて助かります。そうですね、私の目的は最初からお嬢様の身の安全に他ならないのですが……それを万全のものとするためにも、シン様にはより良い未来を選択していただきたいのです」


 やはり淡々とヴェロニカは言った。

 ヴェロニカの言っていることは、表向きはこちらとも利害が一致しているように思える。


 ただしヴェロニカの言うより良い未来というのは、あくまでもヴェロニカにとってであって、そこに俺やステラ、そしてノーラが含まれているとは限らない。


「条件次第だな。クリスの身の安全を望むのは俺も同じだが、だからといってステラや今攫われているノーラが不幸になるのでは話にならない。ヴェロニカの提示するより良い未来というのが、俺たち全員にとってそうであることが最低条件だ」

「もちろん、私は最初からそのつもりです。とは言っても今回に関しては私も未来がどうなるかはっきりと把握出来ませんので、その保証は出来ませんが」

「ああ、それでいいよ」

「ちょっと待つのじゃシン! ヴェロニカの提示する選択が、儂らにとって良いものであるかどうかを、おぬしはどうやって判断するつもりじゃ?」

「確かに嘘をつかれたら見抜く方法はないけどさ。だけどそもそもの話をすればヴェロニカと俺たちは別に敵じゃないだろ? ヴェロニカにとって重要なのがクリスの安全であって、その他はどうでもいいってことは、言い換えればクリスの安全さえ俺たちが保証するなら、その他である俺たちがことのついでにより良い未来を手にしても干渉しないってことだ」

「それはそうじゃが……」


 まあこれはかなり希望的観測による面が強い話だった。

 しかし、ヴェロニカを疑ったところでキリがないのも事実なのだ。


 疑ってばかりいては、やがて雁字搦めになって身動きが取れなくなる。

 だったら結局はそうなる前に決断するしかない。


 それにヴェロニカの方も、こうしてわざわざ俺たちの前に姿を現す時点で相当焦っているような気がするのだ。他に取れる手段がないからこそ、なりふり構わず行動することを決断したのではないか、とそんな風に俺は思っていた。


「そういうことだから俺はヴェロニカを信じるよ。それに別に騙したかったら騙してくれてもいいし。まあ俺を騙すことにリスク以上のメリットがあるとは思わないけどさ」

「……くすっ。純粋で、誠実で、真面目……最初見たときはそういう人間だと思いましたけど、幾分か私の見立てが間違っていたようですね」

「褒められてるのか微妙だな、それ」

「一応は褒めているつもりです。ただの面白みのない人間とは違い、自信に満ちていて強かなところは、好ましく思いますので」

「そうか。じゃあ一応はありがとうって言っておくよ」


 そんな風に戯言を交わしながら腹の探り合いをするが、お互いに得られるものは特になく。


 結局そのままの流れで、ヴェロニカはやはり淡々と提案を口にする。


「まずノーラ様の救出ですが、これは一旦保留してください。相手側が求めているのは彼女の知識であるため、彼女の身の安全は保障されています。そしてこのまま何もせずにいれば、数日後に冒険者ギルドから魔法ギルドを依頼主とした大規模依頼が発表されます。依頼内容は北東に馬車で二日ほど行ったところにある、ダンジョン化したエディントン遺跡の攻略。シン様たちにはこの依頼に参加して、他の冒険者たちに先駆けてダンジョンを攻略していただきたいのです」


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